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2023.04.13

インタビュー | 奥山 幹樹×荒井 亮

知財は企業のブランド価値を上げられる ー カプコンが目指す次世代型知財部のあり方

株式会社 カプコン

MGL6687

企業の知的財産部と聞くと、堅いイメージを持つ人も多いのではないだろうか。アイデアやブランドを保護し、ライセンス料によってマネタイズするーーそうした従来の一般的なあり方を越え、カプコンの知財部は新たな戦略を打ち出している。

開発・事業に伴走するサポートや、知財部のメンバー自らによる発明、他社との協業による特許の共同出願など、さまざまな手法でまだ見ぬ価値を生み出していく。国内外でも強力な産業であるゲームコンテンツを軸に、次世代型知財部の構築を目指すカプコンの奥山幹樹氏と、知財図鑑の荒井亮がこれからの知財について語り合った。

MGL6687 株式会社カプコン 知財デザイナー・奥山 幹樹氏

守りの知財部から、パーパスを持った次世代型知財部へ

奥山

カプコンの知的財産部には、各法域のスペシャリストが所属する特許・商標・著作権の各チームと、バックオフィスや知財活用を検討するIP業務デザインチームがあります。私は部全体俯瞰し未来を見据え、競合他社はもちろん業界外のトレンドも追って、次の手を打つことに注力しています。テレビドラマで話題の「弁理士」も活躍しています。

荒井

知的財産部には「守り」のイメージがありますが、奥山さんはむしろ外を向く役割を意識的に担っていますね。

奥山

他社の知的財産権の侵害予防や、自分たちの知財の権利保護を徹底するのが、基本の知財部のありかたです。私は新卒で医療機器メーカーに入り知財を担当していたのですが、開発部に特許の重要性を訴えても、必要性は理解してもらえてもあまり響いていないことに、ずっと違和感がありました。転職したカプコンは、特許件数、質や活用において業界内で遅れをとっている状態でした。そのため、ずっと机の上で仕事をしていても仕方がないと思って積極的に他社の知財担当者と意見交換し、知財部のあり方として何が正解なのか、また知財部自体を変革させなければ、私が昔から感じていた違和感は拭えないと思ったんです。

荒井

その結果が2020年の知財部の再編成とリブランディングだったのですね。奥山さんが「次世代型知財部」と名付けるチームの動き方は、どのような特徴があるのでしょうか。

奥山

当たり前のことですが、なによりも開発や事業への伴走を強く意識しています。事業を進める上でのリスクを予測して提言することもあれば、開発の過程で生まれた知財もしっかり保護してフォローするように、上流から下流まで寄り添い一緒に制作するようにサポートします。時には専門的な立場からブレーキをかけることも大事ですが、いくら外野から「知財は大事!」と叫んでも煙たがられるだけです。開発部を「顧客」と捉え、顧客は知財部に対して何を求めているのかを常に考えて行動することで、関係性は変わっていきます。顧客である彼らが求めていることは、発明をたくさんすることでも、いい特許を取ることでもなく、「面白いゲームを作って、安心安全を保ちながら素早くリリースし、ゲームユーザにコンテンツを楽しんでもらうこと」。特許・商標・著作権を起点にするのではなく、カプコンが面白いゲームを作るために、知財部としてできることを常に考えながら行動するよう変化しました。

荒井

顧客起点で課題解決に取り組む、デザイン思考やデザイン経営の考え方にも通じる姿勢ですね。知財部が開発部に伴走して一緒に前へ進んでいければ、新しい価値も生まれていきそうです。

奥山

これまでの知財部には特許件数などの定量的なミッションだけがあって、何のために知財の仕事をしているのかの明確なパーパスがなかったんです。そこで、知財部をリブランディングする時に「カプコンのブランド・タイトル・サービスの価値を維持向上させる」ことをパーパスとして設定しました。これは極々当たり前のことですが、改めて自分たちの存在意義を定義した上で、さらに知財を価値あるものとして自らクリエイトしていく、「知財デザイナー集団」を名乗ろうとしています。

