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2021.03.11

インタビュー | 石井 健一

オンライン診療のイノベーター「ネクイノ」がもたらす、医療DXの未来

株式会社 ネクイノ

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新型コロナウイルスの感染拡大を受け、特別措置として初診のオンライン診療が規制緩和されるなど、医療現場のDXが進められている。この分野の最前線に立ち、ピルのオンライン診察サービス「スマルナ」をはじめとするさまざまな事業を展開し、医療の現場にイノベーションをもたらそうとしているのが、石井健一氏が率いるネクイノだ。同社は2020年12月に、スマートフォンを通じてマイナンバーカードと健康保険証の紐づけを行う新サービス「メディコネクト」をリリースした。このサービスを、日本における喫緊の課題である医療DXを推進していくための大きな一歩と位置づけているネクイノは、どんな医療の未来を描いているのだろうか。知財図鑑代表・出村が話を伺った。

現場で感じた遠隔診療の必要性

出村

まずは、石井さんが医療というフィールドに興味を持った経緯をお聞かせ頂けますか?

石井

もともと強い思い入れがあったり、子どもの頃に医療で命を救われたような経験があったわけではなく、高校時代にお付き合いしていた方が医学部に進んだのがきっかけでした(笑)。僕自身は薬学部に入ったのですが、当時、薬学部を出た後の進路は薬剤師か研究者、製薬会社くらいしかなくて、消去法で製薬会社を選び、そこで初めて真剣に医療という分野に向き合うことになりました。

出村

製薬会社では、どんな仕事をされてきたのですか?

石井

外資系の製薬会社に就職し、医師や薬剤師に自社の薬の情報を伝えるMRの仕事をするようになったのですが、いくら良い薬だということを説明しても、それだけではなかなか使ってくれないんですね。多くの薬には一長一短があり、患者さんへの説明など新しい薬に切り替えることで生じるコストは少なくないので、なかなか新しい薬を処方するという判断につながりにくいんです。そこで、ある時から薬の説明以上に先生の困りごとの解決に注力するようになり、マーケティングのお手伝いのようなことを始めたのですが、その結果、担当していた病院を利用する患者さんが増え、薬も売れるようになったんです。それまでは良い製品を患者さんに届けたいという思いが強かったのですが、売上を高めるためには先生のマインドシェアを取ることが大切だということが徐々にわかってきました。

出村

起業を考えるようになったのはいつ頃だったのですか?

石井

その後、臓器移植領域にドメインを持つ製薬会社に転職したのですが、地方の患者さんなどが臓器移植の手術ができる病院まで飛行機で行き、メンテナンスの度に同じ病院に通っている状況を見て、遠隔診療の可能性を考えるようになりました。その頃から独立を考え始めて大学院に通うようになり、2013年に医療系コンサルティングファームとして「メディノベーションラボ」を立ち上げました。

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医療のデジタル化で世界を変える

出村

創業当時の石井さんにはどんな問題意識があったのでしょうか?

石井

大学院の修士論文でなぜ医者が忙しいのかということを研究したのですが、その原因は患者の知識不足と、本来医師がやらなくていい仕事が多すぎることの2つに集約されることがわかりました。例えば、歯科クリニックに通っているとブラッシングの仕方を教えてもらったりして、患者さんにナレッジが蓄積されていきますよね。でも、現在の医療制度はこうした本来起こるべき知識の蓄積を妨げていて、単に毎回同じ薬が処方されるだけで5年経っても患者さんの知識が更新されないことがほとんどです。そこで、最初の会社では患者さんの受療行動を変え、知識不足を解消することを掲げて事業を展開していました。そして、2015年8月に厚生労働省の事務連絡により、遠隔医療が事実上解禁されたことを受け、2016年に「世界中の医療空間と体験をRe▷design(サイテイギ)する」をミッションに掲げ、ネクイノを新たに立ち上げました。

出村

ネクイノではどんな事業を展開しているのですか?

石井

2018年6月にピルのオンライン診察サービス「スマルナ」を立ち上げ、これが現在の主力事業になっています。ネクイノの事業領域は、このオンライン診察のプラットフォームを含めて全部で3つあり、2つ目は検査のデジタル化です。すでに北米では、病院以外の場所で臨床検査を実施する「POCT(Point Of Care Testing)」が広がっていますが、日本ではまだ浸透していません。例えば、CTやMRI、胃カメラなど高度な医療機器を必要とする検査は難しいですが、指先から採血をしたり、新型コロナウイルス関連の検査をする程度なら十分可能ですし、今後はこうした領域の事業を進めていきたいと考えています。そして3つ目が、IDリレーション事業です。ネクイノでは、急速に進むマイナンバーへの各種データ突合時代に備え、オンライン上でマイナンバーカードと健康保険証をリンクさせ、各医療機関で共用することができるセキュアな個人認証システム「メディコネクト」という新サービスを2020年12月に立ち上げました。

