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2024.12.27

レポート

新たな社会を想起させるテクノロジーの現在地―「MUTEK.JP Pro Conference」レポート

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電子音楽とデジタルアートを基軸にした「デジタル・クリエイティビティ」を追求する国際的なフェスティバル「MUTEK」。2000年にカナダ・モントリオールで始まり、以来、その精神を継承したクリエイティブプラットフォームとして世界各地に展開されている。日本では2016年に「MUTEK Japan」として始動。東京を舞台に、国内外のアーティストや技術者、研究者が集い、オーディエンスを交えた対話の場がつくり上げられてきた。

今年も「テクノロジーによって進化した音楽の突然変異を最前線で追い続けながら、音楽とテクノロジーと対話する世界を探し続ける」というテーマのもと、電子音楽のライブパフォーマンス「MUTEK.JP」や没入型インスタレーション、先端技術に関するカンファレンス「MUTEK.JP Pro Conference」などが繰り広げられた。

AIやXR(拡張現実)、Web3、分散型インフラといった先端技術が、文化、社会、個人に与える影響を多角的に考察する「MUTEK.JP Pro Conference」。国内外の専門家やアーティスト、技術者、企業代表者が集結し、3日間の開催期間のなかで展開されたセッションは約15にもおよぶ。今回はそのなかで「知財図鑑」編集部が注目するセッションをレポート。さらに渋谷ヒカリエにて同時開催となったエキシビジョンについても紹介する。


VIE Presents Neuro Music - Dive Into Your Brain

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◯スピーカー(敬称略)

Licaxxx(DJアーティスト)

田中堅大(サウンドアーティスト / 都市音楽家)

藤井進也(慶應義塾大学 環境情報学部 准教授 / VIE株式会社 Chief Music Officer)

モデレーター:岩波秀一郎(MUTEK.JP General Director)

「VIE Presents Neuro Music - Dive Into Your Brain」では、音楽と脳科学の関係に焦点を当て、新しい音楽のつくり方が議論された。ドラマー/研究者の藤井進也とサウンドアーティスト/都市音楽家の田中堅大は、ニューロテクノロジーの社会実装を進める株式会社VIEとして新たなアプリケーション「VIE Tunes」を昨年リリース。

画像1 VIE Tunes / ヴィーチューンズ(脳をととのえる音楽アプリ)

脳のリズムに変化をもたらすことが科学的に立証されたニューロミュージックをとおして、ユーザーが「ととのう」状態、ウェルビーイングを届ける本サービスに、DJ/ビートメーカーのLicaxxxは楽曲提供をしている。本楽曲が初めて発表されたイベント「ZEN NIGHT WALK KYOTO」(京都・建仁寺)は今夏、3万人を動員。伝統的な寺院空間にニューロミュージックを展開する試みを行った。

脳や認知など人間の主観を扱う科学が進歩することに合わせて、かつては人文科学領域であった音楽が自然科学として神経科学と邂逅した背景を紹介する藤井。音楽家の脳を巨大な装置で分析し符号化する研究、1960年代以降に登場したアルヴィン・ルシアーやデヴィッド・ローゼンブームによる「脳波系から音楽をつくる」アプローチを経て、現代は本当の意味でニューロミュージックが民主化された、科学と表現が融合したときであるという。

また、都市に広がる視覚現象を聴覚現象に変換するような、音楽の新しい方法論にかねてより強い関心を持つ田中は、ニューロミュージックを「脳波の任意の帯域(デルタ波からベータ波)を増強・減衰するためにデザインされた音楽」と説明する。集中やリラクゼーションなど、身体や精神への影響と同時に、空間との関わりもふまえた社会性や意味性を伴わせる音楽づくりへの意欲を示した。

画像2 by Shigeo Gomi

トランステック(トランスフォーマティブテクノロジー:情報技術に脳科学や心理学などを組み合わせ、人間の心身の成長をサポートする技術)として進化が進むニューロミュージック。VIEが開発したツールやプラグインを用いて作曲をしたLicaxxxは、つくり手としての自身の直感が科学的な理論と結びつく、新しい楽曲制作スタイルが自然と浸透していく可能性を感じたという。音楽という行為や音楽理論のあり方そのものが更新されることで、ニューロミュージシャンとも言うべき新たなアーティスト像や職能の登場を示唆するセッションとなった。

