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2024.05.10
レポート
私たちがやがて迎える “心理的特異点”―世界最大級のクリエイティブ・カンファレンスイベント『SXSW 2024』より
米テキサス州オースティンで毎年3月に開催される、音楽・映画・アート・テックが融合した世界最大級のコンバージェンスカンファレンス & フェス『SXSW(サウスバイサウスウエスト)』。1987年にインディーズの音楽祭としてはじまり、のちに映画とインタラクティブを加えて、現在は10日間で数万人を集める世界最大級のイベントとなっています。
本記事では、[ナラティブ・デザイン] を提唱し企業やブランドと共に探究しているキルタが、昨年に続き4度目の視察に訪れたSXSWの現地で出逢った興味深いプロダクトやカンファレンスなどを通して感じたことを、考察した3つの視点をもとにお伝えします。
(文・キルタ)
2020年コロナ禍での中止や2021年のオンライン開催、運営会社の変更などを経て、昨年は数年ぶりのリアル開催となり本来の盛り上がりを取り戻しつつあった。今年は更に規模を拡大しコロナ前同様の賑やかさと共に、オースティンという街の更なる開発による景色の変貌を感じる年であった。また U.S. Army(米軍)がイベントの公式スポンサーとなった事から一部のミュージシャンやパネリストが辞退、現地ではデモも発生していた。
昨年の特徴としては、新たに「Psychedelics(サイケデリックス)」がトラックに追加され、「FUD」や「VUCA」と呼ばれ混沌していく世界からのトリップや、テクノロジーと共により精神及び身体的な側面から “HUMANITY”(人間性)について語られていた。今年の変化としては、ここ数年トラック化されていなかった「ARTIFICIAL INTELLIGENCE」が復活。新たに「CREATOR ECONOMY」「FASHION&BEAUTY」が追加された。
Psychedelics をテーマとしたものは昨年の盛り上がりに比べると、既に語り尽くされたかのようにその数は減り、今年は内容に関してもより具体的な社会実装や大麻草の環境面での可能性などが語られていた。逆に、Chat-GPT の台頭から1年が経った上での開催ということで、各領域で AI や 量子コンピューティング をテーマとしたカンファレンスやセッションが達観半分であった。
AI について考えるというよりは、AI が創造性を持ってすべてを知的生産を可能にする先で、人はどうあるべきかを考える議論が多かった。フィジカルな身体を持つからこそ衣・食・住の観点で 昨年から引き続き “人間が感動できるものは何か” という問いや議論が増えている。それは、新たに「FASHION&BEAUTY」と「CREATOR ECONOMY」が追加されたことからも見受けられた。その観点は変化しつつも、向かっていく先は継続して “HUMANITY”(人間性)という答えのない哲学的な問いである姿勢を感じた。
Perspective-01
Creation is AI, Culture is Human.
創造するのはAIでも、感動するのは人間だ。
世界的なクリエイティブエージェンシー TBWA によるセッションでは、彼らが “我々が生み出すのはクリエイティビティではなく、文化だ” と言い切っていた。斬新だが、納得がいく。TikTok やネットミームをはじめ、何がどう面白がられ、拡がり、定着するかにロジックはあるようで無い。人から人への連鎖反応。写真機を創った人は印象派の絵は描けなかった、エレキギターを創った人はそこまで弾けなかったように。発明する者と、それを習得したりその先の景色や感動を齎らす者は違う。面白がって感動して拡張させるのが人間の醍醐味だ。
日本のアニメ『PLUTO』のワンシーンなども引用しながら述べていた。
引用元: https://www.studiometak.com/
EXPOに出展していた韓国のスタートアップ STUDIO META-K の “AI のアイドル”その完成度は他より遥かに高く K-POP や 整形 というカルチャーが背景にある韓国だからこその、クオリティやその可能性を感じる。ブースでは男性AIDOLと女性AIDOLそれぞれ複数人を紹介。率直に かっこいい / かわいい / 美しい と見惚れてしまうその対象が、例え存在していないAIだったとしても “推す” ことはできてしまう感覚を覚えた。対象が実際に存在する人間ではなかったとしても、人は魅了されていくのかもしれない。
イノベーション・アワード でファイナリストに選出されていた完全自律走行型のF1カー [ Autonomous Challenge ] 。例え運転するレーサーが人間ではなくAIによる自動運転だったとしても、同じように人はそのレースに白熱するのだろうか。
街では歩道を走る配送ロボットが当たり前に共存しており、横断歩道では停止し、前を歩く人が遅ければ抜かす隙をうかがうその様子はまるで人のような気遣いであった。
とあるセッションでは “Thinking by Making”(作ることによって考えられることがある)という言葉があった。生成AIによって誰でも画像や動画を創ることができるようになった、アイデアがあってもイメージとして描けない人にとっては、それを Chat GPT で一旦試しに絵や映像にしてみることもできる。撮影や編集技術はなくても、頭に浮かんだシーンを映像にできる。口遊んだメロディーがすぐに楽曲として仕上がる。
これまで、“つくる” ことができなかった人にとっては、AI の力を借りて “つくってみる” ことができる。そのつくってみることによって、新たに考えられるようになることがあるというわけだ。その人が手で創ることもあれば、考えたものを AI が創ることもある、そして人はまた考え、AI にまた具現化させる... アメコミヒーロー『アイアンマン』のトニー・スタークとその相棒 AI ジャービスのやりとりが思い浮かぶ。
AI の進化によって創る過程(プロセス)が省略される、それによってより考えることも生まれれば、一方で何か失っているものもあるのだろうか。AI ドリブンな世界における、人による手作りである価値や、ゼロから具現化するそのプロセスの価値について考えさせられる...
