Pickup

2023.12.28

インタビュー | 吉川 久美子

素材の「探す」と「つくる」を繋げる ─ Material ConneXion Tokyoの 10年が示唆する未来のつくりかた

5 A0584

物を作るには素材が必要だ。条件を満たす素材を探すこともあれば、偶然触った素材にインスパイアされてアイディアを思いつくこともあるだろう。東京・六本木の Material ConneXion Tokyoは、本棚のようにぎっしりと敷き詰められた約3,000点の素材に実際に触れてアイデアの源にできるスペースであり、データベースとしては約10,000点の先進的な素材をアーカイブ。世界各地のメーカーとのコンタクトを可能にするハブとしての役割も担ってきたこの場所は、多くの人々の創作意欲を刺激し、出会いを育んできた。

そんなMaterial ConneXion Tokyoだが、惜しまれながらも2023年12月28日でのクローズが決定している。この場所で生まれた価値やその蓄積は、いかに次世代に受け継ぐことができるだろうか。場所の立ち上げから携わっていた吉川久美子氏と、知財図鑑 代表の出村光世、知財図鑑 編集長の荒井亮の2人が語り合った。

分野を問わず、あらゆる素材と出会える場所

5 A0415 左から知財図鑑 編集長/荒井 亮、知財図鑑 代表/出村 光世、Material ConneXion Tokyo代表吉川 久美子。インタビューはクローズ前のMaterial ConneXion Tokyoにて2023年12月に行われた。

出村

この場所がクローズすると聞き、何か手伝えることはないかと思いお声がけさせていただきました。企業の知財をマッチングする知財図鑑と、素材のマッチングを行うMaterial ConneXion Tokyoには通じる部分もあると思います。

吉川

ありがとうございます。場所としてはクローズしますが、今あるマテリアルは我々の手元に残りますし、何か良い形で活用したいと思っているんです。

荒井

今後の可能性についてもぜひディスカッションさせてください。まずは基本的なことですが、Material ConneXion Tokyoができた経緯について教えていただけますか?

5 B0475

5 B0453 東京・六本木のAXISビルB1Fに位置する「Material ConneXion Tokyo」。2023年12月28日に惜しまれながらクローズする。

吉川

母体となるMaterial ConneXionはニューヨークで1997年に設立されました。創業者のジョージ・ベイレリアンはイタリア家具を輸入し、インテリアの生地やカーテンなどを扱うショールームを運営していたのですが、お客さんには玩具やカバンを扱う人たちもマテリアルに興味を持ち来場したそうです。インテリアに限らず、業界を横断してマテリアルが活躍する可能性に気づき、分野を決めないライブラリーのような場所を作ることになりました。コンセプトをデザインしたのは、スペースシャトルのコーティング開発にも携わった材料研究者のアンドリュー・デントです。ケンブリッジ大学で博士号を取得していますが、ただ素材を開発をするだけでなく、実際に人の手で使われる用途につなげることに興味を持っていたそうです。彼の思想も反映され、Material ConneXionではあらゆるマテリアルをフラットに扱えるよう、あまりメーカー名などは主張せず、それぞれの特性がわかるシンプルな見せ方を徹底しています。

荒井

Material ConneXionはニューヨークを拠点として全世界で展開していますよね。2013年に東京でMaterial ConneXion Tokyoライブラリーが始まった際は、どのように受け入れられたのでしょうか。

5 A0226 荒井 亮|知財図鑑 編集長

吉川

初めから多くの方が興味を持ってくれました。特に、CMF(Color・Material・Finishの頭文字をとった、プロダクトの表面や質感を決定する要素を指す言葉)の見本としてマテリアルを探すニーズが大きかったです。ここで取り揃えているマテリアルは、基本的には量産可能なものが前提となっています。自動車や家電など、複雑な工業製品を扱う分野を中心に、東京オリンピックに向けて建築事務所やスポーツ製品メーカーの方も多くいらっしゃいました。素材に感性的な価値を見出す、日本らしい特徴も感じられましたが、マテリアルを発想源にして新製品を開発する段階まで至ることは稀でした。最先端の研究サンプルなども扱っているのですが、たとえば商品展開の早いアパレル業界などでは、そうしたマテリアルでいきなり量産品を作るのは難しかったのだと思います。

アイディアを刺激するフィジカルな空間

出村

私たちも知財図鑑を運営するなかで、技術と事業の出会いをサポートすることに比べ、出会った後に事業化までこぎつける伴走をすることが、一段も二段もハードルが高いことを実感しています。

