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2025.05.09
インタビュー | 宮入 麻紀子×小針 美紀×吉岡 隆宏
“猫×テクノロジー”で未来を探索する、異色のプロトタイププロジェクト「中原にゃん研」とは?

マイペースで愛らしく、さりげない仕草や鳴き声で癒しを与えてくれる猫。そんな日常に寄り添う存在である猫が、もしインターフェースとなって人の暮らしを豊かにしてくれるとしたら——そこには、どんな未来が広がるのだろうか。
2025年3月、東京・下北沢のスタジオ「砂箱」にて、同年2月22日(猫の日)に立ち上げられた「中原にゃん研」の第一弾プロトタイプ『meowave(ミャオウェーブ)』の体験会が開催された。
「中原にゃん研」は、富士通のデザインセンター(以下、富士通デザインセンター)のインスピラボと富士通の研究者、そしてクリエイティブ集団・Konelによる共創プロジェクト。その名の通り“猫”をテーマにプロトタイプを開発し、富士通が保有するさまざまな技術の可能性を発信していく取り組みだ。
今回、知財図鑑では『meowave』の体験会に足を運び、「中原にゃん研」のメンバーであるインスピラボの小針氏と宮入氏、富士通でミリ波センサーを活用したセンシング技術を研究する吉岡氏の3名にインタビューを行った。プロジェクト立ち上げの背景や展示内容について語ってもらう中で見えてきたのは、デザインと研究の垣根を越え、社会にひらかれた取り組みを続けていきたいという、メンバーそれぞれの熱い想いだった。
―猫の日に立ち上げられたという「中原にゃん研」。このチームは、小針さんと宮入さんが所属する富士通デザインセンターのインスピラボがリードし、吉岡さんが所属する富士通が技術提供を行っているそうですね。そもそも、インスピラボとはどのような組織なのでしょうか?
小針
富士通デザインセンターは社内やクライアントに向けて、ビジネス変革やコーポレート変革のデザインを行っています。その中でインスピラボは、「未来を発想するためのインスピレーションを探索する」ことを目的としたチームとして活動しています。
宮入
インスピラボでは、新規事業を立ち上げようとするクライアントに向けて、社内外の取り組み事例や価値観の変化をテーマにしたインスピレーショントークを提供したり、ワークショップや体験会、リサーチなどを通して、アイディエーションのための発想力を引き出す支援をしています。新規事業や新しいサービスを生み出すためには、新しいアイデアを出してサービスをつくるだけではなく、プロジェクトに関わる人それぞれが継続的にアイデアを生み出しアクションし続けることが必要です。そのためには、彼ら自身が好奇心を持ってリサーチし、自発的に取り組み続けるマインドが欠かせません。私たちは、その“好奇心のドライブ”をサポートする存在でありたいと考え、「好奇心をドライブしよう」を合言葉に活動しています。
―「中原にゃん研」は、どのような経緯でスタートしたのでしょうか?
小針
私が参加している「知財ハンター協会」というコミュニティの中で、今回の実装を手伝ってくださったKonelさんとコミュニケーションを重ねるうちに、「一緒に何かできないか」という話になっていきました。そこでまず、富士通の創業当初からの本店が置かれ、現在も技術・研究開発の中核拠点がある武蔵中原にお越しいただき、研究の展示などをご覧いただきました。その中で、「もっと見せ方や伝え方をやわらかい形に変えることで、生活者を含めた多くの方々に興味を持ってもらい、フィードバックを得られるのではないか」というアイデアが生まれました。私たちとしても、専門家だけで何かをつくるのではなく、生活者を巻き込みながら社会のあり方を探っていくことを目指していたため、インスピラボからプロトタイピングしていく新たなチームを立ち上げることにしました。こうして、2024年5月からディスカッションを重ね、プロジェクトとして本格的に動き出すことになりました。
―「中原にゃん研」はその名の通り“猫”を軸に展開され、ビジュアルにはテクノロジーや未来感あふれるグラフィックの中に、かわいらしい猫たちがたくさん登場します。猫好きなら、思わず惹かれてしまう内容ですが、なぜ“猫”に着目したのでしょうか?
