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2021.07.08
インタビュー | 井倉 大輔×荻野 靖洋
リモート会議の“しゃべりぼっち”を救うアプリ「Uh-huh⤴(アーハー)」とは? プロトタイプから始まる、半歩未来を変えるアイデア
GG(仮), Konel inc.
コロナ禍による外出自粛とリモートワークの推奨により、大企業でも個人でも関係なく一斉に定着せざるを得なくなったオンライン会議。場所と時間に縛られない利便さがある一方で、どうしても対面には及ばない臨場感のなさや意思疎通の希薄さを感じている人も多いのではないだろうか。
今回は、音で気持ちを伝えるリモート会議専用PCアプリ「Uh-huh⤴(アーハー)」を制作したクリエイティブチーム「GG(仮)」から東急エージェンシーのプランナー・井倉大輔氏と、開発に携わったKonelのテクニカルディレクター・荻野靖洋氏に、これからのコミュニケーションの可能性を伺った。
半歩未来のアイデアをβ版として発信する「GG(仮)」
—Uh-huh⤴(アーハー)について伺う前に、まずは「GG(仮)」というチームの由来や背景について教えてもらえますか?
井倉
GG(仮)は広告代理店である東急エージェンシーのプロジェクトで、所属部署や経歴、得意分野、思想もバラバラなクリエイターやプランナーが集まって半歩未来のアイデアを企画・開発しているチームです。
荻野
「GG」の由来は確か「グッドゲーム」からですよね。
井倉
そうです、「いい試合だったよ、おつかれ!」の意のネットスラング「gg」(good game)から取っています。(仮)はベータ版やプロトタイプを指す意味合いですね。『今日は、明日のベータ版』というスタンスに立ち、活動コンセプトも『当たり前を、明日の嬉しいにシフトする』というものです。
半歩未来のアイデアをβ版というカタチにして世の中に発信していく東急エージェンシーのプロジェクト「GG(仮)」
井倉
世の中の「そういうもんだよね」と「こうだったらいいのに」との間にある見えないクレバスに、広告会社ならではの鋭い“問い”を差し込む。その問いを、どれだけシャープにできるか?がチームの生命線です。いまある技術を駆使してクレバスを渡る『価値の橋』を創り出して世の中を嬉しい方向へとシフトする。そのβ版をクイックにカタチあるものとして生み出して、広く世の中に情報発信していきたいと考えています。
─「Uh-huh⤴」の開発には知財図鑑のクリエイティブにも携わる「Konel」が参加しています。Konelとの関係や、タッグを組むことになったきっかけについて教えてください。
井倉
Konelさんの代表の出村光世さんが東急エージェンシー出身で、GG(仮)のリーダーとよく一緒に仕事されていたんですよね。会社内で、システムやバックエンドの経験豊富な人にテクニカルな相談をして知見を貯めていきたいとなった時に、自然と出村さんが浮かんで。そうした経緯で、GG(仮)のデザインテックパートナーとしてKonelさんに参画してもらい、荻野さんにもエンジニアリングからクリエイティブまでお世話になっています。
荻野
Konelと東急エージェンシーさんはチームで自発的に何かをつくりたいという気持ちがマッチして、2020年5月に「PEAKZONE(ピークゾーン)」という企画を共同立ち上げました。自身がもっとも生産的・創造的になる時間を「ピークゾーン」として、お互いに尊重しようよ、というカルチャーを社会に提起したかったんです。オフィスで仕事をしていれば、ものすごい勢いでタイピングしていたり、耳にイヤホンをしたりで簡単に拒絶状態を作れるんですけど、リモートになると関係なく打ち合わせを入れられたり大量に連絡がきたりしますよね。問題提起だけでなく、そういった事態を防ぐために、チャット上でピークゾーンを表示して、周囲に伝えることができるslackのアプリも実際に開発しました。
個人によって異なる集中時間を守るための「PEAKZONE」。slackでのアイコン表示やSNSでのシェアが可能。
井倉
それ以前にも、Konelさんのプロトタイプをスピーディに生産していく「爆速プロトタイピング」というユニークな取り組みの話をお聞きし、実際に制作物を見せてもらったりしていて。GG(仮)のパートナーとして最適解じゃないかと思い今回のUh-huh⤴共同開発に至りました。
荻野
ブレストの中でGG(仮)の皆さんから出てくるアイデアはどれも本当に面白くて。日々クライアントワークのプロとして注力されてるからこそ、並行してそれぞれ個人が欲しいもの・つくりたいもののアイデアも溜まっているんだろうな、と思いました。
井倉
かなり溜まってますね。クライアントワークを主体にずっとやっていると、たまにふと「自分の仕事は世のためになっているのか?」と手応えに疑問を持ってしまう瞬間もあって。僕自身プロダクション出身なんですけど、クリエイティブという生業で生きていくなら、何かしら自らが企画したり発信したものを形にしたいという思いはずっとありますね。
Konel・荻野靖洋(左)、東急エージェンシー・井倉大輔(右)
