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2024.05.29
レポート
カンヌライオンズ2024開催直前、2023を振り返る vol.1 【フィルム部門編】
さて今年もカンヌライオンズの時期が近づいてきました。
フランスはカンヌにおいて、カンヌ映画祭とならんで毎年恒例で開催されるのが、「カンヌライオンズ(カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)」。
本記事では、株式会社ガリアーノインスピレーションズのクリエイティブディレクター / コピーライター・阿部光史が、昨年気になった入賞作品などを振り返りつつ、全3回の連載として最近の傾向を見ていきたいと思います。
(取材・文:阿部光史)
はじめまして、株式会社ガリアーノインスピレーションズの阿部光史と申します。1990年に電通に入社して以来30年以上一貫して広告クリエーティブ畑を歩み、国際広告賞の審査員も複数回経験して来た視点から、funny、interesting、strangeなどを含めた様々な「面白い」広告についてご紹介していきたいと思います。
皆様は、毎年6月に南仏カンヌで行われる世界最大規模の広告コミュニケーションフェスティバル、「カンヌライオンズ」の名前を耳にされたことがあるでしょう。私はこのカンヌライオンズのウォッチャーとしてCM映像関連の受賞作を中心に2000年頃より注目してきました。カンヌの会場にも、これまでに5回リアル参加しています。
さて今年もカンヌライオンズの時期が近づいてきました。昨年気になった入賞作品などを振り返りつつ、全3回の連載として最近の傾向を見ていきたいと思います。
【フィルム部門】面白さの復権なるか
「どうする?アイフル!」などの面白系CMを作ってきた僕は、上記のようにカンヌなどで見られる海外の面白系CMを好んで鑑賞し、その面白さの構造を勉強し、ブログでも紹介してきました。
日本のCMはタレントの力を活用するものが多いのですが、海外の受賞CMはタレントよりもアイデアの力を活用しているものが多いという特徴があります。僕はそういったアイデア重視のCMが好きなのですが、面白系のCMはここ10年ほどカンヌフィルム部門の受賞作から姿を消していたんです。
その理由については追ってお話するとして、まずはカンヌで昨年受賞した面白系CM作品をいくつか見ていきたいと思います。説明の中で時々「アイデアカテゴリ(※)」という語句が出てきますが、これについては最後に説明しますので、あまり気にせず動画をご覧ください。
まずは昨年フィルム部門のグランプリを受賞したアップルのiPhoneのCM「Relax, it's iPhone – R.I.P. Leon」です。
これはiOS16から実装された「送信したメッセージを消去できる」機能を訴求するCMです。コピーは「Relax, it's iPhone」。極めてシンプルな仕上がりですが、面白さを盛り立てるための演出が全体的に施されています。まず主人公の配役が素晴らしい。突然登場する悲しみに満ちた中年男性って、不謹慎ながらそれだけで笑いそうになります。
そしてこのトカゲの演技!これはCGだと思いますが、再現度が高くまるで本物のように思えます。また全体的な美術と照明は、背景を暗く落とす事で主人公に視線を集中させ、その後「ここは何処か?何が起きてるのか?」などが次第に分かるような設計になっています。観客は物語のリアリティを感じつつ、緊張した雰囲気の中で男性の演技を見つめることになります。
最後に音声について。前半の不思議なシンセ音がシームレスに後半の音楽に繋がって行きます。曲の構成を理解したうえで見返すと全体的にひとつのグルーヴ感に包まれていることがわかるでしょう。これらの結果生まれた緊張と緩和が笑いを生むのです。
アイデアカテゴリ(※)は、19説明する、20目撃する、29裏切るとします(詳細は後述)。
次にゴールドを受賞したフランスのテレビ局Canal+ の「Papa」をご覧ください。
Canal+はドラマに強いフランスのテレビ局で数多くの秀作CMを世に送り出して来ましたが、この「Papa」は久しぶりの新作です。コピーは「Short format, Big drama. CANAL+ has always supported short films」。病床で眠る男性を固唾をのんで見守る家族、という緊張した環境の中で、ひとりいたずらを楽しむ少女のお話です。
この「禁じられた事を行う」というのはフィクションの面白さの一つのパターンです。映画でもドラマでも、法律的あるいは倫理的に間違った行動により、観客が予想していなかった結果となるストーリーが多いのは皆さんもご存知の通りですが、このCMもそのパターンを踏襲しています。授賞式で上映された直後、授賞式の会場は爆笑と拍手に包まれました。
でも鑑賞後にこんな事を思いませんか?この女の子、いつからいたっけなぁと…。見返してみると、家族や親戚一人一人は細かく描かれていますが、女の子に関してはほとんど背景のような扱いです。このように少女を演出的にうまく隠し続けることで、最後の怪しげな笑顔が浮き立つという構造になっています。
アイデアカテゴリは、01立派な状況の中でくだらないことをする、11大問題化する、29裏切るとします。
