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2023.04.14
レポート
世界最大級のクリエイティブ・カンファレンスイベント『SXSW 2023』で感じた “AIが越えられない世界”
米テキサス州オースティンで毎年3月に開催される、音楽・映画・アート・テックが融合した世界最大級のクリエイティブ・カンファレンス & フェス『SXSW(サウスバイサウスウエスト)』。1987年にインディーズの音楽祭としてはじまり、のちに映画とインタラクティブを加えて、現在は10日間で数万人を集める世界最大級のイベントとなっています。
本記事では、京都を拠点に活動するアートコレクティブ「Ochill」のキルタが、4年ぶり3度目の視察に訪れたSXSWの現地で出逢った興味深いプロダクトやカンファレンスなどを通して感じたことをお伝えします。
(取材/文・キルタ ワタル)
COVID-19の影響により開催中止やオンラインでの開催を経て、今年は本格的にリアルでの開催となりが本来の盛り上がりを取り戻しつつあった。私も久しぶりの海外出張となり、どんな未来を感じることができるかとやや緊張気味。
最近ホットな話題と言えば、やはり「ChatGPT」登場の衝撃は大きく、 “こんなAIがすごい” といったツイートやニュースを目にしない日はない。しかし今年の『SXSW 2023』現地では、もはや「AI」というカテゴリーはなく、中でも盛り上がりを見せていたのが「Psychedelics(サイケデリックス)」だ。
私が活動している「Ochill」は、日本らしい well-being を “well-down” と再解釈し、嗜好品を通して自己と出逢うための実験店舗を京都に準備中だ。そこで見つめている未来と重なる何かがあるのかを求めて、今年はこのカテゴリーを中心に見てまわった。
とは言いつつも、あらゆるジャンルのユニークなプロダクトが顔を揃えているのが「SXSW」の楽しいところだ。個人的に今年見た中で最も推したいプロダクトはこちら。
スマートバードフィーダー『Bird Buddy』
内蔵のカメラやマイクで取得した鳥の情報、鳴き声から1,000種類以上の鳥の種類を自動認識するAIを搭載。スロべニアのスタートアップが開発したプロダクトだ。「バードフィーダー!?」とも思うが、確かにベランダにいる鳥は気になるけれど、近寄って写真を撮れなければ、それがどんな種類の鳥なのかもわからない。このバードフィーダーは、写真を撮ると自動認識によりその鳥の名前が表示され、アプリ内にコレクションとして記録される。
出典:Bird Buddy
プロダクトデザインもシンプルで、そこに映る鳥も可愛い、バードウォッチングをシェアできるプラットフォームも楽しげだ。
出典:Bird Buddy
そして何より、ビジネスの裏側として絶滅危惧種の個体数把握や鳥の移動情報を研究所や専門家に提供しているという点が素晴らしい。SXSW 2023のInnovation Awards もしっかり受賞していた。
出典:Bird Buddy
植物本来の味わい・色彩を10分で抽出する『COLDRAW』
出典:COLDRAW
そして日本から出展していたのはこちら。
茶葉やハーブ、コーヒー豆など植物由来のボタニカル素材から、植物本来の味わい・色彩を10分で抽出するノンアルコールドリンクのための新テクノロジー『COLDRAW(コールドロー)』。Sober Experience Studio(ソバー・エクスペリエンス・スタジオ)が開発した独自技術とのこと。
欧米や若者を中心に健康管理や自分の時間の確保などを理由に“あえてお酒を飲まない”ソバーキュリアス(Sober Curious/シラフで楽しむ)という新しい価値観の広がりを受けて、誰もが気軽に高品質なクラフトノンアルコールドリンクを楽しめる新しい飲料体験の創出を目指している。
こちらもSXSW 2023 Innovation Awards でファイナリストに選出されており、日本企業からの選出は稀なので現地でもかなり応援されていた。
植物たちのバイオリズムを音に変換にして奏でる『PlantWave』
出典:PLANTWAVE
植物たちのバイオリズムを音に変換にして奏でるデバイス『PlantWave』。
植物が活動する際に生じる電気信号の変化を感知し、リアルタイムにスマートフォンアプリで音楽に変換していくというもの。展示スペースでは自由にくつろげるようになっており、朝から歩き疲れた人たちを植物が音で癒すという不思議な空間が生まれていた。
ハープ奏者やコンポーザーによる “植物と人間のセッション” も行われており、自分も含めて聴き入っている人たちの中で、気づけば手元にある植物を撫でたり愛でたりしている様子はとても印象的だった。
多くの出展ブースが集まるエキジビションホールには突如として瞑想体験のブースがあったり。
マッシュルームについての書籍が並んでいたり。
太古の昔から、私たちは世界を理解し、現実を形作るために物語を語ってきました。
あなたのストーリーには力があります。
何とも目を惹く、「LOTIC」というサービスのブース。自分の思考やエピソードを録音して、AIによって自分の思考・感情・行動のパターンを明らかにするというサービスだ。
今回最初に参加したカンファレンスは「マッシュルームが救う世界」について。
菌学者のポール・スタメッツ氏が、マッシュルームこそ宇宙を救うことができるんだと、「I believe ~」と何度も繰り返し、熱く語っていた。PTSDの治療としても、土壌汚染の改善にも、天然痘やインフルエンザまで治療するという。
そして今回、個人的に最も嬉しかったカンファレンスがこちら。
「GOOD TRIP STUDIOS」によるセッション
