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大阪・関西万博

2025.12.16

レポート

大阪・関西万博の「目玉」を、オープンな資産に─こみゃくが生み出す新しい知財のカタチ

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2025年10月13日に閉幕した大阪・関西万博。万博のさまざまなインターフェースを統一し、一貫した体験を提供することを目的として設計された「デザインシステム」を「死蔵」させない取り組みが議論されている。

閉幕前日の10月12日に大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco)で開催されたトークセッション「オープンデザインの未来 ― こみゃくはどこに行くのか?」では、クリエイティブディレクターの引地耕太氏、シティライツ法律事務所の弁護士・水野祐氏、建築家の豊田啓介氏(東大生産研/NOIZ)、知財図鑑の荒井亮氏が、デザインシステムから生まれた「こみゃく」と呼ばれる二次創作の事例を元に、未来社会の知財の在り方について熱い議論を交わした。

二次創作が生み出す「こみゃく愛」の連鎖

冒頭で引地氏より、こみゃくに象徴される万博のデザインシステムを、持続性と実効性を備えた形で社会実装する枠組みを検討していることが提案資料とともに紹介された。万博のデザインシステムとは、公式ロゴや公式キャラクター「ミャクミャク」などに見られるデザイン性を万博全体のブランドや会場内装飾などに適用する仕組み。本来ならビジュアルアイデンティティとして厳格に運用され、改修・改変などはNGとされるが、万博では「こみゃく」という名称の二次創作が多発した。

「こみゃく」の存在は、従来の固定的なロゴとは一線を画しており、デザインシステムを手がけた引地氏はその設計思想をこう語る。「『丸が3つで目玉さえあればこみゃくになる』という最小限のルールで許容範囲を設定しました。公式と非公式の間(あわい)にあり、誰でも制作可能で参加を誘発する共有地のような発想です。実際、個人利用の範囲でグッズや衣装などの二次創作が想像以上の広がりを見せています」。

引地氏は、デザインシステムが生み出す価値を「経済・文化・都市ブランド」の三軸で分析する。「関連グッズの好調な売上げという経済効果、二次創作の広がりという文化的価値、そして赤・青・グレーの配色が大阪らしさを喚起する都市ブランドの確立。国家規模のイベントでこの三つの成功が同時に起きているのは稀有な事例です。ただし、このまま何もしなければこみゃくを含めたIPの死蔵化により大きな損失となるのではないでしょうか」。そこで、知財や法律の専門家を交え、新しい知財の共有化に向けた展開を構想していると話す。

582521524 1427531456047320 3926849016073386835 n 大阪・関西万博のクリエイティブディレクターを務めた引地耕太氏(右)、知財図鑑編集長の荒井亮氏(左)

オープンライセンスが拓く文化の可能性

今回の万博の規約では、個人または法人格のない団体が、非営利目的かつ個人的な利用の場合に限り、「ミャクミャク」の二次創作が許諾されている。この状況について、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事としても活動する水野氏は「そもそもメインキャラクターに二次創作のガイドラインが設定されていることが、デザインシステムと併せてこみゃくのムーブメントが起きた下地となったと分析しています。これは、2021年に開催された東京オリンピックなど過去のロゴ・エンブレム等の扱いと比較すると大きな変化があり、着実に時計の針は進んでいます。ただ、ミャクミャクは企業や法人の利用は非営利目的であっても許諾されていないなど、二次創作の余地はかなり限定されてしまっていますが、こみゃくについても同様の考えでよいのか、議論はまだ始まったばかり」と解説する。

荒井氏は、今回の取組を「納品して終わりという従来のデザイン設計と違って、『始まりをデザインする』ように設計されていることがポイント。その結果、自発的に参加者が関わり、こみゃくを通じたコミュニティがWeb3的な自律分散型で生まれているのが特徴です」と形容する。「こみゃくが日常の様々なシーンで活用され、将来的に『トトロ』のような国民的キャラクターになり得ることもあるのでは」と期待を込めた。

建築家として本万博の誘致会場計画にも関わった豊田氏は、「まさに『離散と非中心』という、Web3思想的な設計をこの万博では実現できるのでは、と誘致段階から構想していました。実際には実らなかった部分も多くありますが、こみゃくを取り巻く運動はそれを体現しているのではないかと思います」と述べる。「こみゃくは、思想的にも意匠的にも決まった形を持たないエレメント的なものなんですよね。こうした余白を入れたのは、参加者のオープンなアクションを想定していたからです」と引地氏は言う。

