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2022.09.01
レポート
ローカル×テクノロジーで「妄想」を具現化するには?【RICOH×新東通信×知財図鑑】
2022年2月、知財図鑑と株式会社リコーは、リコーが保有する知財を起点に未来の活用法を可視化した「妄想プロジェクト」を発信しました。この共創プロジェクトでは、「カンタンサービス」「4K Live Streaming」「WARPE(ワープイー)」の3つの知財をテーマにクリエイター×研究者による「妄想ワークショップ」を実施。知財本来が持つバイアスを外した未来の事業アイデアを自由に発想し、新たなコラボレーションのきっかけを生み出すための妄想をビジュアライズして発信しました。
知財ドリブンで社内外におけるコミュニティをつくり、「実現性のある未来ビジョン」に共感するパートナーとの共創を募ることで、社会課題の解決と新規事業を生み出していくことを目的とした取り組み。本プロジェクトに携わったリコー・向後麻亜子氏と、その「妄想」に対しリアクションを示していただいた新東通信・ 榎本裕次氏、知財図鑑編集長の荒井亮を交えて、これらの妄想が実現するためのハードルと、その先に期待する共創についてディスカッションを行いました。
リコー×知財図鑑による「妄想プロジェクト」のフィードバック
荒井 亮(以下・荒井):今回、知財図鑑とリコーの研究者の方々と共創して、3つの知財を活用した未来の妄想を発信させていただきました。向後さんには、これらの妄想プロジェクトの振り返りと、その後の反響についてお話を伺えればと思っています。また、その妄想にリアクションをいただいた榎本さんは、CIRCULAR DESIGN STUDIOという社会課題の解決に取り組む共創型のプロジェクトチームの運営も手がけています。
榎本 裕次(以下・榎本):新東通信は名古屋を本社にしている広告代理店です。私は地域や企業へ向けたサーキュラーエコノミー(循環型社会)の実装のビジョンづくり、パートナー連携、クリエイティブに伴⾛させていただくCIRCULAR DESIGN STUDIOのメンバーでもあり、知財図鑑さんは我々が手がけているリゾートワークプログラム「GREEN WORK HAKUBA」に登壇いただいたご縁もあります。今回のリコーさんと発信された妄想のいくつかは、我々の活動にもマッチするのではないかという予感もあり、このようなディスカッションの場に参加させていただきました。
荒井:地域への実装という観点で、リアルな声をいただければと思います。まず未来事業の元となる知財の現在地について振り返っていきましょう。今回リコーさんから提供いただいたのは、1枚のQRコードを起点にサービスを簡単に提供できる「カンタンサービス」、360度の高画質リアルタイム配信を実現する映像プラットフォーム「4K Live Streaming」、現実空間に全方位映像を映し出す投影装置「WARPE(ワープイー)」の3つです。打ち合わせの段階でリコーさんから10個ぐらいの保有技術が妄想の候補として出てきましたが、これらの技術は社内でどのような状態だったのでしょうか?
向後 麻亜子(以下・向後):技術自体は素晴らしいものなのに、会社や事業がスケールするための戦略に合わなくて、残念ながら休眠状態になってしまっているものもいくつかありました。また、SDGsをはじめとした社会課題の解決に相性が良さそうなもの、外部の共創パートナーが見つかって的確なアウトプットが見つかれば力を発揮しそうなものという観点で、リコー社内から技術をピックアップしました。
荒井:リコーさんの保有している特許自体はどのくらいの数があるのでしょうか?
向後:トータルの特許件数でいうと約5万件です。年間だと平均して2,000件程度を取得しています。
榎本:すごい数ですね。それはアイデアベースのものから用途が明確なものまで、技術のグラデーションはあるものなんですか?
向後:そうですね、アイデアレベルで「今後これは流行りそうだ」みたいなポイントをついて出願するものもありますし、他社と明確に差別化できるポイントを膨らませるものもあります。
荒井:リコーさんは多くのグループ会社との繋がりをお持ちですが、グループ会社や外部のパートナーと共創しようという動きは強いのでしょうか?