「Netflix」で公開後1ヶ月で数千万回の再生回を記録したドキュメンタリー作品「サイケな世界 ~スターが語る幻覚体験~」の製作陣「GOOD TRIP STUDIOS」によるセッション。個人的に大好きな作品だったのでスケジュールで見つけた瞬間に興奮した。ロック・ミュージシャンのスティングや、レイア姫役の女優 キャリー・フィッシャー、先ほどの菌学者のポール・スタメッツなども出演していた。ドラッグ体験をポジティブに捉えたドキュメンタリーで、映像編集もユニークなのでお勧めの作品だ。
セッションにはコメディアンのエリック・アンドレも参加しており、各々が真面目に、時に笑いも交えながら過去のトリップ体験談をシェアしていた。
日本からは落合陽一氏が、デジタルネイチャーについてのカンファレンスを行っていた。
植物が人になり、人が昆虫になる世界『Symbiosis』
VR作品が集まるエリアにて、中でも目立っていたのがこちら。
オランダのデザインチーム「Polymorf」による ”植物が人になり、人が昆虫になる世界” その共生を五感で体験できるVR作品『Symbiosis』。
出典:Polymorf
VR作品には蝶と蘭の花と人が合体した生物や、カエルと人が合体した生物などが登場。地球温暖化が進んだ世界で、人と他の生物が一体となって、環境問題に立ち向かう様子が表現されており、VRヘッドセットだけでなく特殊なスーツを纏い間接の動きを制限されながら、香りを出す機能もがあれば、植物性のフードを口に運ばれもする奇妙すぎる体験。
“人類が生存し続けるには、自然と「共に生きる」だけでなく、「共に作る」ことが大切” ということを伝えようとしている。
この作品が興味深すぎて調べていたら、彼ら「Polymorf」のカンファレンスが後日あることを発見した。そこで更に狂気的な作品を目にする。
著名人が死ぬ直前の数分間を匂いで再現する体験『FAMOUS DEATHS』
出典:Polymorf
こちらも「Polymorf」による作品。音や香りの再現効果によって、著名人の死ぬ直前の数分間を、遺体安置所にある冷凍保存庫の中で追体験するという、なんとも衝撃的なインスタレーション。
実際にカンファレンスでは、香りの成分が入ったケースを渡され、音声と共にスライドに表示された色と同じ色のマークのケースを開けて嗅ぐという簡易的な方法で、ケネディ元大統領の死までの数分間の追体験を実施していた。ケースに満たされた匂いは、街に吹く風や排気ガス、他人のパフューム、リムジンの椅子、パレードの喧騒、火薬の香りと銃声、血の匂いなど。
「死」や「環境」といった様々なテーマで、音や香りを駆使した没入体験を発表している「Polymorf」に今後も目が離せない。
100% 雨からできた飲料水『Richard’s Rainwater』
色々な考えや表現があるなあ... と歩き疲れて、無料でサンプリングしていた水を飲みながら休憩。
「何このお水、美味しい!」と感動し、缶を見てみれば “100% Rain” という文字。雨水からできた飲料水『Richard’s Rainwater』、最近では再生可能なボトルでの配布も開始されているそう。
おわりに
「サイケデリックス」と呼ばれる幻覚剤はもちろん非合法なものも多いが、パンデミックに起因した不安障害やPTSDなどメンタルヘルス治療への効果は期待されており、アメリカ オレゴン州ではマジック・マッシュルームが合法化されマイクロドージング(微量摂取)が密かなブームともなっている。
あるカンファレンスでは、宇宙飛行士や探検家が「地球外生命やAIに対する脅威においても、世界平和のためにも、「サイケデリックス」というカテゴリーが盛り上がっているのは希望でもある」と発言をしていた。
個人的にも、最近のAIには自分の仕事が奪われるかもしれないという危機感がどこかであった。
今年の「SXSW 2023」では、”こんな技術がすごい” “このシステムがすごい” といった驚異的なものよりも、その先にあるそのテクノロジーによって “こんな感動が生まれるよ” という人間的な価値のプレゼンテーションが出展企業には多かった印象がある。
仮にAIが何でもやれるようになったのであれば、いよいよ私たちは、本当は何がやりたかったのかを、考えるべき時代が訪れているのかもしれない。お金を稼ぐためか、資本のためか、名誉や承認のためか、ひとりの人間として、本当は何をして生きていきたいのかを。
私が活動する「Ochill」では、”肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態” を well-being と定義するなら、”社会的に欠けていても、精神的に負荷がなく、自然体である自分に満たされていく状態” を【well-down】と再解釈し、肩肘張らずに、素直に、ありのままの自分に堕ちていく姿も、人の在るべきひとつの状態として提唱している。
何かを得続けようとし、在り続けようと加速するよりも、全てを手放した時に何が残るのか、どこまで減速した時間に身を投じられるかが重要だと考えている。AIが越えられない、人間本来の何かがぼんやりと見えてきているのかもしれない。
AIは孤独を感じないし、もちろん幻覚体験もできない。フィジカルな身体を持っている私たち人間だからこその価値がある。美味しいとか、着心地がいい、動物や植物を愛でるなど、何もしない時間や静寂こそ贅沢だと思うかなど。
“何を信じたいのか、何に感動したいのか”
それは人間である、あなたにしかわからない。
そんな問いを投げられているように感じた「SXSW 2023」だった。
SXSW 2023 取材メンバー/知財ハンター
キルタ ワタル / Kiruta Wataru
京都を拠点に活動するアートコレクティブ「Ochill」代表。東京では、ナラティブデザインを主とした合同会社culで活動。スタートアップをはじめ企業やブランドのナラティブやコンセプトの言語化、事業に紐づくPR戦略の設計、広報活動のコンサルティング、ブランディングやクリエイティブディレクションなど、伴走するパートナーによってその担当領域は多岐に渡る。