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2024.10.31

インタビュー | 石川 雅文×坂本 一樹 ×村上 健太

【前編】家族の関係性を育む、すこし未来のリビングとは― 「NRUX Prototypes」で体感した3つの“余白”

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テクノロジーは果たして私たちのくらしを本当の意味で豊かにしたのか。家でも職場でも、1日に無数のアラート音が聞こえ、インタラクションによって常になんらかの情報が詰め込まれていく。そんな中、現代を生きる私たちに必要なのは「余白」なのかもしれない。特に家でのくらしにおいては、心地よい距離感を保ちながらも、家族の繋がりを自然な形でサポートする環境が必要とされている。

2024年9月、東京・池尻大橋にある複合施設「大橋会館」のCEKAI O!K STORE&SPACEで、パナソニックによる次世代インターフェイス研究プロジェクトNRUX(エヌアールユーエックス)の展示「NRUX Prototypes『家族の関係性を育む、すこし未来のリビングとは─』」が開催された。

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これまでも、大橋会館に拠点を置き「日常のインタラクションから情緒的な価値を引き出し、本来私たちが持つ人間らしい感性をもっと引き出す。」をミッションに、プロトタイプの開発と実証実験を繰り返してきたNRUXメンバー。今回の展示では、越境型クリエイティブ集団・Konelと協業し、来場者から自由な発想のフィードバックを受けていくことを目的にプロトタイピングを進めていったという。展示から見えた、新たな家族の関係性の育み方とは。そして来場者からのフィードバックを経てNRUXメンバーが目指す未来社会とはなにか。

話を聞くのは、プロジェクトメンバーの石川 雅文氏、坂本 一樹氏、村上 健太氏の3名。展示されている3つのプロトタイプを実際に体験しながら、制作の背景が語られた。

NRUX24.0924 138 左から、パナソニック「NRUX」プロジェクトチームの村上 健太氏、石川 雅文氏、坂本 一樹氏。

インタビュー【後編】を読む

くらしにおける人間らしさを創出する「NRUX Prototypes」とは?

―前身の「DELTA」から「NRUX」へとプロジェクト名を変え、開催に至った本展示「NRUX Prototypes『家族の関係性を育む、すこし未来のリビングとは─』」。どのようなコンセプトから生まれた展示なのでしょうか?

村上

プロジェクト名「NRUX(Nurturing Relations UX)」が「関係性を育むユーザー体験」を意味する通り、僕らは「くらしにおける人間らしさの創出」を意識し、それにより家族の関係性をどう育めるかというコンセプトのもと活動に取り組んできました。今回の展示では、3つのプロトタイプの体験を通して、一見すると抽象的で難しくも感じる我々のコンセプトをお客さまや社内外のパートナーの方々に共有し、さらにフィードバックを得ることも目的にしています。

―関係性にも色々な種類があるなかで、なぜ「家族の関係性」にフォーカスしたのでしょうか?

村上

我々パナソニックグループが取り組むくらしの領域において、最も身近なテーマが「家族」だったからです。そうして改めて家族の関係性を考えてみると、昨今の共働きや核家族化によって家族時間が失われつつある中で、情報化社会の進展などにより多くのことが機能的に便利になった反面、家族における日常のコミュニケーションやインタラクションの質は、十分とは言えない状態になってきている。そこで家族の関係性を育みながら良くしていくためには、情緒的な質を高めることが重要なんじゃないかと仮説を立てました。

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「すこし未来のリビング」とは? 余白のある繋がり方を提示した3つのプロトタイプ

―展示空間に入ると全体的に非常にアンビエントな空間が広がり、家具に対してプロトタイプの主張が強すぎることもなく、ささやかに環境の変化をもたらしているような印象を受けます。

石川

くらしの中で家族の関係性を育むことを考えた時に、一般的な家電のリコメンドや通知というのは、便利である反面、提案が強すぎたり、無視するとストレスになることがあったりして、時には機械に動かされているような感覚に陥ることがあると思います。そういう意味では、長期的に見るとくらしに馴染みにくいものかもしれない。そこで、無視をしてもストレスにならず、きっかけを与える程度の細やかさでくらしに介入し、自然な働きかけができるプロトタイプを提案しようと考えました。

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―そこから3つのプロトタイプを設計したということですね。プロトタイプにはどのような共通点があるのでしょうか?

