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2023.09.14
インタビュー | ⻄濱 ⼤貴×森岡 東洋志×荻野 靖洋
世の中をアップデートし、新しい常識を生むための “テクニカルディレクションの重要性”─テクニカルディレクションアワードの開催に寄せて
株式会社 博報堂, ベースドラム 株式会社, Konel inc.
一般社団法人テクニカルディレクターズアソシエーション(以後、TDA)では、2023年度に第1回「テクニカルディレションアワード(Tech Direction Awards)」の開催を予定している。テクニカルディレクションの重要性とテクニカルディレクターの活動内容を広めるためのこの試みでは、従来の広告祭やアワードでは見られなかった「プロセス」への着眼が重要とされる。
新しい技術の普及において重要な役割を果たす「テクニカルディレクター」の認知拡大とともに、隠れたプロセスにある開発者の思いや試行錯誤の結果を社会の集合知へとアップデートしようとする本アワード。審査員を務める、森岡東洋志氏(BASSDRUM)、西濱大貴氏(博報堂)、荻野靖洋氏(Konel / 知財図鑑)の3名に開催目的などを語ってもらった。
審査基準は「プロセスの積み重ね」と「未来への展望」
─今回のアワードのお話を伺う前に、元々のTDAの設立背景や目的、みなさんの役割を教えて下さい。
森岡
はい、元々「BASSDRUM」というテクニカルディレクターが集まった会社がありまして、そこで情報共有などをしているうちに同業種同士での意見交換ができる場が重要だと感じており、コミュニティとPR機能を持った「一般社団法人テクニカルディレクターズアソシエーション(TDA)」を発起人として設立しました。テクニカルディレクションという業務自体が、様々な技術を知らないといけない部分があり、活動範囲などがあまり言語化されてないため、価値は高いもののその役割が一般に浸透していないのではと思っていました。
荻野
僕は、TDA発足前のBASSDRUMのコミュニティイベントに参加した際に、TDAのオーガナイザーの募集を見かけたのがきっかけです。その当時、テクニカルディレクターという肩書きの人が自分以外にあまりいなくて、同じ役割の人々との繋がりの重要性を実感して参加しました。
西濱
僕は広告会社のクリエイティブ職で、入社当初からデジタルシフトが進む広告業界で経験を重ねました。その中で、テクノロジーの活用案とディレクションの乖離を感じており、デジタルに精通したクリエイターと、伝統的なアート&カルチャーの間のギャップを埋める役割があるともっと良くなると思っていました。第三者的な立場から捉える必要もあると感じて、TDAに参加させてもらいました。
株式会社博報堂 テクニカルディレクター ⻄濱 ⼤貴氏
─「テクニカルディレクションアワード」の0回目が実施されましたが、その具体的な審査基準や重要な要素はどういったものでしたか?
森岡
TDA設立当初からアワードの話はありましたが、審査は難しいだろうと考えていました。やっぱりテクニカルディレクションは「プロセス」がメインなので、成果物だけを見てもなかなか審査しづらくて難しいよねっていう話があって止めてたところがあったんです。今回は条件やタイミングが重なって開催しましたが、第1回をやる前にそもそもの要件や公募内容をまとめていく必要があるよねというので、ランスルー的に「第0回」を実施した形です。
荻野
通常の広告賞のようにアイデアやアウトプットだけでの評価ではなく、プロセスや中間の成果を重視して審査を行うことが重要と考えていました。特に新しい技術の応用やこれまでにない体験の創出などの点を評価の軸としつつ、答え合わせ的にアウトプットの過程にどんなチャレンジがあったのかを想像しながら判断を行っていました。
西濱