582015776 1335647611098844 689572609660596455 n 弁護士・水野祐氏(左)、建築家の豊田啓介氏(右)

コモンズから「コモニング」へ ─生態系を育てる仕組み

水野氏は、こみゃくの原型となった「ID」の図を見ながら「アイデア」と「表現」の線引きを紹介した上で、静的な共有財(コモンズ)から動的な共同関係(コモニング)への転換を提唱した。「”コモンズの悲劇”という有名な言葉に代表されるように、固定化されたコモンズはそのままだと枯渇していくという説もあります。そこで重要なのは、みなさんが活動を続けてそれが動的にさらに共有されていく、循環の仕組みなんです」。

豊田氏は、「文化が死んじゃうのは、エネルギーが注入されないからです。オープン化によって市民文化的にエネルギーが注入されていく一方で、あるところできちんと経済に落とし、それがさらに広がっていく。この循環を設計することが重要です」と語る。また、「万博会場というリアルな場所、さらに周りの人の行動が認知価値をより高めていた」ことの重要性にも触れ、万博が終わっても大阪の街などへの『場の転移』されることで、この循環を維持することができるのではと主張した。

引地氏は「庭師」という表現で、「生態系の中で気がついたらタネがこぼれて花が咲くような形でこみゃくがぼろぼろ生まれてくる。参加者の楽しさやワクワクを絶やさずに手をいれる、管理人的な存在」だと自身の役割を紹介した。その成果は、展示会場の一角に展示されたクリエイターらによる二次創作の作品群が、日を追うごとに増え続けていた様子からも明らかだった。

IMG 7434 「みんなのミャクコーナー」では参加者が作成した二次創作グッズが並び、会期中も増え続けていた

本セッション中、キーワードとなった「オープンデザイン」という言葉についても、水野氏は「2013年のメーカーズムーブメントの中で出版された『オープンデザイン』(オライリー・ジャパン刊)の書籍では、その言葉の範囲が明確に定義できなかったんですね。オープン化はもっと曖昧で広義なものとして、ある程度の権利を保持しつつ、CCライセンスなどの仕組みにより、誰もが利活用できると良い」と語る。参考例として、ゲーム実況のガイドラインのように、ゲーム実況という文化と一定の範囲で営利目的での利用を許容したうえで、マネタイズのポイントも上手に設計するオープン・クローズド戦略を上手に使っているモデルを挙げた。

引地氏も企業におけるデザインシステムへの注目度を引き合いに出し、「これまでは属人化されたデザインがバラバラに作られていましたが、デザインルールを言語化し、カラーやコンポーネントを共通ライブラリ化することで、組織の資産として維持できます。都市や公共の場でも、1回作って終わりではなく育てていくことが求められています。税金で構築された万博での成果や経験を継承し、共有知として公共に循環させていくことが重要です」と語った。

水野氏は大阪の文化的な寛容性と関連して、「梅田のグラングリーン大阪や御堂筋のウォーカブルなまちづくりなど、近隣エリアでもオープンであることを特徴とした場所が生まれているのは、今回の万博と無関係ではないように感じます」と投げかけた。「万博だから新しいことをやろう」という言葉がマジックワードとしてパビリオン出展者などの間でトリガーとなり、「未来の実験場」としての数多くのチャレンジを後押ししていたことも荒井氏から紹介された。

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スクリーンショット 2025-11-18 6.38.44 「大阪・関西万博デザインレガシー戦略案」(引地氏の提案資料の更新版から抜粋)

「ありがとう。またね」を実現するために

このトークセッションで示されたのは、ソフト面での万博のレガシー化に向けた具体的な実装案ではないだろうか。①万博デザインシステムを大阪の都市ブランドとして継続活用する「資産化」、②こみゃくのCCライセンス等による段階的な「オープンライセンス」、③公共とクリエイターが協働する「コモニング的運用」の三つの方向性だ。

質疑応答の中で、こみゃくの実装の具体例として、引地氏から誰でも自由に使える「こみゃくフォント」を用いた地方自治体・企業とのコラボレーションプランが紹介された。万博会場を彩った会場サインを大阪の街に実装し、街そのものを「開かれたミュージアム」とする構想や、市民共創型で大阪の街への愛着を継承する提案が紹介されると会場からも大きな歓声が上がった。また、万博のデザインシステムを官民連携の共創プラットフォームとして「大阪・関西のデザイン資産」化し、都市ブランドの共通言語のように活用するメリットや経済的価値も強調した。

