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2021.12.14
インタビュー | 加藤 路瑛
目指すは誰もが暮らしやすい社会の実現―“感覚過敏”向けアパレルブランドを立ち上げた高校生起業家の挑戦
株式会社 クリスタルロード
「服が痛い」ーそんな一言から始まったクラウドファンディングのプロジェクトがあった。それは2021年9月、株式会社クリスタルロードの代表であり現役高校生である加藤路瑛(かとう・じえい)さんが挑んだ、「感覚過敏」の課題解決を目指したアパレルブランドの立ち上げだ。15歳で起業した加藤さんは、自身も複数の感覚が過敏になる「感覚過敏」を持ち、その症状に困難さを感じて暮らす一人。加藤さんがアパレルブランド「KANKAKU FACTORY」の立ち上げを皮切りに目指すのは、感覚過敏を持つ人も持たない人も誰もが快適に暮らすことのできる社会だ。加藤さんの起業からこれまでの軌跡やアパレルブランドの構想、今後の展望について話を伺った。
自分自身の課題に向き合いたどり着いた事業
—加藤さんは現在高校一年生で、起業家としてはかなり早いスタートを切られていますね。まずはクリスタルロードを起業した経緯から教えていただけますか。
加藤
クリスタルロードは、僕が中学1年生の2018年に起業した会社です。起業当初は、子供の起業支援や“やりたいこと”を支援する事業からスタートしていました。僕は親や周りで働く大人の姿を見て、小さいときから「働きたい」と思っていたのですが、「働くのは大人になってから」と言われていたんです。その時ふと「小学生でも僕のように働きたいと思っているけれど、働けていない子供たちがいるんじゃないか」ということを思い、最初の事業のアイディアが浮かびました。「“諦める”という選択をしなくて良い社会にしたい」と思ったことが、起業に至ったきっかけでしたね。
親や親戚の働く姿を見て「働くのはかっこいい」「会社やパソコンってかっこいい」という気持ちから、働きたいと思った5歳の頃の加藤さん。(画像提供:クリスタルロード)
—実際に事業を始められてからは、いかがでしたか。
加藤
一番初めの事業として小中高生で運営するメディアやクラウドファンディングのプラットフォームを運営してみたのですが、正直どの取り組みも自分が納得できる結果が出せていなかったんです。僕が悩んでいたその時、僕の父が「せっかく自分の会社を持っているんだったら、自分の困りごとを解決したらどうか」と言ってくれたんですね。
—加藤さん自身の課題とは?
加藤
僕は「感覚過敏」という症状を持っています。感覚過敏とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの諸感覚が過敏で、日常生活に困難さを抱えている状態のことを指す言葉です。人によって症状は異なりますが、視覚過敏なら太陽やスマホの光で気分が悪くなってしまったり、聴覚過敏なら大きな音や騒ぐ声で体調が悪くなってしまう症状があります。一つの感覚の場合もあれば、複数の感覚で過敏さを感じる方もいます。僕自身も、複数の感覚で感覚過敏の症状があります。
感覚過敏の症状の例。人それぞれの「感覚」であることから症状もさまざまで数値化も難しい。感覚過敏研究所では、感覚過敏そのものに対する理解を広げるための啓蒙活動にも力を入れている。(画像提供:クリスタルロード)
加藤
自分の課題解決をする事業を促された時、当初は実は自分の課題と向き合うのが怖かったんです。ただ考えるうちに、僕が実現したいビジョンである「今を諦めない生き方」は、僕自身が感覚過敏があることで実現できていないと気づいたんです。例えば、旅行に行きたくても食べ物で気分が悪くなるかもしれないからとためらったり、遊園地に行きたくても大きな音で頭が痛くなることを心配してしまうといったことがありました。そう気づいてからは、覚悟を決めて感覚過敏に関する事業を行うことを決意したんです。
—「感覚過敏」の事業とは、具体的にどのような事業なのでしょうか。
加藤
