No.1181
2026.08.04
宇宙での食料自給を支える、月面農業に利用可能な窒素固定技術
プラズマによる窒素固定

概要
「プラズマによる窒素固定」とは、月面の土壌(レゴリス)での持続可能な、月面農業の実現に向けた窒素固定技術。NASAのアルテミス計画やJAXAによる月面拠点構想の進展により、月面での長期有人活動を支える食料生産技術の開発が重要な課題となっている。しかし、月の表面を覆うレゴリスと呼ばれる土壌には、地球の土壌のように動植物の遺骸(有機態窒素)がほとんど含まれていない。東北大学の研究グループは、「低温プラズマ技術」と呼ばれる空気と水から効率的に窒素肥料成分を生成できる技術に着目。研究チームは、低温プラズマを使って空気から生成した窒素化合物「五酸化二窒素(N2O5)」を水に溶かしたN2O5溶解水を使用してイネの栽培を実施し、イネの生育が大きく向上することを実証した。N2O5は窒素肥料としての役割に加え、植物免疫力の活性化や徒長の抑制効果もあり、閉鎖環境での食料生産技術として有望であることを示した。この成果は科学誌npj Microgravityに2026年5月2日付けでEarly Access版として掲載された。
なぜできるのか?
月面での生産を可能にする「低温プラズマ技術」
NASAのアルテミス計画やJAXAの月面拠点構想の進展により、月面での人間の長期滞在を支える食料生産技術の開発が重要な課題となっている。しかし、月の表面を覆うレゴリスと呼ばれる土壌には、地球の土壌のように動植物の遺骸(有機態窒素)がほとんど含まれていない。そのため、植物の成長に不可欠な窒素源である硝酸態窒素やアンモニア態窒素が不足しており、そのままでは作物の栽培が困難な状況となっている。このことから、月面での食料生産のためには、現地で窒素肥料を効率的に作り出す新しい技術が求められていた。東北大学の研究グループは、空気と水から効率的に窒素肥料成分を生成できる「低温プラズマ技術」に着目。プラズマは、空気中の窒素や酸素、水蒸気を電気エネルギーで活性化させ、さまざまな反応性分子を作り出すことができる。研究グループはこれまでに、プラズマ技術を用いて空気から窒素化合物を生成し、特に五酸化二窒素(N2O5)を高効率に合成する技術を開発してきた。N2O5は、一酸化窒素(NO)や二酸化窒素(NO2)と比較して、水に効率よく溶解し、硝酸イオン(窒素肥料の主成分)に変化することができる物質で、そのため、現地での窒素肥料生産に適している。
イネを栽培する実証実験でイネの生育が大きく向上することを実証
研究では、N2O5(五酸化二窒素)を水に溶かしたN2O5溶解水を使用して、月レゴリスに近い人工的に作られた月レゴリス模擬土壌でイネを栽培した。その結果、一般的な水を与えた場合と比較して、イネの成長が大きく向上することが確認できた。また、N2O5溶解水は窒素肥料の供給源となるとともに、アルカリ性のレゴリスを中和し、カルシウムやマグネシウムなどの必須ミネラルの溶出を促進すること、有害なアルミニウムイオンの溶出を抑制することが明らかになった。さらに、植物の窒素取り込み関連遺伝子の発現が増加し、生育が大きく向上することが確認された。N2O5溶解水で育てたイネにN2O5ガスを直接噴霧する実験では、病害抵抗性に関わる遺伝子が活性化し、植物の防御システムが強化されることが分かった。それと同時に、宇宙や月面の低重力環境で問題となる徒長を抑える効果も確認できた。徒長とは、植物の茎や葉が光を求めて過剰に伸びる現象で、月面や宇宙の低重力環境では、重力の影響が小さいため徒長が起こりやすく、作物の収穫量や品質に影響を及ぼす可能性があるものだった。イネの重さや密度の比較からN2O5溶解水とN2O5ガス処理を組み合わせることで、より効率的な成長制御が可能になるとされる。これらの結果から、N2O5は窒素肥料として機能するだけでなく、月面などの過酷な環境下において植物の健全な育成を支えることができると示唆されている。
実用的な月面農業システムへの発展
月の土壌に不足しているリンなどの他の栄養素を効率的に供給する方法と組み合わせることで、より実用的な月面農業システムへと発展させられることが期待できる。月レゴリスに含まれている不溶性リンを溶かし出す特定の微生物とプラズマ合成N2O5溶解水を組み合わせる研究も計画されており、将来的には、水や空気の供給、排泄物の再利用など、他の生命維持システムと連携した閉鎖系での「月面農場」の実現を目指すとしている。また、このプラズマ技術は、再生可能エネルギーで稼働でき、月面での食料生産を支える重要な技術となることが期待される。さらに、地球上でも持続可能な農業や窒素肥料生産に伴う環境負荷の低減にも貢献する可能性を秘めている。
相性のいい産業分野
この知財の情報・出典
この知財は様々な特許や要素技術が関連しています。
詳細な情報をお求めの場合は、お問い合わせください。
Top Image : © 東北 大学

