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2022.09.16
レポート
生体データを価値に変換すると、暮らしや経済はどう変わる? ─BWTC「脳波がつかえる未来」トークセッション
2022年7月30日から8月7日にかけて、「BWTC Trade Week」がアーツ千代田3331で開催された。「BWTC」は、目には見えないさまざまなデータが無意識に取引される現代において、情報の価値について考え、新たな取引の形を模索することを目的としたプロジェクト。実際に、自動買取機を用いて脳波を買い取り、独自のプログラムによって脳波絵画を生成。その絵画を査定し、さまざまな価格で販売している。今回の展示では、100秒間一律1,000円で来場者1000人からその場で脳波を買い取り、同時に脳波絵画の展示も行われた。
そして7月30日には、BWTC トークセッション「脳波がつかえる未来」が開催された。本プロジェクトを主催するKonelの出村光世が司会進行を務め、ゲストスピーカーに、脳波測定器の提供やメタバースストアの構築に協力した脳科学者の藤井直敬氏、藤井氏と同じくブレインテック・コンソーシアム(BTC)で理事を務め、Konelに藤井氏を紹介したAR三兄弟の川田十夢氏が登壇。脳波とはなにか、どう応用できるか、生体データは経済とどのように結びつくか、などのテーマで、脳波の未来が妄想された。
▼登壇者プロフィール
⚫️藤井 直敬(ふじい なおたか)
1965年広島県生まれ。東北大学医学部卒業。 同大医学部眼科学教室にて初期研修後、同大大学院に入学、博士号取得。 1998年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)、McGovern Instituteにて研究員。 2004年より理化学研究所脳科学総合研究センター象徴概念発達研究チーム副チームリーダー。 2008年より同センター適応知性研究チーム・チームリーダー。主要研究テーマは、適応知性および社会的脳機能解明。主な著書に、『脳と生きる』『つながる脳』『ソーシャルブレインズ入門』など。
⚫️川田 十夢(かわだ とむ)
1976年熊本県生まれ。十年間のメーカー勤務で特許開発に従事したあと、開発ユニットAR三兄弟の長男として活動。芸能から芸術、空間から時間、羽田空港から日本橋に至るまであらゆるジャンルを拡張している。J-WAVE『INNOVATION WORLD』が放送中、開発密着ドキュメンタリー『AR三兄弟の素晴らしきこの世界 vol.5』がBSフジで2022年中にオンエア。WIREDで巻末連載、書籍に『拡張現実的』『AR三兄弟の企画書』、代表作に『VIRTUAL NIPPON COLOSSEUM』『能ミュージック、能ライフ。』がある。
⚫️出村 光世(でむら みつよ)
1985年石川県金沢市生まれ。日本橋、金沢、下北沢、ベトナムを拠点とし、30を超える職種のクリエイターと制作活動を続けるプロジェクトデザイナー。「脳波買取センター BWTC」「ミカン下北」「#しかたなくない」など、アート/研究開発/デザインを越境させるプロジェクトを多数推進。知財ハンターとしてテクノロジーの未来的活用法を妄想し、プロトタイピングを通して具現化している。
脳波ってなに?脳波計ってどんなもの?
出村:BWTCでは、FocusCalm(フォーカスカーム)という、カチューシャ型の脳波計を使用し、脳波を測定しています。藤井さんが代表を務めるハコスコ社で1年ほど前から取り扱っているもので、2万円台で購入できるんですよね。
藤井:FocusCalmはハーバード大学とMITから出資を受け、アメリカのBrainCo社が開発したデバイスです。研究で脳波を取る時はキャリブレーションという面倒なプロセスがあるのですが、このデバイスはそれがなくてもある程度再現性のあるデータを取ることができます。このデバイスが生まれたことで、ニューロフィードバックのツールとして、日常的に使える可能性が出てきたと思います。
脳科学者・藤井直敬氏(右上)、AR三兄弟・川田十夢氏(中央右)、知財図鑑/Konel 代表・出村光世(右下)
出村:今回、川田さんには出張買取という形でFocusCalmを使って、事前に脳波を買い取らせていただきましたが、使用感はいかがでしたか?
川田:装着感も軽いし、フィット感があるから楽だなって。
出村:うちの社員も開発中ずっと付けていたのですが、なじみすぎて社員が付けたまま帰ってしまったこともあります(笑)。ここで聞きたいのですが、そもそも脳波とはどういったもので、FocusCalmはどういった脳波データを取るものなのでしょう?
