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2024.07.18
レポート
仕事、死、テクノロジー、愛。“次の100年”をみんなでつくるための街の対話。【ZEBRAHOOD 2024】
株式会社Zebras and Company、ならびにZEBRAHOOD2024実行委員会によるゼブラ企業や実践者を集めたカンファレンス『ZEBRAHOOD 2024』が2024年6月21日に下北沢の街中各所にて開催された。ゼブラ企業とは2016年に米国西海岸で生まれた概念。株式会社Zebras and Companyは、次の4点をゼブラ的経営者や企業の特徴として捉えている。
1.事業成長を通じてより良い社会をつくることを目的としている
2.時間、クリエイティブ、コミュニティなど、多様な力を組み合わせる必要がある
3.長期的でインクルーシブな経営姿勢である
4.ビジョンが共有され、行動と一貫している
第2回となる今回は『スクランブル 〜次の100年をみんなで作る最初の1日〜』をテーマに、ゼブラ企業やアカデミア、クリエイターなどが集結しトークセッションやワークショップが展開。この記事では、豊富なセッション内容からピックアップして紹介する。
働くと稼ぐ:未来を作る仕事。これからの稼ぎ方
◯登壇者(敬称略)
坂本 大典(さかもと だいすけ)株式会社XLOCAL 代表取締役
久保田しおん(くぼた しおん)ハーバード大学・素粒子物理学者 ※リモートでの参加
占部まり(うらべ まり)内科医・宇沢国際学館 代表取締役日本メメントモリ協会代表理事
秦 裕貴(はた ひろき)AGRIST株式会社 代表取締役
100年後にも見据える、リアルを介した仕事の価値
本セッションでは、ニュートリノ物理学を専門とする研究者・久保田氏の視点、内科医であり“社会的共通資本”を唱えた経済学者宇沢弘文の長女・占部氏の視点、また分野は異なれど起業家という立場から挑戦的な活動をしている坂本氏と秦氏というそれぞれ異なる視点からトークが繰り広げられた。
議論は「100年後の仕事」へ。久保田氏は100年単位で進行している自身の研究のモチベーションについて、「ビッグバンからこの世界を形作っている構成要素・法則を見出した時に、ニュートリノがなければ人類もいなかったかもしれない、そこにロマンを感じている」と語り、さらに「知的好奇心から問題を探し出すプロセスは依然として人の役割であると考える」とコメントした。
それを受け坂本氏が「(研究職のように)“スパンの長い仕事”、また“手触り感”が今後も残っていくのでは」と分析する。たしかに、100年前からなくなった仕事は数多く、近年ではAI技術の進化によってその議論は熱を増している。しかし、人が仕事という体験から得ている喜びは代え難いものかもしれない。その中、“農業×AI×ロボティクス”という新たな事業を行っている秦氏は、「100年後は、AIが自然資源と同じようにオープンになっているかもしれない」と仮説を展開。同時に「嗜好品としての体験の農業と、食料生産の農業が二極化していくのではないか」と予測した。農業の楽しさと重要性を事業を通して体感している秦氏の言葉に、一同も説得力を感じていたようだ。
さらに議論は発展し、「デジタル化による物理的な境界の融解から、リアルでも境界が曖昧になっていくのか」という問いへ。久保田氏からは研究の組織体制を振り返りながら、「日本人研究者は個人ではなくサイエンスとしての進捗に集中している」「それぞれ自己の認識はどこにプライオリティ置かれているのか」と国ごとに違いや、所属意識の変化について触れた。所属意識については、”地方特化型”の総合HR企業・株式会社XLOCAL代表取締役を務める坂本氏は「“地元”という存在が居場所になり、アイデンティティになる」とコメント。機械的な価値は大規模都市に集中するため、局所的な独自性に目を向けたという持論から事業の可能性を明かしていた。
