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2022.08.31
コラム | 地財探訪
伝統陶器「常滑焼」を特許文献から紐解いてみた【地財探訪 No.6】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
例えば昔に出願された特許等の情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、数百年の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第6弾は愛知県「常滑焼(とこなめやき)」。
歴史を振り返りながら、職人技術を特許文献からも拝見していく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」、第5弾 福井県「越前和紙」)
01 常滑焼の概要
「常滑焼」とは、知多半島の西海岸、愛知県常滑市近郊で作られる焼き物の総称である。「常=地盤」「滑=なめらか」という地名のとおり、滑らかで良質な土が使われている点が特徴的。常滑焼の起源は平安時代末期とされる。海辺という地の利を活かし、製品は常滑港から全国へと広まっていった。
旅する、千年、六古窯 - 日本六古窯公式Webサイト[日本遺産]より引用
鎌倉時代には壷や甕(かめ)、江戸時代後期には土管や朱泥急須、近代化が進んだ明治時代以降は煉瓦タイルや衛生陶器などの様々な製品が生産された。常滑焼は時代に合わせて用途を増やし、日本の興隆を支えてきたのである。
「常滑焼」は昭和51年に「伝統的工芸品」として指定され、平成19年には「地域団体商標」として商標登録を受けている。(商標登録第5018657号)
そして平成29年には、「瀬戸焼(愛知県)」「信楽焼(滋賀県)」等とともに、世界に誇る日本古来の焼きもの技術として日本遺産「日本六古窯(にほんろっこよう)」にも認定されている。
名実ともに、日本を代表する工芸品である。
TOKONAME TODAY'S HP より引用
02 常滑焼の特徴
土に含まれる鉄分を赤く発色させる朱泥焼/朱泥急須が有名。
常滑焼の急須で淹れるお茶は味がまろやかになるとされる。
時代に沿って用途が増えたその歴史からは「進化」、大地の恵み(土)を活用するその技術からは「自然との共生」といった意味合いを纏う。
株式会社まるふく HP より引用 朱泥急須(昭龍窯)
03 特許出願からみる常滑焼
常滑焼に関連する特許出願を眺めていく。1件目は、我が国が特許制度を導入した翌年である明治19年に出願されている。
特許第325号:陶製米搗臼
出願日:1886.10.19 発明者:石井 順治 氏、秋葉 作藏 氏 J-PlatPat リンク
特許第325号
陶製の米搗臼についての特許である。東京在住の発明者によって発明された。臼の「イ」部分が凹んでいることにより、米粒を掬取やすくなるというもの。
資料によれば、常滑町の衣川善右衛門が本特許を譲り受け、2種類の米搗臼を製造したとのこと。
最初常滑の衣川善右衛門はこの特許を譲り受けて、臼で搗く捉柄用臼(蜜柑堀)と底の深い足踏み式の器械用臼(卵堀)の2種類を製造した。
友の会だより 第14号|常滑市民俗資料館, 平成5年9月発行(1993年)|とこなめ陶の森
明治時代に入り、常滑焼について様々な用途が探索された事実を垣間見ることができる特許権と言えるかもしれない。
特許第6059844号:陶器の製造方法(昭龍)
出願日:2016.7.12 発明者:梅原 昭二 氏 J-PlatPat リンク
特許第6059844号
そして約130年が経過した2016年。常滑焼の伝統工芸士である梅原昭二(昭龍)氏からは、紋様を施した意匠性の高い陶器の製造方法についての特許出願がなされている。素焼き後の液体塗布工程や焼成温度について工夫を施すというもの。常滑の良質な土による機能性だけでなく、意匠性を追い求めたことで生まれた特許権である。
特許第6530549号:陶器の製造方法及び陶器(昭龍)
出願日:2018.12.26 発明者:梅原 昭二 氏 J-PlatPat リンク
特許第6530549号
本件も梅原昭二(昭龍)氏による特許であり、特許第6059844号の出願から約2年5ヶ月後に出願されている。こちらは表面に紋様を施すだけでなく、滑らかで艶のある質感を備えた陶器の製造方法についての発明である。複数件の特許取得という事実から、日々探究し、改良を積み重ねている様子を窺い知ることができる。
なお、同氏によるロクロ技術はこちらの動画で拝見できる。特許出願にも表れているとおり、技術開発には余念がないとのことである(1:04頃)。
04 特許情報からみる常滑焼の周辺技術
最後に、常滑焼の用途の1つである「煉瓦(レンガ)」に関する大学による特許出願を紹介する。いずれもレンガを用いた建築物の強度を向上させる発明である。
【東京都立大学】特許第6714196号:建築用材料
特許第6714196号
東京都立大学 多幾山准教授と、日本製紙株式会社による特許である。各レンガ10の間隙に使用する目地20にセルロースナノファイバー(CNF)を含ませる点が特徴的。目地20はレンガとの接着性に優れ、現存建築物の補修用材料として好適とのこと。
<参考>
教員紹介 :: 多幾山 法子|東京都立大学
多幾山法子|Takiyama-lab
【工学院大学】特開2020-200582:ブロック体により構成する建築物の壁構造のシート面材による補強方法
特開2020-200582
工学院大学 田村雅紀教授と、株式会社アーネストワンによる特許出願。ブロック体(レンガ等)による建築物に対し、ポリプロピレン等の樹脂製シート面材4を用いるという発明である。シート面材4の活用により、安価かつ容易に補強することが可能となる。
【あとがき】「常滑焼」紐解いてみて
日本を代表する焼き物「常滑焼」について、その歴史を学びながら特許権の情報を調べてみました。明治時代における特許権の譲渡事例が印象的であり、肝技術の用途探索・水平展開という試みは、現代に限らず、明治時代から脈々と行われてきた行為なのだろうと感じました。
又、梅原氏による2件の特許事例は、とても魅力的なものでした。
約1,000年もの歴史がある常滑焼に関して今もなお改良が加えられ、新製品開発&特許化に至る、という素晴らしい事例かと思います。
伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。
なお、2012年に復元工事を終えた東京駅丸の内駅舎には、約50万枚の常滑焼レンガタイルが使用されています。付近を訪れた際には是非一度足を止め、常滑の焼きもの技術に魅了されてみてはいかがでしょうか。
東京駅丸の内駅舎(筆者撮影)
東京駅丸の内駅舎に使われているレンガタイル(筆者撮影)
参考情報
常滑焼 - とこなめ焼協同組合
常滑焼とは。急須から招き猫まで幅広いものづくりの特徴と歴史|中川政七商店の読みもの
旅する、千年、六古窯 - 日本六古窯公式Webサイト[日本遺産]
ライティング:知財ライターUchida
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