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2021.10.07
インタビュー | 岩田 渉×神田 竜
「鏡/Miroirs」─舞台表現を越境するヴィジュアルプログラミングと3Dオーディオの世界
「Living Art × Digital Art」をテーマに、ラヴェルによる組曲「鏡」の作曲から100年を経て、現代の音楽・身体・映像表現に再解釈して公演される『鏡/Miroirs』。昨年の公演にさらに1幕を追加し、演出・キャストの変更も加えて2021年11月3日(水・祝)に長野県の茅野市民館マルチホールにて本公演が上演、バイノーラル音声によるライブ配信も行われる。
楽譜におかれた一つひとつの音符をヴィジョンとして読み解き、身体の表現とヴィジュアルプログラミングを通して視覚化したこの公演は、8Kプロジェクションと立体音響による演出を加え、コンテンポラリーダンス・近代クラシック音楽・デジタルアートを等式で結ぶハイブリッドな舞台作品となっている。
ダンスに加えて最先端のデジタル表現が試みられている本公演にヴィジュアルプログラミングで参加する神田竜氏(Kezzardrix)と音楽家・芸術監督として参加する岩田渉氏に、その見所と技術の裏側について話を伺った。
アナログとデジタルのプロフェッショナルが集う『鏡/Miroirs』
─昨年に引き続き行われる今回の公演『鏡/Miroirs』ですが、本公演は舞台表現に加えてさまざまなテクノロジーによる先鋭的なアプローチも見受けられます。まずはこの公演がスタートした経緯と、なぜラヴェルの組曲『鏡』をモチーフにしたのかについて教えていただけますでしょうか?
岩田
コロナによる緊急事態宣言が発令された2020年に、東京都が「アートにエールを!東京プロジェクト」という芸術家向けの支援事業を始めまして、その一環で友人の映像作家やアートディレクターと「音楽の視覚化」をテーマに映像作品をつくったのがきっかけです。その制作後に、舞台作品にもしていきたいという方向に話が広がっていったんですね。ただ当初は同じラヴェルでも『鏡』ではなく、童話『マザー・グース』をテーマとした組曲『マ・メール・ロワ』がテーマだったんですが、もう少し抽象的で広がりをもったテーマにしたいということで『鏡』を使うことになりました。
『鏡/Miroirs』にて芸術監督を務める岩田渉氏。本インタビューはオンラインにて行われた。
─ラヴェルの『鏡』は、舞台ではよくモチーフとされる曲なのでしょうか?
岩田
そうですね。『鏡』は元々ピアノ向けに書かれた曲で5曲から構成されているのですが、その内2曲はオーケストラ用にアレンジされ、バレエの公演に使われていたりもします。
─今回の公演で昨年からアップデートした部分はどのようなところでしょう。
岩田
コンセプトは同じですが昨年とは別のアナロジーを用いています。また今回は『鏡』の世界観を端的に伝えるための一種のチュートリアルとして冒頭に6分ほどのシーンを追加しています。また、メインキャストの一人であるダンサーの平山素子さんですが、昨年は足の手術があり演出にそのための工夫が必要でしたが、今年は万全な状態で臨まれますので、より原案に近い演出で表現することができるかと思います。
─ダンサーの方のお話が出ましたが、岩田さん・神田さんの今回の公演の役割についても教えていただけますでしょうか?