2020年の1月に、感覚過敏の課題解決を目指す事業の母体として「感覚過敏研究所」を立ち上げました。感覚過敏研究所は、感覚過敏を知ってもらうための啓蒙活動、感覚過敏の課題を解決するための商品やサービスの企画制作販売、そして感覚過敏についての研究の3つの軸で活動しています。また、感覚過敏研究所の中に、「かびんの森」という感覚過敏の人が無料で入れるコミュ二ティーもあります。
—まさに「感覚過敏」のポータルサイトで、同じ症状を持つ方にとっても心強い存在ですね。
加藤
はい。特に「かびんの森」では日々オンラインでそれぞれの悩み事を共有したり、使っているお勧めのアイテムを紹介しあったり、感覚過敏が起こりやすいシーンの対処法などを共有しています。例えば、聴覚過敏であればイヤーマフや耳栓などを使うことが多いので「このアイテムがよかったよ」とシェアしあったりします。僕が商品開発を行うときには、作ろうと思っている製品のアイディアをコミュニティーに共有して、コミュニティーのメンバーが「あったら嬉しいもの」をヒアリングしていますね。感覚過敏の症状が多様だからこそ、多くの方に意見を聞くことができるコミュニティーの存在は僕にとっても心強く思っています。
感覚過敏コミュニティー“かびんの森”。感覚過敏を持つ人や感覚過敏の家族などは誰でも入れるコミュニティー。感覚過敏の困りごとや、解決のアイディアを共有している。(画像提供:クリスタルロード)
第一弾のペルソナは自分。“感覚過敏”向けアパレルブランド
—2021年9月には「感覚過敏」の課題解決を行うアパレルブランドを立ち上げました。クラウドファンディングでの挑戦も話題となりましたね。
加藤
感覚過敏の人のためのアパレルブランド「KANKAKU FACTORY」の製品の第一弾としてパーカーの販売に挑戦しました。クラウドファンディングでは本当に多くの方にご支援いただいて、現在製品の製品のお届けに向けて準備しているところです。
2021年9月にスタートしたクラウドファンディングで発売した「縫い目は外側・タグなし」のパーカー。支援者は260名、支援金額も430万円以上が集まった。(モデル:究万(くま)、加藤路瑛/写真:イシヅカマコト)
加藤
複数の感覚過敏の中でも「触覚」の感覚過敏のアパレルブランドを立ち上げようと思ったのは、最初の課題を僕自身がペルソナになり解決するところから始めようと考えたからです。
僕自身「触覚過敏」があるため、“痛い”と感じる服ばかりで着られる服が本当に少ないんです。例えば、生地が擦れたり縫い目やタグが肌に触れるだけでも、刺激になり痛みを感じます。着られる服を選ぶには、とにかくたくさん購入して試してみる方法しかありません。コットン素材なら大丈夫、この縫い方なら着ることができるという決まったルールはないので、実際に着てみて自分が問題なく過ごせるかを判断する必要があります。「この服なら着られるのでは」と選んでも実際には着られない服が多く、とても困っていました。
着ることができる服が限られるため、必然的に服が消耗しやすくなる。肌着の生地は薄くなり穴も目立つが、加藤さんの日常には欠かせない。(画像提供:クリスタルロード)
—毎日着なければいけない服が“痛い”ということは、想像を絶する大変さを感じます。
加藤
はい。着られる服が少ないので、結果的に長い間同じものを着続けることにもなるんですよね。例えば肌着で言うと5、6年着ていて、穴だらけになっても着続けています。ズボンは、中学校の制服のズボン1本だけを未だに履き続けていたりしますね。靴下も履けるものが少なく同じものを履き続けていた結果、つい昨日穴が開いてしまって。明日からの靴下がないので、まさに今絶望しているところです…(笑)。
そんな“痛い服”に困っていた自分自身の体験を原点に、一番初めに思いついたのがアパレルブランドの立ち上げでした。「服の縫い目を外側にしてみたら痛くないかもしれない」というアイディアを思いついたところが始まりでしたね。
—「KANKAKU FACTORY」の第一弾として開発したパーカーの完成に至るまでは、どのようなステップがあったのでしょうか。
