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2026.04.28
インタビュー | 荒井 亮
「発明のWiki」が、知財のマッチングを変える日——知財図鑑 編集長が語る、AI時代のメディアとコミュニティ
知財図鑑

知財図鑑が、大型リニューアルに向けてクラウドファンディングを立ち上げた。掲げるコンセプトは「発明のWiki」。編集部がキュレーションして記事を届けるメディアから、誰もが登録・編集でき、AIが読み解き、課題とマッチングしていくデータベース型メディアへと舵を切る構想だ。
とはいえ、その全貌はまだ設計の真っ最中。「仕様を固めきる前に、いろんな人と議論しながらつくりたい」と知財図鑑編集長の荒井亮は言う。今回は、fashion tech news(運営:ZOZO NEXT) で連載「愛着界隈」などを手がけるライター・GANTANが荒井を直撃。AIが読者になる時代のメディア像から、純粋な妄想からはじまる知財マッチングの未来、そしてコミュニティの火を絶やさないための編集部の役割まで、構想の輪郭を浮かび上がらせる対話となった。
「発明のWiki」とは何か
——リニューアルに向けたクラウドファンディングの立ち上げ、お疲れさまです。まずは新しいコンセプトについて聞かせてください。
荒井
ありがとうございます。おかげさまで開始早々に30%ほどのご支援をいただき、熱いメッセージにとても励まされました。掲げているのは「発明版Wikiを目指す」ということ。ただ、仕様はまだ固まりきっていないので、議論しながらつくりたい、というのが本音です。
——これまでは編集部がキュレーションして記事を書いてきたメディアでしたよね。そこから何が変わるのでしょうか。
荒井
編集部が記事を書くという行為自体が、メディアとしてほぼ終わっていくんじゃないか、という感覚があるんです。ウェブサイトというフォーマット自体が、人に読まれるものからAIが使うものに変わっていく。自分の行動を見返しても、どこかのサイトをブックマークして見に行くこともほぼなくなりました。
そうなった時に、記事は流動性の高いテキスト=マークダウン形式の情報になって、各自が自分の見たい環境で読めるようになっていく。J-PlatPatのような特許データベースの情報って、そのままではなかなか読みこなしにくいものですよね。僕らはそれを人力で翻訳して届けてきたわけですが、AIを使えば手軽に高精度に翻訳できている。知財図鑑に掲載された情報を小学生が読みたければ、「小学生にもわかるように説明して」と一言で済んでしまう時代ですから。
記事は「素材」になり、AIが読者になる
——つまり、記事はパッケージングされたコンテンツではなく、可塑性のある素材になっていくということですね。
荒井
そうです。そして「登録する」という行為自体も、これまでは編集部の限られたメンバーしかできなかったものを、Googleアカウントやメールアドレスでログインすれば、誰でも自分のマイページから登録・修正・削除できるようにしたい。
当然、誰でも登録できるということは、勝手にトヨタの特許を登録する人も出てくる。それは公開情報だから可能ではありますが、トヨタの研究者の方が見たときに「誤りがあるから直したい」と言われたら、もちろん対応できるようにする。ボットで何万件登録するようなスパムは弾く。そのあたりの線引きを設計しているところです。
——登録されたけれど誰にも見られない、死蔵データベースになる懸念はありませんか。
荒井
そこは同時に、探索する仕組みが必要ですよね。「こんな課題に困っているんだけど、いいアイデアない?」と聞くと、それを解決してくれそうな知財やアイデアをピックアップしてくれる。いま知財図鑑が企業コンサルティングでやっている「idea Landscape(アイデアランドスケープ=数千件の特許を一気に数万件のアイデアに変える探索手法)が接続されると、誰かが思い描いた夢のアイデアに対して「この会社の技術を使えば実際に作れますよ」とマッチングできる世界観になる。
——そうした企業向けのコンサルティングワークと、知財図鑑は連動していくのか、一体化するのか。
荒井
一体化するイメージです。根底にあるのは知財で、実在する特許もあればまだアイデアや研究ベースのものもあります。それを使って課題解決につなげましょう、という思いです。僕らは知財を世の中と橋渡しするメディアなので、そこを分ける必要はないです。
入り口は二つあります。BtoB向けの企業に対するコンサル的な面。もう一方は、BtoC向けの、誰でも気軽にアイデアを探したり投稿したりできるWiki型メディアとしての面。表と裏で見え方は違うけれど、コアになっているデータベースの仕組みは一緒、という構造です。
アイデアランドスケープは「地図」というメタファーでしたが、今回の知財図鑑のリニューアルでは、立体的な「地球儀」のようなイメージに近いと思います。
Artifactが示した、「読者を規定しない」メディア
——こういう構造のメディア、海外で事例はありますか?
