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2026.01.23

インタビュー | 前野 隆司×竹林 正豊

人生100年時代を「幸せ」に生きるには?――ウェルビーイング研究の第一人者・前野隆司に聞く「やりたい」の好循環 ― 【欲望ハンタージャーナル】 #02

さくらインターネット株式会社, Blooming Camp

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「『やりたいこと』を『できる』に変える」を企業理念に掲げるさくらインターネットは、これまでにITインフラの草分けとして多くの企業や教育の現場にコミットしてきた。そしてこの度、さくらインターネット社長室とコネル/知財図鑑の取り組みとして、来たる2030年に向けたスローガン「やりたいが増えちゃう世界へ」を制定。情熱を燃やし、他者を巻き込み、熱量の高い「やりたい」がインターネットのように広がっていく――そんな世界像を模索すべくスタートしたのが『欲望ハンタージャーナル』である。

AIの"捉え方と遊び方"、あるいは「仮説」の扱い方を語ってくれた初回の佐渡島庸平さんに続く第2回目のゲストは、「ウェルビーイング」「幸福学」研究の第一人者として知られる武蔵野大学・ウェルビーイング学部の学部長、前野隆司さん。本連載の聞き手を務めるさくらインターネット社長室・室長の竹林正豊さんは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科を修了しており、当時の研究科長を務めていたのが他でもない前野さんだったという。

テクノロジーとAIが急速に進化する昨今、人間の「幸せ」はどのように形づくられるのか?「幸せ」と「やりたいこと」の因果関係とは?? こうした根源的な問いを持ち寄った今回の対談は、いわばマンツーマンの課外授業。多くの金言が飛び出す濃厚な「旅」となった。

幸福学とは何か――「幸せの基礎研究」と「応用研究」

竹林

まず最初に、前野先生が取り組まれている「幸福学」がどういったものなのか、あらためて教えていただけますか。

前野

幸福学というのは、その名の通り「幸せについての学問」です。基礎研究の部分は、心理学やアリストテレスなどの哲学ですね。僕は元々エンジニアなので、その知見をどう社会に活かすか――つまり応用分野に関心があって。心理学で「どんな人が幸せか」はわかってきているので、それを使って、人々を幸せにする製品づくり、サービスづくり、街づくり、職場づくり、教育づくりを考えている。そういった基礎研究から応用研究までを含めて、「幸福学」と呼んでいます。

DSC03827 前野隆司|武蔵野大学ウェルビーイング学部長、慶應義塾大学名誉教授

竹林

ありがとうございます。先生はもともと機械工学・ロボット工学のご出身ですが、幼少期からものづくりが好きだったんでしょうか? 幸福学に至るまでのキャリアの流れをお聞きできたら嬉しいです。

前野

子どもの頃から好きだったのは、生物や人間、アートのような分野です。いわゆる「心」の世界や美術・文学は好きでした。でも、得意な科目は数学や物理で。心理学や哲学はどちらかというと文系の学問ですよね。僕は文系科目が得意ではなかったので、当時の自分としては「数学と物理ができるなら、エンジニアか物理学者か医者かな」という発想になりました。その中で「テクノロジーで世の中の役に立ちたい」と思って、機械工学を選ぶに至って。ですから、工作やロボットがめちゃくちゃ好きな少年というわけでもなかったんです(笑)。

竹林

では、ロボット工学を経て、人間の「心」を研究するようになるまで、どのようなキャリアの変遷があったのでしょうか。

前野

最初の10年くらいは、キヤノンでカメラ用のモーターなどを研究していました。で、大学に入って13年間は機械工学の教育をしてたんですよ。その後は慶應義塾大学大学院の文理融合であるシステムデザイン・マネジメント研究科(以下、SDM)に入って約17年。幸福学の準備も並行していましたが、大まかに3つのフェーズに分かれている感じですね。

DSC03733 竹林 正豊|さくらインターネット株式会社 社長室 室長

竹林

学生時代の研究、キヤノンでのエンジニアとしての仕事、そして大学でのロボット工学の教育…と、先生のキャリア前半には「できること」を起点にしながら、「それが社会のためになるか?」という視点が一貫してあったように思います。現在の幸福学は、先生ご自身の「やりたいこと」と「社会の役に立つこと」が重なり合った領域ですよね。“できる × やりたい × 社会性”の重なりに至るまでには、先生の内面の変化が大きかったのでしょうか?

