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2026.08.17
インタビュー | 山根 貫志×都 淳朗
世界に認められた繰り返し使える国産結束バンドEZTY—特許とデザイン賞で切り開く発明の流儀
株式会社 名優

知財図鑑を運営するKonelは、2026年6月、ドイツ・ベルリンで開催された「iF DESIGN AWARD 2026」の授賞式に参加した。そこで出会ったのが、株式会社名優会長・山根貫志さん。同社が開発した結束バンド「EZTY(イージータイ)」は、ニッパーなどの工具を使わずに締結・解除ができ、繰り返し使用できるという3つの特性を備え、iF DESIGN AWARD 2026でFunction(機能性)部門の高い評価を受けて受賞に至った。前年のグッドデザイン賞2025に続く、国際的なデザイン賞の連続受賞である。
山根さんは、医療機器業界で40年以上のキャリアを積んできた人物だ。EZTYが生まれた背景には、華やかな受賞歴とは対照的な、現場の地道な不便があったという。山根さんとiF DESIGN AWARD 2026受賞式会場で出会ったKonelのプロダクトデザイナー/プロデューサーの都 淳朗が、2026年7月、株式会社コネル東京オフィスにて再会し、受賞に至るまでの話を聞いた。
結束バンドとニッパーを、セットで持ち歩く違和感


─(都 淳朗)お久しぶりです、ドイツではありがとうございました。スーツの胸ポケットに結束バンドを入れて受賞式会場で配っていた姿がとても印象的でしたので、またお会いできて嬉しいです。本日はよろしくお願いします。
山根
よろしくお願いします。
─なぜこの「繰り返し使える、切らなくてもいい結束バンド」というものが生まれてきたのか。開発のきっかけや、最初の着想の部分から伺えますか。
山根
私たちは年間70〜80件ほどの耳鼻科・麻酔科・手術室・中央材料室関連の学会や研究会に参加し、併設の展示会でPR活動を行っています。そのブース設営のたびに、展示物やライトの固定に結束バンドを使うのですが、準備係の人に「結束バンドとニッパーを一緒にしておいてね」と言っていても、準備品の中にニッパーが入っていないことが時折ありました。余った部分をハサミで切り取る作業は非常に苦労しますし、手で引きちぎろうとしても切れない。なおかつ切断面が鋭利になって、手を怪我してしまうこともありました。
従来の結束バンドには、いくつもの「当たり前」の不便がありました。見栄えを整えるにはニッパーなどの工具が要りますし、切断面で手や周囲のものを傷つけるリスクもある。複数本を連結すればその分カットの手間も増え、使用後は切って廃棄するしかなく再利用もできません。手袋をつけたままでは細かい作業がしづらく、視界の悪い場所では目視なしで結束するのも難しかった。EZTYは、これらの不便のひとつひとつに、工具を使わず手だけで扱える構造で応えています。

─僕らも結束バンドとニッパーをセットで用意するのが当たり前だと思っていて、その根本を疑うという発想自体がなかなか持てないですね。
山根
長さを調整することは今までもできたけれど、最終的には切らなくてはいけない。それも手間で、「何とかならないものか」とずっと考え続けていました。ただ当時は年間70〜80件ほどの学会や展示会に出展していて、実際に手を動かす時間がなかなか取れなかったんです。
足元を固めてから世界へ ― 特許戦略という前提条件
─国内特許を取得された2020年から、商品化された2023年まで約3年の期間があります。この間、どのようなことに取り組まれていたのでしょうか。
山根
転機になったのは、2020〜2021年のコロナ禍でした。展示会や学会が軒並みリモートになったり中止になったりして、時間に余裕ができたんです。長年イライラの種だったことに、ようやく着手できた。あのタイミングがなければ、今もまだ「何とかならないか」とぼやいていたかもしれません(笑)。
営業活動が止まっていた時期だからこそ、何かできないかと様々なプロジェクトを同時に動かしていました。国立成育医療研究センターの先生から「気管切開をした赤ちゃん用のカニューレホルダー注1を何とかしてほしい」と相談を受けたのもこの頃です。小さくて500gほどで生まれる赤ちゃんもいて呼吸管理の器具が必要になるのですが、既存のホルダーでは長さが合わない。病院によっては現場で手作りしている状態で、それでは全国には広まらない。そこで余った部分を切って調整できるようにし、大人から赤ちゃんまで使えるカニューレホルダーを作りました。これが「EXTENSIVE」という製品です。日本・韓国・台湾で特許を取得し、今では超未熟児の治療を行う全国の医療施設の約4割で使っていただけるようになりました。


