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2022.06.29

レポート

バーチャル×フィジカルを横断する言葉の可能性―『言山百景』が紡ぎ出す新時代の地域文化

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見知らぬ景色に、言葉と関係性を生み落とす。——「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直し、具現化してきたパナソニックのデザインスタジオ・FUTURE LIFE FACTORY(以下:FLF)による新作プロジェクト『言山百景(ことやまひゃっけい)』のネット連動型インスタレーション展示が2022年4月に東京・日本橋のBnA_WALLにて開催されました。

現在、仕事から日常生活まで多くの出来事がオンラインで完結できるようになり、帰省や観光など遠方での「非日常的体験」もデジタルに代替される流れは加速していくかもしれません。この『言山百景』は、物理的な移動が減ることにより“人と地域とのつながり”が希薄化していく未来に、新たな関係性を問いかけるプロジェクトです。

今回の展示の仕組みとしては、来場者があらかじめ公式Webサイトから入力した「言葉」が、会場である日本橋BnA_WALLに設置された3Dプリンターにより立体物の文字として出力され、日本各地の風景映像をバックに山のように降り積もっていくというもの。かつての、旅行先の展望台や宿のノートに落書きして言葉を残していくようなノスタルジックな体験を、デジタル時代のテクノロジーで時空を超えて再構成する試みとなっています。

今回は、プロジェクトメンバーであるFLF所属の川島大地(かわしま・だいち)氏とマッキャンアルファの吉富亮介(よしとみ・りょうすけ)氏、知財図鑑/Konel代表の出村光世(でむら・みつよ)と、展示の実装を務めたKonelの都淳朗(みやこ・あつろう)の4名が、この『言山百景』の魅力と拡張の可能性をディスカッションしました。

FLF所属・川島大地氏(左下)、マッキャンアルファ責任者・吉富亮介氏(右下)、知財図鑑/Konel代表・出村光世(左上)、Konel所属・都淳朗(右上) FLF所属・川島大地氏(左下)、マッキャンアルファ責任者・吉富亮介氏(右下)、知財図鑑/Konel代表・出村光世(左上)、Konel所属・都淳朗(右上)

3Dプリントされた「言葉」が遠い場所に降り積もる─テクノロジーが紡ぐ地域と人の新たなつながり 

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『言山百景』のインスタレーションの様子。どこか遠い土地の景色のプロジェクションの前に、その景色を見てWeb上から投稿された言葉が3Dプリントされて降り注ぐ。 『言山百景』のインスタレーションの様子。どこか遠い土地の景色のプロジェクションの前に、その景色を見てWeb上から投稿された言葉が3Dプリントされて降り注ぐ。

出村:このプロジェクトは、FUTURE LIFE FACTORYが主体となり、マッキャンアルファが企画・プロデュースを、Konel・マグナレクタがデザインと実制作のコラボレーターとして参画しています。川島さんの所属するFUTURE LIFE FACTORYでは、これまでもクリエイティブを通して「これからの豊かなくらしとは何か」を問い直してきました。その新しい試みがこの『言山百景』ですが、改めてどういった経緯とコンセプトでスタートしたのか教えていただけますか?

川島:『言山百景』のプロジェクトは「人と地域のつながりの希薄化」をテーマにスタートしました。SNSの登場以降、バーチャルの世界で文化やコミュニティが完結することが多くなり、さらに今後メタバースが浸透すれば、仮想的に遠くの場所に移動することも可能になるでしょう。ただ、こうした状況は便利さもある半面、人と地域の結びつきが希薄になり土着的な文化が失われたり、新しい文化が生まれづらくなったりする恐れもあります。そこで、テクノロジーの力を借りて、土地と人との間に新たな関係性を構築できないかと考えました。

座談会は『言山百景』の展示会場である日本橋のアートホテル・BnA_WALLにて行われた。 座談会は『言山百景』の展示会場である日本橋のアートホテル・BnA_WALLにて行われた。