前野

一番大きいのは「場を変えた」ことですね。企業よりも大学の方が、自分の興味に沿った研究がしやすい。サラリーマンだった頃は「幸せの研究」なんてできませんでしたが、大学に移ることでそれが可能になった。もちろん、時代の変化もあります。物づくりからサービスへ、サービスから文理融合へ…という流れがあったので、自分の変化と時代の流れがたまたま重なったのだと思います。

竹林

前野先生が研究されてきた「ロボットの心」って、現代でいうAIだと思うんですよ。僕もSDMで幸福学を学んでいたとき、ちょうど同じタイミングでAIの概論も受けていて。その中でディープラーニングの話を聞いた瞬間に、「え、これって“人の心のしくみ”として学んでいた幸福学と同じ構造じゃないか!」とすごく驚いたんです。先生が研究されていた当時、AIの研究はそこまで進んでいなかったのでしょうか?

前野

いや、そこそこ進んでいました。現在は第三次人工知能ブームと言われていますが、当時は2回目と3回目のブームの狭間だったんですよ。いわゆる「ニューラルネットワーク」の全盛ですね。要するにディープラーニングではなく浅いラーニングだから、ニューラルネットワークを3段重ねて、入力層、中間層、出力層を構成する。

でも、ニューロン(神経細胞)20個とか50個とかでも、けっこう複雑なパターン認識が解けるんです。その時点で僕は、「心はニューラルネットワークと一緒なんだなあ」と感じていました。なんせこっち(人間)はニューロン1000億個ありますから、1000億個をもし模倣できたら人間みたいなものは絶対につくれるなと。もしそのまま研究を続けていたら、今ごろディープラーニングのトップランナーになれたかもしれないですね(笑)。

竹林

人間の模倣をつくるよりも、人間の本質に迫る――それこそ幸福学のような学問の方がより興味をそそられたということなんですね。

前野

ニューラルネットワークをいいものにするっていうのは、かなり地道な作業ですから。それよりも、「自己肯定感が低い人はなぜ不幸なのか?」とかですね。人についてはわかっていないことが多くあるので、もっと身近で知らないことを知りたいと思ったんです。

ニューラルネットワークは結局、誰かが発見したからディープラーニングができるようになったわけで、運の良い人がうまくいく世界なんですよね。そういう意味では、そこにいて宝くじを当てて一流学者になるよりも、幸福学という新しい分野をやって手応えのあるカタチで幸せな社会をつくろうっていう道の研究者になった感じです。

AIという「拡張」を通じて自分を知り、そこから人との対話や行動につなげる

竹林

前回の『欲望ハンタージャーナル』では、株式会社コルクの代表で編集者の佐渡島庸平さんにお話を聞いたんです。佐渡島さんは「絵の具」を例に、絵を描くことができたのは、絵の具(=描く道具)をつくれた人だけだった。「絵が描けるとは、絵の具をつくれる、絵の具をつくる工房を持っているということがセットだった」…ということをおっしゃっていて。絵の具が一般化したからといって、世の中のみんなが絵描きになったわけではないですよね。それと同じで、AIも全員が使いこなすとは限らないし、うまく使える人とそうでない人がいて当たり前だと。この話を聞いて、「ああ、本当にそうだな」と腑に落ちたんです。

前野

AIは使う人の鏡ですよね。面白いツールで、やっぱり賢い人が「いい問い」を出すと「いい答え」を返すんだけど、あんまり何も考えてない人が質問すると、その人にあった答えしか出さないっていう。学生たちがよくAIを使ってレポートにコピペしてくるんですが、やっぱり没個性的で人間味のない言葉になるのですぐにバレる(笑)。僕自身は「どんどんAIを使え」って言ってるんですよ。ただ、使ってもいいけど、最後は自分の言葉で書きなさいって。

AIは、使いこなせない人は本当に使いこなせないし、ともすれば今までのツール以上に使いこなしたかどうかの差がつくツールだと思うんですよね。そういう意味での格差社会になってしまうリスクは非常に高いなと感じます。

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竹林

ツールとして考えたときに、先生は普段AIをどのように使われていますか?