山根
同じ頃、創業時から扱ってきた手術顕微鏡用ドレープ注2の開発や、医療材料の再生処理をテーマにしたブランド「SALWAY」の立ち上げにも動いていました。EZTYについてはその裏で、製造を任せられる工場を探し続けていた時期でもあります。そうした試作を重ね、20cmサイズのEZTYがようやく製品として完成したのが2023年7月です。それからはAmazonやトラスコ中山さんを通じて販売しながら、日本臨床工学会で紹介したり、ドイツのMEDICAやアメリカのAORNといった海外の医療機器展示会にも出展し、世界に向けたPR活動を続けてきました。
※1 カニューレホルダー:気管切開部に挿入したチューブ(カニューレ)のズレや脱落を防ぐため、首まわりに固定する器具。 ※2 ドレープ:手術中に清潔な状態を保つため、機器や患部にかける覆い布・カバーのこと。

外れにくい角度を探る、バンドの「ギザ」に込めた発想
―繰り返し使えて、道具不要、かつカット不要という3つの特性を同時に実現するまでに、どのような技術的な壁がありましたか。
山根
最初に浮かんだアイデアは、ヘッド部の横に切れ込みを設け、そこからバンドを差し込んで固定する構造でした。でも実際に試作してみると、引っ張る力がかかったときに外れやすいことが分かったんです。そこで思いついたのが、バンドの歯(ギザ)を斜めにする構造でした。大幅な角度付けが有効であることは把握していましたが、許容される限界ギリギリの角度を金型で詰めていく厳しい作業となりました。
次の壁は、「カット不要」を実現するためのバンド終端の処理でした。従来の結束バンドはヘッド部の貫通口を通すため先端が細くなっていますが、私たちはその先端をなくし、余ったバンドをパチ留めしてすっきり収める「固定部」へと置き換えることにしました。
試作で最も苦労したのは締め具合の調整です。きつすぎると外しにくいし、緩すぎると固定力が足りない。「手で簡単にはめやすく、外しやすい」ちょうどいい強さを見つけるまで、何度も試作を繰り返しました。この横向きスリット(切れ込み)構造と、斜めの歯の形状、そしてバンドを留める固定構造は、それぞれ別の請求項として特許を取っています。


山根
また、工場探しにも苦労しました。最初に紹介された工場は、量産できる金型のサイズに制限があり、できあがった製品が1本あたり約90円になってしまったんです。これでは市場価格として成立せず、海外に持っていっても高すぎると言われてしまった。あらためて別の工場を探し直し、手当たり次第に連絡して実際に会いに行き、信頼できそうだと感じたところと組んで、今の生産体制にたどり着きました。アイデアがどれほど良くても、量産してくれる工場が見つからなければそこで終わってしまう。実際に会って信頼を築く、それしかなかったですね。

