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2026.04.30

レポート

Creator Economy時代のブランド戦略とは。世界三大広告賞「カンヌライオンズ」昨年の注目作を紹介 #3

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毎年6月に南フランス・カンヌで華々しく開催される世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」。会期中は、数百にも及ぶ講演やセッション、活発なネットワーキングイベントに加え、権威あるカンヌライオンズ賞の授賞式が執り行われます。今年も、ガリアーノインスピレーションズ代表の阿部光史が、歴代の作品から、特に注目すべき作品群をご紹介します。
(文:阿部光史)

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注目作品5:2008年 カンヌライオンズ受賞作品「EARTH HOUR」

前回ご紹介した、「SOUNDS RIGHT」の施策をひとつの「発明のヒント」として捉えてみたい。

SOUNDS RIGHTが示したのは、対象そのものを変えるのではなく、「対象との関係性」を定義し直すことで世界の見え方を変える手法だ。

この発想は、他の領域にも応用できるはずだ。たとえば、かつて2007年にシドニーのレオ・バーネットが仕掛け、2008年のカンヌライオンズでチタニウム・ライオンなど複数部門を受賞した「EARTH HOUR」を思い出してほしい。

彼らが行ったのは、節電や省エネという行為を、我慢を強いる「節制」から、世界中の明かりを一斉に消して夜の静寂や星空を楽しむ「贅沢なエンターテインメント」への再定義だった。20年近く前のプロジェクトだが、その本質は今回のSOUNDS RIGHTと深く響き合っている。(この施策は当時レオ・バーネットグローバルでも9ボール(世界を動かしたアイデア賞)を受賞した)

ちなみにこのアクションは、驚くべきことに現在も世界最大級の環境アクションとして継続されており、日本でも2026年3月28日(20:30〜21:30)に東京スカイツリーやコスモクロック21(横浜)などが一斉に消灯を行った。

https://www.wwf.or.jp/campaign/earthhour-info/2026/

「守るべき対象」を「共創するパートナー」へと関係性を書き換える。この視点は、現代の複雑な社会課題を解きほぐすための、普遍的な鍵となっている。

SOUNDS RIGHTは、シンプルで強力な思考の転換が、大きなシステムを動かし得る事を証明した。人と世界の「関係」をデザインし直すのは、やはり人間の仕事であると言えるだろう。

注目作品6:Creator Economy時代のブランド戦略:VASELINE VERIFIED / VASELINE

今回、取り上げるのは、Social & Influencer部門などでグランプリを受賞した「VASELINE VERIFIED」である。

TikTokやInstagramといったSNS上では、日々膨大な数の美容ハックやライフハックが生まれている。だがその中には、効果が曖昧なものや、場合によっては危険性を伴うものも少なくない。このプロジェクトが向き合ったのは、この我々を取り囲む現代の情報環境そのものだ。

従来のブランドであれば、こうした状況に対して「正しい情報」を発信するというアプローチを取るだろう。しかしその方法は、必ずしも機能しなくなっている。なぜなら、情報の主導権がすでに企業から個人へと移っているからだ。

かつてブランドは、「情報の発信者」であることで価値を持っていた。広告を出稿し、メッセージを届けることで市場を動かしてきた。しかし現在、情報はすでに飽和している。誰もが発信者(クリエイター)になり、アルゴリズムによって情報が増幅される環境において、「発信すること」自体の価値は相対的に低下している。

「VASELINE VERIFIED」は、この構造を正面から受け入れた。

このプロジェクトでは、SNS上で拡散されているヴァセリンの使用方法を収集し、それらを科学的に検証する。そして有効性が確認されたものには「Verified」の認証を与え、逆に危険なものについては注意喚起を行う。

つまりブランドは、「教える側」ではなく「情報を検証する側」に回ったのである。

ここで行われているのは、ブランドの役割の再定義だ。Creator Economyの時代においては、価値はコミュニティの中から生成される。人々の創意や経験がコンテンツとなり、そこに共感や模倣が連鎖する。

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何が正しいのか。何が安全なのか。何が信頼できるのか。VASELINE VERIFIEDは、その判断の基準を提示することで、分散した情報の中に「参照点」を作り出した。これは単なるマーケティング施策ではなく、信頼のインフラを設計する試みとも言えるだろう。

まとめ

ここまでの連載で見てきたように、2025年のカンヌライオンズで行われたセミナーではAIが大きなテーマとして語られていた。しかし、受賞作を振り返ると、評価されていたのはAIそのものではなく、人間の発想によって社会や文化の構造を変えるアイデアだった。

ただしここで、一つ補足しておくべきことがある。

これらのプロジェクトが、AIを使っていたのかどうかは分からない。実際、どのケーススタディを見ても、AIの使用について明確に言及されているわけではない。リサーチやプロトタイピングの過程でAIが活用されていた可能性は高いだろう。

しかし重要なのは、そこではない。

問題は、AIが何かを“作る”ことができる時代においても、「何を作るべきか」という問いは依然として人間が定義しているという点にある。

ここで改めて、これまでの4つの事例を振り返ってみたい。

NIGHT FISHINGは、車をカメラとして使うという発想によって、広告を映画へと拡張した。
LUCKY YATRAは、罰則を宝くじに変えることで、人の行動そのものを書き換えた。
CAPTION WITH INTENTIONは、字幕を「読むもの」から「感じるもの」へと変え、体験の質を再設計した。
SOUNDS RIGHTは、自然をアーティストとして再定義し、環境問題を文化の中に溶け込ませた。

いずれも共通しているのは、既存の前提を疑い、それを書き換え、再定義するところから始まっている点である。

AIがあらゆるコンテンツを生成できる時代において、価値は情報の量や速度ではなく、その選択と意味づけに宿るだろう。人が何を信じるのか、何を選ぶのか、その基準をどのように設計するのか。

そこにこそ、これからのクリエイティブの領域があるのではないか。

この連載の冒頭で、「AIが語られたカンヌで、評価されたのは人間の発想だった」と書いた。しかしより正確に言えば、評価されたのは「人間が問いを再定義する力」だったのかもしれない。

問いを作ること。
意味を再定義すること。
人とブランドの関係を設計すること。

それらはまだ、人間にしかできない仕事である。


阿部光史
クリエイティブディレクター / コピーライター
株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO
東京工芸大学非常勤講師

クリエイティブディレクター / コピーライター / CMプランナー。株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO、東京工芸大学非常勤講師。広告キャンペーンの企画制作をメイン業務としつつ、クリエーティブなアイデア・発想力についての講義やワークショップを大学等で行っている。電子工作にも造詣が深く、SXSWへの出展などを通じてイノベーティブな技術領域の企業プロトタイプ製作支援も行う。

X: @galliano
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