前野

調べものには便利なので、よく使います。ただ、僕の専門である「幸福学」についてAIに聞いても、正直あまり面白くない(笑)。網羅的でそれなりに良いことは言うのですが、心に刺さらないです。むしろ、自分の専門外の分野について概要をつかむときには役に立ちますね。僕は自分で文章を書くことをずっとやってきているので、AIが書いた文章の「限界」もよくわかるんです。だからこそ、どこまでAIに頼り、どこから自分でやるかを判断しやすいのかもしれません。

竹林

AIに幸福学について聞いても、先生の発言がソースになっているからじゃないですか(笑)。幸福学において、AIはどんなところで役立っていますか?

前野

以前、「ウェルビーイングサークル」という幸福度診断ツールをつくったんですが、そこでもAIを活用しています。既に20万〜30万人規模の方が使っていて、膨大なデータが集まっている。このサービスでは、幸福度診断だけでなく、その結果に合わせてAIが優しく相談に乗ってくれる機能を入れています。データを細かく分析してみると、「こまめに幸福度診断をしている人」「提示されるヒントをちゃんと見ている人」「AIに何度も質問している人」は、明らかに幸福度が上がっているんです。

ただし、AIとだけ話して閉じこもってしまう人がどうなるか……という検証はまだなんです。AIは賢い友達に過ぎませんから、「AIに負けた」とは思わずに、良き相談相手として使えばいいんですよ。大切なのは、AIを通じて自分を知り、そこから人との対話や行動につなげることだと思います。

well-being-circle 260120 株式会社はぴテックと前野さんが共同開発した幸せの見える化サービス「幸福度診断Well-Being Circle」

竹林

AIは賢い友達という感覚、すごくよくわかります。一方で、僕自身AIと対話していると、思考が24時間つながり続けるような不思議な感覚があって。夢の中でも会話の続きをして、起きてからまたAIにその続きを話せてしまうこともあるんです(笑)。

「怖い」というのとは少し違うのですが、AIが友達なのか、外側のツールなのか、それとも脳や心そのものを「拡張」しているのか…。その境界がまだ自分の中でつかみきれず、いろいろ考えているところです。

前野

すべてのものは「拡張」だと思いますよ。鉛筆は「書く」という動作を拡張するし、自動車は「移動」という動作を拡張する。だからAIは当然、自分の心とかあらゆるものの拡張なんですよ。人間の脳の記憶能力をものすごい拡張したと思えば「いい拡張」だし、AI任せで堕落してしまう人が出てくるのは「悪い拡張」。「AIを使いこなしてるぜ!」って思うのか、「うわあ、負けた」と思うか。この差って実はとても大きくて。これからの教育は、そういった人を取り残さないようにリテラシーを上げる必要があると思いますね。

「みんなの幸せのため」が、気づくと自分自身の幸せを形づくる。コミュニティってそういうもの

竹林

ここからはコミュニティのお話も伺えればと思います。先生は教鞭をとりながらオンラインサロンもやられていますが、コミュニティをどう定義されていますか。

前野

幸せの観点で言うと、人間にとって「なくてはならないもの」です。人間が幸せに生きるためにはコミュニティがあって、その中でやりがいがあること。これは福井県立大学の准教授で「ウェルビーイング×まちづくり」を推進している高野翔先生が言ってたんですけど、自分らしくいるためには「居場所と舞台」が必要なんだと。

まず居場所は、そこにいて居心地が良い、心理的安定の場所ですよね。もうひとつの舞台は、自分が活躍できる場所……ステージなんかに近いかもしれません。要するに、日頃いる場所と晴れの日の舞台。たとえば音楽サークルだったら、練習と発表会があるじゃないですか。その両方があることで、やりがいと幸せを感じられるんですよね。

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竹林

なるほど、すごくわかります。

前野

僕自身も「ウェルビーイング大学」というオンラインサロンを運営しているのですが、そこで「なんちゃって授業」や「なんちゃって部活」をやると、みんな本当に幸せそうで、「青春してるなあ」って。音楽部のメンバーが僕の誕生会で演奏してくれたときは幸せでしたね。