アウトプット至上主義ではないからこそ、新しい技術の導入だけが価値ではなく、それを用いてリスクを回避したり、大きなプロジェクトを成功させる経験が重要ですね。特に「FIFA ワールドカップ カタール 2022」のような国民的な大規模イベントは、リアルタイムに膨大な通信が発生するので、大変な試行錯誤やときにはエラーやコストオーバーなんかもあったのではと思います。それでも、一度ちゃんと運営しきったという経験ができると、その技術や手法が信頼性を持つ証明となります。その仕事自体が"代名詞"となり、社会の経験値をアップデートしている感じがあって、そこが一番面白かったです。
荻野
「FIFAワールドカップ」の事例は審査の中でも特に印象的でしたね。これは異質だったんですが、こういうものにこそ、適切なテクニカルディレクションを評価することが必要だって。ある試合で「これ以上はもう入れません」って表示させたところなど、限界を示したところがすごくよかったですよね。
技術の進化だけでない、試み自体へのまなざし
─面白いですね。特に、技術サイドの評価では体験の成功/失敗よりも、達成した数値や実績がベンチマークとして具体的な成果となることに価値が出てくるんですね。
西濱
エンジニアリングの評価はただの成果だけでなく、今後の展望にも焦点を当てることが重要ですね。テクノロジーは常にアップデートされるため、未来の可能性や方向性を評価するアワードになっていることが魅力的だと感じました。例えば、XRやメタバースといった現代のトレンドに対しては、画質のクオリティやヘッドマウントディスプレイの重さ、エンジンの処理速度などの進化があります。そこで大事なことは、新しい技術の適切な実装のためには、リアルな制限やコストを理解することが必要ということ。「それをやると同時に100人ぐらいが限界だよ」とか「サーバー費がめっちゃかかるけど大丈夫?」といった、リアルな技術力や限界を知ってるエンジニアやテクニカルディレクターの存在が不可欠であると感じます。
─ビジネス視点やユーザーからすると完成したプロダクトや新しいデバイスに目が行きがちですが、エンジニアリング視点ならではの新しい評価方法が求められますね。
森岡
横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」みたいに、新しい技術だけでなく古くても安定した技術は、インフラに使いやすく精度が安定して予測しやすいので組み込みやすくなります。そういった技術を「あえて選ぶ」こともときには重要ですね。
ベースドラム株式会社 テクニカルディレクター/一般社団法人テクニカルディレクターズアソシエーション 発起人 森岡 東洋志氏
荻野
今話してて思ったのは、技術の進化だけでなく、「あえて人力でやりました」みたいなアプローチもテクニカルディレクションの一環として評価できる可能性がありますね。一方で「Luma AI」のように新しいプロダクトが一般ユーザー向けサービスに進化する過程や、その背後にあるインフラとしての機能も評価されます。
西濱
こちらとしても制作に関する試み自体を評価したいってところもありますね。特に新しい技術やR&Dの成果物をどう評価されるか、それらをどうやってサービスやプロダクトに落とし込むかのチャレンジに興味があります。今回の「XRAYHEAD」「LiDR -Liquid Drawing-」「Active Slate」など、新しい技術の実用化やその評価に関する議論は、本アワードの特徴や魅力となっていくのかなって思いました。
荻野
制作の初期段階からの取り組みや試みは非常に興味深いですよね。当初の構想ではジャンルで分けていたので、「R&D / Prototype」部門がなかったんですよね。こうしたR&D的なものの評価は難しさがあって、ソニーさんの「mocopi™」のようなプロダクトに落ちてるものと、「XRAYHEAD」を並べて評価するのは無理だな、という声もありました。今後の審査基準として、R&D部門では今後の応用性に関する期待なども取り入れていくかもしれません。
─部門の作り方にも議論があったわけですね。その中で「特別賞」はどういったものを選出されたのでしょうか?