また秦氏は自身の仕事において「農家を繋ぐことにチャンスを感じている」と語り、ノウハウのシェアがSNSで行われたりなど、人の横断について可能性を感じていることを述べた。また、占部氏も“社会的共通資本”の文脈からの未来として、管理者の民主化を予想すると展開。それぞれデジタル技術によってもたらされた物理的な越境が、コミュニティや自己意識にポジティブな変化をもたらすとコメントしたことが印象的だった。
愛する:愛をアップデートする
◯登壇者(敬称略)
石川 洋人(いしかわ ひろと)一般社団法人Arc & Beyond ・ 代表理事
中村多伽(なかむら たか)株式会社taliki 代表取締役CEO
森山 和彦(もりやま かずひこ)株式会社CRAZY 代表取締役社長
タリー・スミス Zebras Unite Co-Op 創設メンバー
“愛”の実体を多角的に探る90分間
カンファレンスの中でも異彩を放つトークテーマであった『愛する:愛をアップデートする』。しかし、社会をよくするビジネスや、生活を支えるテクノロジーも根底には意識的、無意識的に人類愛から育まれているものともいえる。そんなユニークな時間を予感させた本セッションを紹介する。
序盤は、愛について、文化、組織、社会でどう機能しているのか、登壇者それぞれの体験を交えながらトークが繰り広げられた。中でも、“愛”という感情の実体についての議論が印象的だった。中村氏は「恋愛と混同しがちな概念なのではないか。対個人のものではなく、コミュニティなどあらゆるパターンがあるのではないか」、石川氏も「家族を思い浮かべるが、仕事も含まれるのか」と文脈によって変化するのではないかと問いを示す。その中、タリー氏は愛について「恐怖を乗り越えるもの」と分析する。それに関して森山氏も、自身の仕事の経験から「失敗を共有すること」という恐怖を超えた上で、大切な愛の実感を得ていると賛同するコメントをした。
さらに森山氏は自身が代表取締役社長を務めることで経験する、組織形成の話題も展開しながら、未来では「愛における成長など、内面の構造理解・情報処理がもっと進化していくのではないか」と仮説を展開。たしかに歴史的にも心理学や行動経済学など、研究やデータサイエンスによって情報の理解度は深まってきた。では人類の永遠の疑問かのようにも思える“愛”はさらに解明されていくのだろうか。登壇者それぞれの領域はもちろん、それぞれの経験から語られ、このセッションだけでも愛について参加者は持ち帰れるものがあっただろう。さらに今後、“愛”そのものが情報としてセンシングされ可視化・交換できる未来を想像すると興味深い。
作る、使う、捨てる:日常的な道具から生まれる未来
◯登壇者(敬称略)
中西裕子(なかにしゆうこ)株式会社資生堂 ブランド価値開発研究所 グループマネージャー
細井愛茉(ほそい えま)株式会社mocoEarth 取締役社長
八木隆裕(やぎ たかひろ)開化堂 6代目
九法 崇雄(くのり たかお)KESIKI 共同創業者・共同代表
モノづくりの“感覚値”はどう継承されるのか
『作る、使う、捨てる:日常的な道具から生まれる未来』というタイトルを冠した本セッションは、“消費”にまつわる話題からスタートした。登壇者それぞれモノに携わる仕事をしていることもあり、環境問題に取り組む現役中学生の起業家・細井氏は「10年後も持っているか?と考えた時にそうじゃないものは買わないなどしている」とコメント。さらに資生堂のブランド価値開発研究所・中西氏は「購買意識は変わってきた。出自なども見るようになった」「(作り手として)作りすぎないようにするなどの意識にも及ぶようになってきた」と意識的な消費との関わり方が語られていった。
