No.156
2020.06.15
人間の臓器を親指サイズのチップ上に再現
Organ-on-a-chip(臓器チップ)
概要
「Organ-on-a-chip(臓器チップ)」は、創薬を加速化する生体模倣システム。人体臓器を模したチップ上に微細な流路を形成し、その上にヒト細胞を培養する。細胞は動的環境にあり、他の細胞と相互に作用して生体システムを構成するため、従来の実験系では難しかった生体システムの再現を可能とし、将来的に動物実験を代替する有力な選択肢として期待されている。
なにがすごいのか?
チップ同士を回路のように繋ぐことで有機的に繋がった生体システムを再現
創薬研究にかかるコストを節約
ウイルス感染の影響をリアルタイム観測するなど感染症の研究に威力を発揮
なぜ生まれたのか?
医薬研究において、臨床試験に至るまでのステップとして、創薬標的を探索し生体実験を行うことが必要とされる。従来の生体実験に使われる試料は培養細胞やマウスやサルといった実験動物の細胞や組織片、個体であり、これらの過程には多大な手間と費用がかかる。また、実験動物の生体システムは人間のそれとは厳密には異なるという指摘もある。
こういった問題を受け、2000年代初頭より生体模倣システム(Microphysiological System; MPS)の研究がなされてきた。具体的には、微小電気機械システム(Micro electro mechanical systems; MEMS)の研究者や細胞組織工学者らが、マイクロ流体デバイスを細胞培養に利用しようと試みてきた。2010年には米ハーバード大学ヴィース生体工学研究所にて「Lung-on-a-chip(肺チップ)」が開発された。肺チップは生体外における肺気腫の再現に世界で初めて成功したことから、世界からの注目を浴び、その後の臓器チップの代名詞となった。この事例が火付け役となり、世界中の関連研究者が,様々な臓器や組織の挙動を再現した臓器チップを提案するようになった。2012年には、ハーバード大学がアメリカ食品医薬品局(FDA)と国立衛生研究所(NIH)の研究費を受け、ヒト細胞を有機的に繋いだ臓器チップを用いた医薬品の研究開発を国家プロジェクト化した。2017年からは臓器チップの実用化を重視した5ヵ年計画も始まった。
臓器チップの開発は米国のみに留まらない。欧州では、2013年に化粧品開発における動物実験が全面的に禁止されたことで動物実験代替技術のニーズが高まり、イギリスやドイツ、オランダなどにおいて開発が推進されてきた。日本においても、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が2017年に臓器チップの開発事業を開始した。
なぜできるのか?
マイクロリアクター
「Organ-on-a-chip」は、微細な反応セルを基板上に集積したデバイス(マイクロリアクター)を応用している。この背景には、半導体産業における微細加工技術(リソグラフィ)の発展がある。
肺チップの仕組み
例として肺チップは、血流と空気の流れを細胞膜で仕切り人工肺を再現したデバイスである。横方向から加わる圧力を一定周期で逆転させることで肺機能をシミュレートできる。
相性のいい産業分野
- 医療・福祉
腸チップ:過敏性腸症候群における蠕動運動を再現
肺チップ:喘息発作予防の吸入ステロイド薬が肺に吸収される過程や、それに伴う心腎肝など臓器機能への影響を観測
皮膚チップ:動物実験を行うことなく、化粧品や家庭用洗剤の含有成分の皮膚への安全性を評価
個人の細胞とチップを組み合わせることで、個別の生体組織にあわせた最適な医療を適用
この知財の情報・出典
この知財は様々な特許や要素技術が関連しています。
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