No. 079 生物学的時間を遅延させる「クマムシ化」

「バイオスタシス」プログラム

「クリプトビオシス」は、極限環境における無代謝状態(測定限界以下の代謝状態)。たとえば「クマムシ」は、極度の乾燥状態に曝されると生存のために自身の代謝を停止させ、生物学的時間を遅らせることができる。近年、この「クリプトビオシス」を負傷者の救命に応用すること(ここでは「クマムシ化」と呼ぶことにする)が米国国防総省によって「バイオスタシス」プログラムとして計画されている。負傷者の救命率は負傷後最初の1時間で適切な医療機関へ送れるかどうかに依存するが、特に戦場において、迅速な搬送・救急対応は難しいとされている。もし「クマムシ化」により、負傷者の体内で起きている生化学的反応を停止・遅延させられれば、生体システムの崩壊までにかかる時間を延長することができる。現在、分子・細胞を対象とした研究が行われているが、将来的には、組織・人体レベルにまで対象範囲を広げ、ヒトの細胞・組織を傷害なしに冷凍・解凍できるようにすることが期待されている。

なにがすごいのか?

  • クマムシという他種生物の生存戦略に倣った延命技術(バイオミミクリー)
  • 負傷・感染後の生体システム崩壊までの、生死を分ける限られた時間を延長
  • 戦場での負傷者のみならず食品や医薬品の貯蔵・冷凍保存へも応用可能

なぜ生まれたのか?

負傷してから死に至るまでの生死を分ける限られた時間(ゴールデンアワー)内に救急搬送を行うため、ロジスティクスや治療技術の向上が目指されてきた。一方で、負傷者自体の状態を変化させるアプローチも考えられてきた。そのアプローチの一つとして、2018年3月1日、米国国防総省が「バイオスタシス」プログラムとしてクリプトビオシスの分子・細胞レベルでの研究をスタートさせた。

なぜできるのか?

水分損失の抑制

クマムシをはじめとする緩歩動物は、塩イオンセンサーを通じて乾燥を検知。乾燥状態において身体を丸めることで、クチクラ層の薄い節間膜を内側に陥没させ、体内水分の損失を抑える。

生体保護のためのトレハロース

同じく乾燥状態において、生体成分保護物質であるトレハロースの合成誘導が促進され、トレハロースが蓄積される。

相性のいい分野

ヘルスケア
医薬品の保存における、細胞傷害や分子変性を伴わない冷凍・解凍技術
フード
食品の保存における、細胞傷害や分子変性を伴わない冷凍・解凍技術
アンチエイジング
ヒトのコールドスリープ(冷凍保存)
アグリカルチャー
代謝プロセスの停止を抑制することによる食用野菜の成長速度向上
医療
臓器の保存における、細胞傷害や分子変性を伴わない冷凍・解凍技術

知財情報

主な知財ホルダー:米国国防総省

この知財は様々な特許や要素技術が関連しています。
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知財ハンター

小髙 充弘 Mitsuhiro Odaka
Media Artist / Konel Inc.

1991年生、神戸出身。学士(医学,理学)。広義の「感染」に関するメディアアート制作を行う。病原体、行動、モラル等が、複雑に跨ぎ合うつながり構造の上を拡散・極性化する現象に関心がある。その関心の下で、データによる予測可能性を超えた逸脱的な意味付けの内部に人間が人間たる規定要因を探したり、疎外された逸脱主体と他との交流の回復がありうるのか探ったりしている。