向後:グループ会社内での情報のやり取りというのは当然ありますが、今回のように社外に旗を振って共創相手を探そうという動きはそこまでないというのが現状です。知財は「独占の実施権」という守りの認識が社内でも強く、それをオープンにしてイノベーションを、という流れにはなかなか食い合わせの悪いところがありました。
荒井:「知や技術をオープンにして、脱自前主義でイノベーションを起こす」というのは知財図鑑の目指すビジョンにも通ずる部分ですが、まさにそこにハードルがあったと。向後さんや新規事業担当者の方々が、そこに危機感を覚えて今回の共創プロジェクトに着手したということでしょうか?
向後:リコーが持っている権利の数が膨大になり続けていて、その全てが有効利用されているわけではなく、そこの流動性をどうするかという課題はずっとあって。技術を捨ててしまうようなことは絶対したくないという共通認識のもと、転換点として共創を探していこうとなりました。社会が不明瞭に変化する中で、独占的に技術を囲うことが果たしていいことなのかという疑問もあり、オープンイノベーションに舵を切っていくのが時代にもあっているだろうなと。
荒井:今回は3つの知財を題材に、クリエイターとリコーの研究者を合わせた40人ほどでチームに分かれて丸一日「妄想ワークショップ」を行い、各チームで100を越えるアイデアが出ました。参加された研究者の方々からの反応はいかがでしたか?
向後:開発側としても、今まで考え尽くしたと思っていた技術から、想定していなかった新たなアイデアが出てきたことに驚いたという声はありました。その中でも、事業として実現可能性がありそうなものを選んで妄想プロジェクトとしてビジュアライズしています。妄想を可視化して発信したことで、社内でも「これって、できそうじゃないか?」というリアリティのあるモチベーションを引き出すことはできたと思います。
荒井:ワークショップの中で聞いて印象的だったのは、「会議に出席した人たちに一斉にデジタル資料を配布する」という特許技術が開発されたけれど、Zoomの画面共有が普及したことでその技術が一気に陳腐化してしまったっていう話があって。「こういう用途で開発しよう」とスタートした技術も、研究開発中に社会情勢が変化して出口が変わったり見失ったりというパターンはあると思うんですよね。1つの入り口に1つの出口だけの想定だと、応用性が狭くて時代の変化に対応がしづらい。あらゆるアウトプットの「妄想」を手元に持っておくことが、これからの時代の技術開発には効果的なのではないかなと感じています。
「4K Live Streaming」がもたらす地域体験の拡張と共有
荒井:妄想の実現可能性について、榎本さんも交えて意見を伺ってみたいです。「4K Live Streaming」からは『モノと体験を同時に受け取れるふるさと納税「どこでもりんご狩り」』という妄想が生まれました。これは単に遠隔でりんご狩りするというだけじゃなくて、ふるさと納税と組み合わせるっていうのがユニークなアイデアだなと思っていて。ふるさと納税って今だとお得な返礼品を探せるECサイトというのが実情ですが、地域とダイレクトにコミットする「体験」そのものも商品の一部としてパッケージできると、利用者にも提供者にも新しい価値が生まれる。それを360°で遅延がないシームレスな形で提供できるのは、リコーさんならではの技術だなと。
榎本:僕もこの妄想はとてもいいなと思いまして、漁業や林業など一次産業にも応用できそうですよね。
リコーの知財「4K Live Streaming」から妄想ワークショップを経てビジュアライズされたアイデア『モノと体験を同時に受け取れるふるさと納税「どこでもりんご狩り」』
荒井:榎本さんは長野県の白馬村をはじめ、継続的な地域活性化プロジェクトに携わられていますが、こうした技術ドリブンのアイデアはうまく活用できそうですか?