リモート会議により顕在化した“しゃべりぼっち”
─GG(仮)としてのプロトタイプ第一弾となったアプリ「Uh-huh⤴」ですが、発想のルーツやコンセプトについて教えてください。
井倉
まず最初はSFプロトタイピングという手法でアイデアを考えました。今ある技術から何年か先の未来を想像して、「こういうのが未来にあったらいいよね」という妄想をメンバー全員で出し合いブレストしました。
荻野
30個くらいのアイデアが出ましたよね。僕が全体を通していいなと感じたのが、GG(仮)さんから出るアイデアは割と近未来を感じるものが多いんですよね。10年後じゃないけど3年後ぐらいには実用できそうなものというか。「みんな感じてるんじゃない、この悩み?」みたいなところに手が届いていて、ちょっと未来の課題を解決してくれそうなものが多かった印象です。だからリモート会議というキーワードも自然に出たのかなと。
井倉
そうですね、「半歩未来」というのはGG(仮)の中で大事なキーワードのひとつです。今必要とされていることは何かにフォーカスしてアイデアをブラッシュアップし、辿り着いたのが「Uh-huh⤴」の原型となるアイデアでした。メンバーでブレストしたのは2020年だったので新型コロナウイルスの背景は大きく、全員が共感したのが「リモート会議で喋る際にリアクションが無いのが不安」というものでした。リアクションがないとプレゼンのリズムも掴みづらいし、何より孤独感に押し潰されそうになる。また、聞き手側も本当は自分の気持ちを表明したいけど、わざわざミュートをオンにしてまでリアクションしにくい。プレゼンターと聞き手ですれ違いが起きている状況だったんです。
プロトタイプ第1弾として製作された「Uh-huh⤴」。誰もがダウンロード可能でWindows・Mac双方に対応。
荻野
僕もリモート会議でプレゼンするようになってから思うんですけど、本当に無反応なんですよね。「回線切れてるんじゃないか…?」って思うくらい。しかも話している本人って資料を画面共有していることが多いから、相手の反応がなかなか見えないんです。対面だったら頷きやあいづちで反応が分かりやすいですが、リモートだとそうしたコミュニケーションまでオフになってしまうことが多いので、このアイデアにはとても共感しました。ちょうど、個人的にビデオ通話に入ってくるバーチャルアシスタントのAIを作りたいと思っていた時にこのアイデアをいただいたので、より前のめりになったんですよね。
井倉
「Uh-huh⤴」も初期の構想では「エフェクトをつけたい」「バーチャルヒューマンに反応させたい」など、さまざまなアイデアがありました。ただ、今回はβ版なので機能をシャープにした方がいいということもあり、最終的には音だけの表現に絞りました。
─編集部でも実際に会議で使用してみて、あいづちをAIやシステムに丸投げするのではなく、参加者が能動的に操作できる「アナログ感」が魅力に感じました。
井倉
わかりやすいイメージで言うと、昔あったTV番組トリビアの泉の「へぇボタン」ですね。何か思った時に自分の意思で押すって、フィジカル的にもやっぱり楽しいんですよ。タイミングよく押したり、連打もできたり。そういう操作感は残していきたいというのがチームの考えでした。
会議を邪魔せずにサポートする最適な「あいづち」とは?
─Zoom、Microsoft Teams、Google Meetなどと連携できる点も「Uh-huh⤴」の大きな特徴ですが、実際に制作でこだわった点や苦労した点を教えてください。
荻野
普段皆さんが使われている既存のミーティングアプリに実装できるかどうかは、開発する上でとても重要な条件でした。独自のミーティングアプリを作ることもできたのですが、その場合実用性に乏しいし普及するとも思えなくて。また、細かな部分ですが「Uh-huh⤴」は主催者の端末経由で全ての音が聞こえる仕組みになっているので、主催者以外の聞き手の人々は自分の音声をミュートにしていてもそれぞれの「Uh-huh⤴」の音だけはオンで全員に聞こえる仕様となっています。主催者にとってもオーディエンスにとっても使いやすい設計にこだわりました。
井倉
苦労した点のひとつとしては、Windows上のセキュリティ警告に引っかからないようにしたことですね。Windowsのアプリでセキュリティ警告を出さないために、証明書が必要になるんです。第三証明書を発行する会社で審査をしてもらって、その証明書や会社の登記簿を提出してアメリカの本国審査にかけられて…。全ての審査が終わるのに2〜3週間はかかりました。
荻野
あと、ミーティングアプリのノイズキャンセル機能とどう戦うか…という問題もありました。「Uh-huh⤴」の音をノイズと判断してカットしてしまうことを防ぐために、Zoomではホストユーザー側で使用前に設定が必要だったり、Microsoft Teamsはブラウザで開くことを推奨しています。ここはまだまだ改善の余地がありますね。
ブラッシュアップを重ねたUh-huh⤴の操作画面。検証により厳選された4つの音が残った。
─「Uh-huh⤴」には異なる4つの「あいづち」の音がボタンで実装されていますが、この項目のセレクトはスムーズに決まったのでしょうか?
