創業100年の黒板メーカーが語る、教育の未来と“黒板のない世界”へのアップデート
-INNOVATOR INTERVIEW- 坂和寿忠(株式会社サカワ/代表取締役社長)

スマートフォンの登場やテクノロジーによる日常生活の変化は、多くの人々が実感しているはずだ。しかし、教育現場に関してはどうだろうか?先生が黒板にチョークで文字を書き、生徒たちに内容を教える。親世代から見ても、かつて自分たちが経験した授業形態や先生・生徒が使うツールにおいては、ドラスティックに変わっていないのではないだろうか。今回は老舗黒板メーカーでありながら、斬新な切り口で次々と教育現場を変えるツールを生み出している株式会社サカワの代表・坂和寿忠さんに、教育×テクノロジーの可能性と「学びの未来の形」を伺った。

▼アナログな黒板をデジタルの力で変えていく

—サカワの事業内容と、坂和さんが代表になられてから特に力を入れている取り組みについて教えてください。

サカワは1919年に愛媛県松山市にて創業し、100年以上学校の黒板を作り続けてきた会社です。現在は東京・広島にも拠点を持ち、黒板以外にも木材加工の技術を活用したアート作品の修復やカンボジアでの学校建設等の活動をしてきました。自社の技術を活かしながら教育業界を縁の下から支えてきた会社だと自負しています。
ただ一方で、黒板は、“チョークで書いて消して、書かれた内容を共有する”もので、機能自体はずっと昔から変わっていません。機能が変わらないので価格競争が起こりやすく納品先である学校も減少傾向のため、黒板業界自体が斜陽産業のような形になってきているというのが実態ですね。

サカワの前身である「坂和式黒板製作所」の外観(画像提供:サカワ)

僕が入社したのは10年ほど前で、その時にはすでに黒板の価格は低下していました。「このままじゃまずい」と思い、デジタルの力で黒板を進化させる取り組みを特に強化しています。黒板の良い点は残しつつ、デジタルの力をプラスして付加価値をつけるイメージですね。その発想から、教材を黒板にプロジェクターで投影することができるハイブリッド黒板アプリであるKocri(コクリ)や、1台で黒板全面に投影できるワイドサイズのプロジェクターワイードが生まれました。

ハイブリッド黒板アプリ「Kocri」(画像提供:サカワ)
黒板用ワイドサイズプロジェクター「ワイード」(画像提供:サカワ)

—一見デジタルとは縁遠く感じる黒板事業ですが、テクノロジーを活用した製品を思いつくまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

元来、”黒板屋”とはアナログな事業です。いわゆる「職人が伝統工芸的に手作りで製造して納品する」というビジネスが基本でした。けれど、自分自身は学生の頃からデジタル機器が当たり前にある生活を送っていたので、「日常的に触れているテクノロジーを自社の事業にも生かせないか?」という率直な考えがデジタルを取り入れようと思ったきっかけです。アナログな事業をやり続けることは、時代的に厳しいなとも感じていました。

デジタルに関する取り組みは、「何か黒板に関連するアプリを作りたい」というところからスタートしました。けれど、社内に作れる人もノウハウもなかったので、以前から注目していた「面白法人カヤック」さんに「黒板を生まれ変わらせたい!」とお願いして開発したんです。実は、この時点で社内の人にもほとんど誰にも相談していませんでした(笑)。そのうえ当初見積もりを依頼したら数千万円必要だと言われ、当時の会社の売上からすると無茶な投資額でした。でも、僕はどうしてもやりたかった。当時僕はサカワで営業をやっていたので、自分で開発費用を確保するなら文句は言われないだろうと思い、必死で案件をとってきて実現までこぎつけたんです。

職人による黒板作りの様子。高い品質と用途に合わせた幅広いラインナップがサカワの黒板の特徴だ(画像提供:サカワ)

デジタル化は坂和さんの熱意のこもった取り組みなんですね。そのデジタルを取り入れた最初のプロダクトが、黒板と先生のスマートフォンを連携させる仕組みの「Kocri」ですが、黒板を活かしつつ身近なスマホを組み合わせた発想が面白いです。

「Kocri」のアイディアの元となったのは、東京駅のプロジェクションマッピングです。実際に見た時に「黒板にプロジェクションマッピングができたら面白いかも!」と思いつき、「Kocri」のアイディアが生まれました。自身が身近で触れたものと、自社の事業のアイディアを組み合わせて形にしてきたのだと思います。

デジタルの活用はどの業界でも急がれていますが、実際にツールを使用する現在の教育現場の課題はありますか。

いろいろあるのですが‥‥(笑)、まず第一に思い浮かぶのは、とにかく忙しくて時間がない先生が多いことです。朝7時に校門を開けてから、授業に部活動に時間に終われ、最後の生徒を送り出してからも次の日の授業の準備をしてといった繰り返しで、本当に時間がないんです。そんな状況が、パソコンやデジタルツールのリテラシーを高めたり、新しい情報を得る時間が捻出できないことにもつながってしまいます。

よってこれまではメーカーが高品質で多機能な製品を作ってもなかなか現場が使いこなせなかった実態がありました。サカワも最初はいろいろな機能を盛り込んでいたのですが、この実態を踏まえてシンプルに機能を絞って製品開発をするようになりました。実際に先生に寄り添ったものにしないと、現場で生かされないことを痛感しています。

そうした工夫によって教育現場に何か変化が起きたと感じますか?