出村:その新たな関係性を築くものとして、このプロジェクトでは3Dプリンターにより出力されるオブジェクトとしての「言葉」が要素となっていますが、このアイデアはどういったきっかけから生まれたのでしょうか。

川島:神社の絵馬や街中のグラフィティのように、「そこに自分がいた証」を見える言葉としてその場所に残す文化は昔からあります。ただ、それを実際にある土地に訪れてアナログで記すのではなく、PCやスマートフォンなどのデジタルで入力された言葉がフィジカルな形で現地に産み落とされる仕組みができたら面白いんじゃないかと思いました。

出村:本来のグラフィティの場合は、実際にある場所に行って書いて終わりか、もしくは時間を空けて再訪したときに「ああ、昔こんなこと書いたな」と空白の時間に思いを馳せるツールとして機能しますよね。ただ、『言山百景』の場合は、人より先に言葉が現地に届く仕組みになっている。こういった関係性の築き方はデジタルならではだと思います。

川島:今回の展示に言葉を投稿して参加された方のお名前は、リレーションシップクリエイターとして公式Webサイト上に掲載されています。自分と土地とのつながりをWebサイトから簡単に確認できるというのも、『言山百景』の面白い点だと思います。

吉富:私は、言葉が単なるデータではなく、質量を伴ったモノになっている点が重要だと思っています。行ったことのない場所でも、自分の言葉がモノとしてそこに存在しているなら「実際に見にいってみよう」というアクションが起こる可能性がありますよね。観光誘致や地域活性化、ブランディングやPRにも活用できる余地のあるプロジェクトだと思います。

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出力された言葉は景色と調和して馴染むよう、木材を練り込んだフィラメントでつくられている。 出力された言葉は景色と調和して馴染むよう、木材を練り込んだフィラメントでつくられている。

吉富:また、今回の展示の見せ方は、「借景(しゃっけい)」という庭園技法を参考にしました。これは日本庭園において庭外の風景を景観の背景や一部として利用するという技法です。この『言山百景』もこれを取り入れ、投稿され生み出された言葉が同じユーザーから選ばれた風景写真と合わさり、時間と共に降り積もっていくという仕組みをつくりました。

:「借景」の新しい形ですよね。土地の景色を「借りて」、そのお礼として土地に言葉を「返す」みたいな。複数枚の風景写真から参加者がお気に入りの風景をピックアップする仕組みも面白い。風景を選ぶ時点で参加者の好みが反映されるので、「なんでこの人はこの写真と言葉を選んだのだろう?」と、遠くの参加者の気持ちや人柄を想像する余白が生まれますね。

土地×人×素材で拡張する、『言山百景』の実装アイデア 

出村:今回の展示ではデジタル上の風景写真をセレクトして言葉と組み合わせる手法となりましたが、実際の地域にこの3Dプリントシステムを実装するとして、『言山百景』の雰囲気に合いそうな土地や関連させたい風景はありますか?

吉富:今考えているのは、廃校になった学校ですね。通っていた生徒たちや地元の方の思いも詰まっているから、ノスタルジーを感じさせる。リノベーションして有効利用されている例もありますが、活用されずに放置されている学校も多くありますよね。そうした学校を『言山百景』のシステムを利用して遠隔からでも現地からでも誰もがアクセスして関われる状態をつくれば、新たな運営や街づくりのきっかけになるかもしれない。

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出村:単に風景の美しさを伝えるのではなく、地域や場所の文脈や歴史に絡めてPRすることで、土地と人を繋げられる可能性が『言山百景』にはありますよね。具体的に、クリエイターや地方自治体など、組んでみたいコラボレーターはいますか?

