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2021.06.24

インタビュー | 川田 十夢×出村 光世

未来を拓く知財の力。最先端の拡張を手がけるAR三兄弟・川田十夢と語る共創の可能性。

Konel inc.

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未来開発ユニット「AR三兄弟」の長男として数々のクリエイションを手がける川田十夢氏。アートやファッション、自然現象まで様々な題材の“拡張”を世に送り出す傍ら、J-WAVE(81.3FM)「INNOVATION WORLD」ではメインMCを務め、活躍の場は多岐にわたる。さらに今年は『知財図鑑』の“知財ハンター”にも就任し、独自の視点で注目のテクノロジーを紹介している。今回はクリエイティブカンパニー・Konelと知財図鑑の共同代表・出村が川田氏の活動の原点や『知財図鑑』での展望、そして知財を使った心躍る未来を実装する方法について聞いた。

「自分にしかできないこと」の探究が、川田十夢の原点

出村

川田さんは現在「AR三兄弟」として多岐にわたる題材でAR(拡張現実)を活用した作品を手がけて活躍されています。まず現在の活動に至るまでの経緯やご自身の原点について教えてください。

川田

僕の活動のスタートは学生の頃に遡ります。学生の時から今で言うメディアアーティストのような活動をしていたのですが、その頃はまだ確立していないジャンルだったので、何やら不思議なことをやっている人たちと見られていたと思います。例えば当時組んでいたバンドでは自分にしかできないオリジナルなことをしたいと考えて、ボクサーの知人を招き入れました。ボクサーがセンサーを仕込んだサンドバックを叩くと「ドゥン」と鳴るようにして、それをドラムがわりにして演奏するというバンドで。僕はかっこいいと思っていたけれど、当時来てくれたお客さんはそれをどう見ていいか分からなかったようで、割と戸惑わせていたかもしれないです(笑)。

川田氏

出村

いきなり飛んだエピソードが出ましたね(笑)

川田

卒業後最初に入った会社は「JUKI」という老舗のミシンメーカーだったのですが、学生時代に自分で作っていたホームページを見た当時の取締役が「お前の技術ヤバいな!」と感心しヘッドハンティングしてくれたのが入社のきっかけでした。会社のインターネット周りやクラウドシステムの立ち上げなど、ゼロからまるごとやってくれないかと言われたんです。決まった予算内なら人を雇ってもいいし機材を買ってもいいという、かなり自由度が高い状況で任せてもらえました。入社当初はホームページのデザインなどWebのクリエイティブ関係を担当し、数年後は世界各地の縫製工場の部品発注の管理システムなどを開発するなど、プログラミング周りも担当しました。

出村

ミシンメーカーでの仕事と、現在の川田さんの活動領域は一見かけ離れているように思えるのですが、現在の活動につながる要素はあったのでしょうか。

川田

意外にも僕が今手がける領域とミシンの間には共通点が多いんです。あまり知られていませんが、僕らが作品作りにもよく使う「マザーボード」(※電子機器で利用される電気回路基盤。さまざまな電子部品が接合されているボードのこと)に、電子部品をバチバチと取り付ける技術のルーツはミシンの技術から来ていて、元ミシン会社が作っていたりするんです。それにミシンで使われている技術もマザーボードも、実は三進法のプログラミングで組み立てられているという共通点もあったりして。僕はそのプログラムが書けたので、双方で知識が活かせましたね。

ミシン会社での課題解決からたどり着いたAR

出村

川田さん、ご自身でもいくつか特許を申請したことがあるとおっしゃってましたよね?