森岡
「特別賞」はどのカテゴリーにも入らないし、どのカテゴリーとも言えるっていうところがあります(笑)「MPLUSPLUS」さんはオリジナルのLEDの演出装置でスーツや傘を作って強いインスタレーションとして体験を提供してるわけですが、評価の本質はその部分だけではなく、常に新しい体験を作るためのR&Dを自社でやっているという姿勢、さらにそれを継続して取り組んでいる実績が評価されるべきだよね、という話になりました。
荻野
普通はアワードっていつからいつまでの期間で評価すると思うのですが、本アワードはその期間だけに焦点を当ててるわけじゃなく、取り組み全体が評価されたことが特徴でしたよね。
西濱
誰かが似たようなことを思いついたとしても、10年以上同じことを続けると、その分野でのプロになるということを、改めてこの視点で見せつけられた感じがします。あるフィールドで自分たちがやりたいからアップデートしていく、というスタンスが伝わってきました。
知識や技術の使い方を、社会の資産として公開・共有すること
─今回を踏まえて、いよいよ次回が1回目となりますが、本アワードの今後の展望などがあれば教えてください。
森岡
「テクニカルディレクション」っていう言葉がもっと一般的になってほしい、というのは最終的にやりたいことですね。今はアウトプットの評価が中心ではありますが、システムの作り方や取捨選択の仕方とか、そういうのをもっと公開して共有できる状況がいいなと思います。例えばある事例で「Luma AI」を使ってるのはわかるとしても、具体的に裏側でどう使ってるのかまでは詳しくは分からないので、もっと公開されていくといいなと思うんですよね。
荻野
その話は「知財図鑑」とも思想が近いのですが、知識や技術の使い方をもっとオープンにすれば、みんなが学べて世の中の進歩も早まりますよね。テクニカルディレクションもひとつのプロセスなのですが、どうやって物が作られてるのかを本アワードを通じて公開することで、社会全体に知見が貯まってほしいなと思います。
森岡
TDAで毎月やってる事例共有会で、アウトプットの背後にある技術や選択を話したりするのですが、まさにそこのところにすごく価値があるんですよね。どんな技術を使ったか、逆にどんな技術を捨てたりしたのか、っていう話がすごく大事。純粋な技術評価っていうと、学術論文やSIGGRAPHのような場ではあったけど、実装の際にどんな技術をどう選んで使っているのか、という詳細はあまり公開されていませんよね。
西濱
日本では、「技術ってメーカーとかソフトウェア提供会社のもの。」というイメージが強かったのであまりオープンにするものではなかった気がします。もちろん仕事と絡むと、情報を隠したがる動きもあるんですが、最近は、趣味でアプリを作ったり、Botを作ったりする人が増えてきて、GitHubのようなプラットフォームでオープンに情報を共有したり、プロンプトを公開するような動きも増えてきました。そういう意識が企業間のコミュニケーションにも流れていくといいですね。
森岡
「どうやって作るか」って部分を評価するためには、その情報をみんなが当たり前に見ることができる状態が大前提ですよね。
荻野
その制作プロセスが、本当に社会の資産になるといいですよね。
株式会社コネル テクニカルディレクター/株式会社知財図鑑 知財ハンター 荻野 靖洋
西濱
例えばCMやWeb動画の現場では、制作過程や舞台裏を種明かし的に公開することもありますし、その中での失敗や試行錯誤のエピソードに、実はすごく資産として価値があると思います。最終的な作品だけでなく、制作過程そのものも含めて評価される時代になるといいよね。
荻野
エンジニア同士では横のつながりで技術の共有はしてると思いますが、テクニカルディレクターのようにもう少し俯瞰した目線で全体を見る人たちの情報共有は、実はあまり行われてないんじゃないかなと思います。
─テクニカルディレクターの役割って、エンジニア同士のつながりと社会の間を繋ぐ役割といえばいいでしょうか。そこに求められるスキルとか知識はすごい広いですね。何か新しいものが出てきたらとりあえず荻野さんに聞いてみようとか(笑)
荻野
ここ数年で、テクノロジー関連のプロジェクトが増えてきて「プロジェクトマネージャー」などの新しい職業が市民権を得てきましたよね。技術とビジネスの間には乖離があって、そのギャップを埋める役割がテクニカルディレクターだと思います。ただ、広い知識は必要だけど、AIの専門家のような深い知識は必要ないと思っていて、幅広い対応能力が大事かなと思います。自分がその知識を持っていなくても、その領域に詳しい人を知っていることもテクニカルディレクターにとって大切だと思います。
森岡
お客様の要望から逆引きして必要な技術を選定できることも大事ですね。特にクライアントサイドに近く、新規事業の相談などはそういう感じになりがちですね。
西濱
クライアントの要望をエンジニア側に引き渡すときに、何ができていることが本当に重要かを判断する「前さばき」のような役割も求められますね。
森岡
大なり小なりテクニカルディレクションをやっているエンジニアとかプロデューサーもいるんですよ。ただ、プロジェクトが大きくなると、必要な技術を判断したり選定するだけで1日終わっちゃうっていうこともありますよね。話がわかるエンジニアさんって、テクニカルディレクションも自分でやっちゃう人がいて、普通は自分のスコープの外だって切り分けることも多いのですが、そこはちゃんと価値があって仕事として成り立っていることもありますね。
西濱
確かに、指示された通りに仕事を淡々と進めることも大切ですが、自分で考えて状況に応じて柔軟に対応していくことも同様に大切ですよね。そもそもこっちの方がよくないですか?とか、自分の判断で最適な方法や技術を選ぶことのバランスも大事だと感じます。
森岡
エンジニアの真価を発揮させるためには、求められてる役割を明確に分けることが大切ですね。コードを書くのが早い凄腕のエンジニアがいるとして、テクニカルディレクションとエンジニアリングを同時に行うと、その力が発揮されにくくなることがあります。全部がプロセスなので、課題発見と課題解決も同じ人がやってしまうと、最適なパフォーマンスができるわけではないですよね。
テクニカルディレクションの力で、未来を近づけていく
─それこそ生成AIのような「新しい技術をどう使ったらいいか」という議論には、政治家のように考えるだけでなくて実際に手を動かす人の力も必要だなと思っています。そのあたりはどうお考えでしょうか?
