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2024.05.17

インタビュー | 山口 真広×出村 光世

ゴム人工筋肉のロボット「Morph」が示唆する、 ソフトロボティクスとの“やわらかい”共生

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ブリヂストンの社内ベンチャーであるブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズとクリエイター集団 Konelは、ゴム人工筋肉を用いたやわらかいロボット「Morph(モーフ)」を核とする都市の無目的室「Morph inn」(モーフ イン)を、2024年5月17日(金)~25日(土)に東京・表参道で開業する。

main ゴム人工筋肉を活用した、やわらかいロボット「Morph(モーフ)」。

「Morph」には、自然界や動物のモーションをセンシングしたデータがインストールされている。映像から動きの特徴点を抽出し、ゴム人工筋肉の制御データに変換する独自開発のシステムにより、生物の胎動や呼吸、潮の満ち引きのような有機的な動作を実現。体験者はやわらかいロボット「Morph」に身を委ね、無目的な時間を過ごすことができる。

自然界から抽出したデータとゴム人工筋肉によって表現される動きは、生物とも、機械とも異なる「Morph」ならではの息遣いを生み出している。コミュニケーションをとることもなく、また人に合わせて制御されることもない、ただ生物的に動作する仕組みだからこそ、気を遣うことも、期待や目的を持つこともなく共存できるのが「Morph」の特徴だ。

NZ92328 「Morph」は2024年5月17日(金)〜5月25日(土)の間、東京・表参道「seeen」にて体験可能。

ゴム人工筋肉を開発したのは、タイヤ・ゴム業界におけるリーディングカンパニーであるブリヂストンの社内スタートアップ、ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ。タイヤやホースの開発・生産におけるノウハウを活用したゴム人工筋肉は、新たなソフトロボットハンドに採用され、工場や物流倉庫などで活用が進んできた。一方で、生活に身近な場面で無目的な時間を過ごす「Morph」は、工業的なスペックよりも体験を重視した新しいアプローチとなる。

ソフトロボティクスとは、柔らかさのあるロボットや、生物のように有機的な動きを対象とする研究領域。長年ゴム業界を牽引してきたブリヂストンが、ソフトロボティクスを通じて拡張を目指す未来の事業とはなんなのか?

ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズの創業メンバーである山口真広氏と、「Morph」のクリエイティブを担当したKonel 代表・出村光世 氏が、プロジェクトの経緯や思いについて語り合った。

都市の無目的室《Morph inn》開催概要
会期:2024年5月17日(金)〜5月25日(土)
開場時間:11:00〜19:00 
会場:seeen 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4丁目13-12(表参道駅A2出口から徒歩3分)

※Morph innの営業時間は11:00〜19:00です。いつでもご来店ください。体験は予約者が優先ですが、状況に応じてご案内いたします。体験が満枠の場合でも、ご見学いただけます。
※14:00〜15:00はメンテナンス時間のため閉館しております。
公式予約フォーム:https://airrsv.net/morphinn/calendar

未知に溢れた、ソフトロボティクスと「ゴム」の可能性

P1208790 山口 真広(ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ 創業メンバー/主幹 )

ーまず、ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズの立ち上げの背景と注力分野について教えてください。

山口

ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズは社内ベンチャーとして2023年1月に設立されました。2020年頃から、“いい感じ“にモノをつかむことができる「ラバーアクチュエーター」の研究は続けていたのですが、これは自社でプロダクトをつくるというよりも、部材としての提供検討やアカデミックな取組みがメインでした。技術としては面白いけれど、どう事業化していくか考えていたときに、ソフトロボティクスという研究分野と出会いました。これは、従来よりも柔軟性のある素材と高度な制御システムを掛け合わせ、繊細かつしなやかなロボットの動きを追求する学問です。リサーチをしていく中で、ゴムのアクチュエーターをただ伸び縮みさせるだけでなく制御次第では曲げることもできるとわかった瞬間に、素材の見え方が変わってきました。

sub12 100年に渡りゴムを極めたブリヂストンの、社内ベンチャー「Bridgestone Softrobotics Ventures(ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ)」。これまでに、産業向けの“器用な手”「TETOTE(てとて)」の開発などを手掛けた。

sub2 チューブとスリーブの2層構造となっている「ゴム人工筋肉」の基本構造。

ー「曲げる」というのはどのように? 