そうそう、SDMの幸福度を計ってみたらめちゃくちゃ高いんですよ。やっぱり、社会人が本気で学びに行くってすっごく幸せなことなんで。最初は「みんなの幸せのため」に始めたつもりが、気づくと自分自身の幸せを形づくっている。コミュニティってそういうものだと思います。

note.com wbu messnger magazines ウェルビーイング大学の活動記録をまとめたnoteは、サロンの部活動の一つ、幸せ魅力発信部が運営

竹林

いまのお話を聞いていて思ったのは、コミュニティには「入る」だけじゃなくて、自分のやりたいから場をつくる側に回る、という選択肢もありますよね。誰かの場に参加するフォロワーではなく、「こういう場があったらいいな」という衝動から動き出す。その主体性が、居場所と舞台の両方を育てていく気がします。

前野

ええ。大学時代のサークルづくりって、人生の中でも特別な経験になるじゃないですか? あれは大人こそもっとやった方がいい。僕はここ数年、学校や学会以外にもいくつかコミュニティをつくっていますが、どれも自分の居場所と舞台になってくれていると感じます。今はせっかくインターネットとかAIによって多様なコミュニティに所属できるんだから、「サードプレイス」と言わず、4つ目・5つ目…とたくさんのコミュニティに片足を突っ込むのも悪くない。イヤになったら辞めればいいんですから。

竹林

僕は、コミュニティの中で「何を分かち合うか」が大事だと感じていて。幸福学の観点から、どういうものを共有したらより良いコミュニティになるでしょうか? コミュニティがうまく回るためのアイデアがあれば教えてください。

前野

分かち合うものは深ければ深いほどいい、という感覚があります。たとえば「失敗談」を共有すると、人って一気に距離が縮まりますよね。あるいは自己開示…自分の悩みやコンプレックスを打ち明け合うことで、信頼関係が育まれていく。逆に、成果や成功だけを見せ合っていると、どうしても上っ面の関係になりがちです。もちろん、最低限の配慮は必要ですけどね。配慮をしながら、オープンになれるっていうのが「いい社会」なんだと思います。

仕事の時代があって、そのあとに「達人の時代」がある

竹林

SDMでは、仮説検証のイテレーション(一連の工程を短期間で繰り返す開発サイクル)がよく語られます。一方で、先生は「とりあえずやってみる」というタイプのイテレーションも大事だとおっしゃっていましたよね。

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前野

SDMでは、大きく2つのイテレーションを教えています。一つは「Vモデル型」のイテレーションで、仮説を立てて、検証し、また仮説を改善する。既存のシステムや、ある程度枠組みがわかっている世界で有効な手段です。もう一つは、「デザイン思考型」のイテレーション。仮説すら立てられないほど先が見えないときに、とにかくやってみて、そこでの失敗や違和感から学ぶやり方です。新しいイノベーションには、こちらのやり方が向いています。

現代のように変化が激しい時代には、後者の「まず動いてみる」のイテレーションがとても重要だと思います。仮説が立てられないときに、無理やりVモデルだけにこだわるのは苦しいですからね。

竹林

僕はこれまで、仮説を大切にしてきました。As-Is(現状)とTo-Be(将来あるべき姿)の差分にある課題(=成長の種)を拾って仮説を立て、そこから動く。一昨年9月に開所した「Blooming Camp」(※)もそうですし、そこで生まれるプロジェクトも、「やりたい(=つくりたい世界)」をまず仮説にして、小さく試す、というやり方を続けてきました。そう考えると、「やりたいことが言語化できない」という状態は、まだ「最初の仮説」に出会えていない段階なんですね。

※2024年9月にオープンしたさくらインターネットの本社兼イノベーション共創施設

前野

そういうときこそ、「やってみる」しかない。従来型の硬い仕事に対してイテレーションの仕事があって、そしてさらに思考錯誤型の仕事があって、多様かつ先が見えない世界ほどこっち側に寄るべきだと思いますね。

竹林

ありがとうございます。我々さくらインターネットでは「『やりたいこと』を『できる』に変える」という企業理念を掲げていますので、ぜひ聞かせてほしいのですが、「やりたいこと」は幸せの「原因」でしょうか? それとも「結果」でしょうか。

前野

両方ですね。「幸せ」と「やりたいこと」の間には、色々なパラメーターと両方向の因果関係があるんですよ。やりたいことが見つかれば、やる気が出て、幸せになる。幸せになれば、創造性や柔軟性が高まって、やりたいことが見つかりやすくなる。つまり、やりたいことを見つけると幸せって「好循環ループ」になるんです。やりたいことが見つからなくて不幸だ! というときは、やはり行動するしかない。