引用元: https://www.bbc.com/news/world-europe-67668469
ドイツのアーティストが AI による作品をフォトグラフィー・アワードに応募した結果、クリエイティブ部門で最優秀作品に選ばれてしまうほど、人が AI と知らなければ評価してしまうレベルに達している。そして昨年末、EUでは世界に先駆け AI の包括的な規制が発表された。果たして生成AIによる著作権や人権は、どう定義されていくのか。AI における何となく想定していたような課題が、急速に現実味を帯び、具体的な問いとなった。許容と規制の波はつづく。
Perspective-02
More Dreams inside Human Body.
そして人は、腸内細菌と出逢い、明晰夢を見る。
人はこれまで農業生産もしくは狩猟によってのみ食物を得てきたが、このままでは2050年までに全人類に必要な食料を生産しようとすると過去5,000年分と同等の生産が必要になる。そろそろ人類にとっての新たな食の在り方を考えてみても良いのでは?そんな問いが投げかけられていたのは、食事における 五感 と 感情 の重要性や、栄養面と精神面の両側からの研究を行っている専門家によるセッション。
スナック菓子やファストフードなど、人は添加物を食べる際とても幸福感を得ている、健康に対する影響などを考えなければ、最も人が幸福感を得られる食事のひとつは添加物ともいえる。また海外で注目されている「GLP-1」というダイエット薬が取り上げられた。小腸から分泌されるホルモンで、血糖値を下げるインスリンを膵臓から分泌させる働きがある。それを体内に投与することが一般化されつつあるのだが、例えば 添加物を毎日毎食好きなだけ食べ続けても、GLP-1を投与していれば太らずにいられる、それはひとつの幸福な食の在り方なのでは?という考えもできるわけだ。
腸内細菌(Biotech)を活用したヘルスケア領域の進化は特に目立った、これまで外的な要素(サプリやオーガニック)によって満たそうとしていた考えとはまた違った、腸内など身体の内部環境からアプローチすることで価値観や食の在り方を変えたり可能になることが増えているような印象。
引用元: https://youtu.be/c57w5WGJA0E?si=R2Lfe2LNbmQRZCmT
ハーバード大学精神医学部講師とドリーム・サイエンティストとして起業した専門家による、明晰夢を習得してクリエイティブな問題解決に活かすという、いかにもSXSWらしいワークショップも健在。明晰夢の研究による「ドリーム・インキュベーション」= 夢からアドバイスやインスピレーションを受け、問題解決に活かす方法について。個人の生活や芸術活動、ビジネスリーダーが明晰夢をどのように取り入れることができるのか、その実践方法などを共有しているとのこと。「夢」という誰もが経験しているが、誰も理解できていないもの。
様々なテクノロジーによって人の能力は拡張されているが、人が本来持っている未開拓の領域とその可能性が、この体と脳内には確かに存在する。
引用元: https://www.soulpaint.co/
「XR」会場で一際目立っていたのが、没入型芸術療法 [ SOULPAINT ]
伝統的なアート・セラピーである「ボディ・マッピング」の技法とVRによる体験を融合し、自分の感情や感覚がどのように身体に巡っているか、どう捉えるかを仮装空間に描きやなら身体的・精神的に気づきを得るというもの。神経科学と精神療法の専門家や、ビジュアルとサウンドのアーティストも参画しているプロジェクト。
ヒューマン・オーグメンテーションとも言われ様々な技術によって人間の身体的な拡張が施されているが、その拡張対象が今後はよりメンタルヘルスや精神面において意識されていく。
AI と対峙した上での HUMANITY について議論がされている中で、我々 HUMAN 自身がまだその身体や精神の実態をどう理解すべきかという議論もまだまだなされるべきである。外ではなく内への追求、体内に住む常在菌、夢や幻覚とは何か。「宇宙」よりもたどり着くのが難しいと言われる未知の領域が「深海」であるように、我々の脳や神経の奥深くにこそすべてが眠っているのかもしれない。昨年から議論対象となった Psychedelic でもそうだが、HUMANITY という輪郭ではなく、その軸となる重心を探求する時代がはじまっている。
Perspective-03
Nature Augmentation.