山口

まず、ゴムチューブの内側に空気や水で圧力をかけると、普通は風船のように膨らみますが、表面を高強度の繊維(スリーブ)で覆うことによって膨らみを抑え、縮む力を加えられます。繊維の編み方や角度によって縮み方を制御できますし、背骨のように硬くしなる部位を入れれば、曲げ方向の動きをつくることもできる。収縮と弛緩によって動きを制御する動物の筋肉にならい、ラバーアクチュエーターを「ゴム人工筋肉」と捉え直し、本格的にソフトロボットハンドの開発を始めました。現在は産業用途として、食品や自動車工場での導入準備が進んでいます。従来のロボットハンドとは大きく性質が異なるので、ピッキングの自動化や倉庫の無人化など、工場全体のフロー刷新も含めた数年がかりのプロジェクトが動いています。

P1208882 「Morph」のコア技術となっている、ゴム人工筋肉。

ーゴムの特性を活かすことで、繊細かつしなやかな筋肉の動きが表現できるんですね。

出村

ロボットハンドと聞くと、人間の腱や関節を模した構造が含まれ、たくさんのパーツで構成されるメカのようなイメージを想起します。しかし、ブリヂストンから生まれたものは、いわば「骨なし筋肉」のようなもので、発想にジャンプがある。ただ生物の構造を模倣するアプローチとも異なるからこそ、高い独自性が感じられます。

山口

僕が好きなブリヂストンの言葉で、「私達は道を知り尽くしている」「だけどゴムは未知に溢れている」というものがあります。まだアカデミックな領域で未知に溢れたソフトロボティクスを、ゴムを極めたブリヂストンが社会実装する—。そんなストーリーを実現するために、この社内ベンチャーは動いています。

P1208861 出村 光世(Konel/知財図鑑 クリエイティブディレクター/CEO)

「つかむ」のその先、ロボットハンドの役割とは?

sub13 国際的なデザイン賞「iFデザインアワード2023」金賞を受賞したソフトロボットハンドのコンセプトモデル「Dialogue」。

ー過去に制作されたソフトロボット「TETOTE」や「Dialogue」はそのビビットなビジュアルも特徴的です。これらはどのような思想のもとつくられたのでしょうか?

山口

私たちのプロダクトは、従来型のロボットハンドと人の手の間にある「第3の手」という位置付けを意識しています。機能に特化するならシンプルな形にすればよく、全体をシリコンで覆ったり、光らせたりする必要はありません。しかし、すでに世の中にある高機能で工業的なロボットハンドと、ソフトロボティクス研究で主流の生物模倣型の中間を狙い、デザインも重視して開発してきました。これは「“いい感じ“にモノをつかむソフトロボティクス、ゴムの力で、すべての人の生活を支える。」という私たちのミッションを達成するためにも、強く意識したことです。

出村

たしかに、見た目をスタイリッシュにしたりデザインに凝ったりすることは一般的な業務用のロボットハンドでは優先されづらい側面かもしれません。しかし、山口さんからKonelに協業のお誘いをいただいた際、このチームがプロダクトの「格好良さ」にもちゃんとこだわっていることを知って、一人のクリエイターとして心の温度が上がったんです。過去につくられた「TETOTE」や「Dialogue」も、一目で魅力的なものだと直感しました。

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山口

ありがとうございます。Konelさんにお声がけしたのは、ロボットハンドの「さらにその先」を一緒に考えたかったからです。弊社のゴム人工筋肉は、使い方次第で明らかにこれまでとは違う事業の選択肢になりうるもの。「つかむ」以上の役割を果たすためには、この先の社会のあり方自体を洞察しなければいけない。未来をプロトタイピングするために、企画からプロダクトまでをつくり込めるクリエイターとのコラボレーションが必要でした。

ー出村さんはこのソフトロボティクスをクリエイティブのお題として聞いた時、どのような第一印象でしたか?