ちょっとだけ動いてみることによって、場について少し理解ができます。理解できると見えてくるものがあって、「あ、あっちよりこっちがやりたいんだ!」ってわかってくるじゃないですか。若い人がポツンとひとりで立っていて、右も左も全然わからないのに、「仮説を立てなさい」と先生に言われるのは酷なもので、動かないと見えてこない。赤ちゃんだってまずハイハイしながら動いて、学習して、物を掴めるようになりますから。当然ながら、そこに仮説・検証はありませんよね(笑)。

竹林

最初の先生の話に戻るんですけど、学生の頃に、「やりたいこと」じゃなくて「できること」からという話がありました。今のお話を聞いて、「やりたいこと」ではなく、もしかすると「できること」からまず始めてみる――というのもあるのかな?と思いました。

前野

そうなると全部の話が繋がりますね(笑)。僕の場合は「できること」を起点に、自分の得意な分野から動いたわけですよ。すると、いつしかロボット工学が強みになり、ニューラルネットワークを研究し、人間の心に興味を持ち、幸せの第一人者と呼ばれるまでに至った。幸せの研究を始めたのが47歳なのでちょっと遠回りはしたけど、今ここにたどり着いたというわけです。

20歳でやりたいことが見つかる人もいるでしょうけど、僕はやっぱり、これまでの試行錯誤があって動いてきたから今があるんです。キヤノンに始まり、10年おきにキャリアを見つめ直して動き続けたことによって、「やりたいこと」がさらに現実味を帯びていったといいますか。

竹林

今日のお話を通して、「やりたいこと」って最初から突き通していくだけではなく、「できること」も含めて動き続ける中で、行ったり来たりしながら、少しずつ人生の輪郭が形づくられていくんだなと感じました。では最後に、前野先生ご自身が今やりたいことは何ですか?

前野

幸福学の続きになるんですが、やっぱり「心」の成長と美しさに興味があるんです。幸せな人って、純粋に「いい人」なんですよ。視野が広くて、行動力があって、自己肯定感が高くて、利他的で、感謝をしていて、社会を良くしたいという想いがある。結局、幸せになるってことは、心がどんどん成長して、単にできることが増えるだけじゃなくて、世の中のために役立つ「いい人」になっているってことだと思うんです。

ところが現代社会は、そういう考え方がそこまで広まっていない。人格陶冶(じんかくとうや)というか、明治時代みたいに古いことばっかり言う(笑)。でも、武士道とか書道、家道、あるいは茶道や華道のような「道」の世界って、やっぱり上手くなることと人格の向上が一緒になっている気がして。そこにAIの時代が到来したわけじゃないですか? AIが絶対にできないのは、この「美しさを喜ぶこと」なんですよね。

僕の書道の師匠である嶋田彩綜(しまださいそう)先生は現在88歳なんですが、「もう書道は極めたんですね」と聞いたら「まだ道半ばぐらいかしらね」とおっしゃって。人間って、己を鍛錬しまくると、ものすごく遠くの景色まで見えるんですよ。ああいう達人を見ていると、全然AIに負ける気がしないなあって(笑)。ですから、僕も70歳を超えたら何かしらの達人を目指そうと思っています。

91fspun68EL. SL1500 国内外で高い評価を受ける女流現代書道家・嶋田彩綜さんと、前野さんの対談で構成されたサイエンス&アートの次世代型教科書『「書」とウェルビーイング―書道と宇宙、脳科学との繋がり』(©ワニ・プラス)

竹林

達人ですか。前野先生の「やりたい」は、これからも尽きるどころか、動き続ける中でむしろ増えて、強くなっていくものなんだろうなと感じました。僕自身も、やりたいこととできることを行ったり来たりしながら、少しずつ人生の輪郭をつくっていく感覚を、あらためて教えてもらった気がします。

前野

普通は63歳って、定年して再雇用の世代ですからね。給料も減って、やる気も出ないし、老後の趣味もないし…みたいな、残念な同世代がたくさんいるんですよ(笑)。僕なんかやりたいことだらけだから、時間が全然足りない。だって、人生長いもん。仕事の時代があって、そのあとに「達人の時代」がある――。そうやって生きていく人が増えたら、AI時代もずいぶん豊かで面白いものになるんじゃないかと感じています。

