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2022.06.15
コラム | 地財探訪
伝統漆器「津軽塗」を特許文献から紐解いてみた【地財探訪 No.1】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品*」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
*伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年6月現在)
例えば昭和時代に出願された特許情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、数百年の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第1弾は青森県「津軽塗(つがるぬり)」。歴史を振り返りながら、漆工芸家による職人技術を特許文献からも拝見していく。
01 津軽塗の概要
津軽塗とは、青森県弘前市にて伝わる漆器技術である。青森県の県木である「ヒバの木」を主な素材とし、代表的な4技法として「唐塗(からぬり)」「七々子塗(ななこぬり)」「紋紗塗(もんしゃぬり)」「錦塗(にしきぬり)」がある。塗り重ねによって織り成される多彩な表情が特徴的。
青森県漆器協同組合連合会HP より引用
津軽塗は、今から300年以上前の江戸時代に誕生。1676年頃には弘前城内に塗師の作業場があったとされ、弘前藩第四代藩主である津軽信政は、全国から多くの職人を招いた。
そして若狭国(福井県)から招かれた池田源兵衛は、藩命により江戸の塗師「青梅太郎左衛門」に入門するも、志半ばで急死。父の意志を継いだ池田源太郎はその後修行を重ね、弘前の地に漆器という伝統をもたらした。そして青森県の工芸品として唯一、経済産業大臣指定の「伝統的工芸品」に登録されている。(登録日:昭和50年5月10日)
02 津軽塗の特徴
漆を塗っては研ぐその特徴的技法により生み出された漆器は「耐久性」がある。
幾重にも塗り重ねられることで「装飾性」「意匠性」に優れる。
漆は「抗菌作用」がある。(「抗菌漆器」のレポート記事 l 京都漆器工芸協同組合)
03 知財出願情報からみる津軽塗
特開昭63-141800:漆シート
出願日:1986.12.4 発明者:田中 寿 氏 J-PlatPat リンク
未熟練者でも容易に製造することが可能な漆シートに関する発明である。硝子1上に彩漆3で描いた文字や模様を、紙または布等4に接着させ、その後剥離乾燥させるというもの。そして出来上がった漆シート7は、茶筒9や座卓10に貼ることが可能。
特開昭63-141800
本発明は、100年以上の歴史がある ”たなか” の三代目・田中 寿 氏によるものである。漆器は多くの工程を有し、熟練者しか創造することのできない一品。その裾野を少しでも広げたいという想いから、本発明に至ったのかもしれない。
<参考>
「“たなか”の歩み」津軽塗 たなか
そして ”たなか” は様々な漆製品を制作&販売している。例えばその商品名にて商標登録を受けている「さわるツガルヌリ」は、津軽塗(唐塗)の「仕掛」という工程ならではの、漆の手触りを楽しむ製品である。
商標登録第6452771号:「さわるツガルヌリ」
出願日:2020.9.19 権利者:株式会社たなか銘産 J-PlatPat リンク
「さわるツガルヌリ」グラス。(筆者撮影) 独特の手触りは「滑りにくい」という機能性も備える。
<参考>
「“さわるツガルヌリ”発売しました」津軽塗 たなか, 2020.12.20
特公平03-062560:漆器の製造方法
出願日:1987.4.8 出願人:有限会社今木地製作所 J-PlatPat リンク
本発明は、木材チップを活用した漆器製造に関するもの。天然木と変わらない触感があり、塗装も行いやすいとの内容である。発明者は、漆器「堆輪木(ついりんもく)」の開発も手掛けた今道弘氏。
<参考>
「漆器「堆輪木」」有限会社今木地製作所
特許第7004482号:縫製用漆製品、縫製品、縫製用漆製品の製造方法及び縫製品の製造方法
出願日:2020.10.1 権利者:松山 継道 氏 J-PlatPat リンク
本発明は、竹繊維等の非木材パルプ(素地層1)上に加飾層3として津軽塗等の漆塗りを施したことを特徴とする縫製用漆製品に関するものである。本体形状を変化させても漆が脱離しにくいという効果がある。