森岡
新しい技術が登場することは、コストに革命が起きますよね。今回の「mocopi™」のようなモーションキャプチャーにしても、昔は専用の部屋が必要で高価だったものが、現在では数万円で手に入るようになりました。そういう際にテクニカルディレクターやエンジニアが新しいものにとりあえず触ってみるという空気感や、どういうふうに使えるものなのかをみんなで議論するような環境づくりを、社会の中に広める取り組みが必要かなと思っています。
荻野
例えば、ビジネスリーダーだったら失敗してもいい「実験予算」を持つことが大切だったりしますよね。僕たちも新しい技術をどう活用するかを模索することで引き出しを持つことが大事ですよね。THINK AND SENSEの松山周平さんが「NeRFをMVに使いました」みたいなことが良い事例で、いきなり企業の本気のビジネスに突っ込むのは勇気がいりますが、エンタメやアートなどの表現の世界で楽しいところから実装していくというのも、テクニカルディレクションの役割としても重要ですね。
森岡
あるメーカーさんの話ですが、街頭テレビから一家に一台の時代を経て、みんながスマホを持っているようになりましたよね。人々の常識や認識は、触れ合った技術によって形成されていくので、まずは非日常の場所から新しい技術や使い方にどんどん触れて、それを日常に取り入れることが、社会の進歩に繋がるんだろうなと感じてます。
荻野
映画がNetflix化したみたいですね。最初に映画館での体験がないと、Netflixの凄さもあんまりピンとこないみたいな。
西濱
「人間が想像したものはそれを実現することができる」とよく言われますよね。でも現代はその妄想の土台になる情報が複雑化していて、何ができるのかを具体的にイメージするのが重要になっています。子どもたちがYouTubeに触れてるから、リアタイのテレビ番組も戻してっていうように、新しい技術に触れることでその先の可能性や常識が形成されていきますよね。テクニカルディレクションの力で、妄想やフィジビリティ、チャレンジの結果が可視化されていくと、世の中にまだない概念を作れることもあるんじゃないかなと。そこからいい感じで真似したり、リファレンスしていくことで未来を近づけるっていうのはとても素敵なことだなと思います。
─最後に、本アワードに応募してくる参加者の方にメッセージをお願いします。
森岡
ぜひ作り手の方々から応募してほしいなと思っていて、もちろん最終的なアウトプットのコンセプトを考えてる人や、プロデューサーもすごく大事なんですけれど、やっぱりそれをどうやって作るのかとか、そういうやり取りがすごくいっぱい発生してるはずなんですよね。アウトプットに至るまでの、制作過程の中での様々な努力や工夫、その背景やストーリーを共有してほしいと思います。
西濱
何か発表の場がなかった人が発表してくれてもいいですよね。自社で頑張って作ったけど、認識されなかったり、注目されなかった取り組みがあれば、このアワードで発表していただいても良いなと思います。必ずしもアウトプットに繋がらない場合もありますが、それでも技術的には相当面白いことしてた、みたいな作品を見てみたいです。
森岡
「LYTRO」というスタートアップが開発した「後でピントを合わせるカメラ」の技術は、事業としては普及しなかったものの、後にGoogleに取り入れられ、高解像度のStreetViewのような仕組みで美術館などで利用されるようになった例もあります。新しい技術や斬新なアイデアは、時と場所を変えれば再評価されることも多いので、作り手の方々には、自らのプロジェクトを本アワードで広く共有していただくことを強く希望しています。
左から 博報堂 ⻄濱 ⼤貴氏、ベースドラム株式会社 森岡 東洋志氏、株式会社コネル/知財図鑑 荻野 靖洋
Interview/text:荒井 亮 Photo:Adit