小針
富士通には社内SNSに複数のコミュニティがあり、多くの社員が利用しています。その中に「喫ねこ所(きつねこじょ)」という、世界中の富士通グループの社員3,000人以上が参加している猫好きコミュニティがあるんです。猫に関する投稿には毎回数百のリアクションがつくほど熱量が高く、インスピラボのメンバーも多くが参加しています。その中で、「猫には人を巻き込む力があるのでは?」という仮説が生まれました。そこで、猫を軸に富士通のテクノロジーを再解釈してみよう、という発想から「中原にゃん研」が始まりました。インスピラボからは現在、4名がこのプロジェクトに参加しています。
―富士通の研究者である吉岡さんは、どのようにこのチームに加わったのですか?
宮入
「中原にゃん研」の活動を始めるにあたっては、研究者の協力が欠かせませんでした。そこで、富士通の先端技術を無償で公開しているウェブデータベース「富士通リサーチポータル」から社内の研究や技術をリサーチすることから始めました。様々な技術を中原にゃん研のコンセプトでもある”猫起点”でブレストしては一緒に活動してくださる研究者の方を探しました。その中で、吉岡さんをご紹介いただいたのがきっかけです。
吉岡
研究所の研究員としては、自分たちが開発した技術を実際に使ってもらい、社会に浸透させていくことが一つの目標です。ただ、技術者目線だけで考えられることには限界があると感じていました。例えば「この技術はこういうふうに使えばいいよね」とか、「こういう社会課題の解決に使えるよね」といったように、使用シーンやターゲットを絞って進めていくと、どうしても発想が限定的になってしまうんです。そんな中、インスピラボのメンバーから「技術をもっとやわらかく捉え、一般の人にも面白さや楽しさを伝えていくことを目指している」というお話を伺い、私たちには思いつかないような使い方や新たな視点が得られるのではないかと感じました。それがとても魅力的で、ぜひ一緒に取り組みたいと思い、プロジェクトに参画させていただきました。
小針
そこからさらに体制を整え、2024年の秋から、富士通のミリ波センサーを活用した技術を用いた「中原にゃん研」の第一弾プロトタイプ『meowave』のプロジェクトが本格的に動き出しました。
第一弾プロトタイプ『meowave』の開発
―『meowave』は「見守り」をコンセプトにしているとのことですが、プロトタイピングはどのように進めていったのでしょうか?
宮入
まずは、ミリ波センサー技術を実際に体験するところから始めました。センサーの前で体を動かしてみたり、食事をしたり、障害物との距離や反応の具合を確認したりと、さまざまな試行を重ねる中で、サイトの技術紹介記事を読むだけではわからなかった面白さがあることに気づきました。
小針
特に印象的だったのは、その“さりげなさ”です。カメラのように直接的に見られている感覚とは違い、察するような反応がある。そこに、どこか猫らしさを感じたんです。私たちは過去に別プロジェクトで「そもそも猫って何だろう?」という問いから多角的なアイデア出しをしていたこともあり、この方向性なら「中原にゃん研」らしいプロトタイプがつくれると確信し、実装に進んでいきました。
―ミリ波センサー技術をプロトタイプに実装する上で、こだわったポイントはありますか?
宮入
「猫をどう表現するか」については、かなり議論を重ねました。モニターに映る猫を、リアルに描くのか、キャラクター風にするのか、それともシルエットにするのか。一人ひとりが思い描く“猫”のイメージは異なるからこそ、あまりに具体的すぎる表現は、見る人の想像を狭めてしまうのではないかという難しさがありました。最終的には、「目には見えないけど空間にはいる」という絶妙な距離感——その存在感を表現するには、アノニマスなシルエットがもっともふさわしいと判断しました。シルエットにすることで、誰にとっても“自分の中の猫”を重ねられるような、開かれた存在にできたのではないかと思います。声にもこだわっていて、いくつかの猫の鳴き声サンプルを制作し、「喫ねこ所」のメンバー約70名にアンケートを実施しました。その中で最も“寄り添い”を感じると評価された声を採用しています。
―それこそ、“猫”を軸にどう技術を活かしていくかを考えるというのは、人間の暮らしや豊かさを大切にしてきた富士通にとって、これまでにないアプローチかと思います。吉岡さんはこのプロジェクトに携わる中で、どのように感じましたか?
