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2024.05.30

レポート

カンヌライオンズ2024開催直前、2023を考察する vol.2 【フィルムクラフト部門+ショートリスト編】

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毎年6月にカンヌで開催される世界最大規模の広告コミュニケーションフェスティバル・カンヌライオンズの受賞作について、20年以上注目してきた株式会社ガリアーノインスピレーションズのクリエイティブディレクター / コピーライター・阿部光史によるシリーズ企画。昨年の受賞作を振り返りながら今年の傾向を予測する連載の第2回目です。

今回はフィルムクラフト部門とフイルム部門のショートリスト作品についてご紹介し、 その面白さの秘密に迫りたいと思います。
(取材・文:阿部光史)

▶︎第1回を読む

【フィルムクラフト部門】には結構面白い作品が残っている

まず最初はフィルムクラフト部門のブロンズを受賞したタイのお菓子ブランドVoizの「The Battle, Eye, Left and Right」です。ご覧ください。

舞台は学校の美術室。同級生らしき男女がデッサンを描いています。男子生徒は女生徒アリーが持っているVoizを食べたいという欲望があり、色々と嘘を考えながらアリーの許しを得ようとします。そこでストーリーのキーとなるのが突然出現する目玉の存在です。子供が扮する左右の目玉がコミカルにストーリを盛り上げます。

アリーは男子生徒の嘘が混じったお願いに普段から腹を立てているようで、男性からの願いを冷徹に拒否し続けます。きっと以前に騙されてお菓子をあげてしまい、後から嘘八百に気づいたのでしょう…。そんな演出が垣間見えます。

ツンデレ系の可愛い女の子というのは青春ドラマの典型的なパターンなので、視聴者は恋愛話が続く会話劇かな、と予測します。しかしその想像を裏切るかのように、急に目玉の子供が出現します。その目玉に驚く様子もなく話を続ける女生徒のシュールな空気感がこのCMの面白さの鍵でしょう。

コミュニケーションの断絶、そして商品を独り占めしたいという根源的な人間の欲望が見事に描かれています。コミカルな様子を装いながら、人間の内面に迫る深いCMだと思います。

アイディアカテゴリ(※)は02ありえない映像をリアルに作る15意地悪する16擬人化するとします(詳細は後述)。


ここで2005年にフィルム部門のショートリストを受賞したTwixの「Two For You」という作品があります。面白さの軸がVoizと似ているので、ぜひご覧ください。

Voizでは女の子がおいしさを独り占めしていますが、このTwixでは男性が独り占めするために女の子を自転車から落下させてしまいます。いやぁこれはヒドすぎる。

この2作品に共通しているのは、おいしいものは独り占めしたいというシンプルなコンセプト。これを日本で行うとかなり炎上しそうな感じもしますが、そこをいかにして上手く料理するかというところがCMプランナーのシェフとしての腕の見せ所かなと思います。僕もこの欲望ジャンル、一度挑戦してみたいですね…!

【フィルム部門】のショートリストは面白CMの宝庫

ここでショートリストについて少し説明しましょう。専門の審査員が本審査の前に金銀銅を受賞しそうな作品を粗めに選んだもの、それがショートリストです(注:部門により本審査員が行う場合もある)。しかし粗めとは言いましたが、応募作はここで全体の10%に減るんです!ショートリスト止まり、残念!ではなく、残りの9割に勝利した立派な受賞作なのです。その証拠にショートリスト作品はカンヌライオンズのアーカイブにしっかりと記録されます。

ちなみにショートリストの中で金銀銅を受賞するのはたった3割で、残りの7割はショートリスト受賞となります。実はここに面白い作品がザクザクと埋もれているのですよ…。ここからは、昨年フィルム部門のショートリスト受賞となった作品達の中から僕の好きな面白系CMをご覧いただきたいと思います。

まずはZepto「Indian Stretchable Time(インドの伸縮自在な時間)」です。2作品あります。

image4 引用元: https://www.adforum.com/creative-work/ad/player/34672734/indian-stretchable-time/zepto

image5 引用元: https://www.adforum.com/creative-work/ad/player/34672732/airport/zepto

サービスの提供が遅くてイライラした顧客が作業の進行具合を係員に質問するシリーズ。係員は芸術的な声色、あるいは演奏で超ゆっくりと「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と5分」などのような返事を行います。これに顧客はさらにイライラし、視聴者の笑いを誘います。

コピーは「時間の無駄遣いにうんざりしていますか?ゼプトでオーダーすれば常に時間きっかりに到着します。10分間食料品配達のゼプト」です。どちらの作品も有名な歌手が登場しているらしく素晴らしい歌唱で、他の観客が手でリズムを取ったり拍手したりしているカットがいい味を出しています。

アイデアカテゴリは、01立派な状況の中でくだらないことをする、03理由のある狂った行動、05置き換える・例えるとします。


次にフィルム部門ショートリストのオランダの宝くじのクリスマスCM、Staatsloterij「Don't Wait For Luck To Happen To You」を御覧ください。

image6 引用元: https://youtu.be/s_XEjC-lNjQ?si=6QcUGR3Tqr2-ZMcw

老人ホームに入っている父を訪問する息子が、「もう一回、一緒に旅行に行こう」と父親に語りかけます。「お金がかかるから無理だよ」と遠慮する父に息子は「宝くじに当たったんだ」と答え、安心した父と息子は素晴らしい北欧の旅に出かけます。