川田

はい。会社にいるときに取った特許で代表的なものは「ミシンとネットをつなぐ特許技術※」で、僕は“ミシンのネットワーク化”とも表現しています。具体的に言うと、縫製工場の「どのラインの効率を上げれば工場全体の生産量が上がるか」を改善する仕組みです。例えばシャツを一枚縫う場合に「襟元」や「袖口」といったパーツでラインが分かれていますが、その仕上げるパーツごとに別のミシンが稼働するので、それぞれの稼働効率がバラバラになりがちだったんです。なので各ミシンをネットワーク上で繋げて全体を最適化できるようにしました。また、同様にネットワークを使って上手な人のミシンの使い方をシステムに学習させ、どんな人でもクオリティ高く縫うことができる技術も開発しました。例えば、脇を締めて縫う上手な人の重心のかけ方を学習させ、それを再現するためのセンサーと制御を組み合わせるといった形です。“人の経験を技術でミシンに宿す”ように、IoTでミシンを次のステージにアップデートさせようと、ほかにもいろいろと試行錯誤していました。

特許イラスト(差し替え)

特許資料に示されているイラストの一部

出村

やはりメーカーにいらっしゃると開発と特許申請はセットになるものなんですね。

川田

ミシン業界は世界中の競合他社との開発競争があるので、技術力を磨き続けなければいけないという状況もあり、特許申請はその攻防の中で必要なプロセスでもあったんです。こうした特許技術ををいくつか開発したこともあり、僕がいた当時はJUKIが業界シェアのトップになっていたはずです。

川田・出村

出村

現在「AR三兄弟」として、ARの技術を使いながらジャンルの垣根を越えた企画や作品を世に送り出している川田さんですが、ARに注目したきっかけはありましたか。

川田

JUKIの工場ラインの改善施策の中で使った技術が偶然ARだったんです。当時海外でミシンの部品を使うときに、現地の人がパーツブックを読めずに品番がわからなくて困っていて。そこで、ミシンの部品をPCのカメラに映せば該当の品番が画面上に浮かび上がる仕組みを開発しました。結果的にカメラ認識の技術とデータ通信の技術を組み合わせたものになっていて、それがARを使い始めたスタート地点でもあります。

「AR三兄弟」誕生の理由

出村

当時の会社の課題解決のアイディアからARの技術にたどり着いたのですね。今のAR三兄弟はどのようなメンバー構成でなぜ結成したのですか。

川田

AR三兄弟は、JUKIのクリエイティブの部署にいた2人に声をかけて結成しました。次男は映像周りに強く、三男はプログラミングが得意です。
もともとAR三兄弟を組んだきっかけは、もっと“ウケたかった”からなんです。ミシン業界ではトップクラスの会社の特許開発者として世界中の展示会に行くのですが、あまり周囲から興味を持ってもらえなかった。技術に興味はあるけど僕という人間には興味を持ってもらえない。「これを突破しないと楽しくない!」と思い、これまでの技術を生かしつつ初見で”ウケる”ような実装ができる方向へ転換しました。そこから特許を含むさまざまな技術と多様な題材を組み合わせてクリエイションを生み出すAR三兄弟としての活動を始めたら、ありがたいことにあっという間に人気が出たので独立という運びになりました。

アンリエレイジ事例

「ANREALAGE」の2017春夏コレクション"SILENCE"と連動したARアプリ。音楽にはサカナクションの山口一郎が参加。実際にパリコレで視覚と聴覚を融合したファッションショーを表現した。(画像:AR三兄弟サイトより)

川田

ちなみに、特許はいまだに個人でも思いついたときに申請して取っています。その中で、まだ大規模に実装するには技術が追いつかない段階のものでも、AR三兄弟でプロトタイプとして形にしています。発想の最先端を常に描き、開発した技術は特許申請して持っておきながら、今実現できる形で叶えているのがAR三兄弟の開発のスタイルです。

魅力の詰まった「技術のパレット」としての『知財図鑑』

出村

テクノロジーの進化を追うラジオプログラムとして毎週放映しているJ-WAVEの番組「INNOVATION WORLD」では、川田さん自身がMCとしてゲストを迎えながら毎回興味深いお話を配信されていますね。どの回も個性豊かなゲストを迎えていますが、特に印象に残っている方はいますか。