吉川

必要な素材の条件を教えていただければ、該当するものを探して提案することはできるんです。ただ、お繋ぎした後の展開を追い切れるかというと、必ずしもそうではなくて…。ワークショップやコンサルティングという形式でお手伝いすることもありましたが、単発ではなく最後まで並走したいという思いは常にありました。とはいえ、素材メーカーさんと製品メーカーさんを直接繋ぎ、デザイナーや研究者単位でいきなりマッチングできることの価値は大きかったと思います。利用者さんから、ここで紹介したマテリアルが製品の一部に採用されたことを、直接お知らせいただけると嬉しかったですし、ふとしたタイミングで思い出していただき伺うこともありました。

5 A0595

出村

マッチングという不定形のものに、どれほど対価をいただくかは難しい問題ですよね。今日、改めてこの場所に来て感じているのは、直接見たり、触れたりしたものから生まれるインスピレーションの価値の高さです。知財図鑑ではデジタルベースで大量の情報を検索できるのですが、デジタルな情報とフィジカルな素材をうまく接続できると面白くなりそうです。

吉川

まさにそうだと思います。情報提供やマッチングはもちろんですが、この場所の一番大きな魅力は、これだけのマテリアルが一堂に介していること。普段働いている環境から離れてMaterial ConneXion Tokyoに訪れ、マテリアルの存在から発想を膨らませることが本質的な価値だったと思っています。たとえ常設は難しいとしても、アイディアを刺激する具体的な場所は今後も続いてほしいですね。

出村

同感します。単一の会社として続けられなかったとしても、複数の企業で連携したり、大学などの教育機関や、さらに言えば行政まで加わって、社会の器としてこうした場を構えることが必要だと思います。毎日のように生まれる最先端の素材に出会える場所は、それ自体が公共的な価値を持つはずですから。

5 A0262 出村光世|Konel・知財図鑑 代表

素材を「自分ごと」にする思考法

吉川

Material ConneXion Tokyoを10年間続けるうち、利用者さんが素材をうまく扱われるようになってきたようにも感じています。海外のマテリアルにも関心を持って連絡を取ったり、自社でマテリアル・ライブラリーを作って発信するようになったり。素材を自分ごととして関連づける方が増えてきたのは、嬉しい変化でした。

出村

美術館の展示物のようにただマテリアルを眺めるのではなく、しっかりビジネスと結びつけて考える方が増えたのですね。素材が課題解決や新たな価値の創出につながるという視点を、Material ConneXion Tokyoさんが育んできたのではないでしょうか。

吉川

ここで働いていると、さまざまな困りごとを持つ人たちと話を重ねるので、知識や経験が蓄積されていくんです。マテリアルのスペシャリストとして、素材の深い知識を持ちながら、相手の要望を聴きながらうまく提案を行う。ソムリエのように働くスタッフたちの存在が、そうした変化に影響していたかもしれません。

5 A0247

出村

素晴らしいですね。Material ConneXion Tokyoにはマテリアルのサンプルやデータベースが定期的に追加されていましたが、それ以外の方法で、吉川さんが意図的に新しい素材と出会うためにしていることはありますか?

吉川

東京ビッグサイトなどで行われる、ビジネス系の展示会に足を運びます。イベントは業界やテーマで分かれていますが、特定の分野に絞ることはありませんし、事前に情報も入れず、当日のマップを見て行きたいところをチェックします。展示会場では営業の方のみならず、素材を開発している方も参加しているので、開発の意図や特徴まで細かく、かつわかりやすく教えていただけるんです。ビジネス的な場面以外では、素敵な建築物や美術館に訪れたりもしますが、街中のギャラリーやインテリアショップにも足を運ぶようにしています。すでに世に出ている製品から学べることは多いですし、特にハイブランド製品のCMFには最高峰の技術が詰め込まれているので、しっかり見るようにしています。

出村

ハイブランド製品は価格のレンジが広いので、普通の民生品には難しい加工がなされている場合もありますよね。まだ一般化していない技術やマテリアルを直接見るためには、とてもいい対象なのかもしれません。

5 A0253

これからの素材産業に必要なこと、引き継いでいくもの

荒井

素材業界全体のトレンドとして、SDGsをはじめとしたサステナビリティへの意識は強くなっています。日本のマテリアル産業においては、今後どのような課題や展望があると思いますか?