岩田
私は昨年に引き続き芸術監督というポジションで、原案から舞台の総合演出と、あとオーディオ面を担当しています。全体でいうとコアメンバーは変わらず、何人か新しいメンバーを加えてという感じですね。
神田
僕はビジュアルプログラマーというポジションで、岩田さんからのアイデアを実装に落とし込むという役割です。例えばオーディオに合うようなビジュアルをその都度提案してモデリングやプログラミングしたり、あとは実写等の別撮り素材をCGの中に配置するためにいじったりとか、プロジェクタへの出力周りとか、エンジニアっぽい事も含めて1人でやっていますね。
ビジュアルプログラマーを務める神田竜氏(Kezzardrix)。
─平山さんをはじめ、この公演にはさまざまな分野のプロフェッショナルの方々が集っている印象です。
岩田
そうですね、まずダンサーの平山さんは、キャスティングの段階で彼女がぴったりだと思いまして、知人を介して紹介してもらいました。彼女は、近代の音楽から現代の音楽まで幅広く踊られているんですが、難解と思われがちな現代音楽でも必ず「美」に落とし込むことができて映像との親和性もとても高い。コンテンポラリーダンスの世界ではもう重鎮と言える方なのですが、まだまだ自身も現役で活躍されています。
─平山さんは東京オリンピックのフィギュアスケートの強化チームのコーチもされている方ですね。その他にはどのような方々が集っているのでしょうか。
岩田
ピアニストの福井真菜さんはフランスの音楽院で教鞭をとりつつ、ヨーロッパで演奏活動をされていた方で、本作品の原作・原案を一緒に手掛けていただきました。もう一人のダンサーには、間宮佳蓮さんという小学1年生の6歳の女の子を起用していて、平山さんに振付をお願いしています。衣装デザインは昨年に引き続きスズキタカユキさんにお願いしました。彼は今年のオリンピックの開会式の衣装デザイナーとしてもご活躍された方で、ご自身で舞台作品を作られたり、出演されたりもしています。それから、今年は神田さんの紹介で照明デザイナーの藤本隆行さんを新たなメンバーに迎えました。ダムタイプ(京都で結成されたマルチメディア・パフォーマンス・アーティスト集団)のメンバーとして活躍されている方で、LED照明のコンピューターによる操作を得意としている方です。
神田
僕は藤本さんの舞台作品のツアーにプログラマとして長期で参加していたこともあり、その繋がりで紹介しました。
舞台作品のクリエイションに即応する、「Houdini」と「TouchDesigner」
─ビジュアル面について、神田さんはかなり難解なコンセプトを実装に落とし込んでいるかと思うのですが、実際はどうでしょうか。
神田
そうですね、岩田さんは一旦プログラムの制約を度外視してイメージを提案してくるので、そこを頑張って実現するという点で技術的にも貢献できてるのかなと思っています。
─今回の公演のために新たなシステムを構築されているということでしょうか。
神田
どの公演でもそうですが、全て要件が少しずつ違うので、シーンをスムーズに切り替えるために毎回新しい仕組みをつくることが多いです。他にも細かい部分ですが、メインのコンピュータをプロジェクタと接続するためにブースから遠い位置に置く必要があったりするので、メイン機をコントロールするコンピュータを設置して本番時に遠隔で操作できる仕組みをつくったり、そういったことはやっていますね。
岩田
神田さんはとにかく作品コンセプトの理解が早く、いつも私が提案したアイディアを上回るものをつくってくれるのでとても嬉しいですね。毎回自分でも無茶を言ってるなと思っているのですが、とりあえずぶつけてみようという気持ちで思いっきり無茶を言わせてもらってます。
神田
無理な時は無理と言うんですけどね。リファレンスを通して、アウトプットがパッと思いつくものに関してはまぁいけるだろうという感じでチャレンジしています。
─神田さんはVJをはじめ様々なプロジェクトにこれまで参加されてますが、今回の公演ではどういった部分に注力して取り組まれていますか。
神田
基本はやはり舞台上にいるダンサーが主役なので、ダンサーの身体が引き立つような映像になればいいなというのは意識してつくっています。あと、今回の舞台の目玉の一つにピアノの生演奏があるんですが、テンポが演奏ごとに毎回微妙に異なってくるので、裏でスタッフが音だけを頼りに必死になって同期させているんですよね。だから、一見全自動で同期してるようにも見えるんですが、操作はアナログなんです。僕はライブをやったりしてるので、そういう経験で培った反射神経が生きている感じはしますね。
─アウトプットはデジタルでも、裏側ではそうしたフィジカルの工夫が行われているんですね。今回の映像表現の見所でもある8Kプロジェクションに関して、苦労した点やこだわった点があれば教えてください。
神田
