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2023.11.01
インタビュー | 谷野 能孝×出野 智佳子
知財を開放してスタートアップと共創する、村田製作所のプロジェクト「KUMIHIMO Tech Camp」とは?
株式会社 村田製作所
これまで世界トップクラスのシェアを誇る製品を生み出してきた電子部品メーカーの村田製作所は、2021年より製品と知財を活用し、スタートアップを中心とした企業や大学とのアイデア実現を目指す共創プロジェクト「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」をスタートさせた。
2021年のプレ開催から数えて3回目の開催となる本プロジェクト。2023年は対象製品数増加や知財特許の一部開放など、前年から大幅に規模を拡大している。このプロジェクトでは、これからの世の中を創る新製品やサービスのアイデアを募るだけでなく、実用化に向けた試作機の製作や量産・販売のサポートまで行い、共にカタチにしていくことができるという。
村田製作所は、なぜ今スタートアップとのつながりを求めるのか。当プロジェクトをリードする技術企画・新規事業推進統括部をサポートしている法務・知財統括部長の谷野能孝氏と、知財を用いた共創推進を行う知財企画課の出野智佳子氏に、「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」を開催する背景や目指している共創のあり方、知財部が参画する理由を訊いた。
目指すのは「競争」と「共創」の両立、村田製作所が模索する知財活動の変換
―村田製作所(ムラタ)では、長期構想である「Vision2030」において、「お客さま」から「社会課題」に対するイノベーションへと範囲を広げていくという目標を掲げています。知財部では、どのような取り組みが行われてきたのでしょうか?
谷野
ムラタでは、これまで排他的独占権を確保する手段として知財を捉え、特許を取得してきました。つまり、「競争」を優位に進めるために知財を活用していたのです。しかし、5年ほど前から、会社全体で「共創」を重視するムードが高まり、知財部門としても「共創」に貢献する知財のあり方を模索するようになりました。そして今、「競争」と「共創」という2本柱で、特許や特許情報の活用を進めています。まさに、知財活動のトランスフォーメーションですね。
村田製作所 法務・知財統括部長・谷野能孝 氏
出野
ムラタの知財部員は、これまで「競争」のために知財を扱ってきた人がほとんど。そのため、メンバーのマインドチェンジから行っていく必要があります。経験もなく何が正解か分からない中で、自由な発想を取り入れ、失敗を恐れずチャレンジすることにつながればと考え、「競争」と「共創」の両軸を持たせるためのさまざまな取り組みを続けてきました。また、ここでの「共創」は、「ムラタ内の事業の壁を越えた共創・連携」「ムラタと社外(主にスタートアップ)との共創」「ムラタと、これまでとは異なる領域の顧客との繋がり」という形で大きく3つの方向性で考え、それぞれに対してどのようなサポートが有効かを模索しています。
ムラタ知財部による広義の共創イメージ。
―「共創」という軸を置いたことで、社外との取り組みの内容にはどのような変化がありましたか?
谷野
これまでは、我々の事業拡大のため、事業会社を対象にM&Aを行ってきましたが、近年は新しい領域の知見や技術を獲得することにシフトし、スタートアップを対象に出資や買収を行うケースが圧倒的に増えています。それこそ最初の頃は、面白そうなスタートアップを見つけたら、なんの確証もなくても出資をしてきました。そうすると、やってみても技術も異なれば販路も違うためつまずいてしまい、結果に繋がらないことがほとんどでした。ただ、それらの経験は全くの無駄ではなく、スタートアップの人たちはどう考え、何を最優先にしながら、我々に何を求めているのかが絞られていき、新しい発想につながる道筋をつくっていくことができました。
出野
イノベーションを起こすために社外の力を借りることで、社内でもR&D部隊を中心に変化が起きようとしています。異なる事業部同士が関わるようになり、これまでの秘密主義が解きほぐされることで、今までになかった発想が出てくるでしょう。そのための橋渡し役として、知財部がどのようなことを担えるかということも日々模索しています。
村田製作所 知財企画課・出野智佳子 氏
外部プレイヤーと共創する「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」とは
―スタートアップとの共創を実現するため、2021年から「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」が始まりました。どのようなプロジェクトなのでしょうか?