出村

最初は「ゴム人工筋肉」ってなんだ? というネーミングへの興味からのスタートでしたね。はじめに相談いただいてから今回の展示までおよそ1年。長期のプロジェクトとも言えますが、プロダクトのみならず一般の方も触れられる空間にまで昇華したことを考えると、かなりのスピード感です。一方で、初期のまだ企画が定まっていない段階で、ひたすらブリヂストンさんとKonelのチームでコンセプトを煮込む期間をしっかり取れたことが貴重でした。ソフトロボティクスというテーマに対して、「そもそもロボットって傍にいたら何が嬉しいんだっけ?」という前提にまで遡ってディスカッションしたことを覚えています。

「ととのう」よりも「甘えたい」。無目的に身体をゆだねられるMorphの価値

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P1208928 プロトタイプの最初期につくられた「Morph」の模型。

ー今回つくられた、ゴム人工筋肉を使ったロボット「Morph(モーフ)」のコンセプトを改めて教えてください。

出村

ソフトロボティクスの未来を探索するにあたって、ゴム人工筋肉の有機的な動きが何に対してプラスに働くかを考えました。そこで出てきたキーワードが「甘えたい」「ゆだねたい」というもの。ゆるやかな動きに挟まれて自分を素の状態に持っていきたい、そんな純粋な欲求が最初のコンセプトとして立ち上がってきました。メンタルを解放してくれたり、落ち着かせてくれたりするプロダクトはすでに多くありますし、僕も利用したことがあります。しかしそれらを自宅で使っていても、どこか気分が解放しきらない感覚があって。

ーそれはなぜでしょう?

出村

例えばサウナや瞑想がブームになりましたが、今は深くリラックスできないことに悩み、「ととのい」スランプに陥ってしまう人の話も耳にします。もしかしたら、目的意識を持ってリラックスしようとすること自体が、ハイコストなのかもしれません。むしろわずかな時間で、何も期待せず、ただそこに存在するだけのような状態になることで、自分をさらけ出せるのかもしれない。ゴム人工筋肉の有機気的な動きに包まれ、何一つプレッシャーを感じず、無目的でいられる装置として「Morph」、そして「Morph inn」という空間を着想したんです。

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山口

「甘えたい」というコンセプトは我々からしてとても新鮮でした。僕ができたばかりの「Morph」を体験してまず面白かったのは、呼吸や鼓動を体感できたこと。ゴム人工筋肉は水でも油でも制御できるのですが、「Morph」からは生物のような“息遣い”を感じられるので、空気で制御することの必然性が生まれています。触覚や聴覚を通じて空気の動きに親しみを感じられることは、ゴム人工筋肉の新しい魅力だと気づかされました。

出村

工業製品は時間内にどれだけ動くかといった数値的な指標が重視されますが、「Moprh」にはパフォーマンスや便利さとは別軸の、感性的な価値がありますよね。体験した後になんとなく機嫌がよくなったりパフォーマンスが上がるような感覚を与えられれば、ウェルビーイングにも繋がっていく。「Morph」単体で使うだけでなく、設置する場所や空間演出なども含めてまだまだコラボレーションの余地があると感じています。

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ー「Morph(モーフ)」は様々な自然界のモーションを元に動いているとお聞きしました。これはどのような仕組みなのでしょう?

山口

Konelチームが独自に開発した、映像をモーションデータに変換するアルゴリズムを活用しています。このシステムがあれば、生物の呼吸や潮の満ち引き、ひいては微生物の動きまで、地球上のさまざまな自然界の動きをゴム人工筋肉に変換できる。伸びたり縮んだり曲げたりするだけではなく、動きをインストールして再生する新しいインターフェースとしての役割も発明できたと思います。

出村

時間軸も含めた4次元的な動きをゴム人工筋肉で再現しているのですが、たとえば体験後に「これはアザラシの動きです」と種明かしをされると、なぜだか妙な納得感があるんですよね。まだうまく言語化できないのですが、この動きを記憶する体験は面白いし、可能性が感じられる。今回の「Morph inn」の体験イベントでは、開発チームが数十種類の自然界のデータの中からピックアップしたモーションを組み合わせていますが、未来では動きをサンプリングして気持ちよくアウトプットさせる「モーションDJ」のような職能が生まれているかもしれませんね。

「やわらかなロボット」が暮らしに浸透する未来

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ー5月17日から表参道で開場する「Morph inn」ですが、今回のイベントを経てお二人はどのようなソフトロボティクスの未来を引き寄せたいと考えていますか?