「Kocri」の使用シーン(画像提供:サカワ)

「Kocri」を例にすると、授業の準備のため模造紙の教材を作る時間や授業中に板書する時間が必要最低限になり、先生たちの作業時間の削減につながっていると思います。プロジェクターを活用することでスマホアプリ上に準備した画像や教材を映しながら授業ができるので、紙で準備するより手間が少なく効率的に授業が行えます。

また、デジタルの活用は「効率化」という視点とは別の良い点もあります。授業の中で、デジタルを活用した内容をはさんだ方が生徒たちの集中力の低下が防げるというデータがあるんですよ。その意味でもデジタル教材が教育現場にもたらすプラスの効果は大きいと思います。

▼場所や時間の制約のない未来の“学びの形”とは

次に坂和さんの考える未来の教育について伺わせてください。たとえば10年後、日本の教育はどのような形になっていることが理想的だと思いますか?

「学校など決められた場所に登校して学ばなきゃいけない」ということがなくなっていたら良いですね。

今は、校区ごとに特定の範囲の学校に通わなければいけないという原則がありますが、ここには大きな課題があります。例えば、自分の子供が理科の実験がものすごく好きだったとしても、通える学校に理科の実験が得意な先生がいなかったら、教科書に乗っているようなことしか教えられません。そうすると、その子は小学校6年間大好きな理科の研究を掘り下げることができなくなってしまうんです。けれど、もしオンライン上や仮想空間上で全国の先生の授業を受けることができれば、その学校だけではなく全国に存在する「特定の領域に強い学校や授業」をどこでも受けられる。既存のルールの枠をこえてあたらしい学びができる仕組みがあったらいいなと思います。

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—奇しくも昨今のコロナ禍で、日本の教育の課題を感じた人も多かったかもしれませんね。

そうですよね。突如休校になったときに、プリントを配布することしかできない学校も多かったので、場所に関係なく学べる環境が必要ということを多くの教育に関わる人が感じたのではないかなと。学びは「もっと自由なものであるべき」ということは、自分自身も以前から強く思っているところです。

大人に比べて子供たちは行動範囲がまだまだ狭いので、家と公園の近くと学校の行き来を何年間もする子が多いんですよね。でも、全国には同じ年齢でも才能にあふれる子がたくさんいるはず。そんな子たちと触れ合い刺激を受けて、学ぶことがもっと自由になる社会になるといいなと思っています。

学びが場所の縛りから自由になったとして、学校で学ぶ“内容”は将来どのようなものになっていくのでしょうか。

「子供たちがそれぞれ教え合うこと」が大事になり、そのための環境をつくるのが学校教育の役割なのではないかと思っています。知識をためるだけの作業は意味がなくなり自分がその知識をどう活用して発表するかがすごく重要になってくるはずなので、子供たち同士でも教え合う空間ができたらいいなと思います。

そういう考えもあって、現在夏頃にリリース予定の「Kocri」のクラウド版を開発しているところです。このシステムでは今までのような「先生が一方的に知識を教える授業」ではなく、先生とインタラクティブにやりとりができるようになります。問題の回答を集約してすぐに生徒の理解度を測ったり、一つの問題に対して生徒が自由に書き込んだり発表して、「先生主体」から「生徒主体」になるようにバージョンアップします。開発サイドから見ても「すごいものが出来上がってきた!」とワクワクしています。

学校は「持つ知識を応用してみんなで作り合う場」であるべきなのかもしれないですね。家で知識をつけて、学校ではみんなで考えたり討論したり作りあったりする、そんな形が将来的には実現されたらいいなと思います。

理想の未来を実現するための障壁や、解決されれば実現が加速しそうだと思う点はどのようなことでしょうか。

デジタル技術を活用するハードウェアと、教育自体の仕組みという2点にポイントがあると思います。

ハードウェアの面では、まだまだデジタルツールの選択肢が少ないので、自社も含めてもっと技術が発展したらいいなと。今は映像を投影するのにプロジェクターや液晶が必要ですが、いずれそれらに限定せずとも教室の机、家具、壁など何でも映像を出せるようになるかもしれません。どんな場所でもデジタルの情報を利用できれば、教育の現場で使えるものも増えるはずです。

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また、教育の仕組み自体も時代に合わせて変えていく必要があると感じています。現在は根幹にあるのが大学受験で、そこから逆算して教育がなされている状況です。高校3年間の後に必ず大学に行く、といった固定化したルートは撤廃された方が学びの自由度は上りますし「受験のために勉強する」という慣習自体がなくなればいいですね。その時代に合った適切な学習の仕組みも考える必要があると感じています。あるべき「学び」とは何なのか、究極はその追求だと思っています。