33年間の輸入ビジネスが導いた、特許による世界戦略
―国内特許に続き、米国・欧州特許も取得されています。グローバルに知財を押さえた意図を教えてください。
山根
私はドイツのデュッセルドルフで毎年開かれる世界最大級の医療機器展示会に、30年近く毎年通い続けてきました。そこで感じてきたのは、中国の存在感がどんどん増す一方で、2010年以降、日本ブースの存在感は急速に小さくなっています。かつては大手企業がこぞって出展していましたが、今や小さなブースが細々と並ぶだけの「日本パビリオン」に姿を変えてしまいました。「日本発で世界に発信できるものを送り出さなければ」という強い危機感と使命感を抱いていました。
私たちは33年間、欧米の優れた医療機器を輸入し、日本の医療施設にお届けする仕事を続けてきました。どの取引でも一手販売契約を結び、価格競争に巻き込まれない適正利益を確保するよう努めています。それは製造元、ディーラー、私たち三者の利益だけでなく、医療従事者や患者さんにも確かなベネフィットを提供できることだと思っています。しかし、どれほど優れた製品を扱っていても、輸入ビジネスである以上為替変動のリスクからは逃れられません。円安になれば利益が圧迫され、赤字になってしまうこともある。
この課題を克服するには、輸入だけでなく自社製品の輸出、つまり「外貨を稼ぐ手段」を持って強い収支バランスをつくる必要があるとずっと考えていました。
ただ、世界で勝負する製品は「ただ便利」「ただ安価」というだけでは足りません。他社が絶対に追随できない、メイド・イン・ジャパンと胸を張れる画期的な製品でなければならないと思っています。だからこそ、模倣を防ぎ、グローバル市場で適正な価値と利益を守り抜くために、米国・欧州での特許取得は絶対に必要な戦略でした。特許があれば技術流出の心配なく信頼できるOEM先と対等に交渉できますし、将来的には海外の企業にライセンスを渡してロイヤリティをいただく、という展開もできるかもしれないと考えています。
中国では特許が取れませんでしたが、米国や欧州、韓国、イスラエルなどで取得しました。「これはうちのものだ」と主張できる足場を固めた上で、世界へ展開したかったんです。知財という足場を固めた上で、デザインという「見え方・伝わり方」に投資していく。今後は医療分野にとどまらず、国内外の包装・加工技術展などにも出展し、業界を超えたプロモーションを展開していきたいですね。

お墨付きとしてのデザイン賞 ― グッドデザイン賞、そしてiF DESIGN AWARDへ
―特許で足元を固めてから、デザイン賞にも挑戦していく。この流れのきっかけを伺いたいです。
山根
きっかけは、エイトブランディングデザインさんとの出会いでした。彼らと一緒に再生処理ブランド「SALWAY」を立ち上げることになり、私自身が面白いと思って集めていた製品群を認知させたいという話をしていたら、デザイン賞への応募を勧められたんです。そこでグッドデザイン賞2024に応募したところ、SALWAYで金賞を獲得できた。「自分たちにもできるんだ」と手応えを得て、EZTYでも挑戦してみようと思いました。
特許は事業の参入障壁になりますが、それだけでは伝わらない価値もあります。「機能性に優れている」という事実を、日本や世界のデザイナーが客観的に評価してくれた、いわば「お墨付き」を得られれば、これまで接点のなかった相手にもアピールしやすくなります。
審査では使いやすさや安全性、社会貢献性まで評価されるため、EZTYの「カット不要・危険防止・ゴミを減らす」というコンセプト自体が世界基準で正しいと証明されたと感じています。賞の裏付けがあることで、初対面の取引先からの信頼度が上がり、これまで接点のなかった業界へ届ける強い後押しになっています。

―受賞していることで話の入り口が早くなりますし、ある程度信用してもらえる状態から会話を始められますよね。
山根
そうなんです。審査では使いやすさや安全性、社会貢献性まで評価されるため、EZTYの「カット不要で怪我をしない、ゴミが出ない」というコンセプト自体が世界基準で正しいと証明された機会だと感じています。先日も、滅菌関連のお仕事をされている方に紹介したところ、「こんな部分にも使えるんじゃないか」と面白がってもらえて。想定していなかった層に届く可能性を、賞が強力に後押ししてくれている実感があります。
医療現場から自転車のハンドルまで ― 使われ方は現場が広げていく
―受賞されてからの反響について伺いたいです。
山根
正直、劇的な変化が一瞬で起きたわけではありません。ただ、受賞実績を出しておくことで、1年後・2年後に誰かが発見してくれるきっかけになります。認知の広がりはこれからですが、現場での手応えには強い自信を持っています。
実際、EZTYは医療・産業用途を主軸にしながらも、使われ方は現場ごとに広がっています。農業用ハウス資材の固定、防災リュックへの常備、電車内でのスーツケース固定、自転車のハンドル周りの荷物固定など、切らずに繰り返し使える特性が思いがけない場面で活きています。一つの用途に縛られない汎用性があるからこそ、使う人が自分で使い方を見つけてくれるんです。