セッションの最後、引地氏は参加者に向けてこう語った。

「このデザイン展の会期中、皆さんの『こみゃく愛』を感じて本当に幸せでした。これまではやりたいことをやってきたけれど、今は良い意味でやらなきゃいけないことになってその責任を強く感じています。『ありがとう。またね』という展示のキャッチコピーを実現できるように、僕らは状況をデザインし続けていきます」。

博覧会協会は2026年3月まで、経過措置として万博関連の知財運用を継続する予定としているが、動的な運用方法や恒久的な管理組織のあり方、こみゃくの取り扱いなど、議論の余地は大いにある。豊田氏は「一番大事なのは、皆さんのようなサポートする機運が社会にあるかどうか。火を絶やさずに、サポートする空気を作っていきたいと思います」と呼びかけた。

そして万博終了後の10月15日、「グッドデザイン賞 ベスト100」に引地氏らによる「OPEN DESIGN 2025」が選出された。審査員のコメントとして「こみゃくムーブメントから、新たな知的財産の利活用のあり方の検討を望む」と評価されたように、大阪・関西万博発の新しい知財運用モデルを社会に浸透させることができるかが問われる。

グッドデザイン賞のデザイナーの作者クレジットには、引地氏ら制作に関わったメンバーだけでなく、「こみゃくを共に創ったすべての人たち」が含まれていることも意義深い。夢洲から生まれた多くの成果や熱量を公共資産として活用し、市民参加型の創作文化を育てるための挑戦が、祭りの後から始まろうとしている。

IMG 5394 登壇者・参加者のみなさんと記念撮影

スクリーンショット 2025-11-19 110413 グッドデザイン・ベスト100に選出された「OPEN DESIGN 2025:万博における参加と共創を促す生成的デザイン・コモンズ」(グッドデザイン賞公式サイトより)

*本記事は、2025年10月12日に開催されたトークセッション「オープンデザインの未来 ― こみゃくはどこに行くのか?」の内容をもとに構成した。


▼プロフィール

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豊田 啓介 [東京大学生産技術研究所 特任教授 / NOIZ 建築家]

1972年千葉県出身。安藤忠雄建築研究所、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 NOIZ を設立。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・開発・リサーチ・コンサルティングなどの活動を、建築やインテリア、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017-2018年)。建築情報学会副会長(2020年-)。大阪コモングラウンド・リビングラボ(2020年-)。一般社団法人Metaverse Japan 設立理事(2022年-)。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授。

https://noizarchitects.com/

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水野 祐 [シティライツ法律事務所 弁護士]

法律家。弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)。Creative Commons Japan理事。グッドデザイン賞審査委員。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業、公的機関まで、新規事業、経営戦略等に関するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート社)、連載に『新しい社会契約〔あるいはそれに代わる何か〕』(WIRED JAPAN)など。

https://citylights.law/

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引地 耕太 [株式会社VISIONs 代表 / クリエイティブディレクター]

クリエイティブディレクター / アートディレクター / 教育者。1982年鹿児島県生まれ。株式会社 VISIONs 代表 / Co-Futures Platform『COMMONs』代表。タナカノリユキアクティビティ、デジタルエージェンシー1→10にてECDを務め、2025年起業。現在は東京/福岡を拠点に、ブランド戦略とイノベーション創出を専門にデザイン/エンターテイメント/広告/アートなど領域を越境し活動。大阪・関西万博におけるブランディングのためのデザインシステムを手掛け、現在はデザイン・アート・サウンドを統合し夢洲会場全体を彩るオープンデザインプロジェクト「EXPO WORLDs」のクリエイティブディレクターを務める。

https://note.com/hikichikouta/n/ne82602e36ece

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荒井 亮 [株式会社知財図鑑 編集長]

東京生まれ、立教大学社会学部卒。クリエイティブ会社「THINKR」のプロデューサーとしてアライアンスやチームビルディングを担当。その後、Konelに所属し「知財図鑑」を立ち上げ、テクノロジーを社会実装するための情報発信を行う。
AI✕知財による「ideaflow」を開発し、知財の流動性を高めるアクションを推進。web3やブロックチェーンによるオープンサイエンス領域に関心があり、様々なDAO的コミュニティに関わる。虎ノ門ヒルズ「ARCH」メンター、特許庁「I-OPEN」2022年度メンター。Forbes誌「NEXT100」2025年版に選出。

https://chizaizukan.com/

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