榎本:白馬村でいうとパウダースノーで雪質が良いことが有名で、アウトドアファンの多い場所なのですが、近年の気候変動によってその風景も存続が危ぶまれています。そこで環境と経済を両立させるような仕組みづくりを目指して「GREEN WORK HAKUBA」を開催しているのですが、そこにこの妄想は相性が良いような気がしていて。ワークショップやディスカッションの他、白馬村の体験ツアーやデモンストレーションもプログラムに組み込んでいるんですが、こうした妄想があることでより双方向の体験が考えられるかもしれないですよね。
荒井:目の前に大雪原が広がって、新雪を踏みしめるサクサクした音が聞こえてくるといった遠隔体験も生み出せそうですね。
榎本:白馬の自然の魅力を世の中に届けたいと考えた時に、360度映像配信のアイデアは以前にも考えていて「RICOH THETA(リコー シータ)」の技術なども知識としては知っていましたが、改めてこういうビジュアライズされた妄想を見ると、新しい使い方の可能性もまだまだあるなと。例えば、一方的に現場のライブ感を伝えるだけではなく、この絵のように別の五感と連動したり、リアルタイムに投げ銭的な支援をしてくれた視聴者に地域資源が還元されたり…。この妄想を白馬村に取り入れる時に最適な他のパターンがあるんじゃないかという、可能性の余白を感じます。
リコーの販売する360度カメラ「RICOH THETA(リコーシータ)」
荒井:確かにライブ配信はオンラインミーティングやアーティストのライブに使われがちですけど、活用のユースケース自体はまだまだありそうですよね。
榎本:白馬のパウダースノーは、その雪質を目指してヨーロッパからも多くの人が訪れるような貴重なものなので、そこをテクノロジーで再現可能な体験を生み出せば全く新しいマーケットをつくることができるかもしれませんね。
荒井:現状、リコーの中における「4K Live Streaming」はどのあたりの産業のニーズが大きいんでしょうか。
向後:この技術は業種ごとにさまざまな引き合いをいただいていて、工場のパトロールや技術チェック、建築会社のリアルタイム内見ツアー、病院の手術のログなどですね。地域の文脈でいうと旅行会社さんからもご相談をいただいていて、「その場に行けなくともその場にいるような臨場感をつくりたい」という声はコロナ禍の影響もあって多いです。また、介護が必要であったり入院中の方だったり、そもそも物理的に遠征ができない方に対して新しい旅行体験を提供できないかというアイデアは社内でもありました。
荒井:社会情勢に関係なくとも、遠隔で体験を共有したいというニーズは恒常的にありそうですね。
榎本:白馬でいうと、冬はお客さんがたくさん来るけど夏は来ないという問題があって。冬に来た白馬ファンの方に夏の魅力を届けるためのコンテンツを提供したりできると良いですね。真逆の立地のオーストラリアからも来るファンも多いので、そこと繋がってみたり。アクティビティや自然体験のガイドさんがいるんですけど、最近はただ雪山を歩いたりするだけじゃなくて「去年はここまで雪があってたけど今年はここまでしかないよ」とか、そういうリアルな白馬の現状を伝える教育を組み込んだ学習型アクティビティもつくっていて。とはいえこのガイド、結構ハードな雪山にまで入っていったりするので、そこにリコーさんのライブ配信技術が掛け合わさると参加ハードルが下がりそうだなと感じました。
荒井:綺麗な自然を見たいという需要がある人に対して、映像を見せつつそこで起こってるイシューにちゃんと関心を持ってもらえると、消費するだけではない循環になりそうですね。その白馬とファンやサポーターをつなぐ橋渡しにリコーの技術が役立っているととても意義があるように思います。ただ機材提供して終わりではなくて、継続的な教育にも組み込めると良いですね。
榎本:まさに白馬では2022年9月にインターナショナルスクールが開校予定で、海外の有名な先生方が参画してバーチャル授業を検討しているので、そことも相性が良さそうです。スクールは今年開校ですが本校舎ができるのは2年後です。森を買い取ってクラウドファンディングでお金を集めながら学生たちと一緒に校舎を建てるというプログラムを組んでいるので、その建設や改修過程をリアルタイムの映像で追っていくのは現地の作業にも活かせそうですし、アーカイブとして残すということもできそうですね。
荒井:確かに教育の中に「4K Live Streaming」のシステムが入ったら、世界中のあらゆる場所が教室になるリッチな教育環境ができそうです。