まず8Kや舞台上でのクリエーションに対応する時の一番の敵はレンダリング時間です。レンダリング時間がかかってしまうと、その場で出たアイデアを試しながらクリエイションしていくことが難しい。そこを解消するために「TouchDesigner」というリアルタイムのレンダリングができるソフトを使っています。処理が重い複雑な表現も今回は使いたいので、事前書き出ししたものとリアルタイムのネタを織り交ぜながら制作しています。機材に関してはそこまで特殊なものは使っていなくて、ピアノの音に反応する表現のためにオーディオシグナルをPCに入れているという点ぐらいですかね。あと、「Houdini」というCGソフトも使っているんですが、普通のモデリングソフトの場合だと手でオブジェクトの形をモデリングしていくんですが、Houdiniの場合はプロシージャル・モデリングと言って、後からパラメータ変更が可能な複数の機能を持った箱を繋ぐことでモデリングしていきます。そうすると予想もしない形がつくれたりするんです。元々TouchDesignerの前にopenFrameworksという環境を使っていて、これでも自分で1からプログラムを組むことで同じようなことができたんですが、Houdiniの場合は計算時間がかかる複雑な形状をつくるための機能もあらかじめ用意されていますし、形成したオブジェクトをマウスで少しだけ修正するのも簡単です。出来上がったモデルのデータはTouchDesignerの中に読み込んで、リアルタイムにアニメーションをつけます。Houdiniで形を組み、TouchDesignerで動かす。こうすると両者の美味しいとこどりというか、片方のソフトだけではできないことが二つのソフトを組み合わせると簡単にできるという。
─Houdiniはジェネラティブな作品を扱うのに向いているんですね。
神田
そうですね。公演の映像の中で迷路風のシーンが出てくるのですが、初めに一個箱を作ってランダムに道を生成するというプログラムをHoudiniで組んでしまえばボタン一つで100個迷路が生成できるので、今度はそれをどう並べるかとかどう動かすかとか、上位の表現に注力できる。これはリアルタイムで全てを計算するとすごく大変なんですけど、Houdiniには形状の生成だけやらせてTouchDesignerでアニメーションさせれば、その場で生まれたアイデアにも対応しやすいですね。
─HoudiniとTouchDesignerは、元々相性が良いソフトなんでしょうか。
神田
実はTouchDesignerを立ち上げた人が元々Houdiniの開発元であるSideFX社から独立した人みたいで、基本的なデータの構造とか思想が似てるんですよね。例えば、TouchDesignerとHoudini間だけで互換ができるファイルのフォーマットがあったりして、データの移行が比較的容易にできます。
─なるほど、それは興味深いですね。岩田さんは神田さんとご一緒に仕事をされていてどのような印象をお持ちですか。
岩田
本人がいる場で言うのはちょっと照れくさいんですけど、基本的に神田さんのつくるCGが大好きで、私がつくる音と細かい部分でシンクロしてくれるので非常にありがたいですね。あとはオーディオ・リアクティブの部分でも手数が豊富で、色々アドバイスをしてくれるので非常に助かっています。
「音」そのものを堪能する、立体音響の魅力
─本公演における音響技術についても岩田さんお伺いしたいです。劇場において立体音響を実現するための工夫について教えていただけますでしょうか?
岩田
アンビソニックスという立体音響方式を使っていて、これまでは立体音響再生装置の音響樽やインスタレーションなど比較的狭い空間で使っていたのですが、大きな劇場で使うのは初めてなのでとても楽しみですね。立体音響の効果として、あるフレーズを広いキャンバス、3D空間の中で自由に配置することや、これまでとは異なる“音”の聴こえ方、存在感を感じてもらうこともできるので、そういった演出を加えることができるのは、まさに3D音響の強みかなと。あとビジュアル面で今回8Kプロジェクターをアストロデザインさんからご提供いただき、オーディオ面ではMI7さんからアンビソニックス方式で集音可能なマイクをご提供いただいてます。ピアノの音質もとても艶やかで“立体”というより主に“質”の違いとして驚かれるかもしれません。
神田
まだ僕自身も劇場での立体音響の威力は体験していないのですが、映像と一緒にどこまで展開できるか楽しみなところではありますね。
─観客の皆さんに対して、どのような点に意識しながら音響を体験してもらえるとより楽しめるなど、伝えたいポイントはありますでしょうか?
岩田
観客の皆さんに「音楽の見方」を伝えたいです。例えば去年の映像作品で扱った『マ・メール・ロワ』は、『眠れる森の美女』や『美女と野獣』といった童話をモチーフに作曲されていて、情景、会話、誰が誰に対して言ったセリフなのかすらはっきりと書かれています。だから、鑑賞者は音そのものというよりも、音楽を通じたヴィジョンを得て物語世界に没入していた。今回のこの作品を説明するにあたって、「音の視覚化」という言葉を頻繁に使うのですが、単に目で見ることの視覚のことではなく、音や、匂い、手触り、質感、出来事、時間の推移など、総合的なイメージを伴う“情景”そのものに対しての「ヴィジョン」に対応する言葉として「視覚化」という言葉を使っています。この組曲『鏡』は抽象度の高い音楽作品なので、並行してアナロジカルに展開するダンスと映像を通じて「音楽」そのものの力を全身で堪能してほしいなと思います。
─配信ライブでは現場の舞台とは異なる音響演出になるかと思いますが、配信の音響はどうなるのでしょうか。
岩田
バイノーラルでの配信を考えています。バイノーラルは人間の耳や脳の構造を考慮した上で設計されているので、イヤホンやヘッドホンで鑑賞してもらえると劇場の音響とはまた違った立体音響空間を感じていただけるかと思います。
リアルタイムの舞台と配信だからこそ届けられる、生の緊張感と「異質さ」
─ここ1〜2年で舞台を取り巻く環境はコロナにより大きく変わりましたが、今回舞台での公演とオンラインでの配信と両軸で発信することにはどのような思いが込められているのでしょうか?