出村

今回のMorphは、コア技術をこれまでの「ラバーアクチュエーター」ではなく「ゴム人工筋肉」としてブリヂストンさんが再解釈したからこそ、ここまで発想できたもの。名前がイメージにもたらす影響は確実にあって、今は「ロボット」と聞くと硬くてメカニカルな、指示を受けて何かを肩代わりしてくれる存在を想起しますよね。でも、100年後の未来にはソフトロボットがもっと一般的になり、自分をさらけ出せて受け入れてくれる存在になっているかもしれません。「ロボット」という言葉の定義を拡張し、次世代の研究者やクリエイターが関わりやすい土壌をつくっていく、そんな使命感も今は湧き始めています。

山口

「これはロボットなの?」と言われるぐらい曖昧で新しい存在が、次の未来を引き寄せるのだと思います。柔らかいロボットが身近にいる日常生活をどう感じるか、そもそも「Morph」はロボットなのか—。そんな議論が起こるぐらい、このプロダクトが社会に馴染んでくれたら嬉しいですね。普段はロボットやテクノロジーにあまり関心がない方にも、この機会にぜひ体験していただきたいです。

NZ92265 都市の無目的室「Morph inn」 メインスペース

出村

「Morph」はさまざまな場所に持ち出せるので、ホテルやオフィス、病院などヘルスケアのシーン、屋外で使うこともできるはず。今回の「Morphi inn」も、体験会場はseeenさん、センシングとデータサイエンスはTengun-labelさん、本体を覆う人工皮革には東レさんに協力いただいています。さまざまな業界とプレイヤーを横断し、従来のロボットの姿にとらわれない、新しい未来をつくるためのコラボレーションがこのプロジェクトをきっかけに始まったら嬉しいです。

山口

タイヤ事業がコアのブリヂストンにとって、「Morph inn」という体験の提供はまさに未知の挑戦です。僕にとってはもちろん、100年の歴史を持つ会社にとっても初めての取り組みですから、どんな声やリアクションをいただけるか楽しみにしています。

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TEXT:Yoshihiro Asano /PHOTO・EDIT:Shingo Matsuoka


都市の無目的室《Morph inn》開催概要

Morph innの営業時間は11:00〜19:00です。いつでもご来店ください。体験は予約者が優先ですが、状況に応じてご案内いたします。体験が満枠の場合でも、ご見学いただけます。※14:00〜15:00はメンテナンス時間のため閉館しております。

公式予約フォーム:https://airrsv.net/morphinn/calendar
トレイラームービー:https://vimeo.com/935210360/2e1a543fd8
会期:2024年5月17日(金)〜5月25日(土)
開場時間:11:00〜19:00 
※Morphの体験は、17:45までとなります。  
※14:00-15:00の1時間は、メンテナンスのため閉場予定です。
※18:00-19:00の1時間は、全てのフロアを見学いただけます。
※メンテナンス時間は状況により変動する場合があります。(最新情報はXにて発信いたします。)
会場:seeen 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4丁目13-12(表参道駅A2出口から徒歩3分)公式X(旧Twitter):@Morph__inn(https://twitter.com/Morph__inn)

※Morphの体験には予約が必要です。
※1Fへの入場のみの場合は予約不要です。


本プロジェクトでは、ソフトロボティクスの分野のさらなる発展や未来に関するオープンコミュニケーションを生み出すことを目指しております。きたる将来に向けてバックキャストで活動を推進すべく、プロジェクトへの協賛、協力を受け付けております。関心を持たれる方は、下記メールアドレスまでご連絡下さい。

第一次募集期間:2024年4月23日(火)~2024年6月28日(金)まで
問い合わせ:softrobotics.bs.tsg.bsj@bridgestone.com

山口 真広

山口 真広

株式会社ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ 創業メンバー/主幹

青年海外協力隊(エチオピア)、国際NGOインターン(ガーナ)を経て住友化学に入社。マラリア撲滅事業に携わり、南アジア・東南アジア市場における新市場開拓や新商品開発、NGO・社会起業家・異業種企業との共創による新ビジネスモデルの構築に従事。2018年ブリヂストンに入社し、2020年よりソフトロボティクス ベンチャーズ創業メンバーとして新規事業立ち上げをリード。開発したソフトロボットハンドが2023年度グッドデザイン賞を受賞するなど、本格事業化に向け日々邁進中。一般社団法人イノベーション・ジャパン理事。

出村 光世

出村 光世

Konel Inc. Producer

1985年石川県金沢市生まれ。早稲田大学理工学部経営システム工学科卒。アート/プロダクト/マーケティングなど領域に縛られずにさまざまなプロジェクトを推進。プロトタイピングに特化した「日本橋地下実験場」を拠点に制作活動を行い、国内外のエキシビションにて作品を発表している。自然現象とバイオテクノロジーに高い関心がある。

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