村上

NRUXでは、関係性を育む重要な体験として「プランニング」「リフレクション」「コミュニケーション」を掲げていて、今回発表したプロトタイプは特にリフレクションに力を入れて設計しています。そのため、3つともテクノロジーを使って日常の些細な会話や行動をさりげなく伝え、コミュニケーションのきっかけを作る「余白」を与えることでリフレクションを起こそうとしている点が共通しています。

『#01 記憶する照明』

―それでは早速、展示を見て周りたいと思います。プロトタイプごとに添えられている小説のようなストーリーを読むことで、プロトタイプを使うシーンが想像できるようになっています。3つのプロトタイプにそれぞれどのような特徴があるのか、ご案内していただけますか?

石川

『#01 記憶する照明』は、日頃からダイニングテーブルの周辺で起きている会話やワードをもとに、AIがアンビエント(抽象的)なイメージを生成し、照明の中に映像が投影され、それを見ることでこの食卓でどんな会話が起きていたのか思い出すきっかけになるというプロトタイプです。あえて抽象的な表現にすることで、見る人の解釈の仕方に余白を働かせ、その家庭特有の会話に発展していくことを狙っています。

NRUX24.0924 174 「#01_記憶する照明」日常にある何気ない会話から、光のイメージを生成し、映像が投影される照明。彩りあるアンビエントな映像は、家族それぞれが思い描くものに余白を与え、ふとした会話のきっかけをもたらす。

―ストーリーでは、照明を見た子どもが映像を見て、育てている朝顔を連想し、そこから家族みんなで植物園へ行く話になるという、食卓での微笑ましい1シーンが描かれています。作り手側としては、どのような想いがあったのでしょうか?

石川

僕自身も1人で散歩をするのが趣味で、散歩中に面白いものを見つけては写真を撮って妻にLINEで送っていたのですが、このプロジェクトに取り組むようになってから「帰ったら会うのに、なんで今すぐオンラインで送る必要あるんだろう? それよりも直接伝えた方がいいんじゃないか」と思うことが多くなって。面と向かってその日起きたことや感じたことを話すと、そこから別の話題に発展したり、その会話の中で妻が普段見ていることや妻の価値観が垣間見えたりする瞬間がある。それこそが本来の豊かなコミュニケーションではないかという想いがありました。

―ついじっと眺めたくなるような心地のいい映像で、メディテーションにも使えそうですね。

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石川

同時に同じものに関心を向けることを共同注意と言うのですが、それによって意思疎通がしやすく、心がひとつになりやすくなると言われています。そういう意味で、昔は家族みんなでテレビを見ることで共同注意が起きていたけれど、今はスマートフォンやタブレットでそれぞれ個別のものを見ている状態が普通になってきている。だからこそ、家族でぼーっと照明を見つめるということが、新しい共同注意のあり方になるかもしれませんね。

坂本

展示に来場いただいた方から、「令和版のテレビみたいだね」と言われたりもしました。本来、照明というのは光で空間を照らすものですが、家族の関係性を育むきっかけにもなりえることを感じ取っていただけたと思います。

『#02 こだまする巣箱』

―2つめのプロトタイプはどのような狙いでつくられたものなのでしょうか?

石川

『#02 こだまする巣箱』は、会話情報を拾っているという点で『#1 記憶する照明』と通じるところがありますが、こちらは視覚情報によるアウトプットではなく、音声としてキーとなるフレーズを発するというものです。声も人間の声ではなく、自然と耳を傾けられる九官鳥のような小鳥をモチーフにしていて、鳥の声でランダムにフレーズを発せられることで、遠い記憶を想起させ、それが会話に繋がっていくことを狙っています。

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NRUX24.0924 116 「#02_こだまする巣箱」家族の会話からキーワードを抜き出して記憶し、気まぐれにささやく見えない鳥。まるでペットのように家の中を飛び回り、ふとした時に発される言葉で、小さな話題の種を与えてくれる。

―鳥の姿は見えないけれど、羽音が聞こえたり、足跡の軌跡がコーヒーテーブルに投影されたりする演出も、ささやかでいいですね。

石川

存在感をどの程度持たせるかは、かなり試行錯誤しました。フレーズを受け取った人がその先の会話や行動にどうつなげるかは、余白として委ねたい。ですから、なんとなく空間に何かがいるような気がする、くらいのバランスを目指しました。

―見えないペットと一緒に暮らしているような感覚になりそうです。発想の起点はどのようなところにあったのでしょうか?