山根
また、分野ごとの発展性も期待できます。例えばホテルのドライヤーのコードは、現在は面ファスナーなどで留められていますが、コードに固定できるタイプのEZTYも製造可能です。こうした日常を便利にする仕組みも早々に登場するでしょう。
食品業界から強く求められる「金属探知機に反応するEZTY」の上市も現実味を帯びています。国際包装産業展(INTERPACK)でEZTYを紹介した際も、「金属探知機対応ができたらすぐ連絡してほしい」と切実な要望をいただきました。
もともと名優は、医療に関わる欧米の優れた製品を、日本の医療施設にお届けすることから始まった会社です。医療業界は命を預かる現場ゆえに極めて保守的で、新しい考え方が定着するまでに10年以上かかることもあります。周りからは無謀な挑戦に見えるかもしれませんが、「いつか自分や家族、友人が医療を受ける立場になったとき、絶対にこれを使ってほしい」と心から思える製品だからこそ、一時的に採算が合わなくても覚悟を決めて普及に努めています。EZTYについても自分たちで抱え込まず、他分野の企業がそれぞれの用途に合わせて変形・発展させていってほしい。認知が広がれば、ライセンス提供という形も考えていきたいですね。

発明のタネは、忘れずにいる記憶の中にある
─最後に、今後の展望と、これから発明に挑もうとする方へのメッセージをいただけますか。
山根
ユーザー自身が気づいていない「不便」や「隠れた課題」に気づかせ、体験を通して解決に導くこと―それこそがデザインの役割だと考えています。
そのためには、日常生活で感じた「嫌だったこと」や違和感を忘れず、記憶の引き出しに置いておくことが大切です。私は子どもの頃、祖父から「ここからそこまでどのくらいの距離があると思うか」と問われ、当時は何の役に立つのか分かりませんでした。しかし何十年も経ち、駐車場の閉場後、どうしても車を出さなければならない場面で、狭い通路を通り抜けられるか見極める際にその距離感がとても役立ちました。日常の中で感じた小さな不便や違和感、疑問は記憶のどこかに残っていて、ある時それらが結びついて「これなら解決できる」という瞬間がやってくる。その場で忘れずに意識し続けることが、次の発明につながっていくのだと思います。
知財を起点に事業を立ち上げる方や、デザイン賞に挑戦する方にお伝えしたいことは3つあります。
問題意識と情熱を持ち続けること:解決策のひらめきはすぐ来ることもあれば何年もかかることもあります。入浴中や食事中にふと答えが降ってくることもある。だからこそ問題意識をいつも心の底に置いておくことが大切です。
事業化の視点を併せ持つこと:どれほど優れたデザインでも、製造コストや技術の壁を越えられなければ事業として成立しません。画期的な製品であるほど、ユーザーが使い方やメリットをすぐに理解できるかが普及の鍵になります。
「その先」まで見据えること:課題をどう解決するかをユーザー視点で徹底的に伝えること。そして新しい製品の先にどんな世界があるのか、自分自身が心を震わせるくらい感動できるか。デザイン賞に挑戦するなら、受賞をゴールにせず、その後の展開まで準備しておくことが重要です。
山根
日常の違和感を大切に、ぜひ新しい挑戦へ踏み出してほしいと思います。

Interview:都 淳朗 Edit:福島 由香 Photo:谷津 花音
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