バーチャルヒューマンの進化と未来:境界を溶かす新しいファン体験

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◯スピーカー(敬称略)

守屋貴行(株式会社Aww 代表取締役社長)

大阪武史(Activ8株式会社 CEO&Founder / KizunaAI Producer)

下桐希(KDDI株式会社 先端技術研究本部 応用技術研究2部エキスパート)

安藤摂(株式会社Mawari Senior XR Producer)

モデレーター:松尾直輝(Animoca Brands Japan / Head Of IP Business)

「バーチャルヒューマンの進化と未来:境界を溶かす新しいファン体験」では、バーチャルヒューマンがもたらす新たなエンターテインメントやビジネスについて議論が展開された。株式会社Awwの守屋貴行は、自社の「社員」であり、パーソナリティ、モデル、デザイナーなど多彩の活躍をみせるバーチャルヒューマン「imma」を紹介。AIと3DCGを融合させたバーチャルヒューマンというIPを起点にした、SNSやライブ配信におけるストーリーテリング、ファンダム形成の潮流を伝えた。

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画像:株式会社Aww(https://aww.tokyo

韓国や中国では急速にバーチャルヒューマンが普及しているという。Activ8株式会社の大坂武史は、自社に所属する音楽アーティストでバーチャルYouTuberの「キズナアイ」(https://kizunaai.com)の事例を挙げ、キャラクターがタレント活動を行う新しいメディアミックスを示した。制作、配信、検証、企画など自社で培ったコンテンツサイクルのノウハウや高精細なモーションキャプチャ技術などを活用しながら、「すとぷり」や「ワンピース」「刀剣乱舞」などの作品世界を伝える、現実とバーチャルが融合した新たなファン体験を生み出している。

KDDI株式会社の下桐希は、高品質なクラウドレンダリングと3Dでのリアルタイム配信を可能にした「αU live」を紹介。1万人の参加者が1万通りのアングルでバーチャルイベントを楽しめるというもので、バーチャル舞台劇やオーケストラのリアルタイム配信への応用、事業者向けのAPI展開を視野に事業を進めている。

株式会社Mawariの安藤摂は、映画「ブレードランナー」で描かれた世界観の到来が近いと予測。車を運転しながらXR体験ができる、メガネのなかにスマートフォンの機能が組み込まれている、そのような日常が実現していくなかで重要となる観点が「Sense of Presence(そこにいるかのような感覚)」だ。XRとAIが融合した先に現れるバーチャルヒューマンの「人間らしさ」とはなにか。脳科学、認知科学的なアプローチも併せて空間コンピューティングの社会実装を進めていくという。

Special Spatial presents 街とXRが生み出す新しい体験価値:Location Based Experienceとは?

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◯スピーカー(敬称略)

白石淳二(株式会社ナイアンティック 事業開発部門シニアマネージャー)

毛利英昭(株式会社Meta Osaka 代表取締役)

モデレーター:谷田部丈夫(株式会社Mawari Co-Founder & Chief Futurist Officer)

バーチャルとフィジカル、双方の空間体験をシームレスに接続するアプローチである空間コンピューティングに迫ったセッションが「Special Spatial presents 街とXRが生み出す新しい体験価値:Location Based Experienceとは?」だ。

株式会社ナイアンティックの白石淳二は、同社がゲームやコンテンツをつくる目的が、人々を屋外に誘い、街をより楽しめるようにすることであると語る。2021年に無料公開された3Dスキャンアプリ「Scaniverse」や、同社が展開する各種コンテンツから集約された膨大な地理データなどと併せて、場所やオブジェ、それらにまつわる人の記憶をひとつなぎにする試みがなされている。

その最新の取り組みとして、ナイアンティックは2024年11月、空間コンピューティング技術を統合したプラットフォーム「Niantic Spatial Platform(NSP)」という、屋外ARグラス向けに構築された新たな3Dデジタルマップを発表。100万か所以上のVPS(Visual Positioning System:カメラから取得した画像情報を用いて位置を特定する技術)情報をもとに、モバイルからARグラス、MRヘッドセットまで幅広いデバイスと現実空間を介したXR体験の開発環境を提供している。