坂本

過去のプロジェクトで、光や音、香りを切り替えることができる部屋を作り、モニターの方に体験していただいていたのですが、その際に「リモートワーク中に空間が寄り添ってくれた」というフィードバックがあったんです。形はないけれど、なにか生きものらしさを感じる。そういった「生きている部屋」というキーワードを元に、音声や音だけでも十分にコミュニケーションロボットのような存在感を出せるのではないかということで、今回は「会話を生み出す仲介役」という形にしました。実際にこのプロトタイプを体験していただいた方からも、「愛着が湧きそう」というフィードバックをいただくことができましたし、「子どもが小さかったころのカタコトの言葉も忘れていってしまうものだから、そういうフレーズが流れてきたらいいな」という意見にもハッとさせられましたね。

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村上

私自身も出張が多く、家族との時間がなかなか取れないのに、仕事から帰ってくるとパートナーに感謝することなく、作ってくれたご飯を当たり前のように食べる日々が続いてしまう。そういう時、パートナーが「これは当たり前のことじゃないよ」と言ってくれて初めて気付かされたということがあって。このプロトタイプにあるコーヒーの思い出のように、些細なフレーズをきっかけにこれまでの思いを振り返り、日頃の感謝を伝えていけたら、より家族の関係性の質も良くなっていくのかなと思うんです。一方で、今の段階ではその家で暮らす人たちにとってネガティブになるフレーズを拾ってしまう可能性もあり、どういうふうにシステム側でフレーズを抽出していったらいいのかという点は、今後の課題として残っています。

『#03 繋がるのれん』

―3つ目のプロトタイプは、のれんの形をしていて他のものとは少し違った印象を受けます。

石川

他の2つが会話データを使うのに対し、『#03 繋がるのれん』は、のれん同士が同期していて人の行動を元に動く点が大きな違いですね。これは片方ののれんを通過すると、もう一方の遠隔にあるのれんがふわりと動き光ることで、離れた場所に住んでいる家族の生活をしている気配を感じることができるプロトタイプです。ストーリーではいつもと違う時間にのれんが動いたことを受けて、「おじいちゃんが好きな相撲を見ているのかも」と遠くに住む孫が想像を働かせ「連絡してみよう」と行動に移しています。このように、あえて解像度を落とした表現をすることで、気配を感じさせ、「今何をしているのだろう」と想像する余白を提供しています。

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NRUX24.0924 032 「#03_繋がるのれん」遠くに暮らす家族の気配を、光とはためきによって伝えるのれん。相手の家にあるのれんと繋がっており、相手が通り抜けると、自分の家にあるのれんがふわっと動きながら光る。

―のれん自体は、部屋との境界に設置し、ほんのりと目隠しをしてくれる日本では馴染みのあるものです。そういったモチーフをベースにしているからか、遠くにいる人の気配をなんとなく感じられるという機能が受け入れやすく、共感を覚えました。どのようにしてこういう発想に至ったのでしょうか?

石川

我々はプロジェクトを立ち上げた当初から「障子の向こうにいる人が何をしているのか、人影だけを見て想像する。それが相手を思いやることに繋がる」という事例をよく取り上げていて、そういうことが昔はできていたんじゃないかという話をしていたんです。そしてこの時代に応用したら何ができるだろうと考えた時に、近年和室のない家が多い中でスマート障子を作るのは違うだろうとなって。それよりも窓か?カーテンか?と検討していき、最終的にのれんの形におさまりました。体験シナリオとしては、遠くに住んでいる家族とのつながり方にフォーカスを当てて考えました。特に近年は、繋がりすぎてしまうか、全く繋がりがなくなるかという二極化が起きつつあります。例えば心配するがゆえに見守りカメラを設置してしまえば監視に近い状態になってしまうし、そういうことが億劫だとなると一切連絡を取らなくなることもある。けれど、現代社会でももっと中間の、お互いに心地いい繋がり方があるのではないかと試行錯誤していった結果、人の生活の気配を感じ、想像をめぐらせ、自ら「連絡してみよう」と行動に移すきっかけを与えられる程度の体験が最適だと考えたんです。

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坂本

体験していただいた方からも、「遠くにいる人のことを思い出しました」「感動して泣きそうになりました」とたくさんの共感のコメントをいただきました。また、不意に風で揺らいだのれんを見て、遠くにいる家族だけでなく亡くなった家族も含めて想像を働かせている方もいたりして、わずかな揺らぎでも人は色々なことを感じるものなんだという気づきが改めてありましたね。家にいる時はつい、それぞれが自分の好きな時間を過ごしがちになり、本当は話せたはずの機会を失ってしまうもの。そういったことが、これからの課題になってくるのかもしれないと思うからこそ、そういった状態をうまく変えていき、家族のことを想い、顔を見てコミュニケーションを取る瞬間が増えていけたらいいですよね。

ほんの少しの揺らぎも、大切な人を思いだすきっかけになる。NRUXメンバーが捉えた手応えと課題

―ありがとうございます。どのプロトタイプも「これが家にあったら、私たちの日常はどう変化するのだろう?」と想像を膨らませることができ、今後の展開が気になるほどワクワクする展示でした。今回、池尻大橋にある大橋会館という、住宅街にも近い場所で4日間の展示が行われましたが、どのような方々が来場されましたか?