自然技術による環境拡張
大麻農家 Doug Fine氏によるセッションでは、“地球の土壌改善には大麻草が欠かせない” というこれまた驚きなテーマも。彼はアメリカ6つの州で再生可能な大麻草(ヘンプ)生産に取り組み、太陽光発電とヤギの飼育を掛け合わせた手法など、ポリカルチャーについて世界中のクライアントにアドバイスを行っている。大麻草は害虫に強く、農薬も化学肥料もいらない。乾燥した土地でも驚くほど成長する植物で、Psychedelics カテゴリーでも語られているように、PTSDなど医療的にも必要なものでありながら、布などにもでき無駄なく使用できる。
そして “実は大麻草の根は、微生物にとって良い環境であり、大気中の窒素を減少させている”とのこと。ニューメキシコ大学の研究では大麻の種子が実際に土壌浄化に使用されており、地球の土壌改善には大麻よりも適している植物は他にないなどと語っていた。
引用元: https://www.thehurdco.com/
茎や根など農業廃棄物を「大麻布」など素材として再生可能にしている [ The Hurd Co ] 農業における廃棄物 “アグリウェイスト” は決してゴミではなく、フードロスと同様にもったいない、再生可能な素材 “アグリロス” であるという彼らのナラティブは印象に残った。
インドネシアの企業 [ MAGALARVA ]は廃棄物の回収から幼虫技術を使った廃棄物処理などを行う。インドネシアのフードロス問題は深刻 → ペットフードの質が良くないという問題もある → 廃棄された食物にはハエが湧く → その幼虫はペットにとってはプロテイン豊富な栄養 → 回収した廃棄物で栄養価の高い幼虫を育ててペットフードとして販売しよう!という仕組み。廃棄物は人間の問題だが、後の循環を自然摂理を基に活かしている点がグッドデザイン。
引用元: https://ubigro.com/
ビニールハウスの「ビニール」部分を開発している [ UbiGro ]
ノーベル賞も受賞している量子ドット技術を転用した発光温室用フィルムで、紫外線と青色光子を利用し、遠赤外線に変換することで、植物がより健康になり作物の収量が30%向上。ビニールハウスという世界中に既にある型に実装可能。シンプルで実用性も高くインパクトも大きい、とても推せる事業。
引用元: https://crossmining.smm.co.jp/solament/
日本からは住友金属鉱山株式会社が太陽光をコントロールする素材テクノロジー [ SOLAMENT ]をEXPOに出展。太陽光などに含まれる近赤外線を吸収し熱に変える特許技術を活かし、アパレルや農業分野などへ転用。遮熱効果を見込めるハットや、羽毛を一切使用しない空洞なダウンを発表。生地自体が発熱し、見た目からは想像できない暖かさを生むとのこと。自然を基にした技術や摂理を人が新たに知ることによって、我々の生活や環境は更なる拡張が可能になっていく。
土壌・生産・加工・消費・廃棄に至るまでのエコシステムにおけるアプローチや問いは各所で盛んだった。B Corp など既にトレンドでもあるトピックだが、取り組んでいるという事実や姿勢だけではなく、その “質” や “在り方” を各者が再定義しようとしている。
引用元: https://commission.europa.eu/index_en
自然なかたちで、優しく、早く、そして結局は人間とってどれだけ効率化され利益になるのか。ビニールハウスのように、クリーンエネルギーという概念も以前から存在していたが技術の進化と環境の悪化によって、ようやく議論の本題となり、社会のスタンダードになっていこうとしている。EU では脱炭素政策と脱ロシアをいかに両立するかが課題となっている。食糧やエネルギーのもとである “土壌や水質”、それは世界の在り方を変えていく問題の根源でもある。
Perspective-Summary
We are on the verge of welcoming the Psycho-Singularity.