荒井

「知財デザイン」という言葉は面白いですね。知財図鑑も、知財と事業をマッチングさせて価値を生み出そうとしています。こうしたコーディネートや、奥山さんたちのように知財部として主体的に動く取り組みは、新しい領域の専門性になるかもしれません。

奥山

私たちは「知的財産部」であって、「知的財産“権”部」ではありませんから、扱う対象は文書化された権利に限りません。発明にならないような社員の考える小さなアイデアなども含め、すべての「知」を生み出す土壌を作り、それを育てて社内共有し、カプコンの共有財産として保護していくことが本質的に重要だと考えています。その「知」を活用してカプコンブランドの価値を向上させるところまでをデザインしていきたいです。

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知財デザインには翻訳と妄想が欠かせない

奥山

リブランディング後に行った取り組みとして、知的財産部の社内向けポータルサイトを作り直しました。制作に必要な知財の情報をほぼ全て載せて、ここにアクセスすればタイトル制作ができるようなサイトを目指しています。ただし、難解な特許用語そのものや、テキストを羅列したデータベースをそのまま貼っても、内容が専門的で読んでもらうことはできません。誰が読んでもわかりやすい表現に調整したり、4コマ漫画や動画、カプコンのアイデア図鑑といったコンテンツも盛り込んで、しっかりアクセスして活用してもらえるように工夫しました。知財部らしからぬ見栄えで、サイトを訪れた開発者からよい反応をもらえたのは嬉しかったですね。

荒井

特許は専門性が高く、どうしても難解な表現になりがちです。標準的な言葉に「翻訳」していくことは、知財図鑑が記事を作る際にも意識しているポイントです。ただ事実を噛み砕いて乗せるだけではなく、さらに妄想を重ねて「こんな未来が作れるかもしれない」というビジョンを描くことにも力を入れています。まずはその未来像に興味を持ってもらい、そこからコラボレーションの可能性についてイメージしやすい作り方を目指しています。

奥山

知財図鑑の見せ方こそ、私が求めているものだと思いましたね(笑)。特許の専門家は特許用語の「訛り」が抜けず一般的な表現をするのが苦手な傾向があります。私たちが「知財デザイナー集団」を名乗っているのは知財の活用方法だけでなく、ただ開発部からアイデアが出てくるのを待つだけでなく、自分たちも頭を使ってアイデアを出して権利化し、無形資産を増やしていくこともしています。そのトレーニングとして、知財部のメンバーで妄想大喜利のようなことをやっていたんです。荒井さんたちが描く未来像もある種の妄想のようなもので、知財図鑑には親近感が湧いていました。その上で、知財図鑑はカプコン知財部が持ち合わせない「知財を面白く、かつわかりやすく翻訳するセンス」があるのだから、知財図鑑にはぜひ何か協力をお願いしたいと思っていたんです。

荒井

ありがとうございます。そこからカプコンの知財を用いたワークショップや、その成果物の共同出願につながっていくわけですが、 社外のプレイヤーと共同で知財を扱うことは、あまり過去にも事例がなかったのではないかと思います。社内から抵抗などはありませんでしたか?

奥山

新しいことへのチャレンジを後押ししてくれて反発はありませんでしたね。自分たちでできないことはアウトソーシングを活用すべきですし、また、ゲーム会社という特性上、知財部のメンバーはみんなSFのような世界観が好きで未来創造に馴染みもあります。知財オタクであり、新しい技術やトピックへの感度が高く、サブカルオタクでもある。そんなエンタメ知財のスペシャリストが集まっていたので、日頃から妄想をしたり、トレンドの情報を共有したりする感覚の延長で知財図鑑との共創に取り組めたかと思います。

カプコンと知財図鑑で共同で開発したアイデア

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インフルエンスNFTによる「Perfome to Earn」

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自発的でイノベーティブな「DAOマインド社会」

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NFTリサイクル

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ゲームでふるさと納税

ライセンス料よりもアイデアの種が広がることが大事

荒井

弊社と共同で行ったワークショップでは、カプコンの特許が開示された上で、知財図鑑のメンバーに加えて外部のエンジニアやプランナー、カプコン側からも知財部や開発部の方が参加してディスカッションをしました。社内からの反応はいかがでしたか?