帰ってきた父親は素敵な思い出話をホームの仲間たちに語ります。しかし実は息子はまだ宝くじに当たっておらず、全て自腹で旅に出ていたのです!コピーは「幸運を待っていてはいけない」。

宝くじに当たろうと当たらなかろうと、親孝行は待っていてはいけない、という共感に溢れるストーリーが素晴らしい。ひたすら射幸心を煽るどこかの宝くじCMとは全然違いますね。こういう新しいカタチの宝くじ広告、企画してみたい!

アイデアカテゴリは、06意外な利用方法、12思い込ませる、29裏切るとします。


最後にフィルム部門ショートリストのJ&BクリスマスCM「She」をご覧ください。3分とちょっと長いのですが、素晴らしい作品です。

ウイスキーブランドとしてのJ&Bは以前より男性的なマッチョ広告を作ってきましたが、その流れが2年前から変わっています。今回の「She」はスペインにおけるインクルーシビティへの取り組みをメッセージの中心に置いた最新作で、親会社であるディアジオも世界中のプライドパレードを支援しています。

妻の口紅を使って下手な化粧を始める老人の行動が謎ですが、その理由が最後に明かされます。出演者の演技が素晴らしく、ストーリーテリングも巧みで、これもinterestingという意味で「面白い」!

このCMについてJ&Bはこう語っています。「誰もが取り残されることなくクリスマスを祝えることをJ&Bは望んでいます。しかし、悲しいことに、このような日に、LGTB+コミュニティの多くの人々が、自分の家族に居心地の悪さを感じたり、拒絶されたりして、一緒に祝うことができないのです。実際、トランスまたはノンバイナリーである人の77%にとって、家族に伝えるプロセスが最も困難でした。

ウェブでのオンエア後、記録的な数のコメントが寄せられたそうです。その中には賛同のコメントだけでなく、おびただしい数の罵詈雑言も集まったそうです。描かれている内容が理想的過ぎてリアリティが無いという意見もあるでしょう。でも強い力を持つCMだと思います。僕はLGBT+コミュニティの友人が沢山いますが、日本でもこれらの障害が少しでも減ると良いと思います。

しかし何度も言いますが、この素晴らしい作品でもショートリストなのです。カンヌライオンズ、なんという狭き門でしょう!

アイデアカテゴリは、03理由のある狂った行動、25繰り返す、29裏切る、とします。

【ショートリスト】以上の作品を観るには6時間が必要!

今回はフィルムクラフト部門とフィルム部門のショートリストを中心に見てきました。後半はほとんどショートリストでしたが、ご覧いただいたように面白系の作品はホントにここに集まってるのです。ショートリスト以上の作品は全部で数百本あり、全部見るのに約6時間かかります。しかしその山の中から自分好みのお宝を探すのが面白いのです。

今年も期待してカンヌライオンズ会場にお宝フィルムを「掘り」に行きたいと思います。きっと昨年よりもさらにfunnyでinterestingでstrangeな「面白い」広告が増えているでしょう。

ちなみに会場の作品プレビューエリアには毎年僕と同じように何日も籠もっている人がいまして、それは電通同期の澤本くんと後輩の嶋野くんです。きっと今年も居るでしょう…。

次回の最終回は、フィルム部門以外の面白い作品達を紹介したいと思います。

※CMアイデアカテゴリについて

これらのカテゴリは15年以上前に僕が自分の広告映像研究のために作りブログで発表したものです。33個ありますが、それぞれの詳しい説明はnoteブログをご覧ください。

01立派な状況の中でくだらないことをする / 02ありえない映像をリアルに作る / 03理由のある狂った行動 / 04プライドを傷つける / 05置き換える・例える / 06意外な利用方法 / 07出会う・別れる / 08発情した動物 / 09マニアになる / 10時代を変える / 11大問題化する / 12思い込ませる / 13文字化する / 14勘違いする / 15意地悪する / 16擬人化する / 17過剰にする / 18存在を消す / 19説明する / 20目撃する / 21実証する / 22拡大する / 23誇張する / 24対比する / 25繰り返す / 26引用する / 27なりきる / 28無茶する / 29裏切る / 30間違う / 31隠す / 32グルーヴ / 33アダルト

詳細:https://note.com/mitsushiabe/n/n7909f828f4cb


阿部光史
クリエイティブディレクター / コピーライター
株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO
東京工芸大学非常勤講師

クリエイティブディレクター / コピーライター / CMプランナー。株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO、東京工芸大学非常勤講師。広告キャンペーンの企画制作をメイン業務としつつ、クリエーティブなアイデア・発想力についての講義やワークショップを大学等で行っている。電子工作にも造詣が深く、SXSWへの出展などを通じてイノベーティブな技術領域の企業プロトタイプ製作支援も行う。

X: @galliano
note: https://note.com/mitsushiabe/
blog: mitsushiabe.com

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