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2022.10.19

コラム | 地財探訪

伝統硝子細工「江戸切子」を知財情報から探ってみた【地財探訪 No.9】

地財探訪 バナー no9-01

本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)

(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)

例えば特許情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、百年以上の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。

地財探訪第9弾は東京都「江戸切子(えどきりこ)」

歴史を振り返りながら、伝統工芸士の職人技術を特許文献や意匠文献からも拝見していく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」第2弾 沖縄県「琉球びんがた」第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」第4弾 岩手県「南部鉄器」第5弾 福井県「越前和紙」第6弾 愛知県「常滑焼」第7弾 宮城県「雄勝硯」第8弾 和歌山県「紀州へら竿」

01 江戸切子の概要

「江戸切子」とは、東京に伝わる優美なガラス細工である。江戸時代(1834年)、ビードロ屋 加賀屋久兵衛 が金剛砂を用いてガラス表面に彫刻を施したことが起源とされる。ガラスに加えた繊細なカット(切子)により光を鋭敏に扱う点が特徴的。カットの深さや文様、色付きの色被せ(いろきせ)ガラス等によって、ガラスに「江戸切子」としての様々な表情が宿る。

江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合) 江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合)

<江戸切子の材料>
作品に応じて、いずれかのガラスを用いる。
・ソーダガラス:硬くて丈夫。
・クリスタルガラス:酸化鉛・酸化バリウム等を加えた硝子で、ソーダガラスよりも澄んだ音色の特徴をもつ。

<江戸切子の製造工程>
大きく分けて6工程ある。「割り出し」によって細工の目安を描き、複数種のダイアモンドホイールを用いた「粗摺り」へ。そして繊細な「三番掛け」を経て「石掛け」へと進み、江戸切子としての大まかな輪郭を刻む。

各画像は 江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合) 各画像は 江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合)

そしてカット後の「磨き」は、カット面に光沢を施す重要な工程である。見た目の透明感が増すだけでなく、光の反射や屈折にも影響を及ぼし、江戸切子としての価値が決まるためだ。

全工程を終えると、色や文様によって織り成された江戸切子が誕生する。見る角度に応じて優美に光と戯れることができる、唯一無二の一品である。

切子の表現には、職人としての技能が求められ、一連の技術を習得し、作品表現が一人前になるには「10年」かかるともされる。

*「江戸切子」は、江戸切子協同組合による登録商標(商標登録第5085277号、地域団体商標)。

02 江戸切子の特徴

  • 光の反射や屈折」を繊細に操ることで美を創出している

  • クリスタルガラスによる江戸切子は「澄んだ音色」を奏でる

  • 多くの職人によってそれぞれ個性豊かな意匠が施される中、いずれも江戸切子としての「優美さ」があり、高度な「調和」が醸し出されている。

江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合) 江戸切子協同組合 HP より引用(© 江戸切子協同組合)

03 知財出願情報からみる「江戸切子」3工房

江戸切子の伝統は、今も職人の手によって受け継がれている。本章では、「華硝」「根本硝子工芸」「すみだ江戸切子館」の3工房について、関連する知財出願情報とともに紹介していく。

「華硝」:株式会社江戸切子の店華硝(HP

1946年創業。様々な文様を手掛け、商標登録も行っている。

<商標権>
華硝は、例えば文様「米つなぎ」につき、その名前とロゴについて商標権を取得している。「米つなぎ」は、2008年洞爺湖サミットにおける国賓への贈呈品に選ばれたワイングラスを彩っている。

左:商標登録第5706951号 右:商標登録第5925915号 左:商標登録第5706951号 右:商標登録第5925915号

米つなぎワイングラス(華硝 HP より引用)© 華硝 米つなぎワイングラス(華硝 HP より引用)© 華硝

そして「米つなぎ」が施されたランプシェードは、意匠権も取得されている。ランプシェードはグラスと比してサイズが大きく、数えきれない米粒の数。職人芸が光る作品である。

<意匠権>
意匠登録第1362391号:ランプシェード
登録日:2009.5.15 J-PlatPat リンク

意匠登録第1362391号 意匠登録第1362391号

<参考>
江戸切子 毎日の工房ライフ 米つなぎのランプシェード ー江戸切子の店 華硝ー

「根本硝子工芸」:有限会社根本硝子工芸(HP

1959年創業。初代 根本幸雄 氏は数々の作品を生み、江戸切子職人として初めて黄綬褒章を受章(2009年)。現在は二代目 根本達也 氏、三代目 根本幸昇 氏へと引き継がれ、親子三代で江戸切子の歴史を刻んでいる。例えば二代目 根本達也 氏の代表作として、大胆にカーブさせたカットを施す「雫(しずく)」がある。

