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2026.03.17
レポート
「混ぜないと危険」という問いが照らすもの—TAKIBI & Co. Fes Tokyo 2026レポート
2026年2月18日、東京ミッドタウン八重洲4・5階のPOTLUCKスペースで「TAKIBI & Co. Fes Tokyo 2026」が開催された。主催はタキビコフェス実行委員会。1887年創業の同社の五代目・岩田真吾氏が発起人となって立ち上げた「TAKIBI & Co.(タキビコ)」による1dayカンファレンスである。
タキビコは、事業変革を志す老舗企業(アトツギ)と新産業創出を目指す新興企業(スタートアップ)が出会い、交流し、共創することを目指すコミュニティとして運営されてきた。主催側は、その思想を「マッチングではなくクロッシング」と表現している。発足以来、40回以上のイベントと30件以上の共創事例を重ねてきたという。
この言葉が示しているのは、単発の商談や案件化を目的とした出会いではなく、より長い時間軸で関係を育てるための場を設計するという姿勢だ。背景にあるのは、日本の産業構造に横たわる分断である。
地域に根ざし、長い歴史を背負いながら事業変革に向き合うアトツギと、都市部のエコシステムの中で新産業を立ち上げようとするスタートアップ。両者は補完的に見えながら、時間感覚も資金感覚も、属しているコミュニティも大きく異なる。
タキビコは、その断絶を前提にしながら、あえて交差の場をつくろうとしている。主催リリースで掲げられた「混ぜるな危険ではなく、混ぜないと危険」という言葉は、この場の設計思想そのものだ。
今回のフェスでも、AI活用、事業承継、グローバル展開、若者支援など幅広いテーマのセッションが並んだ。本稿では、その中から「レジェンド経営者の本音トーク」と、「越境の価値:イノベーションは『遊び』から生まれる」の二つを追う。
前者では事業を動かす関係の前提が、後者では新しい価値が立ち上がる条件が語られた。切り口は異なるが、二つを並べると、タキビコがつくろうとしている場の輪郭がよりはっきりしてくる。
老舗経営者が語った、連携の前提
「レジェンド経営者の本音トーク」には、NTPホールディングス株式会社 代表取締役社長の小栗一朗氏、株式会社サーラコーポレーション 代表取締役社長 兼 グループ代表・CEOの神野吾郎氏、グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 共同創業者・エグゼクティブ・アドバイザーの仮屋薗聡一氏が登壇し、株式会社eiicon 代表取締役社長 / 株式会社XSprout 取締役の中村亜由子氏がモデレーターを務めた。
三者に共通していたのは、「連携」を仕組みの話としてではなく、姿勢の問題として捉えていたことだ。
仮屋薗氏は、30年にわたるベンチャーキャピタルの現場を振り返りながら、スタートアップの質の変化に触れた。1990年代には自己実現や成功が起業の主要な動機だったが、2011年の東日本大震災以降は、社会課題の解決を使命として掲げる起業家が明らかに増えたという。スタートアップは、単に新しい会社の形ではなく、「社会のイノベーションを推進する機能」へと変化してきた。
そのうえで仮屋薗氏が強調したのは、受け手である企業側の構えだった。スタートアップと向き合うとき、トップがどれだけ自分の言葉で考えを持ち、それを現場に対して後押しできるか。制度やプログラムだけでは関係は動かない。連携の成否は、こうした姿勢の違いによって大きく左右される。
神野氏が語ったのは、新しい事業に必ず現れる「死の谷」だった。資金が苦しくなる。構想のままでは前に進まない。次の一手を迫られる。そうした局面を前にして、単なる出資や制度連携だけでは関係は持続しない。神野氏の発言で印象に残ったのは、連携の成否は「何のために組むのか」が自社の中で本当に切実な問いになっているかどうかで決まる、という感覚だった。シナジーという言葉は便利だが、それだけでは弱い。相手のテーマが、自社の事業や地域の未来とどこで接続するのか。その像が見えていなければ、関係は長続きしない。
小栗氏の話もまた、同じ地点を指していた。小栗氏はNTPの由来が「Nice To People」にあると紹介し、事業を動かすうえで最終的に問われるのは、人から信頼されることだと語った。とりわけ強調していたのは、身近な人との関係である。家族や仲間、日々関わる相手との信頼が成立していないまま、事業だけが前に進むことはない。新規事業や共創という言葉は未来志向に見えるが、その前提には、時間をかけて築かれる関係がある。
ここで語られていたのは、「誰と組むか」以前に、「どのように関わるか」だった。事業への執着、相手への敬意、長く付き合う意思。老舗企業とスタートアップが交わるには、まずその前提が共有されていなければならない。タキビコが「クロッシング」と呼ぶものが、単なる接点づくりではなく、関係の質まで含む概念であることがよくわかるセッションだった。
「遊び」という余白が、越境を実装する
