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2022.08.05
コラム | 現代アートから視る未来
加速するテクノロジーと新しい植民地主義、そして「われわれ」という未開の地をめぐって —「BWTC」プロジェクトが問いかけるもの 【山本浩貴 評】
日本橋・金沢・下北沢を拠点に活動するアーティスト・コレクティブ「Konel(コネル)」は、市民から脳波を買い取り、そのデータから適正に収益化を図る組織「BWTC」を発足しました。「BWTC」は、自動買取機を用いて脳波を買い取り、独自のプログラムによって脳波絵画を生成し、さまざまな価格で販売。アーツ千代田3331にて開催中の「BWTC Trade Week」では来場者からその場で脳波を買い取り、同時に脳波絵画の展示を行っています。
本プロジェクトは、目には見えないさまざまなデータが無意識に取引される現代で、情報の価値について考え、新たな取引の形を模索することを目的にしています。今回の「BWTC Trade Week」にて買い取った脳波データは、将来的に絵画以外の形態へ変換し、発表または販売を行う可能性も見込んでいます。
本記事では、展示に訪れ実際に脳波買取を体験した文化研究者の山本浩貴氏による、「BWTC Trade Week」の評論を紹介します。
加速するテクノロジーと新しい植民地主義、そして「われわれ」という未開の地をめぐって——「BWTC」プロジェクトが問いかけるもの (山本浩貴評)
文化研究者としての筆者の専門は主に「現代美術」であり、2010年代後半にイギリスの大学に提出した博士論文のテーマから引き続いて、特に1990年代以降(冷戦終結後)の東アジアにおける現代美術とその地域で発生した戦争と植民地主義の歴史との交わりについて調査・研究を進めてきた。
その意味では、多彩なテーマと複数のメディアを横断しながらテクノロジーにまつわる現代的イシューにアプローチしてきたクリエーター集団・Konelの関心と筆者のプロフィールのあいだには、いくらかの距離があるようにも思われる。
しかし、3331 Arts Chiyodaで開催されたKonelの個展「BWTC Trade Week / 脳波買取センター」(2022年7月30日~8月7日)では、筆者が関心を抱く「植民地化(colonization)」の問題系に関して、これまでにあまり考えたことのなかった「技術(technology)」という観点から考察されていると感じた。本稿では、その理由について議論を展開していくなかで、Konelの「BWTC」プロジェクトが私たちの生きる現代社会に対して問いかける批評性を浮かび上がらせたいと考えている。
「植民地主義」という名のイデオロギーは、「最大の資本主義諸国による地球上の全領土の分割が完了した」と言われる、20世紀の幕開けを漆黒の闇に染めた「帝国主義」の鬼子として最初にその姿を現した——それゆえレーニンは、「帝国主義とは資本主義の独占的段階である」と喝破した。(*1)ゆえに植民地主義は、その亜種である帝国主義が市場を求めてそうしたのと同じように、暴力的なやり方で自己を外へ外へと押し広げていく遠心的エネルギーとして具現化される。
帝国主義イデオロギーの歴史における敗北のため(理論上、今やこの地球上に「植民地」は存在しないとされる)、あるいは純粋なる地理的限界のため(事実上、この地球上に人間の手が入っていない土地はほとんど残されていないと言われる)、資本主義はある「コペルニクス的」な——すなわち、従来の発想を根底からひっくり返すような——転回を達成した。その転回こそ、外側への拡張から内側への拡張という根源的な——倒錯的とさえ言える——方向転換である。
(*1)レーニン著(宇高基輔訳)『帝国主義』岩波文庫、1956、145–146頁。
外へと向かう動きが内へと向かう動きに急旋回を果たし、帝国主義の核心部に据えられた資本主義が定めた次なる標的は「われわれ」自身、より具体的に言えば私たちの身体の内側に他ならない。美術理論を専門とするジョナサン・クレーリーは、2013年に24/7: Late Capitalism and the End of Sleep(邦題『24/7——眠らない社会』)を上梓し、このことを論じて注目を集めた。同書はそのオリジナルの副題に示されている通り、「後期資本主義」と「睡眠の終焉」、すなわち「不眠」とのあいだにある隠された結合について分析した著作である。
後期資本主義のイデオロギーが隆盛を極める現代社会において、彼が「24/7の管理社会」と呼ぶもの、すなわち人が24時間休みなく「覚醒」している状態がデフォルトとなる社会が到来したとクレーリーは指摘した。なぜなら、「睡眠は、生産時間と流通と消費において計り知れないほどの損失をもたらし、まったく無用で本来的に受動的なもの」であるから。(*2)かくして、クレーリーの見方では、人々は恒常的に「不眠」に悩まされるようになる。
加えて、急速な発達を遂げてきた情報テクノロジーは、そのような「不眠社会」の誕生と成長に深淵なる影響を及ぼしている——以上が、筆者なりに大雑把にまとめたクレーリーの主張だ。
(*2)ジョナサン・クレーリー著(岡田温司監訳、石谷治寛訳)『24/7——眠らない社会』NTT出版、2015、15頁。