「オンライン診察×薬」モデルを確立したスマルナ

出村

現在の主力事業であるスマルナが生まれた経緯について聞かせてください。

石井

創業時から、オンライン診察×医薬品の配送のモデルを確立したいと考えていたのですが、それに際して医療の観点から3つの条件を設定していました。それは、ユーザーのニーズが明確であること、診療のガイドラインが整理されていて専門家以外でも対応できること、そして、安全に摂取できる薬であることの3つです。他方、ビジネス側の視点で意識していたことは、ライフタイムバリューが伸ばせる領域であるということでした。例えば花粉症の薬は先の3条件には当てはまりますが、1年のうち3ヶ月程度しか使わないものですし、EDの治療薬などにしても最初の処方で数錠お渡しした後、次に使ってくれるのはいつになるのかわかりません。こうした2つの観点から考えた時に、オンライン診察×薬のモデルと最も相性が良いと感じたのがウィメンズヘルスケアの領域で、特にピルの処方には多くの「不」があったんです。

出村

具体的にはどんな「不」が見えていたのでしょうか?

石井

ピルの処方のために婦人科へ行くことに抵抗がある方は多いですし、家族やパートナーから止められることもあります。また、医師のリソースの問題もありました。例えば高血圧症の患者さんは日本におよそ1000万人いると言われているのですが、それを診ている医師は16万人程度です。一方で、日本の産婦人科医約1万人に対し、婦人科の診察対象者は約1,600万人にのぼります。ピルや避妊に関わる診察は専門医でなくても対応が可能なので、そこをスマルナがカバーできれば産婦人科医のリソースを空けられるのではないかという考えがありました。

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オンライン診察でピルを処方するアプリ「スマルナ」

出村

スマルナのユーザーから届いた声で印象的なものがあれば教えてください。

石井

2年間定期便を使って頂いたユーザーの方が、ある病気によってピルの服用を継続できなくなってしまったのですが、最後に「スマルナと出合えて幸せでした」というメッセージを送ってくださったことが印象に残っています。
また、プライベートな事情で緊急避妊薬が必要となった10代の方の事例があります。その方は地方に暮らしているのですが、イベントの発生が土曜日であり、かつ近隣に医療機関がなく、スマルナに参加してくださっている担当医師と協業して大至急お薬をお届けしたんです。その方はご両親には内緒で受診しており、持ち合わせがないという状況だったのですが、後日アルバイトをして得たお金が振り込まれ、同時に御礼のメールも頂きました。どちらもスマルナをやっていて本当に良かった思えたエピソードですね。

オンライン診療は日本でも浸透するのか?

出村

世界的に進んでいるオンライン診療ですが、今後は日本においても広がっていくとお考えですか?

石井

医療の世界には「オレゴンルール」という有名な考え方があります。これは、「アクセス」「クオリティ」「コスト」の3つをすべて満足させるためには膨大な労力がかかり、患者側のメリットがなくなってしまうという考え方です。
例えば、アメリカの医療はアクセスとクオリティを追求した結果、コストが非常に高く、一方でインドなどではコストは安く、クオリティも悪くはありませんが、アクセス面で課題がありました。これらの国においてオンライン診療は、それまでの医療の課題を解決するための手段として広がっていったのですが、日本の場合国民は誰もが保険に加入でき、低価格で最高の診療を受けることができますし、週末以外は行ける病院がないということはまずないですよね。
つまり、皮肉にも世界最高峰の医療システムというものが、日本の医療DXを進める上での難しさになっているところがあるんです。ただ、中には3つの要素のバランスが崩れている領域もあり、その最たる例がウィメンズヘルスケアの領域です。スマルナは、心理的、物理的なハードルがあってアクセスしづらい婦人科領域において、オンライン診察という手段を使い、ピルへアクセスしやすくしています。

出村

スマルナの運営で得た知見を水平展開できそうな領域はありますか?