その他にもモノづくりにおける話題が繰り広げられる中、“作る”という文脈において、八木氏が取り組んでいるという「感覚のトランスファー」は興味深い内容だった。八木氏は自身の6代続く茶筒づくりにおいて「代々の繋がりの中で、“違和感”を共通項に感覚値がある」というエピソードを振り返る。またその経験をもとに「数字にしない、言葉にできないなど、職人の営みなので同条件となることは多くない。しかし、そういった感覚を数値化することに名古屋大学と取り組んでいる」と明かした。八木氏は他にも京都の伝統工芸を担う同世代の若手後継者によるプロジェクト『GO ON』に取り組んでいるため、興味のある方はぜひチェックしてほしい。
これまで物理的にアーカイブされてこなかったものに取り組む「感覚のトランスファー」は新たなモノづくりを期待させる。中西氏は自身の仕事で、実験をアーカイブすることで共通言語を増やしていると語っており、それらが研究所と実装・事業サイドとの乖離を超えていくものになると分析する。循環社会において、ものづくりの変化の必要性が唱えられる現代だが、その一環として、ものを“作る、使う、捨てる”という感覚を共有することもまた、重要な取り組みと言えるだろう。
食べる:未来の美味しいに向けて、今できること
◯登壇者(敬称略)
小林 涼子(こばやし りょうこ)株式会社AGRIKO 代表取締役
鈴木 謙吾(すずき けんご)株式会社ユーグレナ 共同創業者 兼 エグゼクティブフェロー
宮下 拓己(みやした たくみ)ひがしやま企画 代表
阿座上 陽平(あざがみ ようへい )株式会社Zebras and Company 共同創業者/共同代表
「食を楽しむ」というエクスペリエンスは保護文化になる?
セッションBでは「食べる:未来の美味しいに向けて、今できること」というテーマの下、次世代の食文化について議論が行われた。100年というスパンで未来を洞察した時、食を取り巻く人間の環境は生産者・消費者の双方の視点で決して明るくはない。本セッションの中でもいくつかの喫緊の課題と、それに向き合うための視点が紹介された。
例えば、「今後数十年で食のシーズンはさらに不安定になり“旬”の概念が崩れる」というイシュー。霜害がフランスのワイン生産者に深刻な打撃を与えているように、異常気象や気候変動による収穫サイクルの乱れは世界規模で起こっている。今後、不規則な季節に対して“人間側”がフレキシブルに対応していくような農法やシステムが必要であることが指摘され、さらにこれからの安定した農業には「多品目化」も重要なキーワードであると語られた。
これからの未来、単一の農法・単一の作物というスタイルではなく、急な災害や気候変動が起きてもリスクヘッジができる食のビジネスモデルが必要である。そして、それを実現するには従来の職人的な食文化に先端テクノロジーをかけわせることが不可欠だ。
任意の生態や素材を生み出すゲノム編集や代替肉、味覚再現技術、パーソナルフードなど、持続可能な食文化を次世代につなげるためのフードテックは日々進化し続けている。ただ、「あまり美味しくないけど、地球にために我慢して食べよう」では社会の浸透は難しい。「美味しい」という食の楽しみの原点は失わず、“食べる”という行為にまつわる課題を自分ごとでナラティブに理解するため第一歩として、学校の食農教育の重要さが強調された。
そして、「食べる」は人間が五感を刺激しながら楽しめる唯一の娯楽だが、100年後の未来にはそのエクスペリエンス自体が貴重な、保護される文化になるのではないかという示唆がセッションの最後には語られた。
生まれる、死ぬ:1人の人生から考える100年後の地域の在り方
◯登壇者(敬称略)
立石 郁雄 (たていし いくお)オムロン ヒューマンルネッサンス 研究所 代表取締役社長
藤岡 聡子(ふじおか さとこ) 診療所と大きな台所があるところ ぼっちのロッヂ 共同代表
山極 寿一(やまぎわ じゅいち) 総合地球環境学研究所 所長
小林 味愛(こばやし みあい) 株式会社陽と人 代表取締役
老化を克服した人類に「利他の精神」は宿るのか?