また、都立明治公園の来園者に没入感のあるAR体験を提供する「Niantic Park」が今秋より始動したことをはじめ、都市計画や考古学、地質学、映画、ゲーム、アートなど、多様なコンテンツ展開を模索しているという。株式会社MetaOsakaの毛利英昭は、大阪を「世界一おもろい都市(まち)」にするというビジョンを掲げ、10代の若者がグローバルに活躍できる環境づくりとしてメタバースやeスポーツを大いに活かしていきたいと語る。「フォートナイト」上に大阪の街を再現し、子どもたちが街づくりを擬似体験する、メタバースでゲームのアイデアをかたちにしてクリエイターとしての原体験をつくる、eスポーツのプロアスリートとの交流の機会をつくるなど、子どもたちの夢を育て盛り上げていくイベントを重ねているという。

日本初のeスポーツ施設「eスタジアムなんば本店」は中学校の出席認定制度の対象施設に採用され、同施設内に立ち上げた「メタバースサロン」とXRストリーミングスタジオ「SPATIAL STUDIO OSAKA」は、地域住民、行政、子どもから大人まで世代を超えた交流の場として活用されている。「マイクラ」や「異世界」などの世界観に触れて育った子ども世代がこれからの社会にどんどん増えていくなかで、現実の空間をバーチャル上の仲間と同時に共有するような、空間コンピューティングの環境が整えられつつある。

Web3の未来予測:DePIN革命とトークン経済の新時代

◯スピーカー(敬称略)

天羽健介(Animoca Brands Japan 副社長COO)

館林俊平(KDDI株式会社 事業創造本部 Web3推進部部長)

谷田部丈夫(株式会社Mawari Co-Founder & Chief Futurist Officer)

モデレーター:伊藤富有子(0x Consulting Group / Alliance BD & PR)

「Web3の未来予測:DePIN革命とトークン経済の新時代」では、Web3がもたらす社会変革と、DePIN(分散型物理インフラネットワーク)の可能性について議論がされた。DePINとは、サーバーやハードウェアなど従来では大手企業が一極集中で提供していた物理的なインフラサービスを、ブロックチェーンとトークンによるインセンティブを活用し、世界中のユーザーコミュニティ全体で構築・運用する代替システムのこと。DePINに基づくアプリケーションとして以下のような実例がある。

Hivemapper ドライブレコーダーから収集される走行データをもとに、より新しく詳細な地図情報を提供するサービス。ユーザーが提供する地図データへの報酬としてトークンが支払われるもの。

Filecoin ユーザー同士でストレージスペースを貸し借りできるクラウドサービス。分散型であることから、従来のサーバー障害や外部からの攻撃への耐性が高くなる。

Helium 自宅にホットスポットを設置して個人が保有するネットワークを提供・共有するサービス。全世界に100万箇所もの規模で広がっており、ユーザーは5Gネットワークを低価格で利用可能。

PicTrée 電柱やマンホールといった電力設備の保守点検をゲーム形式に置き換えたサービス。ユーザーが撮影したデータへの報酬として商品と交換ポイントを提供する。

既存インフラのコスト問題や中央集権的なリスクを解消する新しいアプローチとして注目されるDePIN。Mawariの谷田部丈夫(Co-Founder&Chief Futurist Officer)は、高精細な3Dデータを伴うリアルタイムコミュニケーション―3Dインターネット時代のための分散型インフラを自社で構築しているという。GAFAMをはじめとするビッグテックによるインフラ整備を待つのではなく、コミュニティ主導で社会インフラを構築することに未来があるとし、90年代に提唱された「スーパーハイウェイ構想」のような世界的な規模のネットワークを現代的に実現しようとしている。参画するユーザーやコミュニティが広がることで、前述したような既存のインフラプレーヤーと合流し、共創関係が生まれる未来も想定しているという。

KDDI株式会社の舘林俊平は、「バーチャル渋谷」や「デジタルツイン渋谷」、NFT流通を可能にする「αUマーケット」や「αU Wallet」などを通じてWeb3やオープンメタバースのネットワークを積極的に推進してきた。ここ数年でWeb3環境の整備は進んでいるものの、代表的なアプリケーションがまだないこと、新規参入者でも100〜200万規模のコミュニティを築ける可能性を述べた。「Web3のマスアダプションを加速する」ことをミッションに、国内外のWeb3プレーヤーたちのサポートを行うAnimoca Brands Japan(Animoca Brands株式会社)の天羽健介は、Web3を「30年ぶりのインターネット革命」と位置付ける。分散型の思想がコミュニティ形成に与える影響を強調し、トークンはあくまで手段と捉えながら、既存の制度やルールとの調整、企業間の連携やそのハブとしての役割を日本が牽引することに期待を寄せた。