川島:外部の人を巻き込んで町を盛り上げたい方々に活用してほしいですね。町の観光課や商店街の組合とか、地域おこし協力隊の方々とか。特に近年は行政主導のまちづくりが多くて、一般市民の思いが反映されていない場合が多々あるように思います。『言山百景』を通して、地域住民はもちろん土地に愛着を持つ外部の人が街づくりに参加すれば、コミュニティを横断した取り組みができるのではないかと期待を抱いています。

吉富:僕は環境の視点で面白い素材をつくっている企業や研究所の方と組んでみたいですね。実は今、『言山百景』を起点としたサーキュラーエコノミーのプロジェクトを考えていて。

出村:サーキュラーエコノミー、いいですね。具体的にどのような取り組みを考えていますか?

吉富:例えば、現地で育った野菜の切れ端を3Dプリンターのフィラメントの材料として使うという案を考えています。『言山百景』で生み出される文字がその後ゴミになるのではなく、なにか付加価値のある別のものに生まれ変わればいいなと。例えば、土に積もった文字が分解されて肥料になる。その肥料を糧に新たに野菜が育ち、その野菜がまた文字としてリサイクルされる、とか。

3Dプリンターで文字を出力する様子。フィラメント次第でさまざまな材料で生成できる。 3Dプリンターで文字を出力する様子。フィラメント次第でさまざまな材料で生成できる。

出村:知財図鑑では以前、廃棄食材をリサイクルして建材を生成する技術(「廃棄食材による新素材製造技術」)を紹介しましたが、こうした素材は相性が良さそうです。素材と出力場所に着目すれば、アイデア次第でいろんなことができそうですよね。僕は、火山の火口に3Dプリンターをセットして文字を落としたら面白そうだなと妄想していたのですが、『言山温泉』なんてものもできそうですね。生まれた文字がそのまま温泉のお湯にチャポンと落ちて言葉が溶けていくみたいな。

吉富:入浴剤でフィラメントをつくれたら面白そうですよね。俺の言葉で温まってくれよ、みたいな。

出村:逆に氷の文字で冷やす、なんてこともできそうですね。あと、大量の3Dプリンターを気球で成層圏ぐらいまで持って行って、海に直接文字を落としてみたり。

吉富:フィラメントに海藻の種やサンゴの卵を仕込んでおけば、遠くから言葉を送ることで生態系の保全に貢献できて、環境意識も醸成できそうですね。

:同じく環境の文脈で言うと、僕は「言山ファーム」というアイデアを考えました。3Dプリントした文字を器にして隙間なく植物の種を植えれば、文字の形に草が生えてきますよね。生分解性のプラスチックで文字を成型すれば、畑に埋めても土の中で分解されるので環境を汚さずに、文字で畑が作れる。

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出村:それ、いいね。豆苗でつくったら面白いかも。しかも3Dプリントの場合、都合良く裏に穴が空いてるから水やりしても自然に抜けていくし、プランターに文字を埋めたら、そのまま販売できそうだね。

川島:上から見た時に植物の畑が「育て!」っていう文字になってたら面白いですね。クリエイターや著名人が紡いだ言葉を種とセットで販売することもできそう。

出村:自分が生んだ文字が土地や作物に影響を与えるのはとてもエモーショナルですよね。植物にクラシック音楽を聞かせればよく育つとか、ポジティブな言葉を聞かせれば美味しい野菜ができるとか、そういうノリにも似ている。

:確かに。ネガティブな言葉の肥料を撒いた畑とポジティブな言葉の肥料を撒いた畑で、野菜の育ち方を比較しても面白そうですね。

出村:バットワードを浴びせて育てたハバネロとかね。

:ものすごく辛そう(笑)。普通の唐辛子よりも売れそうだけど。

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吉富:野菜を育てるプロセス自体をコンテンツとして消費者に“見える化”できて、作物のブランド価値を高められるかもしれないですね。スーパーの野菜売り場でも「この野菜は○○農園の○○さんが作りました」って書かれてたら、ついつい買っちゃうし。