加藤
僕にはアパレルブランドの知識が一切なかったので、あらゆる人に相談しながら進めました。SNSで知り合った縫製会社に相談してアパレルについて教えてもらい、紹介してもらったパタンナーの方と服のデザインを決めました。
製品の開発は「縫い目が外側で生地は痛く感じないもの、首周りがマスクの代わりにも使えるようなデザインのパーカー」というアイディアから始まりました。実際に作りながら、ブランドのラベルを気にならないように首周りから位置をずらしてみたり、マスクの代わりになるようにワイヤを入れて首元の形を作るなど、何回も何回も試作を重ねて理想のデザインに近づけました。
加藤さん自身で多くの生地を取り寄せ、実際に触って「痛くない」生地を徹底的に選んだ。試す過程では痛みや不快感を感じることもあったが、感覚過敏の一当事者として覚悟を決めて挑んだ。(画像提供:クリスタルロード)
—実際にパーカーを開発する上で、大変だったことを教えてください。
加藤
アパレルブランドを作る中では、生地探しが何よりも大変でした。今回のパーカーの生地も、400種類以上触ってようやく見つけたものです。今回のパーカー開発と同じタイミングで靴下の開発を進めていたのですが、なかなか思ったように仕上がる生地がなく、編むのも難しいため時間がかかっています。今は繊維商社と大学の研究室と一緒に、感覚過敏の人にストレスの少ない生地開発を進めています。今回、作成したパーカーの生地も、自分としては満点ではありません。「素材がコットンだったら買うのに」と言われる方も多かったので、次の製品開発に向けてコットンの生地も探していたりします。より良い生地を作りたいと思っているので、まだまだ生地探しは終わらない道だと思っています。
—アパレルブランド「KANKAKU FACTORY」の展望を教えてください。
加藤
まずは、「KANKAKU FACTORY」のブランドを多くの人に届けるための土台作りに注力したいですね。そのステップとして、「KANKAKU FACTORY」のショップを運営していきたいと思っています。一種類のパーカーだけではなく、徐々にラインナップを広げていく予定です。現在、Tシャツに関しては3回目の試作の真っ最中で、靴下や肌着など他の製品の開発も同時進行で進めているところです。さまざまな過敏さを感じている方の課題を解決できるように、ゆくゆくは生地や縫い方など全て自分で選んで作れる製品を開発したいとも思っています。現在、感覚過敏向けのパーカーなど単品のアイテムは販売されていますが、感覚過敏に特化したブランドはまだ世の中にありません。そのため意匠権などを起点に、知財としての打ち出し方も検討しているところです。今後は海外展開も視野に入れ、海外での感覚過敏の取り組みも含めて徐々に勉強を進めたいと考えています。
また、洋服全般に関しても、縫い目が外側でタグが印刷の服、またはそれを超える快適な服を世の中のデフォルトにしていくのが僕の目標です。「感覚過敏があっておしゃれを諦めていた人」が、自分を可愛く見せたりかっこよく見せたりすることを楽しめる社会を目指すことが第一のステップですが、最終的には感覚過敏の人も感覚過敏でない人も、誰しもが“快適”と思える服を作ることが目標です。
目指すは、誰しもが心地よくに過ごすことのできる社会
—お話をうかがっていると、「感覚過敏」については、まだまだ社会で認知されていないことも多そうですね。
加藤
感覚の過敏さは現在数値化できないですし、病名ではないので診断されるものでもありません。そのため、他の人と比べられなかったり客観的な指標で判断できない難しさがあるんですよね。また、はたから見たときにあの人は〇〇過敏だ、と言うことが一目でわからないので、当事者自身が表現しきれない部分がたくさんあるんです。
実は、自分自身も中学1年生で「感覚過敏」と言う言葉を知るまで、この辛さは誰もが持っているものだと思って生活していました。事業を始めてから感覚過敏に向き合っていると、自分よりも過敏に感じている人の話も聞くことも増えました。「自分は本当に感覚過敏と言えるのか?」「辛いと思っているけれど、実はみんなと同じ位の辛さなのではないか?」と、未だに不安になったり葛藤することもあります。