▼描く未来の実現に向けてのステップと、その先へ

理想の未来像を伺ってきましたが、実現までの構想はどのように描かれているのでしょうか。

僕は未来のことをあれこれ考えるのが大好きなのですが、一方でそれを実現させるためにはあまり飛んだ”未来のステップを描きすぎてもよくないなと思っています。ステップの「間」をちゃんと埋めながら進めていきたいんです。

黒板がデジタルになれば、授業で行われたことが全て保存されている状態が出来上がります。そこでやっと、「教室」という概念が少しずつなくなり、自由になってゆくはずです。授業の録画が取れて保存できるようになれば、配信もできる。配信ができるようになれば、VRの空間とか仮想空間の中に教室を再現できるかもしれない。今のアナログのものがデジタルの形態に落とし込まれていった先に、やがて教室をなくす世界が見えてきます。

でも突然黒板メーカーがいきなり「VRを使って仮想空間上に黒板を持っていきましょう」と提案しても、関係する方々もついてこれません。なので、まずは”デジタルの黒板”を作ってデータを集め、その先に黒板を完全になくしていく、というステップがいいと思っています。

「教室のない世界」に向けて近い将来に起こしたい次の変革はありますか。

弊社は「黒板屋」ではありますが、教育現場にあるべきものを考えれば、今お伝えしたように黒板も近い将来にはなくしていくべきかもしれないと思っています。その実現のために、まずは4、5年以内に授業内容をすべてプロジェクターで映すことで、完全に“チョークレス”にしていきたいです。そうなるともはや黒板ではなくなり、黒板くらい大きなサイズの液晶やモニターである「電子黒板(デジタル黒板)」みたいなものになるのではないかと思いますが、実はこの開発にももう着手しています。そして、将来的には「黒板」という概念自体を変えていきたいなと思っています。

技術もあり実現できそうな未来を、既存のビジネスを守るためにやめようというのは自分の信念と異なります。「黒板のない未来をつくる」、これを実現するのが黒板屋だからこそ使命なんじゃないかなと思ってやっています。他の黒板屋さんにはすごい怒られるかもしれませんが(笑)。

でも、馬車がなくなり車が開発された時のように、全ての仕事がなくなると思っていても、もっとたくさんの新しい仕事が増えるはずです。黒板屋として黒板を変革していく、ということをまさに手がけている最中にいます。

「Kocri」の使用シーン(画像提供:サカワ)

業界の中だけではない、社会全体を見据えた高い視点が印象的ですが、坂和さんが注目している業界や分野はありますか。

今は「宇宙開発」の分野に注目しています。

その分野の友人に言われて印象的だったのが「もし業界の中で一番の技術を持ってたら、それは必ず宇宙に行くんだよ」という言葉です。もし、宇宙に行くことがもっと身近になった時、僕たちが黒板屋として一番技術を持っていたならば、宇宙の学校を作るときに宇宙に持っていく可能性があると。だから、僕はこの業界の中で一番の技術を磨いていきたい。もしかしたら宇宙視点で考えた学習環境の構築も、新しく事業領域になるかもしれません。そもそも10年先には常識も変わり、「まだ宇宙の事業をやってないの?」と言われるような世の中になるかもしれないですけどね。(笑)

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最後に、サカワが100年後、社会に対してどのような存在でありたいかを教えてください。

将来の社会の基盤となるものを作りたいとずっと考えています。サカワが作ったものが、100年後に人々が当たり前に使う教育インフラのようになっていれば幸せですね。

時代が変わろうとも、新しい技術を掘り下げて前から取り組んでいたものをどんどん変えて変革していくという姿勢はきっと変わらないはずです。サカワが創業から100年以上続いてきたのも、そういう会社がやっぱり時代の変化についていって生き残っていけるからだと思います。

また、僕たちが関わっている教育はみんなで形にしていくものです。一人でできることは本当に何もないし、僕たちの事業もその一助となるしかない。自分たちができることから変えていければと思ってるので、まずは「黒板を変えること」にフォーカスして事業に取り組み、次の100年も変革の上にインフラを残していければと思います。

デジタル黒板の開発イメージ(画像提供:サカワ)

TEXT:大久保真衣

※「特集:Edtechが変える教育の未来」はこちら

プロフィール

坂和寿忠   Toshitada Sakawa
株式会社サカワ

創業100周年を迎えた株式会社サカワの代表取締役社長。
1986年6月18日 生まれ、愛媛県出身。 大学を卒業後、家業の黒板メーカーに入社し、教育のICT化に従事。自社サービスのアプリやプロジェクター、AIシステムなどの開発を手がける。 2018年11月 4代目社長に就任。 「とりあえず、やってみよう」が信条で、「将来的に学校から黒板を無くしたい」という大きな目標を掲げている。

関連企業

株式会社サカワ

1919年、愛媛県松山市で創業。老舗の黒板メーカーとして100年にわたり黒板製造を行うとともに、デジタル技術を用いた製品開発で教育業界のIoT技術を用いた変革に取り組む。代表製品はハイブリッド黒板アプリ「Kocri(コクリ)」や、黒板全面に投影できるワイドサイズのプロジェクター「ワイード」。「真剣に未来を変えたい人に“最強の武器”を提供する」を社の理念として掲げている。