特許第7004482号 図1(左) 図5(右)
本特許の発明者は、弘前市在住の漆工芸家である松山継道氏。ワイングラスからお弁当箱まで、様々な製品を漆で彩っている。本特許に関連する新たな縫製用製品が待ち遠しい。
<参考>
「松山継道 l 蔵の店 和雑貨 与志む良(よしむら)」
特許第5956950号:カトラリーの柄の製造方法、およびそれによる装飾箸
出願日:2013.3.28 権利者:鈴木 滋 氏 J-PlatPat リンク
特許第5956950号 図1(左) 図4(右)
こちらは「津軽塗12人衆」の一人である鈴木滋氏による特許である。桜花弁をモチーフとした装飾箸について。特許文献中に同氏の問題意識が記載されており、本発明に至った想いなどが推察できる。
【0005】
(問題意識)
・・・・本願出願人は、永年に亘り、津軽塗りの伝統工芸品を製造し、多様な市場に提供し続けている中で得られた様々な見知、および多方面の顧客からの情報などに基づき、・・・・桜をモチーフとした意匠と実用性とを兼ね備えた、秀れた装飾箸を提供することはできないものかとの発意に至った。(特許第5956950号より)
意匠登録第1615872号:漆塗りナプキンリング
出願日:2018.3.15 権利者:地方独立行政法人青森県産業技術センター J-PlatPat リンク
意匠登録第1615872号 正面図(左) 参考斜視図(右)
代表的な技法の1つである「唐塗」が施されたナプキンリングについての意匠登録。対応する製品「DICE」は、箸置きとして使うこともできる。和洋の食卓を彩る一品である。
<参考>
「KABA(カバ)l 津軽塗ブランド」
04 特許情報からみる津軽塗の周辺技術
以下表は、特許文献中に課題として「漆」の記載がある技術分野の一覧である。装飾品、家具、木材、プラスチック関連分野における出願が多い。
母集団:2011年以降の出願 計96件(検索式は下部に記載)
【宮城大学】特開2021-98290:漆塗膜を含むシート状体及びその製造方法
例えば宮城大学は、漆塗膜2を含むシート状体1について特許出願している。乾漆を繊維補強樹脂の一種と捉えて研究を行っている土岐謙次教授による発明である。
特開2021-98290 より
<参考>
「天平時代の造形技法−乾漆を最新技術で現代のデザインに蘇らせます」公立大学法人宮城大学HP
【筑波大学】特許第6308493号:漆塗膜の加工方法
そして筑波大学は、「漆回路」の製造に向けた加工方法について特許を取得している。紫外線照射によって漆塗膜にパターンを形成するというものであり、感触工学を専門とする橋本 悠希助教による発明である。
特許第6308493号 図2 より
<参考>
「FeelEng-Lab l 感触工学研究室」
「漆文化に根ざした電子情報機器の社会実装に関する研究」
最後に、一般的な漆器技術について明治時代に出願された実用新案登録を紹介する。芸術性の高い一品である。
【七寶×漆】実用新案登録第6922号:七寶應用都塗
出願日:1907.8.7 考案者:久保井 定太郎 氏
実用新案登録第6922号 より
七寶(しっぽう)と漆を組み合わせた漆器。模様部分「い」に七寶が装飾され、それ以外の部分「ろ」には漆が塗られている。
【あとがき】「津軽塗」紐解いてみて
青森県を代表する伝統工芸「津軽塗」について、その歴史を学びながら知財権の情報を調べてみました。漆シートや縫製用漆製品等の特許出願からは、漆を幅広く活用すべく職人さんが試行錯誤を重ねてらっしゃることが感じられ、とても興味深かったです。
塗り重ねによって多彩な表現がなされる津軽塗のように、様々な知見を塗り重ね、風情のある人生にしていきたいものです。
参考情報
津軽塗について l 青森県漆器協同組合連合会HP
津軽塗の製法や工程について 青森県 l 東北の伝統的工芸品ホームページ
津軽塗とは 塗り重ねが生む「多彩」の歴史と現在 l 中川政七商店の読みもの・特許情報(母集団96件)検索式
① [漆/PS]-[(漆黒+漆喰)/TX] ② 出願日:20110101以降
①×②=96件
検索日:2022.4.3 検索DB:J-PlatPat
ライティング:知財ライターUchida
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