セッションBの最後のテーマは「生まれる、死ぬ」。生態系が変化しテクノロジーが進化していく中で、老いること・死ぬことの価値観は100年後どうなっていくのか。未来のあるべき指針として1980年代に開発されたオムロンの「SINIC理論」や、生活と診療が調和された“ケアの文化拠点”である軽井沢町「ぼっちのロッヂ」における体験談など、理論・テクノロジー・現場の実践を包括した多角的な視点で議論は行われた。
人類学者でありゴリラ研究の第一人者である山極壽一氏は、テクノロジーの進化により克服されつつある“老化”という現象について、「本来は美しいもの」と語った。ゴリラは歳をとるほどに手足は白く美しさを増していき、子どもにも慕われていく。そして老衰する際には、家族に見守られながら静かに息を引き取る。一方で人間、特に日本人にも「隠居」という概念があるように、歳をとった後は競争社会から離れ、静かに美しく生涯を閉じることを美徳とする文化があった。
寿命を伸ばすアンチエイジングの技術は、100年後には老化現象をほぼ克服するものになる可能性がある。どれだけ歳をとっても現役で働ける、自分の人生を楽しく謳歌できる。素晴らしいことだが、一方でその時、親の世代が子の世代へと見返りを求めずに投資する自然な「利他の精神」を、どれだけの人がもつことができるだろうか?AIやアバターにより人の精神性をデジタル上に残すこともできるようになり、「人の死」という概念はますます曖昧に引き延ばされていく。
生物の自然なサイクルを意思により逸脱できてしまうテクノロジーが次々と生み出される中、本来の幸福とは、ウェルビーイングとはなんなのか、社会で考えるべき転換期にいることが強調され、セッションは締められた。
キーノートセッション:コペンハーゲンの事例に学ぶ多様なステークホルダーと未来を作るヒント
◯登壇者(敬称略)
クリスチャン・ベイソン Transition Collective共同創業者
街づくりの先進地域として名が挙げられる、デンマーク・コペンハーゲン。スキー場を兼ねたゴミ処理場やオペラハウスをはじめとした建築物や、北欧料理のムーブメントをつくったレストラン・noma、コミュニティキッチン・Absalonなど、その一つ一つが注目を集めている。また国営デザイン・コンサルファームDDCも存在しており、官民一体となりまちづくりを進めている。
コペンハーゲンのストーリーを聞いて印象に残ったことは、街単位の変革において、大きな施策を成し遂げることがビジョンの達成につながるのではなく、小さな施策が重なることによって、やがて大きな変革につながっていく、ということだ。複雑な社会システムを変えていくために、官民・新旧を超えて業界を横断した積極的なコラボレーションには、お互いのことを学びあうという姿勢が欠かせない。企業単位だとどうしても自前主義になってしまうこともあるが、ビジョンレベルで共有した人々の小さなトライが積み重なった先に、思わぬ変革のストーリーが生まれるのではないだろうか。
おわりに
『ZEBRAHOOD 2024』では一日を通して、様々な“100年後”のイメージが交わされていた。思えば展開されたセッションは、仕事、愛、そして死など、現代に生きる我々のライフステージに重ねられる普遍的な内容であった。登壇者はもちろん、マルシェの出展者、そして参加者も、未来を見据えて言葉を交わすことで、それぞれ確かな刺激になったことだろう。
ZEBRAHOOD 2024
▼開催日時
2024年6月21日(金)9:00-19:00
▼開催場所
・メイン会場A:北沢タウンホール 350名規模
・メイン会場B:下北沢ADRIFT 150名規模
・マルシェ&ショーケース会場:下北線路街 空き地
・ワークショップ会場:SHIMOKITA COLLEGE
・案内所・ギャラリースペース:reload
・ギャラリースペース:BONUS TRACK LOUNGE
▼株式会社Zebras and Company 会社概要
社名:株式会社Zebras and Company
設立:令和3年3月12日
事業:「ゼブラ企業」という概念の認知拡大のためのムーブメント・コミュニティづくり、及び、社会実装のための投資や経営支援の実行
代表取締役:阿座上陽平、田淵良敬
社外取締役:小林味愛
監査役:三尾徹
https://www.zebrasand.co.jp/events/20240621-zebrahood2024
Text:中村悠人、松岡真吾、加藤なつみ