No.450
2021.10.15
世界最高水準の性能と汎用性を持つスーパーコンピュータ
富岳
概要
「富岳」とは、世界最高水準の性能を持ちながら、一般的なソフトやアプリケーションとの互換性を持つスーパーコンピュータである。2020年6月には、演算速度性能・アプリケーションの実行性能・AI向けの計算性能・ビッグデータ解析性能の4部門で、世界第1位の評価を獲得。活用の際に専用プログラムを作り込む必要がなく、一般的な汎用ソフト・アプリケーションの最大性能を引き出すことができる。スーパーコンピュータの開発ではハードの性能向上が目的となりがちで、作っても使われないケースがあったが、富岳では性能と共に使いやすさを追求し両立している。富岳は、宇宙起源解明などの基礎研究、医療・創薬、防災・環境、技術開発と広い領域での活用が想定されており、社会課題の解決や長年の謎の究明、技術革新を促すと期待される。
実現事例 実現プロジェクト
津波の浸水予測を行うAIモデル
「津波の浸水予測を行うAIモデル」とは、沿岸域の津波浸水をリアルタイムに予測するAIのモデル(計算式や計算方法)。富岳で多数の津波シミュレーションを行い、そこで得られた沖合での津波波形と沿岸域の浸水状況を教師データとしてAIを機械学習させ、浸水予測を行うAIモデルを構築した。東北大学災害科学国際研究所、東京大学地震研究所、富士通研究所が共同で開発した。AIモデルは、シミュレーションとAI学習の双方に性能を発揮できる富岳の特長を活かし、沖合で観測した津波波形から陸域の浸水状況を粗い解像度で概算するAIと、概算した浸水状況を高解像度化するAIの2段階構成で開発。富岳でシミュレーションを行い生成した教師データを、そのままAIに学習させることで、AIの構築を効率化した。従来の津波浸水予測では主に、シミュレーションやデータ解析をスーパーコンピュータで行っており、システム構築や運用が課題となっていた。汎用性を持つ富岳を用いた本AIモデルは、一般的なパソコンで使用でき、多様な津波シナリオに対し、数秒間で浸水予測が可能。今後3者は、本AIモデルの実用化に向けて技術拡張などを行い、国内外の津波防災対策に貢献していくという。
AIによる津波予測のイメージ図
新型コロナウイルスの治療薬候補を探るIT創薬研究
「新型コロナウイルスの治療薬候補を探るIT創薬研究」とは、新型コロナウイルスの感染を阻害する分子機構(分子の構造やしくみ)の解明と、治療薬候補となる阻害化合物を探る研究プロジェクト。富岳で、時間変化や環境変化を反映した分子レベルのシミュレーションを行い、治療薬の早期開発を目指している。富士通Japanと東京大学先端科学技術研究センター山下雄史特任准教授の共同研究で、2021年6月~2022年3月まで実施を予定している。新型コロナウイルスなどは、人の細胞表面のタンパク質にウイルスのタンパク質が結合することで細胞内に取り込まれ、細胞内でウイルスRNA(遺伝物質)を放出しコピーを行いながら細胞の機能を乗っ取り、ウイルスタンパク質を増殖させる。そのため感染対策には、ウイルスタンパク質と結合し活性化を抑制する阻害化合物が有効とされている。共同研究ではまず、ウイルスタンパク質に強く結合し維持できる分子機構を解明するため、富岳で三次元構造モデルを生成。阻害化合物候補が、ウイルスタンパク質のどの位置にどの向きで結合できるかなどのシミュレーションを実施。同モデルを動かしながら、体内の環境下での時間に応じた形状変化やエネルギー量などを追跡し、体内で安定的に効果があるかを検証する。また変異株対応として、富岳でウイルスタンパク質のアミノ酸配列に変異を加えたシミュレーションを実施し、阻害化合物との結合の影響を検証する。前身のスーパーコンピュータ「京」のシミュレーションは、事前に作成した静止画を動かすレベルに留まっていたが、富岳ではデータ入力後から動的なシミュレーションが可能。共同研究では、富岳でシミュレーションを重ねることで将来的にも有効な治療薬の開発を目指すという。
ウイルスタンパク質と阻害化合物の時間に応じた形状変化やエネルギー量などを追跡するシミュレーション
変異株の性質予測
なぜできるのか?
専用CPUの開発
コンピュータの処理・制御を担い、計算速度を左右するCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)を、理化学研究所と富士通が共同で開発。従来型のCPUでは、データを記憶するメモリやネットワークを、プリント基板(絶縁層の板に配線などを配置した部品)でつないでいる。そのため、プリント基板で処理時間を要し、それぞれの性能が高くても力を発揮しにくい状況があった。富岳では、CPU内部にCPU同士をつなぐネットワーク機能「TofuD」を設置、メモリはシリコン基板でCPUと一体化し、計算・処理速度を向上させた。富岳には同CPU が15万8,976個使われており、アプリケーションの実行性能は、前身のスーパーコンピュータ「京」(稼働当時のCPU約8万個)の最大100倍超に到達している。
汎用性を持つCPU命令体系の採用
CPUを動作させるための命令セットアーキテクチャには、スマートフォンなどに搭載されているCPUと同様のArm社仕様を採用。富岳ではArm社仕様の命令セットを応用し、独自のCPUを開発している。Arm社仕様命令セットはスマートフォンを始め、タブレットやゲーム機などで世界中で利用されており、汎用ソフトウェアやアプリケーションを動かすことができる。富岳では、使いやすさの追求の中でArm社仕様を採用し、既存ソフトやアプリとの互換性を高めている。
性能発揮・安定稼働を支える設備
CPUなどの半導体回路は、30℃を越えるとエラー発生率が上昇し計算効率が低下するため、温度管理が可能な専用設備を設計。高速計算を行う富岳のCPUからは、80kW/㎡以上(家庭用電気ストープ80台分の熱が1㎡に集中するレベル)の発熱があり、冷却しないと1,000℃超に達する。そのため富岳では、CPUの搭載システム上に、冷却水を流せる銅製の装置を設置。また、CPUで温められた水を冷却できる熱交換器を増強し、熱交換器で使う水を冷やすための冷凍機も追加で設置した。専用設備により、CPUで温められた水は配管を通って熱交換器に送られ、冷やされた水は再度CPUに戻るという、継続的な冷却を実現している。
作る側と使う側によるCo-design
富岳の開発は、ハードウェアの開発チームと、富岳を使用するためのソフトウェアの開発チームが、お互いの要望や意見を出し合いながら進める設計手法「Co-design(コデザイン:協調設計)」で実施。Co-designによって、富岳のターゲットアプリケーションの選定、特性に合わせたシステム設計、システムに合わせたユーザー目線でのアプリケーション開発などを行った。様々なユーザに対して富岳がいつでも性能を発揮できる状態を目指し、1,200回超の会議を重ねて富岳を完成させた。
相性のいい産業分野
この知財の情報・出典
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Top Image : © 国立研究開発法人 理化学研究所