榎本:過去の「GREEN WORK HAKUBA」でも、オンラインでアムステルダムの「De Ceuvel(デクーベル)」という地域とオンラインでディスカッションする試みをしたことがあって。「De Ceuvel」は地域一帯が土壌汚染されてしまった元造船所の浮島みたいな場所で、今は官民一体型で環境を再生させながらサーキュラーエコノミーなまちづくりを行う実験区となっているユニークなエリアです。こうした場所をバーチャルツアー的にリアルタイムに視点を動かして巡ることができると、めちゃくちゃ刺激を受けそうですね。
向後:配信したい先に「RICOH THETA」さえあれば、アプリではなくブラウザで簡単に配信することができるので、まさにそういう立体的な空間のリアルタイムな配信は相性が良さそうです。
荒井:白馬にゆかりのあるアスリートなど、プロの方の目線に360°カメラを設置して、視聴者も追体験するというのも面白いですね。
榎本:フリースタイルスキー・モーグル選手の上村愛子さんが有名ですが、白馬村にはオリンピック選手の卵とも言える子たちがたくさんいます。そこで課題としてよく聞くのがスポンサーで、海外遠征して経験を積むためには資金がいるんですよね。彼らの視点の映像コンテンツをうまく配信してマネタイズすれば、ファンの獲得にも活かせそうですね。
荒井:選手の成長を追えるようなストーリーがあると需要がありそうです。将来その子が金メダリストを獲った時に「自分がこの子を支援した」と思えると熱いですよね。
夏の長野県・白馬村の風景。冬になればパウダースノーを求めて世界中から観光客が訪れる。
地域の中にテクノロジーとアイデアが実装されるためには
荒井:今日のディスカッションでもいろいろとアイデアは出ましたが、それらを白馬村で実装しようと考えてリコーが技術提供する際に、どのようなマッチングやプレイヤーが必要になってきそうでしょうか?
榎本:白馬は外から流入する人も多く、チャレンジングな風土や気質があるので、実験のパートナーとしては相性が良いと思います。そこに地元のスキー場の事業者さんや、観光のネイチャーガイドの方を巻き込んでいけると良いですよね。実施するときに「費用の負担はどうするんだ」という問題は地域と切っても切れないものなので、そこを突破するモデルや費用を回収する仕組みを考えられると実現可能性がグッと出てくると思います。
荒井:逆にコストがクリアできれば実装はしやすい地域という見方もできますよね。世界的にファンのいるエリアでもあるので、白馬の山を守りたいと思ってくれるサポーターの方々をポジティブに巻き込んでいける仕組みがつくれるとステップが進みそうですね。
榎本:旗振り役というか推進役というか、そういう住民の方たちの合意を取りながら熱量高く進めてくれるキーマンがいるというのは前提条件として重要かなと思います。さらにそこに「テクノロジー」への理解、導入への納得感も必要かなと。
荒井:それが自分の町の課題に本当にマッチした技術なのか? という点ですよね。
榎本:そうですね。そこにはまさにクリエイティブが必要だと思っていて、今回の妄想イラストのようなビジュアライズされた共感の入り口をつくってあげるのは大事かなと思います。イラストを白馬の風景やパウダースノーにチューニングしたものにして未来を描けば、より共感が集めやすそうです。
向後:「こういうものを未来につくろう」「このターゲットにこういう価値を提供しよう」というものがイラストなどで可視化されると、我々の技術で提供できること・できないことが明確になりパートナー探しもスムーズになるのかなと思います。私たちの会社はコンセンサスをとりながら他社さんとクイックにプロダクトやサービスをつくっていくことにまだまだ課題があると思っているので、今後はそこにチャレンジしていきたいですね。
荒井:先に「妄想」という形で情報を世の中に発信することで、外から火種を盛り上げていくというケースもあるはずですよね。社内で「これ実現できるのかな?」 と懐疑的な声があったとしても、熱を持った自治体やパートナーが社外に現れてくれれば、その期待値を説得材料にして社内でアイデアを通したり仲間やリソースを集めたりすることもできる。その発信のお力にはなれると思うので、これからも実装に向けた動きを起こしていきましょう。
【RICOH×知財図鑑】DX社会への実装パートナーを求める、3つの知財と「未来の妄想」
CIRCULAR DESIGN STUDIO
GREEN WORK HAKUBA