もう一つのセッション「越境の価値:イノベーションは『遊び』から生まれる」には、早稲田大学大学院経営管理研究科 教授の入山章栄氏、Deportare Partners 代表の為末大氏、認定NPO法人Homedoor 理事長の川口加奈氏、NTPホールディングス株式会社 取締役の小栗龍之助氏が登壇した。
このセッションで扱われた「遊び」は、余暇や気分転換のことではない。為末氏は、遊びの条件として「自己目的性」「主体性」「即興性」の三つを挙げた。何かのためではなく、面白いからやること。自分の意思で動くこと。状況に応じて即興的に振る舞うこと。トップアスリートとして競技に向き合ってきた為末氏の言葉には、概念を身体感覚に引き戻す力があった。
質疑応答では、パフォーマンスを追求する競技の世界で、あえてどう遊びを取り入れるのかという問いに対し、パターンが固着したときには、それを揺さぶる仕掛けが必要だと答えていた。たとえば、予測できない軌道で動くものを身体のそばに置き、いつも通りに動けない状態をつくる。慣れた型を少し崩すことで、身体も思考も別の反応を始める。ここで語られていた遊びは、緊張感の対義語ではなく、停滞を破るための方法論だった。
入山氏はそれを経営学の言葉に置き換える。既存領域の内側だけを見ていても、新しい価値は生まれにくい。だから越境は重要だが、「どうすればイノベーションを起こせるか」と問うた瞬間に、その姿勢は壊れ始める。イノベーションを目的化すると、そこで必要だったはずの余白や偶然性が失われるからだ。為末氏の「それを狙いに行った瞬間にその姿勢が崩れる」という言葉は、このセッション全体を貫く要点でもあった。
川口氏の実践は、その議論を現場のスケールへと移していた。Homedoorが運営するシェアサイクル「HUBchari」は、ホームレス状態にある人の就労機会を支える仕組みだが、川口氏が重視していたのは「ホームレス支援に関心のない人をいかに引き込むか」だった。
自転車が便利だから使う。その利用の先で、ホームレス状態にある人の仕事が生まれる。社会課題への強い関心が起点にならなくても、日常的な行為を通じて、別の現実に接続される。ここで見えてくるのは、越境を個人の善意に期待するのではなく、サービスの設計そのものによって生み出そうとする発想である。関心の外側にいる人を、どう自然に巻き込むか。川口氏の実践は、その問いに対する具体的な答えになっていた。
小栗龍之助氏が語った高校時代のアメリカ転校の経験も、越境の別の側面を示していた。越境とは新しい場所に触れることだけではない。既に与えられた役割から、一度距離を取ることでもある。地元にいる限り、「後継ぎ」としての見られ方が先に立つ。しかし、誰も自分を知らない場所に出ると、その規定からいったん自由になれる。新しい文脈に身を置くことは、世界を広げるだけではなく、自分の輪郭を捉え直すことでもある。
真剣さと余白を、同時に持てるか
二つのセッションを通して見えてきたのは、アトツギとスタートアップが交わる条件が、単なる相性や制度設計ではないということだ。必要なのは、真剣に関わることと、目的で閉じすぎないことを両立できるかどうかである。
前半で語られていたのは、事業を続けるための前提だった。時間をかけて信頼を築くこと、相手のテーマを自分ごととして引き受けること、当事者として関わり続けること。後半で語られていたのは、新しい価値が立ち上がる場の条件だった。説明可能な成果だけを先回りして求めず、偶然や無目的な揺らぎが入り込む余白を残すこと。この二つは、表面的には相反して見える。だが実際には、どちらも短期成果だけを追う関係の中では成立しにくい。
タキビコが「クロッシング」と呼ぶものは、おそらくこの両立を支える考え方なのだろう。成果を急がない。しかし、関係には本気で向き合う。商談化や案件化を入口にしない。しかし、何も生まれなくていいと開き直るわけでもない。その中間にある、扱いの難しい時間を引き受けること。アトツギとスタートアップが本当に交わるには、そこを避けて通れない。
「混ぜないと危険」という言葉は刺激的だが、今回の二つのセッションを通してみると、その意味はかなり具体的になる。危ういのは、異なる文脈が交わらないことだけではない。成果を急ぎすぎることで、交わる前に関係を閉じてしまうことでもある。タキビコが育てようとしているのは、人を集める場そのものというより、異なる時間感覚や価値観を持つ者同士が、無理なく、しかし本気で交差できる条件なのかもしれない。
その意味で、このフェスが示していたのは技術や事業のアイデアが社会の側でかたちを持ちはじめる以前に、どんな場が必要かという問いである。異なる文脈が交わり、そのあいだに十分な熱と余白が保たれてはじめて、新しい構想は立ち上がる。TAKIBI & Co. Fes Tokyo 2026が可視化していたのは、まさにその手前にある条件だった。アイデアや技術の可能性を、実際の事業へと接続していくために必要なものは何か。その問いに対して、この場はひとつの実践的な答えを示していた。
イベント開催概要
TAKIBI & Co. Fes Tokyo 2026
日時:2026年2月18日(水)10:00〜20:00
会場:東京ミッドタウン八重洲 4・5階 POTLUCKスペース
主催:タキビコフェス実行委員会