川田

「INNOVATION WORLD」は元々音楽プロデューサーのVERBALさんが初代MCで、スタートしてから5年目になりました。途中から僕が担当し、その後週1回・生放送という現在の形になっています。毎回注目のイノベーターやクリエイターが来てくださるのですが、自分の専門性のある仕事にテクノロジーを活用しているケースは特に興味深いですね。例えば、「ディープラーニング」を活用している例なら、心臓のお医者さんは心拍数を分析する、農家さんはきゅうりの仕分けに生かすといった形です。それぞれの業界のプロフェッショナルが大量のデータを使って、自分自身の仕事に最新技術をどう使うかを考えていて、その発想や手法はまさに他に真似できない「知財」ですよね。

出村

「INNOVATION WORLD」には僕も月に一度呼んでいただいて、さまざまな知財のトピックに関して楽しくお話させて頂いていますが、その交流がきっかけで川田さんも『知財図鑑』の「知財ハンター」として、参画していただくことになりました。弊社のメンバーも日々川田さんのハントする知財にすごく刺激をもらっているのですが、川田さんの考える『知財図鑑』の面白さについて教えていただけますか。

川田

『知財図鑑』には“素材”が集まっていることが魅力だと思います。例えば自分が絵描きだとしたら「この場合はこれを使おう」という風に、パレットに様々な色があったほうがいいと思うんです。技術においても同じで、こんな時ならこれが使えるなとか、何かを作る時の素材になると思えるのが楽しいなと。

川田氏2

出村

逆に知財ホルダーの側にとっても『知財図鑑』上でさまざまなアイディアに触れることで「こんな使い方もできるんだ!」と再発見できるような、今までにない使い方の話が広がっていくといいなと思います。『知財図鑑』を最初に構想し始めた時に、このメディアを表現するためのいろいろなワードを模索していたのですが、イメージに近いのがクリエイターとか技術者の「部品問屋」みたいな感じだなと。用途が決まり切っているものだとちょっとインスパイアされにくいので、活用の余白があるものがいいですね。

川田

確かに『知財図鑑』を読むと、秋葉原の部品屋を歩いているときと近しいような楽しみやときめきがありますね!読者の方にも、そんな素材を探すような気持ちで読者の方は見に来て欲しいですね。

出村

それと、ゆくゆくは『知財図鑑』というものをメディア側が編集するものではなく、よりオープンな存在にしていきたいとも思っていて。世界には知財を保有する人たちが大勢いて、まだまだ製品化されていないものが沢山あると思うんです。将来的には、そういう人たちが自分たちで気軽に登録していけるような仕組みとかも作っていきたいなと。

川田

登録されたものが増えるほど、読む側が“気になる知財”にヒットする可能性も高まるし。

出村

はい。これは妄想なんですが、日常の中でヤバい体験をした時「これっていったいどんな技術が使われているの?」と気になって、ふとスマホをかざすと「これは◯◯という知財が使われています」と情報が浮かび上がってくるような未来が来たら面白いなと。たとえば「この音、すごくいい!」って思った時、スピーカー情報がそのまま出てきたら、問い合わせたり買っちゃったりするかもしれない。感動体験が伴う瞬間は、人のアクションが起こりやすいので、そんな場面でこそメディア情報を届けるチャンスだと思うんですよね。

出村

これからの共創には、連続的な視点を

出村

『知財図鑑』の企画者である僕たちも日々試行錯誤しながら運営をしているのですが、川田さんがもしこの『知財図鑑』を「自由に使っていいですよ」と言われたらどんなことを実現したいですか?