荒井
Wikiとは違いますが、すぐ浮かぶのは「Artifact」というアプリです。Instagramの創業者が立ち上げたAIニュースメディアで、いわゆる記事投稿系のサイトなのですが、ユーザーが「5歳児向けに翻訳して」「Z世代向けに翻訳して」「全部絵文字で表して」みたいにトンマナを自分で選べる。ちょうど当時、映画『タイタニック』のストーリーを絵文字だけで表現する、といったネットミームが一時期流行っていて、ああいう遊びもそのまま記事で再現できるというような体験だったんです。記事に付く画像も自分で再生成できて、投稿する楽しさもあった。
一年ほどで終了してしまったんですけど、あれはすごく面白かった。UIの考え方というか、「読者というものをもう規定しなくていいんじゃないか」という思想が示されていた。これまでUIとはUser Interfaceを指していたけれど、これからはYour Interface(あなたのためのインターフェース)という体験へ変わっていくんだな、と感じました。
——知財図鑑もそちらに近いと。
荒井
ウィキペディアだから誰でも編集・投稿できますよ、というのはシンプルな話ですが、それだけでは底が浅いものになってしまいます。AIが活用できるウェブサイトであること、そして企業とのコンサルティングワークとしっかり連携され、誰かの課題につながる仕組みがあること。そこまで含めて設計して初めて、意味のある「発明のWiki」になる。思いはあるけれど、どう仕様に落とすかは、まだ模索中です。
読者がAIになる時代に、どこでサステナビリティが立つのか
——読者像とその悩み、参加モチベーション、運営側の利益——この四点を踏まえて、今回のメディア像はどんな姿になりそうですか。
荒井
そもそも「読者がAIになる」ということは、chizaizukan.comというURLに来なくてもいい、ということなんです。ChatGPTでもClaudeでもGeminiでも、ユーザーが使っているAIに課題を投げる。たとえば自治体が「竹藪が放置されて困っている」と入れる。すると、「それを解消してくれる安全な除草剤をこのメーカーが開発しています」「この大学の先生がこういう研究をしています」といった答えが返ってきて、そのソースが知財図鑑だった、という状態になるのが理想です。
研究論文やJ-PlatPatはほぼ検索に引っかからない。特許って、基本的には技術仕様の記述が中心で、課題側からアプローチしづらいところがあると思うんです。そこを、具体的なニーズやペインから探せるようにしたい。
——ということは、知財図鑑にアクセスして検索するという行為すら、もう前提にしなくていい。
荒井
ですね。自分はAIがまとめた要約を見て、そこから元のソースを読みに行くことはあっても、特定のサイトを目指して読みに行くことはほとんどなくなりました。知財図鑑の情報は対話型AIの中に表示される「ソースの一つ」になるかもしれない。だからいわゆるAIO(AI Optimization)やAINF(AI-Native Format=AIネイティブのデータ形式)がどうあるべきかも考えなきゃいけない。メディアに来て読む人もいるのでUIは存在させるけれど、PVを前提にした設計やUIの「読みやすくするための工夫」は、ほぼ要らなくなると思います。
ソフトウェア・ルネッサンスと、知財の流通
——情報の流通のあり方自体が、メディアの意義に直結してくるわけですね。
荒井
最近、CursorのリードデザイナーであるRyo Lu氏が語っていた話が面白くて印象に残ってるのですが、いまは「ソフトウェア・ルネッサンス」だ、と。Claude Codeなどを使って誰もがサービスやアプリをつくれるようになったことの本質的な意味は何か、という問いなんですね。
荒井
彼が例に挙げていたのが、活版印刷機の発明です。印刷機が登場する前、書物は修道院や教会の中で、写本をする人たちが一文字ずつ手で書き写していた。聖書のような「知」は、ごく限られた人たちだけが扱う特別なものだった。印刷機の誕生によって恩恵を受けたのは「写本する人の労働が楽になったこと」ではなくて、そこで本質的に起きたのは、それまで閉じ込められていた知が大量生産され、一般の市民にまで流通した、ということなんです。意思のある人が自分の思想を発信できるようになり、知の流通そのものに莫大なインパクトがあった。
これはいま、僕らが直面している状況と重なります。普通の人がアクセスしづらい特許情報という知の壁を、AIによって溶かしていろんな人に触れさせる。大学の教授や研究者だけが用途を考えていても広がりにくいので、たとえば小学生が「指が六本になる研究」「膝にも耳がつけられる実験」などを知ったら、そこから音楽もスポーツもゲーム体験も大きく変わるかもしれない。
——研究者自身が想定していなかった用途を、ニーズ側から発見する。
荒井