吉岡
チームに加わって、これまでに出されたさまざまなアイデアの企画資料を見たときは、とても驚きました。猫を起点に発想することで、私たち技術者ではなかなか辿り着けない方向性のアイデアがたくさんあって、「これは面白いな」「ぜひ実現してみたい」と、強く好奇心を掻き立てられました。そうして生まれたアイデアを、実際に人がいるシーンで使ったときにどうなるのか。猫を起点にしながらも、最終的には人間中心の視点へと立ち戻ることで、むしろ技術をより深く掘り下げることができるのではないかと感じました。
猫にときめき、技術にもときめいた。『meowave』体験者からのフィードバック
―展示では、システムの構築だけでなく、『meowave』を体験できる空間そのものもつくり上げられていました。そこには、どのような意図があったのでしょうか?
小針
アイデアを紙ベースで見せるだけだと、たとえ面白いと感じても、多くの人は「ふーん、なるほど」で終わってしまいます。でも、実際に体験できれば、自分の興味や日常の感覚と結びついて、「こういうことがあってもいいかもしれない」と想像を広げてもらえる。そうした方が、より豊かなフィードバックが得られるのではと考え、今回は体験型の展示にしました。実際に体験された方から、「技術の展示でときめいたのは初めてです!」という声をいただけたのは、とても印象的でした。
宮入
私は『meowave』の体験を案内する時、はじめに「いろんな猫アイテムが置かれているので、探してみてくださいね」と言うようにしていて。そうして部屋の中を歩きまわってもらったり、座ったり、床に倒れ込んでみてもらったりするのですが、体験が終わった後に「実はそこに置いてある猫ちゃん型の置物がミリ波センサーなんですよ」と言うと、「気づかなかった!」「見守りカメラのような“監視されている感”が全くない」と驚く方がたくさんいました。
―確かに実際に体験してみると、置かれていたミリ波センサーはまるでポータブルスピーカーのようで、こんなにも生活空間に自然に馴染むのかと驚かされました。また、一定時間以上座ったり、床に倒れ込んだりといった動作をするたびに、異なる種類の猫の鳴き声が聞こえてきて、「自分の動きに対してセンサーはどのように反応しているのだろう?」と、さまざまな好奇心が湧き上がってきました。
吉岡
私自身、「ミリ波センサーがインストールされた部屋」という空間の中で、体験者の皆さんがどのような行動を取るのか、狙い通りの体験が生まれているかどうか、あるいは今後の研究開発につながるような新たな発見があるかなどを、研究者として注意深く観察するようにしていました。ミリ波センサーは電波信号の反射波を解析し、動きのある場所を点群データとして捉えることができます。私たちのミリ波センサーのコア技術の一つに「姿勢推定技術」がありますが、これは家具や家電などノイズの多い空間でも人の動きによる点群を見極め、さらに人の骨格を推定するという技術です。もともとは、社会課題の解決を目的に開発してきた技術であり、今回の『meowave』のような使い方は、研究者として想定していたものとは実は少し異なります。逆に言えば、そうした違いこそが、「人が本当に求めていること」に沿った技術の新たな可能性や伸びしろを発見するきっかけになると考えて、このプロジェクトに取り組んでいました。
―プロトタイプをつくりながら、難しさや課題を感じた点はありましたか?
吉岡
プロトタイプをつくるにあたっては、既存の技術をそのまま使うだけではなく、「心地よく見守られている」と感じられるような体験を生み出すために、検知する行動の選定とロジックを調整しました。その点は、かなり工夫が必要でしたね。
小針
展示では、「今はこういうことができる」という現在の技術の姿を提示するだけでなく、見守りにとどまらず今後さまざまな領域に拡張していけるかもしれない、という将来的な可能性も示しています。これから、それぞれの技術や社会的なニーズとの接点をどう探っていくか。そのプロセスには難しさもありますが、それ以上に大きなやりがいを感じています。
―展示を体験した人々から、印象に残っているフィードバックはありましたか?
