大企業のリソースを生かす、AI時代の企業発スタートアップ──GEMStartup TOKYO、令和8-9年度キックオフイベントを開催

東京都の新事業発掘プロジェクト事業「GEMStartup TOKYO」は、2026年8月26日(水)、Tokyo Innovation Base(千代田区丸の内)にてイベント「企業リソース×起業家マインドが生むイノベーション~企業発スタートアップという生存戦略~」を開催した。今年度で7年目を迎える同プロジェクトの新年度スタートを告げる同イベントから、基調講演とパネルディスカッションの様子をお届けする。
官民連携でスタートアップエコシステムを形成する

開会挨拶に立った土肥悠樹氏(東京都産業労働局 商工部創業支援課)は、GEMStartup TOKYOについて「民間企業に眠っているノウハウやアイデアを、さまざまな専門家の力を借りながら新規事業として生み出していくプログラム」と説明。これからプログラムに参加する人々も集う会場に向け、「新事業創出のヒントを持ち帰ってほしい」と呼びかけた。

続いて、GEMStartup TOKYO事務局の松本武士氏がプロジェクトの全体像を紹介した。「東京都×民間企業によるスタートアップ創出エコシステム」というコンセプトに基づき、新規事業に挑む個人と、その挑戦を支える企業の双方を対象とした3つのプログラムが用意されている。
基礎的な講義やワークショップを中心とした基礎編「新事業創出プラットフォーム」、個別のアイデアから本格的な事業化を目指す実践編「事業化プログラム」は、企業に所属する会社員を対象とする。一方、社内の新事業制度の成熟や企業間のマッチングなどを支援する「連携モデル」は企業向けとなり、性格やフェーズの異なるプログラムを組み合わせながら、新事業創出を支援していく。
全体の設計思想には、起業家「マインド」の体得、実践を通じた「スキル」の習得、会社の枠を超えた「ネットワーク」形成の3つが根付く。松本氏は「AIが発展している中で、自社だけで新規事業を作っていては社会のスピードについていけない。業種・業態を超えて気軽に相談できるネットワークをつくっていくことが、今まで以上に求められる」と述べ、「参加者や関係者同士のつながりを広げてほしい」と呼びかけた。
泥臭い暗黙知の探索が、数年先の未来を開く
基調講演には、株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEOの田所雅之氏が登壇。外資系コンサルティングファームを経て日米で5社を起業したシリアルアントレプレナーとしての視点から「なぜ今、企業人こそ起業すべきなのか」と題したプレゼンテーションを行った。

田所氏は、経営学者・入山章栄氏が言及する「両利きの経営」の概念を引きながら、既存事業を磨き上げる「深化」と、新しい可能性に挑む「探索」の両方が企業には欠かせないと説く。人口構造やテクノロジーなど外部環境の変化は、好むと好まざるとにかかわらず起こるものであり、企業で働く個人にとっても、日々の業務を改善するだけでなく「コーポレートで働きつつ、自ら探索する側になること」がAI時代の武器になるという。
AI時代の差別化については、「最新モデルに誰もが安価にアクセスできる現在、AIを使って何かを作ること自体では、もはや大きな差がつきにくい」と指摘した。企業発の新規事業ではバリューチェーン全体を見通し、「持っているリソースをどう掛け合わせるか」が重要になると語る。
また、AIに代替されやすい中間的なホワイトカラーの価値は下がり、これからは「まだ言語化されていない知見やデータ(暗黙知)」に近づける人材が希少になるという。田所氏は知識を「パブリック」「セミプライベート」「シークレット」の3層に分け、「一般に公開されている知識や社内文書だけでなく、現場に眠る暗黙知にこそ企業ならではの価値がある」と説明した。他者から見れば、そうした知見こそGEMStartup TOKYOにも冠された「原石・宝石(GEM)」になり得る。
具体例として、田所氏は全国の解体業者をデータベース化した比較サービスや、落とし物の保管・管理業務を請け負い急成長したスタートアップを挙げた。いずれも面倒くさく泥臭い領域に踏み込んだことで、これまで構造化されていなかった暗黙知を価値に変えた事例だ。そこに近づく起点として、田所氏は「当該領域への関心度」の高さを強調した。
最後に、事業立ち上げで大事な要素としてタイミングを挙げ、「今の市場に最適化するのではなく、数年後の需要と供給のギャップを見立てることが重要」と語り、「このプログラムを良い機会として活用してほしい」と締めくくった。
新事業創出の「挑戦者」と「仕掛人」に求められるもの
パネルディスカッションには、日本製鉄から同社初の社内起業として株式会社KAMAMESHIを創業した小林俊氏、大日本印刷(DNP)から出向起業型カーブアウト第1号としてDigKnow株式会社を設立した伊藤悠一氏、東急不動産ホールディングス グループCX・イノベーション推進部の久保日乃氏が登壇した。「新事業創出で身につけるべきもの」「企業側が用意すべき仕掛け」「リスクを取る覚悟の源泉」などをテーマに、挑戦する側と支援する側の双方から議論が交わされた。