奥山

参加したメンバーがとても楽しんでくれて、開発向けの社内報にも喜びのレポートを書いてくれました。これほどいい反応があったのは、アイデアを形にして発信する過程自体を、ある種のエンターテイメントとして楽しめたからだと思います。定常の業務に追われて忘れてしまいがちな、純粋に「こういうゲームが作りたい!」というワクワク感も蘇ったようでした。

荒井

外部の人間と取り組むことが刺激となり、普段と違う成果が生まれたのですね。私たちもカプコンの知財や見解を聞いて、こういう内容で特許が取れるのかと驚かされました。アイデアを考えることには際限がないし、大きな発展性も秘めていますよね。

奥山

ある特許やゲームを起点にして課題を見つけ、それを解決するためのアイデアを考えて、またその課題を見つけて……といったアイデアの積み上げには私たちも取り組んでいます。ただし、それを社内だけでやっていると、どうしても「ゲーム」や「カプコン」というバイアスがかかってしまうんです。無意識のうちにアイデアに蓋をしてしまう状況を、いろいろなバックボーンを持つ方々と取り組むと打破できることに、大きな可能性を感じました。

荒井

今回はそこで生まれたアイデアを発明として昇華させ、知財図鑑とカプコンの共同出願という形で特許を出願しました。普通なら自分たちが起点になったアイデアは単独で権利を持って利益源にしたいと思うのですが、どうしてこのようなアウトプットになったのでしょうか?

奥山

特許として出願すると、その情報は特許庁を通じて公開されます。結果的に情報発信をしている状況と言えますが、特許用語のままではカプコンのアイデアとして一般に拡散されません。知財図鑑は一般用語への翻訳や未来のビジョンを発信するプロですから、単独で出願して権利を囲う以外にも、この記事のように意図やプロセスを発信したり、妄想図の形でビジュアライズすることを期待して共同出願という形をとりました。私たちのアイデアが第三者にも派生していく状況を作りたかったんです。

荒井

初めから外部への情報公開を強く意識していたのですね。自分たちの権利だけを守り、ライセンスによって収入を上げるような考え方からは、かなりの飛躍があるように思います。

奥山

もちろん私たちは企業としてマネタイズも考えていかなければなりません。従来であれば、特許に対するロイヤリティ収入が一般的でした。次世代型知財部ではそれだけにこだわらず、知財をある種の呼び水として、新たな事業パートナーを見つけていったり、ゲームと他の技術をかけ合わせることで、カプコンが気付いていないプロダクトやサービスが生まれることが期待できます。そこで良い関係を築いて、新規事業収入やキャラクターのライセンス収入など、単なる特許ライセンス収入以上の価値も生まれると思っています。

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ゲームを起点に、社会貢献へとつなげていく

奥山

知財は収益源になるだけでなく、社会課題を解決する可能性も秘めています。「ゲーム=悪」と捉えられることもありますが、ゲームのアイデアや技術を応用すれば、コミュニケーションを育んだり、地方に人を呼び込んだりできるかもしれない。面白いゲームコンテンツをつくるだけではなく、まだ誰も気づいていないゲームの可能性を広げるためにも、外部の目線も取り入れて知財を活用していきたいんです。

荒井

ゲームを起点に社会課題の解決にまでつながれば、自治体やNPO団体など、今までのカプコンのステークホルダーではなかった人たちも関われるようになりそうですね。

奥山

カプコンを知ってもらうきっかけになるような知財の使い方ができれば、カプコンのブランド価値を維持向上させるというパーパスを満たすことになります。そこからゲームを買ってもらって、その楽しさを知ってもらえればゲームコンテンツの収入にも繋がります。短期的な特許ライセンス収入以上に、持続的な収益が見込めブランド価値も上がるはずです。これからは知的財産の権利そのものを売るのではなく、アイデアを一緒に拡張していく過程や、そこから生まれる新たなプロジェクトで収益を生み出す姿勢が大事になると思います。ライセンスを受けた特許発明を実施することよりも、ある社会課題を解決したいという共通の想いから生まれたアイデアを育んで事業化する方が目的がぶれずに社会貢献につながりやすいですし、なにより、ライセンス料をもらっておしまいの関係って、ちょっと寂しいじゃないですか。