宮入
猫の鳴き声について、「“ニャアン”と鳴くことで、ちょうどいい距離感で見守られている感じがした。これがもし、家族や知り合いの声だったら、ちょっと気詰まりに感じたかもしれない」という声がありました。その絶妙な距離感があるからこそ、「大丈夫だよ」と返したくなる気持ちが生まれたり、逆に「猫の声をもっと聴きたいから転んじゃう」という方もいて、私たちにとっても新たなニーズの発見につながりました。
―長く座るたびに猫の鳴き声が聞こえてきたら、うるさくないのかな? と体験する前は思っていましたが、体験してみると、なにか伝えようとしてくれているけれど邪魔というわけではなく、むしろ鳴き声がある状態の方が落ち着くというか、心地よさを感じるんですよね。とても共感します。
小針
それもまた、猫の魅力ですよね。実際に「猫だから来ました」という理由で体験しに来てくださった方もいましたから(笑)。仕事中なども、そっと気にかけてくれるような存在として、自然と和みながら仕事に戻っていける。その距離感が、やっぱり絶妙なんですよね。改めて、猫という存在の力を感じました。それから、展示では説明用にインターフェースの画面も投影していたのですが、ミリ波センサーが心拍や呼吸数まで測れるということに驚かれる方も多くて。技術の奥深さにも関心が集まっていたのが印象的でした。
今後の「中原にゃん研」が目指す未来とは?
―今回の第一弾プロトタイプの発表を通して、今後の拡張や展開について、どのようなイメージが浮かびましたか?
小針
ミリ波センサー技術や『meowave』の知見を活かして、「その場にいる人の状態にさりげなく寄り添う」ような応用にも関心があります。先ほどもお話ししたように、ミリ波センサーは非接触でバイタル情報をセンシングできるため、その空間にいる人のストレス状態や緊張、リラックスの度合いを捉えることができます。そうしたデータをもとに、より多様な“気遣い”のかたちを生み出せるのではないかと考えています。また、日によって体に痛みが出たり、動きが鈍くなったりすることもあると思うので、そうした変化をさりげなく教えてくれるような仕組みがあれば、もっと暮らしやすくなるのではないかと感じましたね。
吉岡
我々としては、そうした声や要望を受け止めた上で、「どんな技術が求められているのか」をしっかり見極めながら、今後の研究を進めていきたいと考えています。『meowave』自体も、今後さまざまな場所で展示されると思いますし、拡張や展開の可能性も広がっていると感じています。引き続き、このプロジェクトに関わっていけたら嬉しいですね。
―今後は、富士通のさまざまな技術を用いて、多様なプロトタイプに挑戦していくことになるかと思います。最後に、今後の「中原にゃん研」の活動を通して実現していきたいことを教えてください。
小針
デザイナーも研究者も、お互いの領域を飛び越えてコラボレーションすることを大切にしながら、これからも多様なプロトタイプを生み出していきたいと考えています。そのためには、まず私たち自身が“ときめく”ことが何より重要です。猫をきっかけに、普段出会うことの少ない先端技術に触れる機会を届け、そこで感じたときめきを多くの人に伝播させていけたら嬉しいですね。
宮入
これからさまざまなプロトタイプを発表していく中で、「面白そうだから、うちでも試してみたい」と手を挙げてくれる企業が現れたら、とてもありがたいです。“猫を介してテクノロジーを再解釈する”というこのコンセプトに共感してもらい、会社の垣根を越えて、猫を通じたアイデアが集まり、展示される場をつくるのも面白い展開だと思っています。
吉岡
今回の展示でも、技術的な側面に興味を持ってくださった方が多くいて、それがすごく手応えと励みになりました。こうした場を通じて技術に触れ、「自分たちでもこういう使い方がしてみたい」と思ってくださる方と、将来的にコラボレーションできたら楽しいですよね。
小針
私たちが目指しているのは、テクノロジーによって“やさしい社会”をつくること。そのためには、多くの人に先端技術を知ってもらい、「面白い」と思える機会をつくり続けていくことが大切だと感じています。猫のように柔軟で、ときには気まぐれな偶然の出会いから好奇心がつながり、インスピレーションの輪が広がっていく。そんな“ワクワクが連鎖する体験の場”を大切にしながら、これからも活動を続けていきたいです。
TEXT:Eri Ujita