岩田
コロナ禍において表現の場所や方法をどう工夫していくかというのは非常に頭を悩ませるところでもありますね。ただ、個人的には一つの仕込みで、舞台公演と映像(配信)という「二つの作品」をつくれると考えたほうが面白いと思っています。正直、去年の公演に関していうと、手が回らなくて心残りだった部分もあるんですが、今回は、去年の上演で照明ディレクターをしてくれた大川原諒さんに配信映像のディレクションをお願いしています。彼は元々写真家で、その視点で例えばピアノの照明などはとても独特で美しい照明をプランしてくれました。また、ダンス公演の映像ディレクションなどもされていて、今回の作品世界も深く理解してくれているので、今回は公演当日の配信映像と、映像作品化のクリエイションの主軸になってもらっています。ちなみに彼は昨年開催されたサカナクションのライブ配信の公演で背景映像の制作で参加していて、その公演の完成度がとても高く、事前にクリエイションされたものを流しているのかライブで配信されているのかっていうのが見分けがつかないんですよ。そうした発見はライブ配信のクオリティを上げるという点で浮かび上がる矛盾でもあり、興味深い部分でもあります。
神田
僕もさまざまなライブ演出に関わっているのですが、毎回現場でリアルタイムでパファーマンスすると「リスクしかないな…」と思っちゃう面もあるのですが、それでも生でやりたい一番の理由は、演者自身のテンションや緊張感をそのままパフォーマンスに落とし込めるというところにあると思っていて。演者がリアルタイムでライブをやる以上は配信の場合でもその魅力は同じものがあると思います。
岩田
ライブの緊張感と言うことで言えば、まだテレビで生放送が多かった頃、よく「しばらくお待ちください」ってカラーバーが出たりとか放送事故が頻発してたんですよね。私はそういうトラブルが好きで、どこかでそうした予期しないことを期待しちゃったりとかするんです。もちろん今回の公演でアクシデントはないほうがいいんですけど、予期しない出来事は相変わらず期待してしまいますね。
─劇場に行ける方も配信で見る方も、同じ緊張感や熱量を共有しながら見ることができるということですね。最後に、本公演の見所や楽しみについて改めてお伺いしてもよろしいでしょうか。
岩田
そうですね、コンテンポラリーダンスと近代音楽とデジタルアート、この組み合わせの舞台作品というのは珍しいのではないでしょうか。また、この舞台は特にこういった層をターゲットにしているということはないので、誰もが感覚的に楽しめる舞台となっているのではないかと思います。コロナの状況にもよりますが、実は今年はプレビュー公演という形で小中高の子どもたちを招待しようと考えていて、彼らの感想が今後の一つヒントになるんじゃないかなと思っております。
神田
学生を招待するというのは面白いですよね。今回の舞台はおそらくとても変わった作品になると思ってるんですけど、子供の頃や若い頃に見たそういう異質な「変なもの」って大人になっても記憶の片隅に残っていたりしますよね。今回の公演が子どもたちの人生や価値観を変えるきっかけになったら最高です。その期待感を持って臨もうかと思います。
【「鏡/Miroirs」公演概要】
[公式ウェブサイト]https://miroirs.objet-a.art/
日時 2021年11月3日(水・祝) 開演15:30(開場15:00)
会場 茅野市民館 マルチホール
出演 平山素子(ダンス)、福井真菜(ピアノ)、間宮佳蓮(ダンス)
チケット 〈エリア指定(エリア内自由席)〉
S席:前売6,500円、当日7,000円
A席:前売4,500円、当日5,000円
B席:前売2,500円、当日3,000円
※未就学児入場不可
※障がい者および同伴者は入場無料(詳細はお問合せください)ライブ配信チケット2,500円
※バイノーラル音声(イヤフォン・ヘッドフォンでの視聴をお勧めします)チケット予約 茅野市民館 TEL 0266-82-8222
オブジェ・アー TEL 0551-45-9474
WEB予約 https://objet-a.zaiko.io/e/miroirs
執筆:柴田 悠