バーチャルヒューマンとのリアルタイムトークセッション

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会期中には、Mawariの創設者/CEOであるルイス・オスカー・ラミレスと、バーチャルヒューマン「MIYAKO」による世界初リアルタイムトークセッションのデモが実施された。「木星」からオンライン参加したMIYAKOとの対話を通じて、ラミレスは新しい技術とプラットフォーム、そこから始まる新しい社会構造について想いを述べた。ラミレスと一部のオーディエンスはMeta Questを通じて、MIYAKOと空間を共有している。

「インターネットの発展の先に、3Dメディアによるコミュニケーションの時代がくると確信してMawariを立ち上げましたが、当時のネットワークは2Dメディアのためのもので、われわれが思うデータ形式や大きさ、速度を叶えるものではありませんでした。レンダリングのノードやサーバーを地理的に分散する必要があり、何千ものインフラプロバイダーと連携しないといけない。そこで、独自の3Dストリーミングや分割レンダリングの技術をつくり、その基盤をDePINという仕組みで構築しようと思ったのです。『DePIN for Spatial Computing』は複数のノードで成り立っていますが、われわれが世界公開したのは、すべてのトランザクションが実際に実行されていることを確認するガーディアンノードです。ここに多くのユーザーが参加してもらうことは、空間コンピューティングのインフラを強くすることでもあり、Mawariにとっての資金調達のひとつでもあり、みなさんにとっての経済活動のひとつでもあります。江戸時代の大阪では米が通貨であったように、現代には現代ならではの『プロトコル』を介した文化・経済活動があるはずです。DePINの概念は、世界中の人々の働き方や、ステークホルダー間の関係性を変えることになるでしょう」(ラミレス)。

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さまざまなセッションを通して、テクノロジーによって人間の創造性や社会システムがどのように変容しているのか、あるいは今後どのように変わりうるのかという問いが提示されたMUTEK.JP Pro Conference。音楽やデジタルアート、エンタメといった表現領域のみならず、身の回りの生活や消費行動、資本主義構造そのもののあり方まで、あらゆる価値観の再定義を予感させた。

ETERNAL Art Space Exhibition

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渋谷ヒカリエで実施された「ETERNAL Art Space Exhibition」は、大型スクリーンやマルチチャンネルオーディオ、サラウンドライトなどでホール全体を包んだオーディオビジュアルインスタレーション。オーディエンスはホール空間のなかで座る、寝転ぶ、立ち位置を変えるなど、思い思いの姿勢で作品に臨んだ。黒川良一は、建築や遺跡、自然、戦争などをモチーフに、イメージとサウンド、視点と時間軸を独自に再構成した世界観を提示した。また、イタリア・トリノを拠点とするメディアアーティストのSPIME.IMとAKASHAは、過度な企業支配や軍事的プレゼンス、環境汚染などによって傷ついた都市をモチーフに、トランス/マルチメディア的な手法で、芸術と社会の境界を問う作品を見せた。

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カナダのマルチメディアスタジオMoment Factoryによる「Photomaton 2049」は、AI技術を活用したフォトブース型のインスタレーション。AIが参加者の姿を未来のイメージに変容させ、まるで異なる時空の自分と対面しているかのような体験を提供する。学習データに潜むバイアスや文化への影響といった現代的な問題提起も込められており、未来社会におけるAIの役割を考察させる作品でもある。生成されたイメージの数々は、SNS上のハッシュタグ #momentfactoryjapan から追うことができる。

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テクノロジーが加速度的に進化し、人間の創造性や社会の在り方を変えつつある現代の姿をオーディエンスの知覚に訴えかけた「ETERNAL Art Space Exhibition」や「Photomaton 2049」。MUTEK.JP Pro Conferenceは、インスタレーションやカンファレンスをとおして、変容する社会の気風を感じさせる3日間となった。

(文/長谷川智祥)

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