出村:確かに、従来のサーキュラー系の素材って、具体的にどんな風に土に還るのか環境にいいのか、消費者が実際に見る機会って少ないですよね。『言山百景』によって自分の生み出した文字が、土に還る過程がデジタル上で共有・アーカイブされていくと価値が生まれそうです。

吉富:文字の形に成形した肥料を大勢の参加者が持ち寄って、みんなで「言葉」を農園に撒いてもらう参加型ファームもできそう。野菜売り場で「この野菜は多くの人々の温かい“言葉”に支えられ育ちました」みたいなことが書かれてたら素敵です。

その土地の「当事者」となる─生み出された言葉のリアリティ

出村:「言霊」という言葉がありますよね。言葉を口にすることで神秘的な力が宿っていくという意味ですが、『言山百景』に携わってから何回か「言霊」という言葉が頭をよぎったんですよ。「言霊」を信じるか信じないかは別として、個人的な実感として、単純に自分の言葉をある土地に飛ばすことができて、フィジカルな形で残り続けるのは凄いことだなと。

:確かに、自分の言葉を遠方に届けて物質化するというのは、アナログとデジタルを複合的に扱っているからこそできることですよね。

出村:そう。だから、例えば災害が起きた場合も、被災地にもいち早く言葉を届けることができるし、それが被災者が前を向く力に変わるかもしれない。もっとプライベートな例としては、例えば亡くなったおばあちゃんが好きだった場所に言葉を送るとか、そういった使い方も考えられる。

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吉富:全部デジタルじゃないところが肝なんですよね。最後に言葉を物質化するからこそ、当事者としての体験感が生まれる。

出村:僕が『言山百景』に感じたのはまさにその「当事者」という部分で、今まで行ったことのない場所だけど、投げかけた言葉が物質として地球上に産み落とされたという事実の責任を強く感じたんですよね。一方で、言葉だからこそ軽やかにピュアな気持ちがストレートに伝わる実感もあって。この感覚は、デジタル上で完結するインタラクティブアートでは得られない体験だと思いました。この展示を3Dプリントシステムごと屋台のように出張させることもできますし、ぜひパートナーを募ってリアルな土地に“言葉”を降り積もらせていきたいですね。


見知らぬ土地と人々を、テクノロジーとクリエイティブ、そして物質的な形としての“言葉”で繋げる『言山百景』。今回のディスカッションではインスタレーションとしての活用のみならず、地域や観光ブランディングにも応用できるさまざまな妄想が登場しました。

FUTURE LIFE FACTORYでは、『言山百景』の共創パートナーを募集しています。時間と場所を超えたフィジカルな“言葉”のコミュニケーションに興味を持たれた方は、ぜひ問い合わせてみてはいかがでしょうか。

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『言山百景』へのお問い合わせはこちら

『言山百景』プロジェクトへのお問い合わせ先
kotoyama.hyakkei@gmail.com

『言山百景』公式サイト

■プロジェクトチーム
Project Owner, Designer:Shadovitz Micheal(Panasonic, FUTURE LIFE FACTORY)
Project Owner, Design Engineer:Daichi Kawashima(Panasonic, FUTURE LIFE FACTORY)
Creative Director:Ryosuke Yoshitomi(McCann Tokyo, McCann Alpha)
Producer:Mitsuyo Demura(Konel)
Creative Technologist:Atsuro Miyako(Konel)
Designer:Maiko Higuchi (Freelance)
Technical Director:Hironao Kato(MagnaRecta)
Frontend Engineer:Maika Tomari(Konel)
Movie Director:Masaki Ueda(Freelance)
Craft Builder:Sumio Aizawa(SUMAR WORKS)
Coordinator:Naohiro Miyaguchi(BnA)

■参加アーティスト
Elena Aframova
Eno
Daisuke HAYATA
Yusuke Maekawa
Clara Mathiesen
Yoritomo Miake
Hikaru Morita
大杉 明彦
Tatsuki Wakamiya
柳 宙見

取材:松岡 真吾/文:柴田 悠

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