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2026.04.29
レポート
Purpose広告の進化版 & 文化型サステナビリティとは。世界三大広告賞「カンヌライオンズ」昨年の注目作を紹介 #2

毎年6月に南フランス・カンヌで華々しく開催される世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」。会期中は、数百にも及ぶ講演やセッション、活発なネットワーキングイベントに加え、権威あるカンヌライオンズ賞の授賞式が執り行われます。今年も、ガリアーノインスピレーションズ代表の阿部光史が、歴代の作品から、特に注目すべき作品群をご紹介します。
(文:阿部光史)
注目作品3:Purpose広告の進化版:CAPTION WITH INTENTION
第2回で取り上げるのは、デザイン部門でグランプリを受賞した「CAPTION WITH INTENTION」である。
このプロジェクトが扱ったのは、映画や動画に付けられる字幕の問題である。聴覚障害者にとって字幕は作品を理解するための重要な手段だが、従来の字幕には限界があった。誰が話しているのかが分かりにくかったり、感情のニュアンスが十分に伝わらなかったりすることが多かったのである。
たとえば怒っているのか、ささやいているのか、遠くから聞こえているのか。音の世界では自然に伝わる情報が、文字だけになると失われてしまう。結果として、聴覚障害者にとって映画体験は、どうしても制限されたものになりがちだった。
そこで提案されたのが「CAPTION WITH INTENTION」という新しい字幕の考え方である。
CAPTION WITH INTENTION
このプロジェクトでは、字幕を単なる文字情報ではなく、映像表現の一部として再設計した。聴覚障害者コミュニティと接触し、時間軸との同期性を高めたり、話者ごとに色を変えたり、感情や声の強さをフォントや動きで表現したりすることで、セリフのニュアンスまで伝える字幕を作ろうとしたのである。
つまり字幕を「読む情報」ではなく、「感じる情報」に変えたと言えるだろう。
このアプローチが評価された理由は、アクセシビリティの考え方を一歩進めている点にある。これまでのアクセシビリティは、情報を最低限伝えるための補助機能として考えられることが多かった。しかしこのプロジェクトは、字幕を映像体験そのものの一部として再設計している。
結果として、これは単なる字幕の改善ではなく、「映画をどう体験するか」という問い直しにもなっている。音が聞こえる人と聞こえない人の体験の差を埋めるだけでなく、映像表現そのものを豊かにする可能性も示しているのである。
このプロジェクトは、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーとも連携しており、2026年のオスカー出品規程に公式基準として組み込まれている。 また開発を先導した代理店FCB Chicagoはこの技術をオープンソースとして公開。字幕の新しいスタンダードとして映画業界への実装が期待されている。
ちなみにこの施策は、私が大学で教えている授業の中でも学生からの人気が特に高かった作品でもある。社会課題を扱いながらも、どこか楽しさとセンスを感じさせる形で解決している点に共感したのかもしれない。
近年のカンヌライオンズでは、社会課題をテーマにしたPurpose広告が多く見られる。しかしその多くは、問題の存在を強く伝えるコミュニケーションだった。CAPTION WITH INTENTIONは、そこからさらに一歩進み、実際の体験そのものを改善する仕組みを提案している。
ここから先は、この施策をひとつの「発明のヒント」として捉えてみたい。
CAPTION WITH INTENTIONが行ったのは、「字幕を読むもの」から「感じるもの」への転換である。これまでに伝えられなかった情報の提示方法を付加することで、体験そのものを再設計している。
この考え方は、他の領域にも応用できるのではないか。
たとえば杖である。現在の杖は、主に身体を支えるための道具として設計されている(私も現在使用している)。しかしもし「支えるもの」から「導くもの」へと発想を転換したらどうだろうか。
杖をついて歩きながら、同時にスマートフォンを見て経路を確認するのは煩雑であり、特に視覚や身体に制約がある場合には負担も大きい。であれば、杖そのものにナビゲーション機能を持たせるという考え方もあり得る。たとえば振動デバイスやディスプレイ表示によって進行方向を伝えたり(これは既にある)、レーザープロジェクターによって進むべき方向を地面に示したりするような仕組みである(これはまだ無い)。