そうなんです。「うちのおじいちゃん、階段が上りづらそうだからこんな道具があったらいいな」と思った時に、「発明のWiki」である知財がマッチングされる。それを知った開発者が「そんな用途は考えていなかった」となるかもしれない。ニーズとシーズが自然にマッチングできたら、世の中の進歩とつながる。それをウィキペディア的に開かれたメディアの中で起こしたい。
ポスター展示で「この新しい電池はすごい」と学術的に書かれていても、「それで私の生活がどう楽になるの」までは書かれていないことが多い。特許マッチングは業界内でも一生懸命やられているんですが、「うちの特許を使ってください」という切り口だと、なかなか伝わりにくいところがある。「こんな道具があったらすごくない?」という「ドラえもんのひみつ道具」のような話から入って、「実はこの技術が裏で動いています」という順番にしていかないと、社会実装につながるマッチングはなかなか起こりにくい気がしているんです。
「熊よけのリュック」を、10社の技術で作る
——具体的にイメージが湧く事例はありますか。
荒井
去年、大阪・関西万博で「未来の夢」を描いたアイデアが展示されていて、その中で文部科学大臣賞を取ったのが小学生2年生の「くまよけリュックサック」というものだったんです。そのリュックを背負っていると、熊が近づいた時にまくを張って熊の嫌いな臭いを出して助けてくれる、というもの。去年を象徴する漢字が「熊」でしたし、獣害対策になる素敵なアイデアでした。
▶︎第47回未来の科学の夢絵画展 受賞者一覧:https://koueki.jiii.or.jp/hyosho/kaiga/R07/kaiga_jusho_ichiran.html
荒井
普通だったら「すごくいいアイデアだね」と表彰されて、展示するだけで終わりです。でも、リュックを作れるアウトドアメーカー、熊をセンシングするセンサー、不審者検知を熊に応用した研究機関のデータ、熊が嫌がる香りを閉じ込めたカプセル、それを発出する機構などに分解して10社くらいの技術を組み合わせれば、実際に作れてしまうんじゃないかと思うんです。一社だけで全部やろうとするとどうしても難しいので、これまではなかなか実現まで届いてこなかった。
AIに「熊よけのリュックを作りたい」と投げた時に、「この10個の技術を組み合わせればできそうです。直接その各社に連絡しましょうか」と返ってくる未来が来てもおかしくない。これが、この先起こっていくべきマッチングの形かなと思っています。
——プロジェクト化して追いかけるコンテンツとしても面白いですね。「夢ドリブン」でリバースエンジニアリングして、実現までを一年かけて追う、みたいな。
荒井
全然ありだと思います。別に僕らが必ずプロジェクトの主体になる必要はなくて、AIきっかけで勝手に起こるものもあれば、僕らがお手伝いするものもある。「メディアの中で自然に起こる」設計になっていることが理想です。
——いま目の前にあるマウスのような道具を「どんな知財の組み合わせでできているか」にリバースエンジニアリングする記事は面白いですね。身近なものから知財に入る経路をつくる、いわばピラー記事的な役割ですね。
荒井
そうしたリバースエンジニアリングはむしろデータベースへの入り口として機能するでしょうね。日本は発明大国でノーベル賞もたくさん取ってきているのに、マネタイズやビジネス化の部分に大きな課題を感じます。
特許を取ったけれど使われずストックされている「休眠特許」もかなりの量があって、同じ会社の中ですら「この特許が何の研究か」が共有されていない、ということも起きやすい。そこで、リバースエンジニアリングのフローを見せること自体が、日本に足りていない知見の共有につながるんじゃないかと思います。
編集部は「運営」か「発信者」か
——その中で、これからの編集部はどんな役割を担うんでしょうか。
荒井
取材記事やインタビュー、レポートはこれまで通り出していきます。ただ、それを「知財図鑑メディア」の中心に据えるのか、別の読みものとして「note」などのメディアに切り出すのかは議論中です。知財図鑑でやるには少し重たくなりすぎていて、ウィキペディアとしての軽やかさと両立しづらい部分があるので。
——ウィキペディアが自前メディアで「今週のおすすめ投稿」を出さないのは、設計思想として相容れないからですよね。権威化を避けるためにも分けたほうがいい気はします。
荒井
同意です。編集部が権威的に「これが正解」と出すのは、このメディアの思想からすると邪魔になりかねない。
一方で、使い方を教えてくれるガイド役や、知財図鑑の思想を持った仲介者として実案件を動かしていくプレイヤーが編集部にいるのは価値がある。レコメンドするだけでなく、自分で使い倒してビジネスにまで落とす人がいれば、参加者の質も上がってくるはずです。
火を絶やさないコミュニティのつくり方
——「知財ハンター協会」のようなコミュニティの盛り上げ方についても聞かせてください。
荒井
