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2024.11.20
レポート | Future Foods Report
シンガポールで味わう培養肉、フードテックの最前線ー「FURA」
飲食体験をテクノロジーで進化させ、美味しさの追求だけでなく、持続可能な環境への配慮も考慮したフードテックが今、世界中で注目を集めている。2024年「アジアのバーBEST50」に選ばれたシンガポールの「FURA」は、まさにそんなフードテックの最前線を走る店舗のひとつ。ここでは、廃棄野菜や発酵食品、培養肉といった最先端技術を駆使して、地元で採れる素材にこだわりつつ、サステナビリティと新しい味覚を融合させている。単に新しい料理を提供するだけではなく、食の未来や地球規模での環境保全に対する独自の視点を提案するそのアプローチには、飲食業界にとどまらず、現代に暮らす人々の生活そのものを問いかけが含まれる。
このシリーズでは「日常に潜む未来の味」を探りながら、フードテックの可能性やその社会的な影響について考察していきたい。
「未来のメニュー」が示す新しい食文化
シンガポールの飲食店がひしめくチャイナタウン。「富貴」と書かれた看板を掲げた雑居ビルの階段を上がりドアを開けると、湾曲した天井と間接照明の温かみを帯びた「FURA」の空間が広がる。廃棄ガラスを巧みに使ったカウンターの中で迎えてくれたのは、オーナーシェフのクリスティーナ。世界最高峰のレストランとして知られる「NOMA」で「食材の調達者」を意味するヘッドフォレジャーを務めた経験を活かし、食とサステナビリティの新たな融合を探り、廃棄食品や昆虫食などの食材を組み合わせた独自のメニューを考案している。クリスティーナのパートナーで共同オーナーのサーシャは、地球規模での生態系バランスを考えた「飲み物」の探求に取り組むバーテンダー。
スウェーデン語で「松」を意味する「FURA」は、「樹木と地面に生息する植物、動物、菌類の間のバイオネットワークとの共生を示す」と紹介されている。この店のビジョンを示したコンセプトブックでもあるメニュー表には、「The Journal of Future Foods(未来の食品に関する学術誌)」として、持続的な環境への警鐘や食の未来に対する信念がユーモアとともに綴られている。
二人のイノベーターが提供するフードとドリンクには、サステナビリティへの配慮と食に対する真摯な姿勢が息づいており、シンプルながらも強烈なメッセージが込められている。「FUCK YOUR CONCEPT HERE FOR THE VIBE」という挑発的なキャッチフレーズが体現するように、頭で考えすぎずに体全体で食の価値を体感することを勧めている。ここで提供される食事と飲み物は、型にはまらない創造的なアプローチで、未来の食文化への可能性を探る実験的な挑戦そのものだからだ。
デンマーク系アメリカ人のシェフ、クリスティーナ・ラスムセンさん
シンガポール出身のバーテンダー、サーシャ・ウィジデッサさん
サステナビリティとテクノロジーのカクテル
オーダーに際して、一つ一つのメニューを詳しく眺めると、現代と未来の食文化が交差する斬新な料理が並ぶ。例えば「A QUAIL WALKS INTO A BAR(うずらがバーにやってきた)」は、うずらの培養肉を使った料理で、「Forged parfait」というムースの表面を少しバーナーで炙り、ヘーゼルナッツオイルとアーモンドパウダーなどで味付けをしたもの。上に乗ったオニオンクリスプがまるで羽を広げたうずらのような視覚的なユーモアが含まれていた。構造化された肉ではなく、うずら自体も身近な食べ物ではないものの、濃厚な肉の風味を感じられた。「Forged parfait」はオーストラリアのVowが製造している培養肉プロダクト。シンガポールでの培養肉の許認可の関係で、今年の5月から提供を開始されたメニューだとのこと。
「A QUAIL WALKS INTO A BAR」
「PUMPKIN LAYERS」はイナゴの魚醤を使用したかぼちゃのミルフィーユで甘みと香ばしい刺激が印象的。「MILK / MYLK / MELK」は、バクテリアからインスパイアされたマッシュルーム料理で、代替ミルクの出汁が効いていた。こうした馴染みのない食材で構成される食事に劣らず、ドリンクもまた、サステナビリティと新しいテクノロジーの融合を体現している。「CAVIAR PAPI」は、青りんごベースのスパークリングカクテルに、昆布のアイスクリームと「代替キャビア」として黒ニンニクをトッピングしたもの。キャビアの元となるチョウザメの乱獲へのメッセージを込めて、イミテーションとしてのキャビアを味わってほしいと伝えられたが、それ以上にこの組み合わせが絶妙で、爽やかなスパークリングに和風なアイスクリームが溶け合い、ニンニクの刺激がアクセントとなっている。
「CAVIAR PAPI」
本来廃棄されるはずだった果物を発酵させた「JUICY FRUIT」や、とうもろこしの不要部分をドリンクに昇華させた「SO YOU BOUGHT SAD CORN?」など、飲み物もただのカクテルではなく、持続可能な社会のあり方に思いを馳せるメッセージが込められていた。どのメニューも廃棄食材の再利用や発酵食品を中心に、培養肉や昆虫食といった新しい食材がふんだんに取り入れられており、「未来の食卓」とはこんな感じなのかと思いを馳せる。メニュー名もユニークでひとつひとつに深いストーリーが込められており、オーダーするとメンバーのアンドレアが丁寧にその具材の詳細と、その背景を語ってくれる。
コンセプトブックでもあるメニュー表
素材の選び方や調理法がユニークで変わっていて、料理名からその食感や味を想像するのが楽しかったし、いい意味で期待を裏切るような、想像を越えた風味とともに物語を飲み込むような体験だった。私たちはシンガポールに着いた初日に「FURA」の体験に魅了され、どうしても他のメニューも頼んでみたくなり、翌々日もそのドアをくぐることになった。2回目は時間が遅くドリンクのみだったが、この場所でしか味わえないサービスというものを堪能し、多くの物語に触れることができた。 オーダーしたメニューは次の通り。
フード
A QUAIL WALKS INTO A BAR
:うずらの培養肉を使ったムース。オニオンクリスプが「羽を広げたうずら」のようにも見えてユニーク。XOXO, TEMPE
:食用微生物タンパク質をつなぎにしたチミチュリソースを使ったマッシュルーム。シンガポールの伝統的料理。
「XOXO, TEMPE」
PUMPKIN LAYERS
:かぼちゃのミルフィーユにビーツのピクルスやアマランサスの皮を使用し、イナゴの魚醤で味付けしたもの。
「PUMPKIN LAYERS」
MILK / MYLK / MELK
:バクテリアからインスパイアされたマッシュルーム料理。焦がしエシャロットをナッツミルク出汁で和える。MYLKは代替ミルク全般を指す。
「MILK / MYLK / MELK」
ドリンク
JUICY FRUIT
:パイナップルやバナナなどの廃棄フルーツを発酵させた、シンガポールらしいトロピカル風味のカクテル。
「JUICY FRUIT」
SO YOU BOUGHT SAD CORN?
