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2025.05.14
レポート
“知”を興奮させる書店「magmabooks」とは? 虎ノ門に新たに生まれた、問いと創造の交差点Glass Rockに潜入
2025年4月、東京・虎ノ門ヒルズの新たなエリア「Glass Rock(グラスロック」が全面開業した。森ビルが長年にわたり推進してきた虎ノ門ヒルズ再開発の一環で、「森タワー」と「ステーションタワー」の中心に位置するこの施設は、歩行者デッキが貫通する構造を持つ地上4階・地下3階の複合施設である。東京メトロ「虎ノ門ヒルズ駅」とも直結し、街の賑わいを創出すると同時に、エリア全体の回遊性を高めている。
グラスロックの最大の特徴は、クロスセクターで社会課題の解決を目指す拠点「Glass Rock 〜Social Action Community〜」(以下、Glass Rock)の存在にある。少子高齢化や気候変動、貧困・格差、ジェンダーなど、複雑化する社会課題の多くは、もはや単一の組織や領域だけでは対応が困難だ。官民や営利・非営利の垣根を越えた連携を実現する場として、霞ヶ関(官公庁街)、新橋・赤坂(ビジネス街)に隣接する虎ノ門は、極めて好適な立地である。多様なプレイヤーが参画する創発コミュニティから、課題解決に向けたイノベーションを創出し、持続可能な社会の実現を目指していく。
Glass Rockは、単なるオフィスビルや商業施設ではなく、社会課題の解決に向けた出会いと実践のプラットフォームとして構想された。コミュニティメンバーに限らず、一般来訪者も社会課題への気づきを得たり、新たな「知」と出会ったりできるよう、さまざまな仕掛けが施されている。常設のギャラリーや、本の選定から読後体験までを包括する新型書店「magmabooks」など、多彩な機能によって新たな「知」を生み出す拠点の姿を紹介したい。
共創を生み出すためのハードとソフト
Glass Rockの中核をなすのは、「つながる」「まなぶ」「ひろげる」という3つの機能である。発信法人パートナーと共創パートナーが利用する「Partners Lounge」、すべてのカテゴリーの会員が利用できる「Members Lounge」および「Gallery」を拠点に、これらのアクションが実践されていく。
まずは「つながる」。クロスセクターの利点を最大限に活かすため、通常のコミュニティマネージャーに加え、「共創コーディネーター」と呼ばれる人材が配置されている。官公庁と民間の双方で経験を持つ2名のコーディネーターが、プロジェクトの推進に必要な人や団体を積極的につなぎ、スピード感をもって共創の実践を後押しする。単に「場を開く」にとどまらない、深いつながりが生み出されていくだろう。
次に「まなぶ」。Glass Rockでは、実践的な学びの機会として、6ヶ月単位で実施される法人パートナー向けプログラム「Takeoff Program」や「X Roadmap」を展開している。いずれのプログラムも、社会課題の現場で活動する共創パートナーとともに、解像度の高い事例を共有しながら、現実的なアクションへと落とし込むことを目的としている。
こうしたプログラムが実施される空間にも、さまざまな工夫が凝らされている。「Partners Lounge」にはバーカウンターを備えたオープンスペースが併設されており、ゲストとホストの垣根を越えた偶発的な会話が生まれやすい設計となっている。プログラムやパートナーの視点が反映された書籍が並ぶライブラリーなど、人・アイデア・アクションを結びつけるための仕掛けが随所に施されている。
最後は、Glass Rockでの実践を外部へと展開し、新たな共感を生み出すための「ひろげる」仕掛けである。「Members Lounge」に併設された音声コンテンツの収録スタジオや、活動を可視化する「Gallery」など、アウトリーチの手段も充実している。コミュニティ内にとどまらず、常に外部に開かれた姿勢を持つことで、真の社会課題解決を目指している。
知がめぐる新型書店「magmabooks」とは?