新規事業で身につけるべきものについて、小林氏は「大企業では『決めてもらう為の仕事』が多いが、新規事業では正解のない中でスピーディーに決めきらないと前に進まない。常に自問自答し、判断軸を持つべき」と、決断力の重要性を挙げた。
伊藤氏は「AIですぐ作れる時代だからこそ、現場に入って顧客と1対1で対話するプロトタイピングが重要」と述べ、久保氏は「熱意を自社の戦略と結びつけ、ストーリーとして語るスキルが必要」と、支援側ならではの視点を共有した。研修施設やノウハウを活用した提案など、大企業ならではのアセットを戦略的に生かす事例も紹介された。

続いて、企業側が用意すべき仕掛けについて、久保氏は「新規事業は形にならなければ成果も認められづらい」と課題を挙げた。そこで、たとえ事業化に至らなかった案でも、そのプロセス自体を発表・蓄積する場を設け、経験を可視化して次につなげる取り組みを紹介した。
伊藤氏は、事業を検証する過程で事務局側から「社外に出る選択肢もある」と提案を受けたことが起点になったという。こうした出口戦略や成果など「クリアすべきライン」が明確であることが、挑戦者にとっての動きやすさにつながると述べた。
小林氏は、新規事業部門も公募制度もないなか、夜間や土日を使って2年半にわたり検討を続けたと明かした。「会社を辞めるしかないか」と思い詰めた末に当時の社長へ直談判し、経済産業省の出向起業の仕組みを活用することを提案。会社側に制度が整備され、社内第1号として起業に至ったという。自身が思い悩んだ過去を振り返り、「トップが『やってみろ』と応援するメッセージを発信する機会をつくることが、社内風土を変えるのでは」と語った。これを受け久保氏は、東急不動産グループでは新規事業の出口として基本的にグループ会社化する形を取り、「グループ会社化した際には、まず自分たちが最初の顧客になる」ことを事務局として意識していると述べた。

新規事業でリスクを取る覚悟の源泉について、小林氏は「時間をかけて仲間を巻き込んできた積み重ねや、顧客からの評価が、使命感を強くしていった」と語った。「出向起業の制度があったからこそ、給与をもらいながら動けたことに感謝している。すべて自分でやろうとしていたら1年半〜2年は後ろ倒しになり、タイミングを逸していたかもしれない」と振り返った。伊藤氏は「やり始めると、次々にやりたくなってくる。続けるためにどうするかを自分で考えていくプロセスが、次の推進力になる。最初の一歩を踏み出すことが大事」と語った。

クロージングでは、小林氏が「『ちょっとやってみよう』という些細な始まりだったが、行動を重ねる中で意志や覚悟が強くなっていった。人生一度きり、迷っているなら一歩踏み出してみてほしい」、伊藤氏が「たとえ事業をたたむことになっても、そこで培った経験は必ずキャリアにとってプラスになる」、久保氏が「ぜひ事務局を使い倒してほしい。企業の中で新規事業に挑戦することは、失敗とは見なされないはず」と、それぞれ会場にメッセージを送り、パネルディスカッションを締めくくった。
GEMStartup TOKYOの取り組みは今後も継続していく。企業に所属しながら新事業創出に挑みたいチャレンジャーや、その取り組みを支援したい企業は、ぜひWebサイトをチェックしてみてほしい。
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