藤井:基本的に脳の中では神経細胞がつながり、ネットワークを形成しています。そこからさまざまな電気的な信号が発信されていて、それらがたくさん集まっている状態が皮膚に漏れ出てきたものを脳波といいます。神経科学を研究する人たちは、脳の中に電極を入れたりして一個一個の細胞の活動を調べるということをしていますが、このデバイスでは細胞の活動を調べるものではなく、先ほど言った漏れ出てきた脳波をキャッチするものです。つまり、10,000人が話していることを壁越しに聞いているようなもの。そういった皮膚や骨の裏側にある脳が発している電気信号を、いかに効率よく取るかということを脳波計は行っています。
脳波絵画を観て、何を感じましたか?
出村:FocusCalmではこのように脳波の値が数字として出てきます。それを今回弊社で絵画に置き換えてみました。脳波絵画の第一印象はいかがでしたか?
脳波の値データ
脳波絵画
川田:僕は「ギャグ」について考えたのですが、その結果が視覚化されるのは面白かったですね。ビジュアル的に見ると木目みたい。これは脳波を図像化してみたものですが、ブレイン・デコーディング(脳情報の解読)ってあるじゃないですか。京都大学の神谷ラボなどでやっている、fMRI(磁気共鳴機能画像法)で測定した脳活動パターンのみから人間が見ている画像を視覚化するという試みもあって、それと単純に何が違うのかな? と思いました。
川田十夢氏 脳波絵画「GAG」
藤井直敬氏 脳波絵画「A prosperous future」
藤井:本来のBMIなどは、その脳波から直接意味を抽出することをしますよね。神谷さんの研究も、そこから脳の中にある画像を抽出しようとしているわけですけれど、BWTCが生み出す脳波絵画というのは、絵画を1枚を介して人に対して何らかの情報として与えるという、ある意味かなり高尚な遊びをしているようなものです。僕としては、人によってこんなに脳波絵画のバリエーションが出ると思わなかったので楽しいですね。
出村:そうですね。また、脳波絵画は100秒間思考して出た脳波を原稿用紙のように右上から左下に向かって描き出して視覚化するもので、抽象的な表現になっています。そうすると、たとえば「FUTURE」などの抽象的なテーマもイメージ化できる。「イメージングがすごく苦手だったけれど、それができたような感じがして嬉しかった」とおっしゃる方もいましたし、その線の濃さやバランスに個性が現れる点が面白いところだと思います。また、販売する時は思考のテーマがタイトルとなるので、この情報があるかないかでも、見え方が大きく変わってきますよね。たとえば「PART TIME JOB」を見てみると、ストライプ状になっていて、「黒いところは働いている時のことを考えていたのかな」などの想像が働きます。
藤井:「MY DOG」はすでに購入されていますね、購入された方にいいと思った理由も聞いてみたいです。
脳波が手軽に使いこなせるなら、こんなことに応用したい
トークセッションはアーツ千代田3331のコミュニティスペースと、zoomでの配信で行われた。
エンタメ、ビジネス、教育、コミュニケーション、ヘルスケアなどに脳波データが介入することで、私たちの暮らしはどう変わるのか。
藤井:FocusCalmを作っているBrainCoの社長のマックスと今年の1月に対談したとき、彼は「僕らの子供たちは、こういう脳波計を日常的に使って、自分に対してニューロフィードバックを受けながら生きていく。そして自分のパフォーマンスをどうコントロールするかというスキルを彼らはもう持っている」と語っていて。もはや完全に自分たちとは違う人たちのためにデバイスを作って提供していると考えると、驚くべきことですよね。こういったデバイスは、教育や日常生活の中に取り入れられる可能性が十分あると思うので、本当にどの分野にも繋がっていく技術だと思っています。
出村:面白いですね。確かに、生まれた頃からスマートフォンやさまざまなデバイスに触れ、使いこなす人たちの暮らしを想像してみると、たとえば1日中デバイスをつけて勉強をすれば、いい点が取れたときはこういうカーブが出ていたんだとか、テストの1時間前にこういうカーブを描いていればいい点が取れるんだとか、傾向のデータを取ることも抵抗なく受け入れていそうです。
藤井:すでにアメリカのメジャーリーグとかナショナルフットボールなどのスポーツ界隈だと、トレーニングの中に脳波の計測が入っています。
出村:音楽においても、そういうフィードバックは有効活用できそうですよね。
川田:ミュージシャンって、音楽に関する特徴量をたくさん持っている人たちで、何を見聞きしても音楽的特徴点を見ていると思うんです。何をどう捉えて自分のものとしてアウトプットしているのか、教育レベルで脳波計を取り入れていくと、音楽とか音楽経験などの正体がわかるかもしれない。コンピューティングの考え方が変わるでしょうね。外因ツールの次の段階がサイキックツールみたいになる。認識やフォーカスが知覚の根拠となって取り出せるものとなる。
出村:確かにARやメタバースでゴーグルをかけながら自分の内側から出ている情報を見る状況になれば、その眼鏡の中に何か抽象化した自分の脳波の情報みたいなものが直感的に流れ続けたりとか、表現の変換は大いにやりようがありそうだなという気がしました。
生体データと経済、今後どう結びついていく?