井倉
いや、結構すったもんだありましたね。イメージのすり合わせをするためにかなり丁寧に時間を使って打ち合わせをしました。例えば「納得」ってニュアンス一つとってもさまざまな表現パターンが考えられますよね。音と感情を紐付かせないといけないのですが、ユーザーに直感的にそれが伝わるかどうかのハードルが高くて。実際に自分たちで声を当てたり、比較したりして少しずつ方向性をすり合わせました。
荻野
途中段階では声以外の、和太鼓の「ドドーン!」っていう音や残念感を表す「チーン」っていう音の案も出ましたよね。
井倉
そうですね。しかし、対面での打ち合わせの時に流れる空気感や臨場感を再現するために、最終的には声に絞ることになりました。プレゼンターが求めているのは「うんうん」や「へ〜」などの何気ないリアルなあいづちだと思うので。
─実際に音を聞いてみると、確かに絶妙なチューニングがなされているように思います。音を形にする際にこだわった点はありますか?
井倉
どの音も、本当に色々なパターンを録りました。男性と女性の音量をミックスして調整したり、人数を変えてみたり。音の種類を選ぶのも大変でしたが、鳴り方を形にするのも同じくらい大変でしたね。また、音が主張しすぎないようにあえて音量も少し小さめにしています。プレゼンターと聞き手の邪魔をしないよう、試行錯誤して今の音に辿り着きました。
荻野
あとは鳴る音の長さですね。音声が長いとプレゼンターのリズムが崩されてしまうので、クイックな音を意識して構成しています。あんまり存在感がありすぎると押す側も気を遣ってしまうので、とにかくミーティングやプレゼンのリズムを邪魔をしないっていうのがポイントですね。
会議画面に表示させたQRコードを読み込めば、誰もがスマホをコントローラーにすることができる。
プロトタイプされた「β版」から社会実装へ
─現在はβ版の「Uh-huh⤴」ですが、今後のアップデートや展開についてのビジョンなどがあれば教えてください。
井倉
「Uh-huh⤴」自体は音をどんどんアップしていって、リモート会議の枠を飛び越えてよりバラエティに富んだコミュニケーションプラットフォームとして拡張していきたいです。例えば有名な声優さんの声であいづちや同意してもらえたら、すごく場が盛り上がると思うんですよね。音声だけのコミュニケーションってまだまだ未開拓なところが多いから、もっと深掘りしていきたいです。
荻野
あと思ったのは、リモート会議と同じく今増えてるYouTube配信やウェビナーとも「Uh-huh⤴」は相性が良さそうですよね。テレビ番組のSEっぽい使い方というか。
井倉
確かに。例えばお笑い番組って笑い声が編集で入っていて、それが導線となって視聴者がつられて笑っちゃう部分もあるじゃないですか。そんな感じで、押す方も押される方も互いに関係して場をつくる体験がどんどん拡張していくと楽しいですよね。
─今回のプロトタイプはまさに少し先の未来をポジティブに変えてくれるツールだと感じます。「Uh-huh⤴」によって社会や人々の意識がこう変わってほしい、という思いはありますか?
井倉
コロナ禍によってリモート会議が促進されましたけど、この文化ってコロナが収まってからもきっと定着すると思うんですよ。現にオフィスを持たない方針に舵を切った企業も増えていますし、うちの会社でも他部署の方が関わる案件以外はリモートで支障がないという雰囲気になってきています。そのような世の中で、リアルと変わらないコミット感でオンライン会議を盛り上げるツールとして「Uh-huh⤴」が定着してほしいですね。
荻野
昔はメールが主体だったところがチャットに移行したように、リモート会議は新しい慣習になると思います。ただ、今はまだ皆さん手探り状態だと思うんですよね。「どうしたらリモート会議で生産性が上げられるんだろう」「遠隔でもチームのモチベーションってどうやったら上がるんだろう」みたいな。そんな時の新しいアプローチとして、「Uh-huh⤴」を使ってみてほしいです。
井倉
また、こうしてフットワーク軽く実現できたクリエイティブをどうビジネスと距離を近づけて発展させていくかも重要な視点です。ユーザーの皆さんの反応をみながらアップデートして、共創のパートナーも見つけたい。ここがゴールではなく、僕たちの動きもβ版。どんどんアップデートしていければと思います。