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2024.08.09
コラム
無目的室「Morph inn」は、表参道で何を引き寄せたのか。
2024年5月、東京表参道に期間限定で開業した、やわらかいロボットに挟まれる無目的室「Morph inn(モーフ イン)」。
ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズとKonelの共創プロジェクトであり、ゴム人工筋肉という技術の可能性を拡張することが主旨であった。ゴム人工筋肉は数十年以上つみかさねてきた研究の上に、ロボットハンドなど工業用途ですでに実用化されている技術だ。
用途拡張を検討する王道としては、カンファレンスで企画をピッチしたり、エキスポにプロトタイプを出展することも有効だが、今回は「組織」をつくって、「店舗」を構え、「プロダクト」を実用してもらった。
その狙いに、実際に起こったことを照らし合わせて考察していく。
はじめに
ゴム人工筋肉とは
ゴムチューブと高強度繊維のスリーブからなるアクチュエーター。内部に空気や油を注入して高い圧力を加えると、チューブが膨張しヒトの筋肉のように伸縮する。軽量かつ従来の電気モーターや油圧シリンダーと比較して軽量かつハイパワーで柔軟なので、モノをつかめるロボットハンドとしても活用が期待されている。(詳しくは知財図鑑へ)
ロボットハンド:TETOTE
Morph innとは
やわらかいロボット「Morph」に身をゆだねながら、無目的な時間をすごせるのが「Morph inn」だ。まるで、トトロの上に寝転ぶメイちゃんのように、目的を持たない時間を取り入れることで、日常におけるウェルビーイングのあり方を模索する場所にもなる。
Morphにゆだね、Morph miniにゆだねられる
検証の狙い
PoC・検証項目の構造化
今回は技術の評価だけでなく、コンセプトや未来の需要をさぐるべくPoC(Proof of Concept)の側面を意識して、プロジェクトを進めてきた。検証のレイヤーを3階層に分けることで、幅広いフィードバックを得ることを目指した。
ゴム人工筋肉という「技術」が持つ可能性
やわらかいロボットという「プロダクト」持つ可能性
無目的室という「コンセプト」が持つ可能性
声を引き出す工夫
ビジネスパーソンだけでなく生活者からも生の声をもらって、その場でディスカッションを行うために、やわらかいロボットの体験だけではなく「Checi in」と「Check out」のゾーンと、ハンドアウトを用意した。
Check in
海外からの来店者も多く訪れた
動物や景色、自然界のうごきが、やわらかいロボットを動かすデータとして用いられていることを伝えるコンセプトムービーを視聴してもらう。
Check out
やわらかいロボットに身をゆだねた後、自身も自然の一部として「動きのデータ」を提供する体験を行ってもらった。
カメラの前で動くと30秒間のモーションが記録される
データはいつかMorphを動かすことに使われるかもしれないと考えながら動作してもらうことで、コンセプトに関する議論がさまざまな角度で巻き起こった。
8つの収穫
01_話題
多くのメディアが、開業前日のメディアデーに訪れてくれた。即日公開されたテレビとネット記事がトリガーとなって、SNSで話題が拡散しチケットは開業とともに満席となった。
ワールドビジネスサテライトより
02_意見
(まとめきれないくらいの)十分な意見を聴取することができた。反応してくれた方は、少なくとも7タイプに分類でき、それぞれ多様なコメントを残していった。
落合陽一さんも多角的なコメントを残していかれました
A : オピニオンリーダー
B : ビジネス関係者
C : 研究者・学生
D : 医療関係者
E : 宗教家
F : その他来訪者
G : SNSユーザー(非来場を含む)
山口周さん・ロボット専門家の安藤健さんをお招きしたトークセッションでは、「やわらかい」ことの意見を交差させました。ビジネスや研究での展開を見込める共創相手を招く特別枠を設けていたことも、議論の活発化に貢献した。
03_モーションデータ