川田

僕は、『知財図鑑』を生きた“現代の図鑑”のようなものにしてみたいです。イメージとしては、『知財図鑑』が何かしらのAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)のようなものを持っていて、誰かのリクエストや探しているものに対して応えられるような存在だと面白いなと。現時点でも『知財図鑑』にはホットな知財情報が集まっていて、そのリンク集や解説もありますが、実際に何かを作りたい人に対して開発の具体的な糸口になるようなものも一緒に提供することができたらより使いやすいなと思いました。

出村

確かにそうですね。今後はワクワクする未来を提案しつつも、より展開しやすいようにアイディアの創発につながる気づきや、こう組み合わせたらこの解に至るなどの思考のフローなど、読み手が使いやすいようにメソッドのようなものも提供できるよう模索していいます。

川田・出村アザー

出村

川田さんも僕も、自分たちだけで完結して何かを作るというよりも、共感する人と共に作り上げたいという思いを持っていると思います。これから「知財」を使って未来に向けて価値あるものを作るためには、どのような“共創”のあり方が良いと思いますか。

川田

世の中にはオープンイノベーションやハッカソンなど開発のイノベーションへの数多くの挑戦がありますが、ややもすればその場限りになってしまうことも多いですよね。クリエーションの矢印が短い。本来は連続的で長い時間軸を持ってやるべきと思うので、さまざまな企業や個人で保有する知財がある中で、腰を据えて長期的な視点で価値を生むものであったらいいなと。だからこそ『知財図鑑』では実際に知財から具現化していったものをもっと追ってアーカイブしていくべきだし、僕たち以外の人達が考えたアイディアも掲載できたらいいですよね。知財が連続性を持って役に立ったことが一つでも多く実証化することで「知財を提供すると、素晴らしい形で世に広めてくれる人達が世の中にたくさん存在する」ということを伝えていきたいと思います。

出村

『知財図鑑』の中のコンテンツの「妄想プロジェクト」では、特定の知財を妄想のストーリーとともに「こんなふうに活用できるのではないか?」という事例を紹介しています。実現して楽しい未来はみんなで考えて共有したいですし、共有した方が実現まで早いよね、という価値観はこれからも打ち出したいなと思っています。川田さんをはじめとして、多くの方に『知財図鑑』の知財に注目してもらい、「これ作れるかも!」と思えるようなアイディアは、ぜひ一緒に実装させていきたいなと思います。


川田 十夢

川田 十夢

AR三兄弟 取締役長男

1976年熊本県生まれ。10年間のメーカー勤務で特許開発に従事したあと、やまだかつてない開発ユニットAR三兄弟の長男として活動。劇場からプラネタリウム、芸術から芸能に至るまで。多岐にわたる拡張を手がける。WIREDでは2011年に再刊行されたvol.1から特集や連載で寄稿を続けており、10年続くTVBros.での連載は2020年に『拡張現実的』として発売中。毎週金曜日20時からJ-WAVE『INNOVATION WORLD』が放送中。新会社(tecture)では、建築分野の拡張を目論んでいる。

出村 光世

出村 光世

Konel Inc. Producer

1985年石川県金沢市生まれ。早稲田大学理工学部経営システム工学科卒。アート/プロダクト/マーケティングなど領域に縛られずにさまざまなプロジェクトを推進。プロトタイピングに特化した「日本橋地下実験場」を拠点に制作活動を行い、国内外のエキシビションにて作品を発表している。自然現象とバイオテクノロジーに高い関心がある。

Konelは「妄想と具現」をテーマに、30職種を超えるクリエイター/アーティストが集まるコレクティブ。 スキルの越境をカルチャーとし、アート制作・研究開発・ブランドデザインを横断させるプロジェクトを推進。日本橋・下北沢・金沢の拠点を中心に、多様な人種が混ざり合いながら、未来体験の実装を続ける。 主な作品に、脳波買取センター《BWTC》(2022)、パナソニックの共同研究開発組織「Aug Lab」にて共作した《ゆらぎかべ - TOU》(KYOTO STEAM 2020 国際アートコンペティション スタートアップ展)や、フードテック・プロジェクト OPEN MEALS(オープンミールズ)と共作した《サイバー和菓子》(Media Ambition Tokyo 2020)など。

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