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2023.06.26
レポート
【世界3大広告賞】カンヌライオンズを「アイデア見本市」と捉え直すと、世界が進化する
フランス・カンヌ。映画祭とならんで毎年恒例で開催されるのが、「カンヌライオンズ」(カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)。今年で70周年を迎える世界最大のクリエイティビティ・フェスティバルとしてご存知の方も多いだろう。
もとは広告を中心に世界中の優れた作品をアワードする場として、フェスティバルの地位を高めてきたが、昨今はイノベーション領域まで幅広くカバーしている。
本年は、知財図鑑がプレス関係者として認証を受けたこともあり、初日から参加をしてきたのだが、やはり世界のクリエイティブはレベルが高く、企画者としては全身で刺激を浴びることができた。
ただこの記事で伝えたいのは、受賞作の分析ではない。
“知財ハンターとしてクリエイティブを「卸す」”
たとえばこの作品をみて欲しい。
○MAKRO LIFE EXTENDING STICKERS
国:コロンビア / 事業主 : MAKRO / エージェンシー GREY COLOMBIA, BOGOTÁ
南米のスーパーマーケット「MAKRO」にて展開された”LIFE EXTENDING STICKERS”だ。
拡大してみると、その意図がはっきりとわかるが、青果の色の変化にあわせて最適なレシピを提案するステッカーを開発したのだ。
それによって、時間の経過を「劣化」ととらえることから脱却し、食べたいレシピにあわせて、最適な個体を選ぶという行動を促すことができる。
アイデアもデザインも大変切れ味が良く、複数のカテゴリで受賞している人気作で、多くの賞賛が寄せられた。
※余談だが、知財図鑑ではこのアイデアに似た妄想「フードロスゼロ鮮魚店」が公開されており、強いシンパシーを感じた。
引用元: https://chizaizukan.com/property/057
「悔しい」から「繋げたい」へ
“クリエイターとして”、こういう素晴らしい作品を目にすると、拍手の後に湧き上がってくる感情は「悔しい」の一択だ。自分も、負けじといいアイデアを実装したいと、競争心が湧いてくる。
しかし”知財ハンターとして”作品に向き合った時に湧き上がる感情は「日本でも横展開したい」だ。つまり、しかるべき事業者に「つなげたい」と思う。
なぜならこのアイデアは応用性が高く、特殊な技術がなくても万国共通で展開でき、フードロスという世界共通の課題に最短距離で効くからだ。
同じような気持ちを持っている参加者もいるかもしれないが、おそらくそのほとんどが実現されない。なぜならお互いが競争関係にあるため、共創が生まれにくい力学が働いているからだ。別の言い方をすれば、自国で同じことを展開するのは「パクる」行為とも考えられ、クリエイターにとってはもっとも敬遠すべき事態だからだ。
カンヌライオンズは、こういった横展開すべきアイデアが受賞という「ゴール」を果たす場になっており、新たな多国展開の「スタート」を切る場になっていない。
これは大きな機会損失だ。
見本市として捉え直す
世界最大の家電見本市「CES」や、イノベーションフェスティバル「SXSW」に通っている知財ハンターとして、カンヌライオンズを「アイデアの見本市」として捉え直すと、とてもワクワクする。
権利や許可、クレジットは尊重すべき大前提として、優れたクリエイティブを社会課題の解決やビジネスの拡張に効くアイデアとして流通させたい。
もし、カンヌライオンズがアイデアの見本市だと仮定すると、こんな作品にオファーが集まるのではないだろうか。いくつか紹介してみたい。
○Sun Warning Flag
https://www.dandad.org/awards/professional/2023/237158/sun-warning-flag/
主体:GERMAN CANCER AID / エージェンシー:HEIMAT
ビーチで紫外線量を警告する旗を導入した事例。
海では多くのいたましい溺死事故が発生しているが、その8倍の数の人々が皮膚がんによって死亡していることから、紫外線の危険を知らせるために開発された。
特にハイテクノロジーが搭載された旗ということではなく、人によって運用されているものだが、紫外線量を検知できる特殊素材など、他の知財と結びつくことで更なる発展が想像できる。
○The Brake Room
主体:CHICK-FIL-A /エージェンシー: MCCANN, NEW YORK
ここ数年で急拡大したフードデリバリー。大都市ニューヨークでは、配達員は暖をとり、体力を回復する場所を見つけることが難しいが、チキン専門レストランのチックフィレイは、配達員専用の休憩所を開設した。寒さが激しいニューヨークらしいアイデアだが、熱中症が危惧される地域でも作用することは間違いない。ブランドとワーカーとユーザーがwin-win-winを保てる好事例と言える。
○ #OPTINK
主体:JUNGE HELDEN E.V. / エージェンシーMCCANN, PARIS
臓器提供を希望する意思表示(OPT-IN)をタトゥーで示すキャンペーン。
意思表明をするカードを持ち合わせていない時に、不慮の事故にあってしまっても、このタトゥーがはいっていれば、臓器提供に参画できる。絶対に消えないというタトゥーの特性を生かした、すぐにでも横展開できる事例。現時点で2500名以上がタトゥーを施し、17人以上の人が救われている。この柄であれば無料であること、人気デザイナーとコラボレーションしたデザインであること、ドイツ最高峰のタトゥーコンペティションで立ち上がったことなど、優れたコミュニケーション戦略のもと、ドイツ国内で実際に機能しているという点に目を向けたい。