500名を越える参加者がCheck out時に、使用許諾とともにモーションデータを残していってくれた。データは次回以降活用できる状態となった。(コンセプトへの共感)
04_ファン
もう一度開催するとなった場合、次回はゼロベースではなく、支援してくれるファンがいる状態からプロジェクトを再スタートすることができる。(コンセプトへの共感)
05_次なる展示機会
コンセプトに共感したイベント主催者や企業の中の担当者が、Morphの出展を打診してくれる現象が起こった。(プロダクトへの共感)
06_製品化の可能性
Morphの製造を希望する企業から問い合わせを得ることができた。今後、検証が進んだ先に量産の相談ができる相手の候補が生まれた。Japan Artの需要が高まる中東エリアでの展開をアイデアとして提案してくれる来場者もいた。(プロダクトへの共感)
07_協業の可能性
睡眠や、働き方改革の文脈をはじめとし、モビリティや住宅などさまざまな産業で活躍するイノベーターから、Morphの発展や、ゴム人工筋肉の活用可能性について問い合わせを得ることができた。(技術・プロダクトへの共感)
08_潜在顧客
Morphをそのまま活用することは難しいが、ゴム人工筋肉の機能を別の用途で展開できないかという議論が起きた。(技術への共感)
このようにPoCの視点を三重にかさねておいたことで、技術・プロダクト・コンセプト、それぞれのレイヤーで収穫を得ることができた。
DUAL-CASTの視点
Konelが未来実装を考えるとき、つねに2つの視点を持つようにしている。ひとつは、テクノロジーやイシューの動向から未来を飛躍的に予測する、Forecastの視点。もうひとつは、ありえる未来像から逆算的にプロジェクトを加速させるBackcastの視点。
どちらが欠けても推進力は生まれず、両方がうまく噛み合うことで、リアリティがある未来体験を共有することができ、それによって関係人口を増え、プロジェクトが前に進んでいく。
DUAL-CASTの流れ
Forecast
「甘える」「ゆだねる」という抽象的な感覚が、未来の社会においてニーズになるのではないか?
これが企画の出発点であり、予測的な妄想だった。
もし日常的にこのニーズが生じるならば、人々が生活する都市に、自身をゆだねられる機能が実装される必然性はある。その結果「目的なく過ごせる時間」が得られる。では、未来ではなく現在において「無目的室」をつくった人々はどんな反応をするのだろうか?
こんな思考回路で企画は進み、東京でも目的地が密集する表参道での実装が決定された。
この段階で妄想が飛躍していたことで、得られたのが共創パートナーだ。とくに、ロボットの人工皮膚(ウルトラスエード)を提供してくれた東レと、表参道の場所を提供してくれたseeenがパートナーシップに参画してくれたことで、企画の実現性が格段に上がった。
東レ・ウルトラスエード
Backcast
テクノロジーの啓蒙活動の手段としてメジャーなのが「大会場での集合展示」だったりするわけだが、今回のバックキャストにおいてはそういった手段では取られないようなアクションを何重にもかさねた。
さながら「事業」を立ち上げたかのようなリアリティで打ち出すことで、ステイクホルダーに熱を受け取ってもらうためだ。だからこそ「展示」という言葉は封印し、「無目的室を開業した」という言葉遣いで、プロジェクト全体を一貫して進めた。
"開業"に伴って準備したこと
ブランド
オフィシャルサイト
予約システム
店員
ユニフォーム
実店舗
記者発表
屋外広告
ここまでやり切ることで、無目的室は単発のイベントではなく、再現性のある取り組みとして捉えることができた。運営には多大なエネルギーが必要だったことは間違いないが、もう一度開催しようとなれば、効率的に実施できる工程がつくれた。
「期間終了後はどこかに移転するのですか?」
「友達を連れてきたいのですが、後日体験できませんか?」
という顕在化したニーズが生声で得られたことも大きかった。
そんな多様な声が生まれる現場だったが、運営側として唯一恣意的に聴取していたアンケート項目がある。
Morph innがサービスだとしたら、いくら支払ってくれますか
0円という回答から、5,000円という幅まで、十人十色な意見が取れた。