:とうもろこしの本来廃棄される部分をメレンゲとしてドリンクに昇華。複雑なコーンの味が印象的。GET THE WORM
:ミールワームのおつまみがセットになった、オレンジとライムが爽やかなテキーラベースのカクテル。
「GET THE WORM」
NEW YUCK CITY
:海藻、パイナップル、レモン、グレープフルーツのホワイトチョコレートフォームといった異色の組み合わせからなるフレッシュなカクテル。
「NEW YUCK CITY」
JELLYFISH MARTINI
:クラシックなマティーニにスピルリナ、昆布オイルを加えたカクテル。ゆらめくクラゲも美しい。
「JELLYFISH MARTINI」
「JELLYFISH MARTINI」
CAVIAR PAPI
:青りんごベースのスパークリングカクテルに、昆布のアイスクリームと「代替キャビア」として黒ニンニクをトッピング。
「CAVIAR PAPI」
サステナブルな空間が醸す、未来の食卓の景色
「FURA」の店内を見渡すと、廃棄されたガラス瓶を使ったテーブルやライト、隣のオイスターバーから捨てられる牡蠣の殻をリユースしたコースター、解体可能なスツールなど、至るところに環境との共生の試みが感じられる。店内に大きめの音量で流れるヒップホップや照明の柔らかな光もこの空間に統一感をもたらし、訪れる人にリラックスした環境で食事を楽しむことを促している。シンガポールのローカル食材にも目を向け、二酸化炭素排出量の少ないサステナブルな調達方法が実践されており、この場所で食べることに意味がある、そういう意思が垣間見える。
廃棄ガラスが生かされたカウンターと牡蠣の殻の質感が特徴のコースター
風が心地よく通り抜ける中庭には、ハーブガーデンとともにこじんまりとした調理場があり、まるで革新的な食体験を創造するラボのように思えた。店の奥にはとうもろこし、ごぼう、麻の実などに混じってコオロギやイナゴ、ミールワームといった昆虫食がストックされている。「FURA」ではこうした食材に対して過度に「サステナビリティ」を強調することはせず、自然な形で訪れた人々に新しい食体験を提供している。説明が過剰になりがちな「環境負荷の低い食材」も「動物を犠牲にすることなくその肉を生産する技術」も、肩肘張らずに楽しめるスタイルで提供されており、リラックスした空間の中で新たな食のあり方と触れ合える場となっている。
曲線が美しい中庭のハーブガーデン
中庭に隣接するラボのような調理室
ストックされたコオロギやミールワームなどの昆虫食
キッチンから興すリジェネラティブ・ネットワーク
クリスティーナとサーシャの試みは、未来の食卓の多様性を見せてくれるだけでなく、地球の限りある資源を守るためのサステナブルな選択肢をも提供している。この二人は2023年10月のオープンに先駆けて、サーシャの故郷であるシンガポールで期間限定のポップアップ「Mallow」を立ち上げ、お客さんの反応を見ながら開店を準備したという。アジアのハブであり東西の文化が交差するこの地で、これらのメニューがどのように受け入れられるかを観察し、進化し続ける姿が強く支持されたのだろう。
大規模な都市開発や目を惹く派手なデザインの商業施設からではなく、こじんまりとした街のキッチンから、「リジェネラティブ」への理解や賛同が滲み出していくようだった。劣化した土壌を再生し、減少した植物種を回復させながら食物を生産する、パワーワードとなったその言葉の意味を踏まえて、これからの食体験に求められる喫緊の社会課題が見えてくる。
そこでは環境負荷を抑えた食材や、古今東西の新旧さまざまな調理技術が、圧倒的な美味しさと楽しさを伴って私たちの目の前に現れる。フラットに生活に溶け込み、その体験が受容されることで、未来の食卓が一層豊かになる。年中緑を絶やさない不老長寿の象徴として知られる「松」が、そのネットワークを世界中に広げて、飲食とその周辺にある領域をどこまでも越境し拡張していく、このキッチンからはそんな予感があった。
店舗情報
FURA
74A アモイストリート, レベル2, シンガポール, S069893
取材/荒井 亮、出村 光世、荻野 靖洋
文/荒井 亮