私たちが、やがて迎えようとしている “心理的特異点”
AI との共存における様々な議論があったが、その中で重要な視点のひとつとして “AIに知性を感じるかどうか” がある。あなたが、AI(= 彼ら)に知性を感じるか、そうでないかによって、生成AIの創造性や危険性に対する意見は異なってくるのではないか。Netflixでも昨年アニメ化された「PLUTO」にような世界がすぐそこに迫っている今、人が AI に知性を感じるようになることが通過点なのだとしたら、そこには “植物に知性を感じるかどうか” という視点も存在し、植物(=彼ら)に対する感覚と同じかもしれないと考えた。
知性を持って街を動き回る配送ロボットはもはや動物や昆虫のように、同じ生物として自然に存在する。
人は植物や昆虫を下等に扱うかもしれないが、彼らは私たちには見えない光や波を見ることができ、五感どころか二十感までをも持つと言われている。人智を超えた AI も 植物 も同じような存在であると捉えて見つめることができる。植物をはじめ自然の恩恵を受けながら、人類は彼らとずっと共存してきた。
人間以外との共存は今にはじまったことではない、“自然と共生するように、AIとも共生する世界” が訪れる。
やがて迎えようとしている “シンギュラリティ” を「技術的特異点」としてではなく『心理的特異点』として、捉え直して視ることで気づくことがあるかもしれない。
西洋占星術では、2021年から “風の時代” という新しい時代がはじまったと言われる。 2023年は準備の年となり、2024年からは本格的に風の時代が展開していくそうだ。目に見えていた価値(知識・資本・名誉)は無くなり、目には見えないもの(精神・関係・納得)に価値が生まれていく。それもまた「心理的特異点」のひとつと言える。
図のように自然回帰的な考えと進化した新人類的な考えの対極を意識しながら視てみる。昨今、自然農法やオーガニックへの価値や需要が上がる中で、プラントベースフードや人工肉なども普及していくだろう。現状「回帰」していくか、技術による「共存」か、しか存在しないのは、まだ「心理的特異点」を超えていないからである。
特異点を超えた先の対極(進化した在り方)では、もはやプラントベースでも人工でも本来の食べ物に似せる必要はなく、ただ幸福度が高いことが優先され添加物のみ食し、GLP-1 によって太らずに過ごしているかもしれない。人工子宮ポッドで誕生する子どもや、地球出身ではない世代が存在する。“アースノイド” と “スペースノイド” という分類にもなるかもしれないが、今もアフリカやアマゾンの原住民族から見れば、先進国の都市で生きる私たちもまた “宇宙人” 的な存在かもしれない。
これまでが AI のような人工生命はおらず、住む場所も地球のみだっただけであり、未来では AI は 植物 と同じように人間と共生しながら、人が住むのも地球のみではないというだけの話。そのような在り方に対して、あなたは今どう思うか。SFのような話ではなく、現実として受容できるかどうか、その境目が『心理的特異点』である。
知的生産も政治も、すべて AI が行うようになったら、お金を稼がずとも誰もが AI によって支えられながら生きていけるようになったとしたら、私たちは何のために生きるのだろうか。今はまだ様々な在り方が “倫理” で抑制されていくだけだが、AI の進化によって残されるのは究極の真理「生か死か」そうなれば人は “快楽” を求めて生きるのだろう。メンタルヘルス領域においても苦しみからの “逃避” や “無” はなく、別の在り方として “幸福の新領域” を探しているような流れを感じた。
“人間はこうあるべき” は再解釈・再定義され、“人間の快楽とは何か” が見直されていくだろう。
功利主義か快楽主義か、すべての思想が宗教化し、多様な価値が共存していく。
その中であなたは、
| “何を信じたいのか、何に感動したいのか”
そこにある豊かさとは何かを、思考し続けることも私たちの “人間性” であり、
| やがて『心理的特異点』を迎えた先のあらゆる在り方、そのすべてが【 HUMANITY 】である
今はそう受け留めたい。
本稿は下記サマリーレポートの一部を抜粋した内容となっております。こちらも合わせてご覧ください。
SXSW 2024 Report - “Psycho-Singularity”
https://speakerdeck.com/kiruta/sxsw-2024-report-psycho-singularity
SXSW 2024 取材メンバー/知財ハンター
キルタ ワタル / Kiruta Wataru
[ナラティブデザイン] を提唱、その探究と共に、企業やブランドのナラティブやコンセプトの言語化、事業に紐づくPR戦略の設計、広報活動のコンサルティング、ブランディングやクリエイティブディレクションなど、伴走するパートナーによって領域を横断。また、京都を拠点に嗜好品や祈りの再解釈を理念としたアートコレクティブ「Ochill」を創設し、自身の創作や瞑想を軸としたアート活動を展開。SXSW は2018年から視察をはじめ、今年で4度目の参加。