字幕を「感じるもの」に変えたように、道具の役割もまた再定義できる。AIがコンテンツ制作の効率を大きく変えつつある現在でも、人間の体験をどう設計するかという問いは依然として重要である。CAPTION WITH INTENTIONは、アクセシビリティの改善にとどまらず、こうした発明的発想の出発点にもなり得るプロジェクトと言えるだろう。
https://www.captionwithintention.org/
注目作品4:文化型サステナビリティ:SOUNDS RIGHT/SPOTIFY
第4回で取り上げるのは、サステナビリティ(持続可能性)の領域で大きな一石を投じ、2025年のカンヌライオンズ イノベーション部門でグランプリを受賞した「SOUNDS RIGHT」である。
このプロジェクトが向き合ったのは、いわば使い古されてきた「環境問題」というテーマだ。しかし、その切り口は従来の啓発活動とは一線を画している。
これまでの環境コミュニケーションは、その多くが「危機の提示」に終始してきた。地球温暖化の加速、失われる森林、絶滅に瀕する生態系。こうした「正しく、重い事実」を突きつけ、人々に反省と行動変容を迫るという構造だ。だが、この正攻法には限界がある。問題のスケールが大きすぎるがゆえに、個人の生活実感から乖離し、結果として「頭ではわかっているが、心と体が動かない」という不感症を生みやすい。
「SOUNDS RIGHT」が秀逸だったのは、このコミュニケーションの構造そのものを「定義の再構築」によって解き明かした点にある。
このプロジェクトは、自然を単なる「守るべき対象」から、Spotify上の「一人のアーティスト」へと再定義した。波の音、川のせせらぎ、鳥の歌声。これらを“Nature”という名のアーティストとして登録し、既存の人気アーティストと「共演(コラボレーション)」させることで、リスナーの日常のプレイリストに自然音を紛れ込ませたのだ。
さらに感嘆させられるのは、その裏側に構築された収益のエコシステムだ。楽曲が再生されるたびに発生する印税の一部が、直接的に環境保護団体へと還元される仕組みになっている。つまり、Spotifyで好きな曲を聴くという、ごく日常的な行動が、そのまま環境保護という社会貢献に直結しているのである。
ここで行われているのは、環境問題を「学習すべき課題」から「享受すべき文化」へと書き換える試みだ。
「自然を守らなければならない」という義務感ではなく、心地よい音に耳を傾けるという習慣。その延長線上に、結果として守られる自然がある。この対象との距離感の劇的な変化こそが、本作がカンヌで高く評価された本質と言えるだろう。
最初に述べたように、近年のカンヌライオンズではサステナビリティを掲げた施策が溢れている。しかし、その多くは声高なスローガンや一時的なデモンストレーションに留まりがちだった。対して「SOUNDS RIGHT」は、既存の音楽文化の仕組みをハックし、私たちの嗜好の中に「環境保護」を溶け込ませた。
AIが膨大なデータを処理し、コンテンツを自動生成する時代になっても、人の価値観を根底から揺さぶり、長期的な行動へと変えるのは、こうした「定義は書き換えられるもの」という人間特有の創造的な視点である。アルゴリズムによる最適化を超えて、いかに人の「好き」や、過去から続く「習慣」の中に新しい意味を組み込めるか。そこにクリエイティブの勝機があるのではないか。
SOUNDS RIGHTは、シンプルで強力な思考の転換が、大きなシステムを動かし得る事を証明した。人と世界の「関係」をデザインし直すのは、やはり人間の仕事であると言えるだろう。
(第3回へ続く)
▼第1回はこちら
阿部光史
クリエイティブディレクター / コピーライター
株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO
東京工芸大学非常勤講師
クリエイティブディレクター / コピーライター / CMプランナー。株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO、東京工芸大学非常勤講師。広告キャンペーンの企画制作をメイン業務としつつ、クリエーティブなアイデア・発想力についての講義やワークショップを大学等で行っている。電子工作にも造詣が深く、SXSWへの出展などを通じてイノベーティブな技術領域の企業プロトタイプ製作支援も行う。
X: @galliano
note: https://note.com/mitsushiabe/
blog: mitsushiabe.com
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