—人それぞれの“感覚”だからこそ、症状の辛さを客観的な指標で伝えることが難しいのですね。
加藤
もう一つの難しさは、人によって過敏を感じる対象が全く異なることです。例えば、僕の場合は洗濯した後に毛羽立ちが起こることが多いので、コットンは苦手です。ただ先のパーカーの話のように「コットンが好き」と言う人も一定数います。本当に感じ方は人それぞれバラバラで、ペルソナが僕自身だけでは全ての人の課題は解決できないんです。そのため、感覚過敏研究所のようなコミュニティーやSNSで多くの方の体験や悩み事を聞きながら、多様な「感覚」の課題解決を目指します。今回のパーカーの開発は僕自身の課題からスタートしているものですが、徐々にあらゆる“過敏さ”をもつ方々の課題解決につなげるブランドに育てていきたいと思っています。
—外部のパートナーや企業など、さらなる力を借りて加速させたい取り組みはありますか。
加藤
感覚過敏を引き起こすと言われている根本原因の解明のため、医療機器を持つパートナーなどとの協業は特に興味があります。実は、感覚過敏の原因の研究は徐々に進んでおり、一説では感覚過敏の原因がセロトニンやGABAという脳内伝達物質が少ないことだととも言われています。また、別の研究結果では感覚過敏の人は腸内環境が良くないと言われる仮説も存在するんです。今後は、例えば脳波測定や腸内環境の調査をして感覚過敏の原因を探ることもできるかもしれません。僕が目指す感覚過敏の原因がわかるまで、あとどれぐらいの年月がかかるかは分かりません。研究する一方で、快適な生活ができる製品開発と販売を行い、そこで得た利益を研究に投下していきたいと思います。
事業のかたわら、吉藤オリィ氏(写真中央)が運営する東京・日本橋のカフェ「分身ロボットカフェDAWN ver.β」で働く加藤さん。分身ロボットが介在することで、感覚過敏を持つ人々に新たな働く場が提供できる可能性があるのではと語る。(画像提供:クリスタルロード)
—最後に、加藤さんが実現したい社会の姿を教えてください。
加藤
僕の目標は、「感覚過敏」と言う言葉が不要なくらい快適な日常を作ったり、感覚過敏を持っていることが辛い“症状”ではなく1つの「才能」や「個性」として考えてもらえる社会を作ることです。
感覚過敏の人の課題を解決することによって、感覚過敏でない方にとっても本当に快適な商品やサービスや環境ができていくと考えています。例えばイギリスなどでは、落ち着いて買い物ができる時間である「クワイエットアワー」や、大きな音や光、人混みが苦手な人でも落ち着いて過ごせる「センサリールーム」が用意されています。そんなスペースは、普通の人にとっても静かな空間でリラックスして過ごすことができるかもしれません。また、食べられるものが少ない味覚過敏の人のために「完全栄養食」を作ったら、日々忙しくてご飯が食べる時間ももったいないと言う人にも喜ばれるものになるかもしれません。
今回のパーカーも、感覚過敏でない人にとっても心地よく着られるものだと思っています。感覚過敏を解決するために生まれた商品やサービスは、どんな人にとっても非常に快適なものになり得るんです。
—感覚過敏は一つの個性。そう考えられる社会になれば、「症状」から「個性」として認識を変えることができるのですね。
加藤
今の「感覚過敏」とは、他の人より何かしらの感覚が過敏になっている状態を指しています。ただし、ほぼ全ての人が何かしらの感覚特性を持っていて、その感じ方の差や凹凸は誰にでもあるはずです。あくまで凹凸なだけであって、感覚過敏の人はその度合いが人より高いだけなんです。人は、誰しもが「違い」を持っているはずです。人それぞれもつ“過敏さ”によって存在する課題を解決することで、あらゆる人が快適に暮らせる社会を実現したいと考えています。
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Text:大久保真衣