吉川

あらゆる材料の価格は高騰していますし、エネルギーの面でも日本は苦境に立たされるでしょうから、必然的にリユースやリサイクルの取り組みが加速していくはずです。しかし、これも一社だけでは成り立ちません。洗剤の使い捨てパッケージや化粧品ボトルなどで見られるような、業界を横断した仕組み作りや共創がより不可欠になるでしょう。一方で、日本は80〜90年代にごみ減量を目指した制度が作られていたため、ペットボトルの回収率やリサイクル率は8割を超えており、これは欧米よりもかなり高い水準です。過去の枠組みである程度達成できているがゆえに、ある意味ゼロベースでサーキュラーエコノミーの仕組みを生み出すヨーロッパに対して、日本は切り替えに遅れをとっている印象です。Material ConneXion Tokyoで扱っていたサステナブル素材においても、日本企業がつくるものは数%にとどまります。本来、日本の素材産業は化学分野を中心に強みがあるはずですから、世界中のニーズを捉えてしっかり打ち出していくべき部分かと思います。

5 A0611

吉川

サステナブル性だけでなく、感性的な価値も同時に求められるでしょう。ユニークな機能があっても、魅力的でない色や使い心地では広まりませんよね。感性価値と機能価値が両立した素材においても、まだ海外に遅れをとっている印象があります。素材メーカーと製品メーカーによる交流を通じて、マテリアルの見せ方まで含めたものを作るようなアクションができるといいですね。私個人としては、これから作るものは、使う場面だけでなく、調達や製造においても持続可能であるべきだと思うんです。すごいものを作ろうと複雑になるよりは、無理せず「これだったらずっと作っていける」と思えるような、そんなマテリアルが必要になるのではないでしょうか。

出村

持続可能性や感性価値を高めていくためにも、研究者やデザイナーといったプロ同士が近い距離で交流することが大切ですよね。Material ConneXion Tokyoはこの10年間でそうした役割を果たしてきたと思いますが、その蓄積はどのように次世代に引き継ぐことができるでしょうか。

吉川

まずは学校のデザイン学科などの素材教育に活用したいと考えています。国内ではまだマテリアルに着目した教育が少ないようですが、海外では廃棄された鮭の皮を素材にしてカバンを作るような活動が多く、素材からデザインすることが定着している印象です。Material ConneXionは大学と契約するケースも多いですから、これからの取り組みでもうまくブリッジしていければと思います。

5 A0269

荒井

知財図鑑でも「知財」は公共性を持っていると思っていて、教育と繋げていくことは必要不可欠だと考えています。知財も素材と同様に、流動性を高めて新しい人との接点を広げ、トライの数を増やすことが重要ですよね。

吉川

最後にお伝えしたいことは、この場所でMaterial ConneXion Tokyoを10年間続けてこれたのは、利用してくださった皆さんがいたからです。この記事を読んでくださった方で、イベントに参加いただいたり、訪れたことのある方がいらっしゃたら、改めて感謝をお伝えしたいです。そして今回、出村さん知財図鑑さんに共感いただき、素材との出会いの場についてお伝えする機会をいただけたことに心より感謝しています。この分野は知財図鑑とも相性がいいと感じるので、バトンを受け取って、さらに発展させていただけるなら嬉しいですね。私も個人的に手伝いたいくらいです(笑)。

出村

リアルな場所があり、人が集まれることの価値を感じました。例えば、知財図鑑の拠点である日本橋地下実験場にマテリアルの棚を設けたり、素材を題材にしたワークショップを開催したりと、この10年間の繋がりをいい形で拡張していくことはできそうですね。今日のお話しで受け取った情熱と直感を大切にし、自分達へのチャレンジを課していきたいと思います。

5 A0560

Material ConneXion Tokyo 公式サイト(営業は2023年12月28日で終了)
https://jp.materialconnexion.com/

TEXT:Yoshihiro Asano/PHOTO:Shoichi Fukumori

吉川 久美子

吉川 久美子

Material ConneXion Tokyo

Material ConneXion Tokyo (運営会社:株式会社エムクロッシング) 代表取締役。NISSHA株式会社にて樹脂成形品に転写する加飾フィルム事業部に所属し、家電や自動車メーカーのデザイン部門に対し、CMF デザインの提案を行う部署を立ち上げる。2013年MCX 東京の設立に携わり、2015年4月代表取締役に就任。さまざまな領域の素材をクロスボーダーに活用する提案でイノベーションにつなげるマテリアルコンサルティングを行う。

広告