グラスロックには、フラワーショップや眼鏡店など、一般利用者が気軽に立ち寄れる店舗も入居している。なかでも、Glass Rockの思想やプログラムと深く連動しているのが、丸善ジュンク堂書店による新業態の書店「magmabooks(マグマブックス)」である。
「知は熱いうちに打て」をコンセプトに掲げるmagmabooksは、グラスロックの2〜3階に展開している。単なる情報収集の場ではなく、問いと対話を促す“知的体験のための空間”として設計されており、本を読む前・読んでいる最中・読み終えた後に至るまで、知的興奮をじっくり味わい尽くせる仕掛けが随所に施されている。
2階の書棚エリアは、本との偶発的な出会いやインスピレーションを誘発する「知の森 – Forest of Knowledge –」。過去・現在・未来という3つのパートに分かれており、既存のジャンルにとらわれず、テーマに基づいた横断的な選書が行われている。また、入口では「地球は何かの実験台なのか?」「私たちは沈黙に耐えられないのはなぜだろう?」といった“問い”が記された「問い散歩カード」が配布されている。このカードを片手に書棚を巡ることで、まるで森を散策するように、自らの問いを深めながら思考を掘り下げていくことができるのだ。
文芸作品から引用された「言葉の雨」を横目に階段を上ると、3階には通常の書棚に加えて、創造性を高め、インプットからアウトプットまでを支援する有料ラウンジ「magmaLOUNGE」が併設されている。
没入のための〈FOCUS〉ゾーンには、ハニカム構造の半個室席が並び、ニューロミュージックや最適化された照明によって、深い集中状態を支援する。対照的に、思考をゆるやかにほぐす〈CALM〉ゾーンでは、水の滴る音が静かに響き、淡い光を湛えたオブジェが空間の中心を成している。このオブジェは、日本庭園の技法である「水琴窟」に着想を得て制作されたもので、ヤマハとクリエイティブ集団Konelの協業により生まれた。ヤマハの音響技術とKonelのデザインが融合し、自然現象が生み出す音の美しさを再現することで、来訪者に深いリラクゼーションを提供している。
本との出会いによってマグマのように加熱された知を、〈FOCUS〉で研ぎ澄まし、〈CALM〉で静かに定着させる──magmabooksは、これまでの書店のあり方を拡張し、本と出会った“その後”の知的循環まで支援する書店である。Glass Rockのコンセプトと連動した選書にも取り組みながら、「本屋」という存在の再定義に向けた実践が始まっている。
またmagmabooksでは、創造性をさらに深める取り組みとして、異なる分野の企業と連携したパートナーシップ「magmalab(マグマラボ)」も合わせて始動。“Creative Science”をキーワードに、知的興奮を持続的なアウトプットへと導くための実験的な共創の場として機能しており、空間音響設計を担うヤマハ、人に優しい光を追求するカネカ、ニューロミュージックを研究するVIE、体験設計を手がけるKonel、そして科学者とアーティストをつなぐ知財図鑑など、領域横断型のパートナーが参画している。
虎ノ門に集うプレイヤーたちの新しい共創
Glass Rockが誕生した背景には、「人・知恵・技術・資金」が集まる都市だからこそ、経済価値と社会価値の両立による課題解決が可能になるという、森ビルの思想がある。世界では、企業が地域住民にSTEM教育の機会を提供したり、食品メーカーがフードロスに関する学びの場を設けたりといった取り組みが、結果的に企業への信頼や評価の向上につながる事例も生まれている。短期的な利益の追求ではなく、立場の異なる人々が共通のビジョンを掲げ、それぞれのナレッジやノウハウを持ち寄ること――それこそが、クロスセクターの成功を導く鍵となる。
2025年4月7日に開催されたGlass Rockメディア内覧会では、Glass Rockに参画するパートナーとして、世界13カ国で50の社会課題解決事業を手がけるボーダレス・ジャパンや、こども食堂を展開するNPO法人 全国こども食堂支援センターの担当者が登壇。ソーシャルビジネスや社会課題解決の最前線で活動してきた立場から、多くのアクターがフラットに出会い、小さくても具体的なアクションを始めることの意義を語り、Glass Rockコミュニティへの大きな期待を寄せていた。
これからの未来を見据えて、動き始めたばかりのGlass Rockコミュニティ。虎ノ門という大都市の中心で、産官学民を越えた多様なプレイヤーが、そして書店やギャラリーを訪れた誰もが、各々の「知」を共鳴させながら社会を変えていく——そんな光景が生み出されようとしているのだ。
TEXT:Yoshihiro Asano