マッサージと対比する人もいれば、タバコ1本と対比する人もいた。枕やソファなどの家具や、サウナやメディテーションと対比する人もいた。医療や治療の行為として使いたいとの声も。
この体験がどの産業分野に進出できる可能性があるのか、法人に売るべきか、個人に売るべきか、多角的な意見が聴取できた。
簡易的ではあるが、「希望金額の平均値 x 来店者数」という計算式をたてれば、会期中の仮想売上が算出できる。もちろん、9日間という短期間で初期投資を回収することは難しいが、たとえばカフェの一角など場代が抑えられる場所で展開すれば、中長期での黒字化も見込める数字だった。
この金額に対する問いは、体験を伴うバックキャスト型のプロジェクトにおいては、必須項目としておすすめする。
未来事業を探索するプロジェクトデザイン
自明なことであるが、事業開発のリソースには常に限度がある。人・モノ・金・時間、限られた資源を、どう振り分けていくか。企画〜開発〜発表〜実展開、どういったフェーズを刻んでいくか。それぞれのフェーズで投下する予算よりも、大きなリターンを得るために、どのようなチームづくりをするべきか。
こういったテーマに対しては、打算ではなくプロジェクトデザインの視点をもって取り組むべきだ。Morph innのプロジェクトが途中で挫折におわることなく、目的を果たして次のステップに進む糸口をつかめたのは、両社が共創というフェアな立場でプロジェクトの組み立て方を柔軟にチューニングしながら、それぞれの得意領域を掛け合わせられたことが大きな要因だ。
兎にも角にも、関係者が互いにリスペクトを持ち合えるように、メンバーそれぞれの得意領域を把握し、自分の持ち場にコミットしながら、全力で相手にも期待をかけていく。そういった空気感を持てるプロジェクトは、進めていて気持ちがいいし、かけたリソース以上の成果がでるものだと体感できる機会となった。
“やわらかい未来”をつくるためのパートナーシップ
ソフトロボティクスの分野のさらなる発展のためのオープンコミュニケーションを生み出すべく、本プロジェクトでは協賛や協力を幅広く受け付けている。
ゴム人工筋肉を支える骨格や、人とのインターフェースとなる皮膚、自然界の動きをセンシングするテクノロジー、より議論を深めるための実証フィールド、展示機会、プロジェクトへの寄付・投資など、幅広いコラボレーションを歓迎する。
「Morph」は移動と組み立てを想定した設計を施しているため、さまざまなシーンや場所へと柔軟にインストールすることが可能だ。オフィスや学校、自宅に「Morph」が設置される未来もあるかもしれない。そんな未来のパートナーへの期待も込めて、最後に「Morph inn」のプロジェクトリーダーの一人である、ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズの山口 真広 氏からのコメントを紹介したい。「Morph inn」がもたらす“無”の体験価値は、まだまだ拡張していきそうだ。
山口 真広 氏 コメント
「無目的室『Morph inn』は、次はどこに出現するのか?——表参道での開店期間中に、ご都合が合わなかった方やリピーター層の方から、そのようなお声をたくさんいただきました。皆様と共に、『Morph inn ○○店』を世界各地にオープンし、無目的室が新たな地図記号として認知される日を私は心待ちにしています。また、Morphと過ごす時間は、私にとって“無”になれる貴重な時間。多忙で常にオンライン状態である日常から離れ、“無”になる時間がルーティーン化しています。そこで新たに見出した楽しみは、“無”になったその後に何をするか。例えば、“無”になった後のブレストやプレゼンの行方は。コーヒーやお酒の味わいは。サ飯のようなMorph後のお楽しみ習慣や文化を、次は脳波やバイタルデータも取りながら、皆様と生み出したいと願っております。」
左:山口 真広(ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ 創業メンバー/主幹 )・ 右:出村 光世(Konel・知財図鑑 /代表)
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Morph inn(モーフ イン)公式HP
TEXT:出村光世(Konel/知財図鑑)