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欲望ハンター竹林の編集後記

第2回は、幸福学研究の第一人者・前野隆司先生。ぼくが関わっていたプロジェクトの流れで慶應大学院に進んだことが、先生との出会いの入口でした。恥ずかしながら当時は委員長が前野先生だとも知らなかったのですが、子どもが(パートナーのお腹の中に)できたタイミングで「幸せって何だろう」と考え始め、幸福学という学問があること、そしてその第一人者が身近にいることを知って、急に掘り始めた記憶があります。

大学院生活は休学を含めて4年。コロナでオンラインに切りかわり、修了の年にはChatGPTが話題になる。いま振り返ると、価値観もテクノロジーも揺れ続けたエポックメイキングな期間でした。幸福学に出会ってからは、自分の研究に取り入れたり、「家族」をシステムとして捉え直したり、いろいろ考えました。研究の話をすると「あのときの君か!」と覚えていてくださり、素直に嬉しかったです。

今回は、先生の著書やYouTube、講義で語られてきた話ではなく、「そこからはみ出した話」を伺いたいと思い、編集チームと質問と構成を熟考しました。終了後に「普段と違う視点で話せて楽しかった」と言ってもらえました。ということで、ここでしか読めない話も入っているはずなので、前野先生ファンの皆さま、知り合いにもぜひ勧めてください(笑)。

特に刺さったのは二つ。ひとつは、AIは拡張であり、そもそもテクノロジーは全部拡張だよね、という話。当たり前のように言われて、今まで悩んでいたのは何だったんだ…と。もうひとつは、仮説検証には二種類あって、仮説が立たないときはまず動く、という話。Vモデルとデザイン思考の往復を、講義みたいに教えてもらい、懐かしくもあり、普通にめちゃくちゃ勉強になりました。

最後に。先生が語った「仕事の時代の次に、達人の時代がある」という言葉が、ずっと頭に残っています。自分は何の達人になろうか。なれるのか。極めるとは何か。そんなことを考えていたら、ぼくは「何の達人になろうか考える達人」になれそうです。


Interview:Masatoyo Takebayashi (SAKURA internet Inc.)
Edit:Kohei Ueno
Photo:Kodai Nagata
Direction:Satoru Kabuyama (Konel Inc.)

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著者:前野 隆司
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前野 隆司

前野 隆司

武蔵野大学ウェルビーイング学部長、慶應義塾大学名誉教授

1984年東京工業大学(現東京科学大学)卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、慶應義塾大学教授、ハーバード大学訪問教授等を経て、武蔵野大学ウェルビーイング学部長、慶應義塾大学名誉教授。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『ウェルビーイング』(2022年)、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸せのメカニズム』(2013年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、幸福学、イノベーション教育など。

竹林 正豊

竹林 正豊

さくらインターネット株式会社 社長室 室長

さくらインターネット株式会社 社長室 室長。ファッション誌の編集者、PR会社にてプランナー/クリエイティブディレクターを経て、2017年にさくらインターネット入社。第一期うめきた本社移転プロジェクトや、経済産業省の委託事業である衛星データプラットフォーム「Tellus」のPR責任者などを歴任し、現職。大阪芸術大学 芸術学部建築学科卒業。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。

さくらインターネット株式会社

レンタルサーバー、VPS、クラウドサービス、データセンター事業などを提供。1996年の創業当初から日本のインターネット黎明期を支え、自社で国内最大級のデータセンターを所有・運営しており、コストパフォーマンスの高い高品質なサービスを提供している。

レンタルサーバー、VPS、クラウドサービス、データセンター事業などを提供。1996年の創業当初から日本のインターネット黎明期を支え、自社で国内最大級のデータセンターを所有・運営しており、コストパフォーマンスの高い高品質なサービスを提供している。

Blooming Camp

さくらインターネットが運営するオープンイノベーションのための施設。2024年9月に大阪にて開所。オンラインとリアルの双方から人々がつながり、チャレンジが生まれる場を目指している。年間数百件のイベント開催に加え、アクセラレーションプログラムや会員制度も提供。

さくらインターネットが運営するオープンイノベーションのための施設。2024年9月に大阪にて開所。オンラインとリアルの双方から人々がつながり、チャレンジが生まれる場を目指している。年間数百件のイベント開催に加え、アクセラレーションプログラムや会員制度も提供。

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