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2023.07.27
知財ニュース
NICTと理研、世界最小のコイル状バネを設計し細胞への”微小な力”を計測─脳などの情報処理メカニズム解明へ前進
情報通信研究機構(NICT)と理化学研究所(理研)は7月3日、材料にDNAを用いて世界最小のコイル状バネを設計し、細胞への“微小な力”の超高感度計測に成功したと発表した。
生物は、電気や神経伝達物質のような化学分子で情報のやり取りを行い、複雑な情報処理を行っている。さらに近年、機械的な力を信号として細胞運動などの情報処理を行っていることが判明した。脳や細胞などで、ノイズレベルの“微小な力”を検出・信号化して、情報処理を行っていると考えられているが、そのメカニズムは分かっていない。既存技術では、“微小な力”を高感度に計測できなかったことがその一因にあげられていた。
そこで今回の研究では、ノイズレベルの細胞への“微小な力”の大きさと向きを、サブピコニュートン(ニュートンは力の単位、1ピコニュートン=1兆分の1ニュートン)という微小な精度で検出する、世界初の計測技術を開発。検出のため、DNAを材料に用いて、タンパク質サイズの世界最小のコイル状バネ「ナノスプリング」を設計。直径35ナノメートル(ナノメートル=100万分の1ミリ)、長さ200〜700ナノメートルのナノスプリングを作製した。
ナノスプリングの設計原理と設計例
計測は、ナノスプリングの一端を、細胞膜表面で力学情報(大きさと向き)を伝達するタンパク質の「インテグリン」につなぎ、もう一端をガラス基板に設置して観察を行った。両者間で力学的な情報のやり取りが起きると、ナノスプリングの伸縮が見られ、同時に向きの変化も観察できたという。併せて、これらの変化をナノメートル精度で画像解析する手法も新たに開発。力の大きさと向きの時間的な変動の同時計測を実現した。
細胞が検知する“微小な力”の計測
開発した計測技術は、「脳や細胞における超省エネの機械的な力の情報処理メカニズム」の解明につながる。その先に、超省エネで電力消費が少ない、全く新しい原理のコンピューター開発などが期待されるという。
生物の細胞内部では、タンパク質などが揺らいで自己集合と離散を繰り返し、インテグリンを介して“微小な力”を検出して情報処理し、細胞運動や遺伝子発現の調整などを行っている。
そうした、システムが内包する”ゆらぎ(ノイズ)”を活用して情報処理する仕組みは、既存コンピューターには見られない。さらに既存コンピューターは、ノイズを抑制してシステムを制御するため、情報処理に大きな消費エネルギーを要している。
そうしたことから、NICTと理研の研究グループは、今回の技術開発で生物の情報処理メカニズムの解明が進むことにより、超省エネでこれまでにない仕組みを持つ、新しい情報処理システムの開発につながると見込んでいる。今後の進展が期待される。
Top Image : © 国立研究開発法人 情報通信研究機構