出村:今回の「BWTC Trade Week」は、生体データとアートの間に貨幣という価値を介在させることで、みなさんがどういう体験を得られるのかを実験していくものなんですけれども、実際に脳波計を販売されている藤井さんは、脳波を販売していくとなった時、経済と近付く可能性はあると思いますか?
藤井:今はまだ、データは研究のために取るぐらいでしょうか。とはいえ、今後生体データが売買されることもありうると思いますね。
出村:川田さんは、もし10万秒分の脳波データが手に入ったとしたら、ビジネスに置き換えていく可能性はあると思いますか?
川田:その場合、静的で非同期なデータになると思うんですが、そこでまずは何ができるかを考えてみると、たとえば名刺交換の代わりに脳波交換をしたら、もっとお互いのことがわかって面白いということがあるかもしれません。ほかにも、同じアートを鑑賞し、その脳波データを自分と他人で重ねてみたときに、その差分を楽しむということもできるかもしれませんね。
出村:海外の写真展に行くと、隣にいる人と「このリンゴってさ…」と感想を話し合っているシーンをよく見かけますが、日本だとみなさん押し黙りがちですよね。そういった時にコミュニケーションを生み出すきっかけとして活用できそうです。
藤井:1000種類ほど画像を見たときの脳波を記録しておいて、同じ反応をする人たちは相性がいいといった傾向が分かれば、マッチングにも使えるのかもしれませんね。分析もいろいろとやりがいがありそうです。
川田:服を選ぶとき、自分の体型に近い人や趣味が近い人のコーディネートを参考にすることがあると思うんですが、そういう感じで自分の脳波と自分と近しい脳波の持ち主がお勧めしてくれる服は、より自分と近しいものになるんじゃないかなとか、そういう場合もありますよね。
出村:非言語的なその人らしさに、定量的な物差しができる可能性がありそうですよね。今回は脳波をエクスポートして楽しむ形となっていますが、これからの未来はインポートもあり得るのかもと考えたとき、どんな人のどんな状態の脳波をインポートしたら面白いと思いますか?
川田:歴代の映画監督の脳波ですかね。ヒッチ・コックとか「観客の感情を指揮者のように操れる」といって映画を作っていましたし。そんな全能感に溢れた人の脳波をインプットできたら面白そうです。デヴィッド・リンチの脳波とかも取っておいてほしいですよね。
藤井:FocusCalmで働くMITの大学院生は、ずっとデバイスをつけて、体にもカメラもつけて生活しながらライフログををやっている人もいるんです。今の私たちから見ると奇妙ですが、もしかしたら未来は当たり前のことになっている可能性もある。こういったニューロフィードバックの産業は、これからどんどん生まれてきそうですよね。
BWTCが描く未来
最後に視聴者からのQ&Aコーナーでは、音楽や建築などでの活用について質問があげられ、最後に感想が語られた。
Q. 考えているテーマが似ていると、図像も似てくるものですか?
出村:傾向までは掴めていませんが、たとえば昨日は2人連続でビールについて考えた脳波データが取れたんです。
1人目がこれで、2人目がこんな感じ。全然違いますよね。BWTCでは絵柄の珍しさと、タイトルとのマッチング度合いを参考に値付けをしているのですが、この2つの値段は倍ぐらい差がつけられました。1人目の人は「すごい悔しい」と言っていましたね。
「BEER」をテーマに脳波データを取った1人目の脳波絵画が右側、左側が2人目
川田:思い描いたビールの種類が違ったのかも、とかそれぞれの見方ができそうですね。
出村:そのほかにも、お酒を飲みながら脳波を取って、その時の脳波でビールのラベルを作ってみても面白いかも? というアイデアを来場者の方からいただきました。
Q. 精神状態がおおよそわかるようになると面白いですね。
藤井:この前メディテーションのプログラムをやりたいなと考えた時は、リラックスと集中のレベルを捉えるために使いましたよ。
出村:僕らは絵や脳波の数字から何かを科学的に解明することはできないけれど、続けていると、やはり数字で見るよりは絵で見た方が、状態が掴みやすいというのはあります。たとえば毎朝起きて、同じ時間に富士山のことを考えたとして、今日はなんかいつもと違う、みたいな差は見えてくるかもしれないですね。
Q.脳波から音楽は作ることができる?