そして三代目 根本幸昇 氏(HP)は、自身の作家号を商標登録している。

<商標権>

商標登録第6512494号 商標登録第6512494号

江戸切子には職人の拘りが表出し、長く続ければ続けるほど、職人名には独創的な世界観が宿る。職人名を商標登録することは、そのブランド価値の保護を意味するのだ。

なお同氏は、(株)安中特殊硝子製作所 や (有)竹内製作所 の代表者らとともに、ガラスペンについての意匠も共同で登録している。文具という、他の用途においても江戸切子の世界観を体験することができる作品である。

<意匠権>
意匠登録第1698536号:つけペン
出願日:2021.2.24 登録日:2021.10.13 J-PlatPat リンク

意匠登録第1698536号 意匠登録第1698536号

「すみだ江戸切子館」:有限会社ヒロタグラスクラフト(HP

「すみだ江戸切子館」は、100年以上の歴史がある老舗硝子メーカー「廣田硝子株式会社」から分離独立した江戸切子専門ショップ。逸品から日常使いできる器まで様々な品を展示販売しており、江戸切子体験(HP)もできる工房である。

店舗入口 店舗入口

代表者からは、「色付きガラス」製造方法の改良発明について特許出願がなされており、日々技術開発が進められている様子がうかがえる。

<特許出願>
特開2021-62998:色付き切子ガラス及びその製造方法
出願日:2019.10.17 J-PlatPat リンク

特開2021-62998 特開2021-62998

息を吹いて成形する「吹きガラス」にて色付きガラスを制作する場合、少なくとも2回は吹く工程が必要となり、非常に手間がかかる。そこで本発明は、成形したガラス表面に対して、硫化第二銅と硫化銀とを主成分とするシルバーカッパーステインを被覆するというものである。又、被覆はがれや変形するおそれがある観点から、2時間以上かけて徐々に加熱して、炉内を「570~580℃」の温度域に保持することが好ましい点が開示されている。

色付きガラス製造を容易にすることで、より身近に江戸切子を体験することができる発明となるかもしれない。

04 特許情報からみる江戸切子の周辺技術

最後は「江戸切子」に限らず、一般的な切子関連の特許情報を眺めていく。先人が試行錯誤した痕跡たる特許情報には、転用可能な優れたアイデアの種が隠れているかもしれない。

【電通】特開2021-65452:ガラスセットおよびその製造方法

出願日:2019.10.24 J-PlatPat リンク

特開2021-65452 特開2021-65452

模様付きカットガラスを2つ重ねることで、意味のある文字や図形となるガラスセットについての発明。江戸切子は、色使い、カットの深さ、幅、文様・・様々な要素によって色と光を優美に操るものであるところ、本発明のように特定の文字図形を作り上げることによっても、趣深い作品となりそうである。

*注* 本件は未審査であり、現時点(2022年9月)では特許として未登録。

【個人】特許第3184522号:装飾用ガラス

出願日:1991.7.19 登録日:2001.4.27 J-PlatPat リンク

特許第3184522号 特許第3184522号

入射光を屈折させ、芸術的な光パターンを形成するように設計された装飾用ガラスシートについての発明。切子面16として複数の三角形を有し、その角度や表面積が規定されている。本発明からは、食器類に限らず、光を操ることで価値が生まれるあらゆる場面で切子技術が活用可能であることが示唆される。

*注*本件は年金未納により権利消滅(2004年)。

【個人】特開2002-144799:切子身飾品とその加工方法

出願日:2000.11.15 J-PlatPat リンク

特開2002-144799 特開2002-144799

指輪やピアス等の身飾品に切子技術を用いるという発明。切子技術が施されることで趣深さが増し、宝石に勝るとも劣らない、輝かしい逸品となるかもしれない。

*注*本件は特許として未登録。拒絶査定が確定。

【あとがき】江戸切子を探ってみて

日本を代表する硝子細工「江戸切子」について、その概要を学びながら知的財産権の情報を調べてみました。工房や職人独自の世界観が存在し、伝統を継承するとともに、更なる高みを目指して次世代へと繋いでいく姿勢、そして根本幸昇氏による「藝術」として江戸切子と向き合う姿勢が印象的でした。職人達の内面には江戸切子に負けないほどの眩い光があるからこそ、カットガラスによって光を優美に操ることができるのかもしれません。

伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。

すみだ江戸切子館の「江戸切子体験」にて筆者が制作したグラス。優美な表現を行うには「10年」の修行を要することを実感しました。 すみだ江戸切子館の「江戸切子体験」にて筆者が制作したグラス。優美な表現を行うには「10年」の修行を要することを実感しました。

参考情報
江戸切子協同組合
江戸切子職人 三田村 義広|明日への扉 by アットホーム
江戸切子とは職人がきざむ模様の美、その歴史と現在|中川政七商店の読みもの
粉々にならない? ももクロ・高城れにが挑む江戸切子|NIKKEI STYLE

ライティング:知財ライターUchida
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