石井

いまお話ししたように日本では偏差値70に相当するような治療が受けられますが、保険制度が使えない予防医療に関しては急に偏差値が20くらいのサービス水準に下がってしまうんです。そういう点から、医療DXを進めていくべき分野の一例として予防的医療があると考えており、スマートウォッチなどによって普段の生活を記録し、医療機関と連動しながら必要な時にアラートを出すといった仕組みがつくれると良いと思っています。特に我々はスマルナを通じて医療機関との関係性やビジネスモデルを確立できているので、このアセットを横展開して医療DXを進めていきたいと考えています。

メディコネクトが進める日本の医療DX

出村

2月にリリースされたメディコネクトについても詳しくお聞かせ下さい。

石井

現在の日本の医療保険制度は、患者さんのデータがローカルの医療機関に置かれている状態に部分最適された仕組みになっているんですね。そのため、例えば結婚や離婚、就職や転職などによって医療IDが変わり、データがさまざまな場所に分散してしまうと都合が悪いんです。かつて話題になった「消えた年金問題」もこの課題に原因がありました。その後日本では、マイナンバーという番号を国民全員が持たされるようになり、ここにあらゆるIDを統合していこうとする動きが加速しています。こうした流れの中、医療IDをマイナンバーに紐づけ、転勤や引っ越しなどによっていきつけの病院が変わったりしても支障なく医療を受け続けられたり、ローカルのデータに依存しない医療計画を立てられるようにするために、メディコネクトを開発しました。

出村

メディコネクトは具体的にどんなサービスになるのですか?

石井

メディコネクトは、ユーザーが簡単かつ安全な方法で、マイナンバーカードと健康保険証をリンクさせて、各医療機関で共用できるサービスです。コロナ禍の給付金にまつわるマイナンバーカードの申請対応のために、各自治体は膨大な人的コストを費やしましたが、こうした紐づけの作業をスマホアプリ上で患者さん自らが簡単に行えるようにしようというのがメディコネクトの発想です。メディコネクトではマイナンバーと健康保険証の情報を統合して新しい「鍵」を発行するのですが、顔認証技術を用い、本人の生体情報によってそれを行っている点が特許技術になっています。

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マイナンバーと健康保険証をつなぐ「メディコネクト」

出村

今後メディコネクトをどのようなステップで広げていこうとお考えですか?

石井

まずはマイナンバーカードと健康保険証をリンクさせ、鍵を発行する作業が最優先になります。その上で、医療機関や企業、自治体などとも連携し、一人ひとりのユーザーがメディコネクトを使うことでハッピーになるということを実感して頂くことが大切だと思っています。また、コロナ禍における世界の流れにこのサービスを乗せていくことが社会実装への最短距離だと考えています。すでに日本でも医療従事者のワクチン接種が始まっていますが、ワクチンの接種予約や履歴の管理にメディコネクトを活用していける仕組みなどを自治体とともにつくり上げていきたいですね。

イノベーションとは社会実装すること

出村

知財図鑑では世界を進化させるイノベーターたちを応援していますが、石井さんが考えるイノベーションとは何ですか?

石井

イノベーション=社会実装だと思っています。私たちは車や電車、飛行機などを日常的に使うことができますが、宇宙用ロケットの場合はそうはいかないですよね。月に行けるロケットの開発というのは大きな技術革新であることは間違いないですが、こうした技術を社会実装することで初めてイノベーションになると考えています。

出村

イノベーションを生み出すために大切にしていることがあれば教えてください。

石井

最先端の技術を入れないということを意識しています。例えば胃カメラなど、日本からは世界最高水準の技術が色々生まれているのですが、一歩引いて見ると医療領域全体が社会から遅れているところがあるんです。医療の世界にクラウドという概念が入ってきたのも世の中からは10年くらい遅れていましたし、電子決済、電子マネーなどもいまだ実装に至っていません。こうしたフィールドにおいていきなりAIやブロックチェーンなどの技術を導入しようとすると、アレルギー反応が起きやすいんです。だからこそ、すでに社会実装されている技術をカスタムし、サービス化していくことがイノベーションへの近道だと思っています。

出村

最後に、これからコラボレーションしていきたいプレイヤーなどについてもお聞かせください。

石井

今後医療DXを進めていくにあたって、まずはリアルの現場にいる人たちとの関係性を深めていくことが何よりも優先すべき課題だと考えています。医療機関や自治体との連携を通じて、デジタル保険証や診察券という形でメディコネクトが使える未来をつくっていきたいですね。また、従業員のデータを保有している企業立病院などとのコラボレーションを進めていくことも、メディコネクトを広げていくための重要なステップになると考えています。

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Text:原田優輝 (Qonversations)

石井 健一

石井 健一

株式会社ネクイノ CEO

薬剤師・経営管理学修士(MBA)。1978年生まれ。2001年帝京大学薬学部卒業後、アストラゼネカ株式会社入社。2005年からノバルティスファーマ株式会社にて、医療情報担当者として臓器移植のプロジェクトなどに従事。2013年関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科院卒業。2013年医療系コンサルティングファーム株式会社メディノベーションラボの代表取締役を経て、2016年株式会社ネクイノ(旧ネクストイノベーション株式会社)を創設。医療機関の経営改革や新規事業開発が専門領域。

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