坂本

こういったプロトタイプに興味がある方はもちろん、近所に住んでいる方が散歩の途中に立ち寄ってくださったり、隣のカフェで過ごしていた方がフラッと見に来てくださったり、子ども連れのご家族も観に来てくださったりして、予想していた以上にさまざまな方に体験したいただくことができたと思います。より生活者視点のフィードバックを得ることができて、ここでやった意味があったなと思いましたね。

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―今後はどのようなことにチャレンジしていきたいですか?

村上

今回の展示で得た社内外のパートナーやそれ以外のお客様のフィードバックから、思っていた以上に共感度が高いと感じました。「この活動を応援したいです」といったコメントも多かったので、我々としてもそういう言葉を糧に、もっと活動に力を入れていきたいと思っています。

坂本

今回いただいたご意見を踏まえ、より一層プロトタイプをブラッシュアップしていきたいです。また、活動の幅を広げていくためにも、今回の展示のように共感を得ていく活動をする時期、関係性を育むプロトタイプの数を増やしていく時期を交互に繰り返すことも重要だと思っていて。質と量両方の側面からNRUXの世界観を広めていきたいですね。

石川

質の観点から言えば、引き続きリビングラボを使って長い時間体験していただき、そこで得られたフィードバックをナレッジとして積み上げることを繰り返しやっていけたらと思います。また、中長期的な観点では、我々だけでは作りきれない部分が多いので、共感していただける共創パートナーさんと一緒にNRUXの価値を社会に浸透させていきたいですね。

―ありがとうございます。後編では、NRUXのメンバーに本展示にとどまらないNRUXが目指すビジョンやクリエイティブ、目指す共創のあり方について深掘りしていきたいと思います。

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TEXT:Eri Ujita/PHOTO:Yusuke Maekawa

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【展示情報】
NRUX Prototypes 家族の関係性を育む、すこし未来のリビングとは
ふだんの会話や行動では見過ごしてしまう小さな日常を、さりげなく共有できたなら。 家族はより良い関係性を育めるのではないだろうか。 本展示に並ぶのは、“くらしにおける人間らしさを創出する” NRUXの思想のもと、 家族間の新しいつながり方に着目して生まれたプロトタイプたちです。お互いの生活時間や住んでいる場所、形式にとらわれることなく、 家族みんなの記憶や気持ちが、ゆるやかに集う。 さあ、あなたも。すこし未来のリビングをのぞいてみましょう。(入場無料/予約不要)

【日時】 2024/09/20(金)- 23(月) 11:00~19:00
【場所】 CEKAI O!K STORE&SPACE(大橋会館1F) 東京都目黒区東山3 丁目7-11 (池尻大橋駅東出口から徒歩約3分)(Google Map)

■パナソニックホールディングス株式会社 研究プロジェクト “NRUX( Nurturing Relations UX:関係性を育むユーザー体験)https://laboratory.jpn.panasonic.com/project/delta-pj/
■展示会に関するお問い合わせ先 nrux@ml.jp.panasonic.com

石川 雅文

石川 雅文

パナソニック ホールディングス 株式会社

2018年 パナソニック(株)にキャリア入社。現在、パナソニックホールディングス(株)技術部門 DX・CPS本部所属。くらしに関わるハードウェアやUIのデザインをバックグラウンドに、近年はクリエイティブ領域以外にもフィールドを広げ、人と人との関係性に着目した新しい価値作りに奔走している。

坂本 一樹

坂本 一樹

パナソニック ホールディングス 株式会社

2012年パナソニック(株)入社。エンジニアとして、洗濯機の制御ソフト開発、洗濯機/専用アプリのUI設計を担当。近年は、BizDevとして、IoTデータビジネスやリカーリングビジネスの企画経験をバックグラウンドにパナソニックホールディングス(株)技術部門 DX・CPS本部にて次世代インターフェースの研究開発に従事。

村上 健太

村上 健太

パナソニック ホールディングス 株式会社

2014年 パナソニック(株)入社。現在、パナソニックホールディングス(株)技術部門 DX・CPS本部所属 デザインエンジニア。ロボティクス分野におけるヒトのモデル化・評価技術、組込ソフト開発をバックグラウンドに、ヒトの身体/精神両面での拡張体験を創造する。現在は次世代の「くらし」体験創出に従事しながら、新しいデザインエンジニアリングのカタチを模索中。ツッコミの早さはチームNo.1。

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