もともと知財ハンター協会は、「こんな面白い知財があった」をシェアする有志のメンバーから始まり、今では編集部機能の一部を担う役割になっています。
コミュニティの皆さんがメディアの運営にも協力してくれている、という構造です。今回のリニューアルは、その役割をさらに深く拡張して、もっと外側に開いていく行為でもあるんです。誰もが登録・編集できるウィキペディア型に踏み出すということは、ハンター協会のメンバーが担ってきた編集・発掘・発信の機能を、もう一段大きな円で引き受けられるようにする、ということでもある。
コミュニティって焚き火と一緒なんですよ。イベントで一時的にワッと盛り上がる瞬間もあるけれど、何より大事なのは「続くこと」。別に毎日盛り上がっていなくてもいい。1日何件か投稿があって、誰かがアクティブに動いていて、たまに「自分でポッドキャストを始めました」という報告が来る。火を絶やさないこと、それで十分だと思うんです。皆さん忙しいので自然には動きづらいんだけれど、風が吹いても火が消えないように、壁だけは作っておく。編集部の役割は、そこに薪をくべ続けることなんだと思います。
ただ、コアな部分ではもう少しアクティブに企画を動かしたい。「ウィキペディア化ってどういうこと?」を、コミュニティのアクティブな人を中心にディスカッションするような場を、連休明けから公開編集会議のようなかたちで始めたいと思っています。Xのスペースやコミュニティの中でクローズドにやってもいいですね。
知財を「使える」状態にするために
——最後に。知財のマッチングが進むためには、研究者側のインセンティブもちゃんと設計する必要があると思うのですが。
荒井
自分の技術が役に立つことは、研究者にとって根源的な喜びではないかと思います。ただ、用途探索や権利処理は時間がかかるし、研究以外のことをやるのは負担が大きい。でも、持ち腐れている特許が外の人に使われて、少しでもライセンス収入になる、あるいはお金にならなくても社会貢献につながって会社の名前が世の中に出るなら嬉しい。そういう判断は十分にあり得る。取り組み自体が情報発信になり注目されることもある。
これからの時代、一社だけの知財ではなかなか新しい事業やサービスは成り立ちにくいものだと思うんです。だからこそ、AIで無数の知財を組み合わせていくことに意味がある。僕らがつくりたいのは、その組み合わせのリレーが自然に起こっていくためのメディアであり、コミュニティであり、知財を流通させる「新しいOS」なんです。
取材後記
大阪・関西万博での各国の技術展示から、「Sora」(OpenAI)を筆頭とした生成AIによるIP侵害の懸念と、同サービスの終了まで。2025年ほど「知的財産」という言葉が一般の口にのぼった年もなかなかなかった。
その翌年に入って発表された『知財図鑑』リニューアルの始動は、そうした時代の流れに沿ってもいる。
さらに2026年は、メディアの在り方そのものの転換点ともなるだろう。Xに続き、日本のnoteも自動翻訳を備える(5月28日実装予定)。他の媒体も追随すれば本格的に、メディア上で言語の障壁はなくなってしまう。あっという間の出来事で、夢を見ているような感じもする。
開かれていくのはもちろん言語だけではない。専門性に閉ざされた情報が一気にオープンにされていく端境期において、『知財図鑑』は特許・商標などをはじめとした「知財」という日本の国力を支える産業資源の世界・世代を超えた民主化を目指す。
今回の荒井さんへのインタビューは、知財オープン化が可能になる社会的・技術的な実効性を感じさせる、ワクワクする話ばかりだった。現状としては、企業が資金と時間と研究者の情熱をかけて取得した特許の半数は、使われさえしない。この凄まじいロスを活かす条件は揃いつつある。
しかしながら、この記事を読んだ方もそうだと思うが「発明のウィキペディア」には課題も感じる。現にArtifactはWikiのようにはなれなかった。荒井さんも『知財図鑑』の今後をひとりで考えコントロールしようとは全く思っていない。
いまは双方向の提言が必要な時期である。知財ハンター協会のようなコミュニティの中だけでなくてもいい。荒井さんと私の対話のようなやりとりが、もっとカジュアルに行われることが重要だと思う。それが『知財図鑑』のリニューアルを本当の成功に導いていくし、何より未来について話すことは本質的に楽しいからだ。
(インタビュー:GANTAN)
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知財図鑑は、「発明のウィキペディア」への大型リニューアルに向けて、クラウドファンディングを実施中です。誰もが知財を登録・編集・探索できる、AI時代の新しい知財メディアを、一緒に育ててくれる仲間を募集しています。
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