○Prêt à Voter
主体:SOLAR IMPULSE / エージェンシー:PUBLICIS CONSEIL, PARIS
ソーラーインパルスという環境問題に取り組む探検家の財団が主体となり、有識者を交えて実践的な「法案」を書籍化し、577人の新任議員に送られた。
その法案に共感すれば、議員がそのまま議会に提出できるクオリティで仕上がっており、実際に3つの法案が可決された。さらに9つの法案が上院での議論を経て欧州連合に提出された。日本の政治において、民間人が能動的にアクションできることが少ないと嘆く人も多いが、この形式には未来を感じる。政治関係者だけでなく、クリエイティブエージェンシーが強力なPRを行ったことも、成功要因として捉えるべきだろう。
○CHANGE THE ANGLE
主体:LUX / エージェンシー:WUNDERMAN THOMPSON, SINGAPORE
「悪意のあるアングル」は、スポーツ業界で顕在化している大きな課題の一つだ。
視聴率を追いかけるせいか、不本意なアングルにフォーカスされることが頻発する現状に対し、選手のユニフォームにQRコードを埋め込む施策が展開された。これは非常にシンプルかつパワフルなソリューションだ。このQRコードを読み込むと、課題提起をする映像に遷移する仕組みとなっており、多くの人々にことの重大さを知らしめることに成功した。大手の放送協会とタッグを組んだ点も、プロジェクトデザインとして優れている。本件においては映像による啓蒙が中心だったようだが、オンラインの仕組みを充実させれば、問題が発生した時刻をコンテンツメーカーに対して知らしめることも難しくないだろう。
○knock knock
https://www.oneclub.org/awards/theoneshow/-award/48684/knock-knock
主体:KOREAN NATIONAL POLICE AGENCY / エージェンシー:CHEIL WORLDWIDE, SEOUL
ドメスティックバイオレンスの被害者が、声を発することなく警察にアラートを上げるための通信システム。使い方はシンプル。警察の番号に発信し、どの番号でもいいのでダブルタップするだけ。GPSの機能を用いて、警察が被害者がいる場所までかけつけることができる。声を出せない状況下にも対応する、被害者にとって実利が大きいシステムである。こういったアイデアは全世界的に展開が望まれるのではないだろうか。
○Tasting Notes
主体:NEDBANK / エージェンシー:LEVERGY, JOHANNESBURG
南アフリカでは、感染症によるロックダウンの影響でアルコール禁止令が発令され、アルコール業界が大きな打撃を受けた。ワイン業界においては、オークションイベントができない状態となっていたが、そのハンデを乗り越えてワインの良さを伝えるために実行されたのが本施策だ。オックスフォード大学の先行研究により、音にはワインの味を変化させる力があると報告されており、この研究に基づいてワインメーカー・作曲家・神経科学者がコラボレーションし、カベルネソーヴィニオン(もっともメジャーなぶどうの品種)のワインが美味しくなる楽曲を生み出した。施策説明の中では、評価者が脳波計測器を装着しながらワインを味わっている様子が公開されており、サイエンスとアートの美しい融合がうかがえる。
音楽と共に味わったテイスティングノート(味のコメント)は大きな注目を浴び、PR効果を得ることができたことが成果として謳われているが、この仕組みは他のブドウ品種にも展開できるだけでなく、飲食産業全体にインスピレーションを与えることができるだろう。
アイデア見本市へのトランスフォーメーション「IPマーク」
ここまでで紹介したのは、エントリーされている一握りでしかない。2022年は、全87カ国 2万5,464エントリーがあり、826の賞が与えられたことを考えると、全体をカバーすることは一メディアの努力では到底かなわず、大抵がゴールドを受賞したような作品に注目が集中してしまう。様々な優れたアイデアは、品評のための一過性の施策に止めるにはあまりにも勿体無い。大企業の新規事業担当やスタートアップ、そして政治家に至るまで、未来に対して責任を背負っている人は誰しもがこの作品群からインスピレーションを得ることができる。あわよくばそこで事業提携が行われるような流れが理想的だ。
ここから先は知財ハンターとしての妄想だが、来年以降の応募者に、世界展開歓迎を意味する「IPマーク」をノミネート作品に付与する権利を与えてみてはどうだろうか。(IPは知財を意味するIntellectual Propertyの略語)
会場に立ち並ぶボードに「IPマーク」が表示されていれば、横展開を希望する事業者とマッチングができるかもしれない。作品データベースにおいて「IPマーク」で絞り込み検索ができれば、さらにマッチングが加速するかもしれない。能動的に横展開を希望する応募者には、有料でブースを構えさせれば、それがフェスティバルの新たな収入源になるかもしれない。
この妄想をいきなり具現化させることは難しいかもしれないが、まずは国内のアワード関係者には機会損失の大きさを想像し、アイデアの見本市へのトランスフォーメーションを検討してほしい。
テクノロジー分野の見本市は、先進性が重視されるため、現時点では横展開が難しいようなプロトタイプが多々あるが、広告やマーケティングの領域では幅広い実効性が求められるため、優れたアイデアはそのまま今日にも実行できてしまう確率が高い。きっとアイデアを実装したクリエイターたちも、自分たちの取り組みが後世へのバトンになることで、今以上に大きなモチベーションを得るはずだ。
文:知財ハンター 出村 光世、 取材/出村 光世、足立 章太郎、澤邊 元太