谷野
「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」は、「ムラタのハードをあなたの武器に。」をコンセプトに、スタートアップを中心とした企業や大学に向けて、村田製作所のハードウェアを使ったアイデアを広く募集し、共にカタチにし社会課題に応える新規事業の創出を目指すプロジェクトです。ムラタでは思いつかないようなアイデア・技術を持っている方々と、ムラタの完成度の高いハードウェア(部品・モジュール)を組み合わせることで、事業を加速させ、世の中を「あっ」と言わせるようなビジネスを創り出したい。そのような期待を込めて発足しました。
出野
このKUMIHIMOという名前の由来は、日本の伝統工芸の「組紐」から来ています。1本1本糸を紡いで創られる、芸術的な「組紐」のように、村田製作所がつくるハードウェアも1本の糸のようなもの。その糸を用いて、さまざまな方々とネットワークを持ち、アイデアを練りながら社会課題に応える新しいサービス・ソリューションを共創したいという思いが込められています。
―2023年度はプレ開催を含めると3回目となります。どのような点が進化したのでしょうか?
出野
より多くの共創機会を得るために、対象製品のラインナップを前年度の2項目から10項目に拡充し、知財特許の一部も今回から初めて開放しています。
―どのような知財が開放されたのでしょうか?
出野
「RFIDタグを使った電池・センサレスでの環境検知」に関する特許、「美観を損なわない、あらゆるものを使ったスイッチ」に関する特許の2つです。後者の特許は壁などのインテリアをセンサでスイッチにしてしまおうという発想で、社内では「壁ドン」スイッチと呼んでいます。
谷野
これらの知財は、当社のハードウェアの活用方法を模索する中で生まれたアイデアなのですが、当社だけでは社会に役立つ製品やサービスまでには落とし込めなかったものです。ただ、概念としては非常に有効であり、様々なアプリケーションへの応用可能性があると期待しています。
出野
開放する知財として、多数ある特許群の中で、一般に使い方等が分かりやすいものを選定することは、知財部として非常に難しさを感じるポイントでした。そういう意味では、今回はムラタにとっても初めてのチャレンジであり、皆様からのフィードバックも得ながら、今後に生かしていきたいと思っていますね。
共創によって生み出される価値とは
―過去の受賞アイデアの事例や、どのような共創が行われているのか教えてください。
出野
初年度は、農業経営を支援しているテラスマイル株式会社様と共創を行いました。ここでは、ムラタの高品質な土壌センサを活用。土壌データを可視化することで、根拠を持った生産性の高い営農につなげていくことができ、これまで勘と経験で行われてきた営農を大きく変える成果を生み出すことを期待しています。
農業業界の高齢化・低所得化の改善、農作物の安定収穫化に繋がる土壌センサと農業分析ツールの連携。
谷野
2回目となる2022年度の開催では、マラリアの感染源となる蚊の幼虫が繁殖する水たまりを検出する、ドローン空撮システムの開発を提案したSORA Technology様が最優秀賞を獲得しました。ここで我々が注目したのが、長時間運用に適したソーラープレーンの開発です。現在は、機体性能を更に改善するためにいかにムラタの製品を使用していけるか、議論を始めている段階です。一方で、優秀賞には審査員の好奇心を刺激したという観点から、イスラエルのMoodify社のアイデアが選ばれています。カラープリンタの創色システムのように、匂いを組み合わせ創香する「匂いプリンタ」というものなのですが、今は嗅覚系の事業に全く取っ掛かりがない状態。ガスセンサー開発も非常に難しいのですが、私たちもこの共創でチャレンジすることで、ストレスの増減を検知したり、健康状態が検知できたりするようになるかもしれません。このように、新たな市場を創出する突破口ができるのではないかと考えています。
―「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」で行われる共創は、参加者とムラタ知財部双方にどのようなメリットがあるのでしょうか?
