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2023.06.06

知財ニュース

早稲田大学、スマートコンタクトレンズ等に搭載可能な無線回路を開発─新しい原理でセンサ感度は2,000倍に

無線計測

早稲田大学大学院情報生産システム研究科の高松泰輝助手、三宅丈雄教授の研究グループは、繊維型酵素センサを組み込んだ新しい原理の無線回路を開発し、従来よりセンサ感度が2,000倍にあたる回路の実現に成功した。

開発した無線回路では、これまで計測が困難だった涙に含まれる糖度(グルコース)の無線計測に成功。涙は夾雑物(混ざり込んでいる余計なもの)を多く含んでおり、涙中糖度は濃度が極端に低く微弱な信号変化(0.1~0.6 mM)となるため、従来の技術では計測が難しかった。本無線回路は、0.1~0.6mM幅で0.05 mM単位での計測を実現。 健常者(平均値0.16±0.03 mM、0.1~0.3 mM)と、糖尿病患者(平均値0.35±0.04 mM、0.15~0.6 mM)の涙中糖度計測を可能にしている。

それにより、世界の失明原因第1位である糖尿病網膜症の無線計測ができ、治療効果の可視化や予防などにつながる。加えて、皮膚を介した血中乳酸の計測も可能で、2.0mM以上で致死率が増加する敗血症のモニタリングへの応用も期待できるという。

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コンタクトレンズに電子デバイスを組み合わせた「スマートコンタクトレンズ」は、近年開発が盛んだ。主な使用用途は「視覚拡張機器」「生体情報計測機器」「疾病治療機器」。新たな市場創出に向け、材料・デバイス・システムの開発が進められているが、現時点では実用化には至っていない。

その主な原因には、無線システムの設計の難しさがある。無線システムの仕様によって、センサや検出方式、消費電力などの性能と、センサレンズ・無線計測機の価格が大きく変わるためだ。そうした背景から、早稲田大学は今回の新たな無線計測システムを開発したという。

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研究グループが開発したのは、外部エネルギーに反応して振動などの共振を起こす電気回路に量子効果を取り入れた「パリティ・時間(PT)対称性共振結合回路(Gain-Loss結合回路、並列接続)」。

無線計測の高感度化を図るため、Gain-Loss結合のセンサ側に、三宅研究グループが開発した2極式の繊維型酵素センサ(化学抵抗器)を並列接続。共振回路型バイオセンサ(化学抵抗器:数百 Ω)における微弱な抵抗変化(数Ω,これまでは計測が困難な信号)を増幅しながら測る無線計測システムを構築した。

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それにより、共振結合系の高Q値化に成功(Q値:共振回路での共振のピークの鋭さを表す)。抵抗変化が小さいため、既存技術(古典的なLoss-Loss共振結合回路)では計測できなかった微弱な信号の無線計測を実現している(感度:2000 Ω/ 0.1mM)。

無線_4 従来法と新手法による糖度の無線計測

本システムでは、既存センサをそのまま利用できることも特徴。センサ側の抵抗値(R1)と極性の異なる負性抵抗(-R2、ただし|R1 |=|R2 |)を検出器に設置するのみで活用可能となる。センサ側への電源設置が不要なため、使い捨てレンズなどの消耗品センサの単価抑制にもつながる。ヒト以外も対象にでき、犬などのペット産業での応用も可能という。

また本無線計測の仕組みは、体内への応用でも技術優位性が認められたという。体内埋め込みデバイスへの無線給電や無線計測を行う際は一般的に、皮膚で交流電場のエネルギー吸収が生じるため(誘電損失)、給電効率や計測感度が著しく低下する。開発した仕組みでは、皮膚抵抗を加味した負性抵抗を調整(チューニング)できるため、高いセンサ感度を維持したままでの無線計測が可能となる。

無線_5 皮膚を介した無線計測への応用

研究グループは「今後はこの研究成果の事業化に向け、本計測レンズを用いて医学部眼科の先生と共同で臨床試験に取り組んでいきます」とコメント。

本研究成果は、学術雑誌「Advanced Materials Technologies」のオンライン版で公開されている。

今後の進展により、スマートコンタクトレンズの実用化を加速させるとともに、体内埋め込みデバイスの高度化・高付加価値化にも寄与すると期待される。

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掲載論文「Wearable, Implantable, Parity-Time Symmetric Bioresonators for Extremely Small Biological Signal Monitoring」

Top Image : © iStock

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