荒井

アイデアを一緒に考えて、育てて利益も共有していく。これは今のweb3.0やDAO(自律分散型組織)の世界観とも相性が良いですよね。ブロックチェーンを活用すれば、アイデアに関わった人たちの貢献をオープンに記録できて、そこでは個人も組織も関係ありません。アイデアの出し惜しみが起きないように、みんなが積極的に創造・共有できるような仕組みができれば、知財のあり方は大きく変わると思いました。

奥山

カプコンの企業理念は「ゲームというエンターテインメントを通じて『遊文化』をクリエイトし、人々に『笑顔』や『感動』を与える『感性開発企業』」というものです。私たちがアイデアを発信することで、誰かが気付きを得て感性が育っていけば、結果的にそれが社会貢献につながっていくし、会社の意義にも合致する。企業の存在意義が社会貢献であれば、私たちの知らないところでカプコン知財部の特許を起点にアイデアが連鎖していくことで、十分に社会貢献しているかなとも思っているんです。他社の中でも「カプコンがこんなことをやっているから、うちでもやってみよう」なんて流れになれば嬉しいですし、知的財産のマネタイズとして多様な考え方ができる企業が増えればいいですね。まだまだ従来のスタイルを引き継ぎがちな日本企業の知財部を変えていきたいんです。

荒井

大きなスケールで考えることは大事ですよね。いま日本の特許の利用率は50%以下と言われていますが、これを伸ばしていくためには点の活動だけではどうにもならない。知財の研究や開発、発明をもっとクリエイティブに考えたり、アイデアを磨くことの価値を広げて、世の中全体が変わっていく流れを作りたいです。

奥山

実際に特許発明が使われることは難しいかもしれませんが、それが公開されて目に触れて、誰かの感性を刺激し、そこからプロダクトやサービスが生まれ、それで誰かが救われるのであれば、それはもう社会において元の特許発明が使われたに等しいくらいの価値があると思います。定量的な判断が難しいため、企業としては評価しづらい部分ですが、長期的にブランドの価値をあげるために情報発信に投資することがとても大切。この記事や私たちが共同出願した特許を見て、社会課題に対する想いやアイデアの共有に共感してここに加わってくれる仲間が見つかったら最高ですね。これからはDAOのようにコミュニティが重要とされる時代。生まれた妄想を事業にしていくために、コミュニティを組んでアイデアと技術を持ち寄って化学反応を起こし、事業化への解像度を上げていきたいし、最終的にそこでは「私たちのアイデア」という出自さえなくなっても良いと思うんです。コミュニティを形成しその中で貢献していくのは日本人の得意分野ですから、カプコンと知財図鑑と一緒に楽しい未来を妄想し実現していきたいですね。

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Interview:荒井 亮 text:淺野 義弘 Photo:福森 翔一

奥山 幹樹

奥山 幹樹

株式会社カプコン 知財デザイナー

1979年大阪府生まれ。立命館大学理工学部ロボティクス学科卒。ファミリーイナダ株式会社で知財全般を担当。その後、株式会社カプコンに所属し特許を担当。知的財産部の再編成を機に現職に至る。知的財産部に所属しながら自らも発明し無形資産の蓄積に関わる。知財ハンター、知財デザイナー。

荒井 亮

荒井 亮

知財図鑑 編集長

1977年東京都生まれ。立教大学社会学部卒。クリエイティブ会社THINKRにてライブ配信事業「2.5D」のプロデューサーとして番組の企画制作、アライアンスやチームビルディングを担当。その後、Konelに所属し「知財図鑑」を立ち上げ、クリエイティブ x テクノロジーでのイノベーション推進を進める。web3 / NFT領域に関心があり、NEO TOKYO PUNKS / 6Town Port Rebels / QR81Vなど様々なコレクションに関わる。虎ノ門ヒルズインキュベーションセンター「ARCH」メンター、特許庁「I-OPEN」2022年度メンター。

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