出野
参加者側には、ムラタのハードウェアや知財を活用しながら、アイデア実現の助けを得られるというメリットがあります。現在は大きく分けて3つのサポートを提供していて、1つめは、選考を通過した方々に対する「ビジネス化に向けたサポート」です。ここでのサポートは、知的財産に関する知識の提供や、知的財産活動の支援も含まれており、具体的な内容は提案していただいたアイデアごとに検討し、決定します。
「ビジネス化に向けたサポート」の主な支援例。選考を通過した企業にビジネス化に必要なサポートを提供。具体的な内容は、企業ごとに検討したうえで決定。
出野
2つめは、「高性能部品の小ロット購入」です。ムラタの高機能なハードウェアは、一般向けには販売されていません。また、通常の形で購入する場合は数千、数万個からの発注になってしまいます。しかし、アイデアの実証実験にはそこまでの数は必要ありません。そのため、小ロットからムラタのハードウェアを購入できるようにしています。3つめは、「試作品の製作サポート」です。ここでは一般社団法人京都施策試作ネット様を通じて、試作品の設計・製作をサポートしています。また、我々も選考が進んだアイデアに対しては、その後の選考に向けて先行事例がないかなどの調査を行い、アイデアを差別化するためのブラッシュアップの手助けも行っています。
谷野
一方で知財部としては、このプロジェクトは基本的に共創支援活動の一環として捉えているため、近視眼的なメリットは考えていません。それよりも、ムラタにあったアイデアのタネを共創によって社会実装に繋げ、我々が想像もしえなかった社会に役立つイノベーションを起こし、新たなビジネスに発展していくことに、可能性とメリットを感じています。「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」に寄せられるアイデアは、我々も大切な気づきを与えてくれます。また、そういった知財を起点としたイノベーションを成功させることで、休眠知財の有効活用につなげることもでき、知財をつくってきた発明者のモチベーションアップにもつながるはず。ムラタは国内外合わせて2万5000件の特許を持つ会社です。その知財を大切に持っているだけではもったいない。さらに有効活用できるよう、今後も提供可能な特許バリエーションを増やし、知財部の視野を広げていきたいですね。
求めるのは、実現につながるアイデアと“同士”としてのマインド
―プロジェクトを推進する上で、ハードルとなっていることはありますか?
谷野
知財を提供するプロジェクトのため、リスク面に気を配る必要があることです。共創を一緒に盛り上げるためにはスピード感が重要であるため、最初の段階からアセットの取り合いでつまずいてしまっては、話が進みません。常にバランスやタイミングを見ながら、やっていく必要があると考えていますね。
―今回の開催では、どのようなアイデアを期待していますか? 参加を考える方に、メッセージをお願いします。
谷野
ベストなのは、参加する方々にムラタの特許技術を面白いと感じてもらい、そこで持ち込んでいただいたアイデアが我々にとっても面白く、実現していきたいと感じられることです。そういうアイデアであれば、ジャンルを問わず、間違いなく有意義な共創ができると考えています。ですから、賞金を獲得して終わりではなく、ムラタのハードウェアに触れ、ビジネスの新たな可能性を探求、加速させるために継続して社会に貢献できる事業の共創を考えているような「同士」に参加していただくことを期待しています。「自分たちのアイデアをムラタと一緒に実現し、世界に認められる事業を成長させていきたい」と考えている方々に、ぜひ参加していただきたいですね。
出野
2023年度の「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」への応募は、12月18日までを予定しています。また、11/10と12/4に「みなとみらいイノベーションセンター」でプロジェクトの詳細についての説明会が開催されます。当日はアイデア募集テーマの紹介だけではなく、製品のデモ機に触れていただく機会も設けているため、少しでも興味のある方はぜひお越しください。
プロジェクト概要
「KUMIHIMO Tech Camp with Murata」
【説明会】1回目:2023年11月10日(金)/2回目:2023年12月4日(月)※1回目説明会には2022年度の最優秀賞受賞企業であるSORA Technology株式会社に参加いただき、応募動機・成果・今後の村田製作所との取り組みについてお話しいただきます。
【選考開始】2024年1月~
【選考結果発表】2024年3月株式会社村田製作所
http://www.murata.com/ja-jp
Photo:Shoichi Fukumori/Text:Eri Ujita
株式会社 村田製作所
村田製作所はセラミックスをベースとした電子部品の開発・生産・販売を行っている世界的な総合電子部品メーカー。独自に開発、蓄積している材料開発、プロセス開発、商品設計、生産技術、それらをサポートするソフトウェアや分析・評価などの技術基盤で独創的な製品を創出し、エレクトロニクス社会の発展に貢献していく。
村田製作所はセラミックスをベースとした電子部品の開発・生産・販売を行っている世界的な総合電子部品メーカー。独自に開発、蓄積している材料開発、プロセス開発、商品設計、生産技術、それらをサポートするソフトウェアや分析・評価などの技術基盤で独創的な製品を創出し、エレクトロニクス社会の発展に貢献していく。