ここでCanal+の過去の秀作CMを見て見ましょう。14年前の2010年にフィルムゴールドを受賞した「Man in the Closet」を御覧ください。
コピーは「Lucas G. Screenwriter for CANAL+. The art of making stories.」です。Canal+の脚本家は不倫がバレそうになったときの言い訳も芸術レベルである、という強引なストーリー展開を通じて「だからCanal+のドラマは面白い」というメッセージを間接的に訴求しています。こちらも「Papa」と同様にラストの急展開がメッセージの印象を強く残す構造になっています。
僕はこのCanal+の面白CMシリーズが大好きだったのですが「Man in the Closet」あたりからしばらく見かけなくなっていたので、昨年「Papa」を観た時「おかえりCanal+!」と嬉しく感じた事を覚えています。
シンプルで面白い近年のCMというと、一昨年の2022年にフィルムシルバーを受賞したMGM Bellagioの「JOY This is the Life」があります。こちらもどうぞ。
数年間のコロナを引きずった陰鬱系の表現が多かった2022年のカンヌで、この簡潔なCM表現が清涼剤のように感じられた事を覚えています。
面白系CMが減少していた理由
最初に書いた通り、僕は面白系CMが大好きです。しかしここ10年ほどのカンヌでは「For Good(そのコミュニケーションが世の中の問題を解決したか?という判断基準)」の嵐が吹き荒れ、長らくの間、問題解決に真摯に向き合っていないように見える面白系CMは受賞作リストから姿を消していました。
加えてここ数年はコロナ禍や戦争もあり、カンヌのフィルム部門はかなり重い内容の作品ばかりとなっていました。もちろんFor Goodが悪いわけではありません。我々はリアルな世界に住んでおり、時には現実に真摯に向き合う必要があります。でもそのスキマには、単純に面白く楽しめるエンターテインメント作品がカウンターバランスとして必要だと思います。
そんな気持ちを持ちながら2022年にリアル参加して、先程の「JOY This is the Life」の受賞を発見し、風向きが少し変わっているな、と感じました。
その理由を想像するに、審査員達もちょっと辛くなってきたんじゃないかなという気がします。
再び面白CMの時代が来るか?
前述の通り僕は国際広告賞の審査員を複数回務めた事がありますが、世界のクリエーター達はみんな超真面目で、審査中は激しい議論が飛び交います。その中で、CMって世の中を良くするためのもの「だけ」だっけ、時代も変わってきたし、人を楽しませる技術を再評価してもいいんじゃないか、そんな気持ちが審査員の中芽生えてきた中での「「JOY This is the Life」の受賞ではないか?
2022年に感じたそんな想いを持ちながら昨年も参加したところ、今回御覧頂いたような面白系CMが確実に増えていました。なんといってもグランプリはAppleの「Relax, it's iPhone – R.I.P. Leon」ですよ。
実はグランプリはもう1本出ていて、これが問題解決型の作品でした。しかしこれとAppleの2本のグランプリが出たのは、上記のような背景があったのでは?と想像します。経済的にも株高などにより楽観主義が戻って来たという意見もあり、面白系CMには追い風が吹いていると思います。
さて今年のカンヌがどうなるか。期待したいと思います。もちろん僕もリアルで行きますよ。
※CMアイデアカテゴリについて
これらのカテゴリは15年以上前に僕が自分の広告映像研究のために作りブログで発表したものです。33個ありますが、それぞれの詳しい説明はnoteやブログをご覧ください。
01立派な状況の中でくだらないことをする / 02ありえない映像をリアルに作る / 03理由のある狂った行動 / 04プライドを傷つける / 05置き換える・例える / 06意外な利用方法 / 07出会う・別れる / 08発情した動物 / 09マニアになる / 10時代を変える / 11大問題化する / 12思い込ませる / 13文字化する / 14勘違いする / 15意地悪する / 16擬人化する / 17過剰にする / 18存在を消す / 19説明する / 20目撃する / 21実証する / 22拡大する / 23誇張する / 24対比する / 25繰り返す / 26引用する / 27なりきる / 28無茶する / 29裏切る / 30間違う / 31隠す / 32グルーヴ / 33アダルト
阿部光史
クリエイティブディレクター / コピーライター
株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO
東京工芸大学非常勤講師
クリエイティブディレクター / コピーライター / CMプランナー。株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO、東京工芸大学非常勤講師。広告キャンペーンの企画制作をメイン業務としつつ、クリエーティブなアイデア・発想力についての講義やワークショップを大学等で行っている。電子工作にも造詣が深く、SXSWへの出展などを通じてイノベーティブな技術領域の企業プロトタイプ製作支援も行う。
X: @galliano
note: https://note.com/mitsushiabe/
blog: mitsushiabe.com