川田:できると思う。脳波におけるリズムや重低音とは何か、相当する根拠を与えた上で音源化したらいいと思います。
出村:欲求としては、リラックスしたいなと思ったときに、自分の脳波から自動生成される音楽を聴けたら面白いかも。
川田:逆にノイズキャンセリング的な逆位相のものをぶつけてメンタルを安定させることもありそうですよね。
藤井:最近はヘットフォンと一体型の脳波系も出てきていて、脳波に応じた音を与えるものもあります。この領域は今後拡張が加速しそうですね。
Q. 脳波とヒップホップを組み合わせてリアルタイムでラップをして曲を作ることもできますか?
川田:言葉の流れや響きの良さを表すフロウという概念に対する回答が明確にできると思いますね。ラッパーでも、韻を踏むのが上手でも、フロウがないと言われる人っていますよね。そういう音楽と脳波の関係は明確に出せそうですし、そこから曲を作ることもできそうです。
Q.脳波などは建築や都市などの物理的なものに応用できることはあると思いますか?
藤井:脳波は人が持っているデータですから、環境側が受け取って、それに対してフィードバックを与える、もしくは環境を最適化させるようなことは、今後起きていくと思います。建築みたいな硬いものを柔らかくしようとかね。そういうことが、間違いなく近い未来には起きるでしょうね。
出村:最近駅とかに仕事ができる個室ボックスがありますが、あの閉鎖的な空間が自分の脳波に合わせて、心地よい形に微妙に変化してくれたりとかしたら、ちょっと面白いですね。
川田:公園とか、落ち着きたい場所なのに落ち着けない場所って結構あるような気がしていて。そういうのを風水ではなく、それぞれの脳波に問い合わせて、なにが落ち着かない場所にさせているのか、その要素を見つけるヒントにもなりそうだなと。脳波ベースのアクセスマップみたいなものも作れそうだし。あとは、脳波のグラフィカルなところが面白いから、3Dプリントしてみたらうっかりその構造に断熱効果が見つかった、なんてこともあったりするかも。
出村:質問は以上です。最後に感想を一言ずつお願いします。
藤井:BWTCって本当に新しい試みで、最初に話を聞いたときは正直「?」と思ったんですけれど、実際形になってこれだけデータが集まっているのをみると、やっぱり今まで見たことのない、感じたことのない何かが出てくる。「?」で止めなくてよかったなと思っています。
川田:僕もこの話を最初に相談されたときは、「大丈夫か?」と思った。でもね、テクノロジーを表現に使うときって、まずはやってみて、最初の得体の知れなさや不安感から突破しなきゃいけないものなんです。結果的に、ポジティブな方向に一歩踏み出していく姿勢を展示では示すことができていて、この勇気が素晴らしいと思ったし、今回出村くんに藤井さんをご紹介できてよかったと思います。
出村:僕たちも法的な観点から結構チェックしつつ進めましたが、展示してみると、これが心地よいと感じる人もいれば、気持ち悪いと思う人もいて。その辺のモラルの観点からも、まだまだやっぱり議論しなきゃいけないと思います。今後は脳波関係の専門家や経済の専門家とも話をしてみたいですね。
脳波などの人が持つ生体データが取り出せるようになり、人々のデータが生活や経済活動に応用される未来という議論が交わされた本トークセッション。
スマートデバイスの普及に始まり、様々なデータが無意識に取引される現代で、情報の価値について考え新たな取引の形を模索するプロジェクト「BWTC」では、今回のトークセッションのほかにも、数々の有識者がプロジェクトに参加している。情報科学者の暦本純一教授、メディアアーティスト八谷和彦氏、起業家の北川拓也氏、藤井直敬氏、太田良けいこ氏からはプロジェクトのために脳波をBWTCにドネーションし、そこから生成された脳波絵画はNFT作品としてメタバースストア「BWTC Metaverse Store」にて展開中だ。
「脳波が生物の思考や感情を克明に理解するための情報体になる」という将来において、体験者が自身の脳波を販売し実際に対価を得る体験から、価値の実態を見出す本プロジェクトの続報や、また脳波データの今後の活用の有り様に注視したい。
《BWTC Trade Week》開催概要
オフィシャルサイト : https://www.bwtc.jp/
会期:2022年7月30日(土)〜8月7日(日)
開場:11:00 - 19:00
場所:アーツ千代田3331(https://www.3331.jp/ )
Twitter : https://twitter.com/BWTC_official
特別協賛:GoodBrain by 株式会社ハコスコ / 株式会社アマナ
協賛:Open Firm / 株式会社RIM
協力:株式会社新興グランド社 / 株式会社栄光プリント
メディアパートナー:株式会社知財図鑑
文:宇治田エリ/編集:福島由香