言い換えれば、資本主義と結託した新しい形態の植民地主義が(強権的に、しかし旧来の植民地主義よりもはるかに「洗練」された仕方で)開拓しようと試みている、最後の——かつ最大の——「未開の地」こそが「われわれ」、つまりは私たち自身の身体——その表皮、骨格、血液、臓器、その他ありとあらゆる部位や器官——であるとは言えないか。こうした文脈を踏まえたうえで、改めて「BWTC」プロジェクトについて思案してみたい。
このプロジェクトでKonelがターゲットに選んだ「脳波」は、まさに「われわれ」という名の未開の地、その最奥部に位置する領域である。
インターネット・ショッピングの履歴などから割り出される私たち一人一人の嗜好性、異様なまでに細分化された各種検査を通じて明らかになる私たちの個別の肉体的情報を示す数値データは、法の埒外で、あるいは違法行為すれすれの手法を使って驚くほどの高値で取引されている。このリストに「脳波」が加わることは時間の問題であると予想されるし、あるいはすでにそれは起こっているのかもしれない。
Konelの「BWTC」プロジェクトは、採取した個々人の脳波のデータを絵画やイラストレーションに変換することで、私たちの身体に紐づいた内部情報を現代アートとして「作品化」してみせる。さらに、それらひとつひとつの「作品」に異なる値段が(即時的に)付与されることは、こうしたデータが金銭的な価値を有するものであることを示唆している。
今回のKonelの作品は、ある意味ではテクノロジーを用いて、テクノロジーが先導する資本主義にカウンター的な「一撃」を発する企てだとも言える。
一方、「BWTC」プロジェクトが一見したところでは「中立的」・「客観的」な装いをまとっていることは、現代アートにおける社会的実践を支持する人たちを困惑させ——場合によっては、彼・彼女らを怒らせ——るかもしれない。メンバー全員が白衣のようなユニフォームを身に着け、あたかも病院や実験室を想起させる空間を演出する手法は、1960年代における伝説的な前衛芸術家集団・ハイレッド・センターの実践(とりわけ1964年の「首都圏清掃整理促進運動」)を彷彿とさせるように感じるのは筆者だけだろうか。芸術の社会的実践を信奉する者たちは、こう言うかもしれない——「われわれ」の身体の内側を侵略・搾取するテクノ資本主義とその新たな植民地主義に対して、なぜ明示的な批判の声を上げないのか、と。Konelのこうしたある意味では非常に「ドライな」態度は、きわめて巧妙に意図されたものであると筆者は解釈している。
2004年にThe Rebel Sell: Why the Culture Can’t Be Jammed(邦題『反逆の神話——「反体制」はカネになる』)を共同で著して局地的なセンセーションを巻き起こしたジョセフ・ヒースとアンドルー・ポターは同書のなかで、反消費主義・反体制を掲げたカウンター・カルチャーが歴史の流れのなかでいともたやすく資本主義の欠くべからざる一部として取り込まれ、むしろその伸長に加担してきたことを冷静かつ客観的に分析した。(*3)資本主義を攻撃するカウンター・カルチャーの狂乱と比較して(筆者自身は、そうしたストレートな批判も、ときには必要だという立場をとるが)、Konelの「BWTC」プロジェクトは不気味なほど冷静に、テクノロジーがはらむ可能性と課題を見据えているように思われる。
このクリエーター集団は、白か黒かをはっきりとさせたがる人たちが求める性急な結論に決して安易に飛びつかず、オープン・エンドな問いの余地を残したままでこれからも困難な低空飛行を継続していくのだろう。それは、この複雑な世界において、今こそ必要とされている姿勢であるように筆者には思われた。
(*3)ジョセフ・ヒース&アンドルー・ポター著(栗原百代訳)『反逆の神話[新版]——「反体制」はカネになる』ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2021。
《BWTC Trade Week》開催概要
オフィシャルサイト : https://www.bwtc.jp/
会期:2022年7月30日(土)〜8月7日(日)11:00 - 19:00
場所:アーツ千代田3331(東京都千代田区外神田6丁目11-14)https://www.3331.jp/
Twitter : https://twitter.com/BWTC_official
特別協賛:GoodBrain by 株式会社ハコスコ / 株式会社アマナ
協賛:Open Firm / 株式会社RIM
協力:株式会社新興グランド社 / 株式会社栄光プリント
メディアパートナー:株式会社知財図鑑
筆者:山本浩貴(やまもと・ひろき)
文化研究者、アーティスト。1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学にて修士号・博士号取得。2013~2018年、ロンドン芸術大学トランスナショナルアート研究センター博士研究員。韓国・光州のアジアカルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラルフェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、2021年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師。単著に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。