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2022.04.20
インタビュー | 町田 紘太
廃棄食材の“味”を残す―完全植物性新素材から生み出される新しい世界のサイクル
fabula 株式会社
地球上で年間13億トン、これは本来は食べることができたはずの食品が廃棄される「食品ロス(フードロス)」における世界の現状の数字である。日本だけでも年間約600万トン、食用にできない「未利用部」は約1,930万トンが廃棄物処理されている(2018年時点)。
このうち約5割は肥料化・飼料化されていると言われるが、堆肥については年間8,300万トン発生する家畜糞尿も活用されており、その結果農地における窒素過多が進行していることも指摘されている。
これらの問題を解決するかもしれない「廃棄食材による新素材製造技術」を、東京大学生産技術研究所酒井(雄)研究室が2021年5月に発表した。廃棄食材からコンクリートの4倍近い曲げ強度をもつ新素材をつくり出すことができ、原料となった野菜や果物の匂いや味を残すこともできるというユニークな特性も有している。
▼「廃棄食材による新素材製造技術」の特徴
・コンクリートの4倍近い曲げ強度を有する、世界初となる完全植物由来の新素材の製造技術
・原料の野菜や果物の色、香りや味を残すことも可能
・不可食部を含む植物性資源の有効活用や、地球温暖化ガスの抑制に繋がることに期待
また、本技術を用いて皿やコースターを制作し、技術の魅力を伝えることを目的としたクラウドファンディングが2022年3月31日まで行われ、目標達成率170%以上を記録するなど、あらゆる産業分野のプレイヤーたちから高い注目を集めた。食品ロス対策や環境負荷低減、新しいプロダクトへの応用など、幅広い可能性を秘めたこの新技術について、東京大学在学中に研究を担当し社会実装のためにfabula株式会社を起業した、町田 紘太氏に話を伺った。
東京都目黒区駒場にある、東京大学生産技術研究所にて取材
写真右から、本技術をベースにスタートアップ「fabula株式会社」を起業した、町田 紘太氏・大石 琢馬氏・松田 大希氏
食材の個性をそのまま生まれ変わらせる、完全植物性の新素材とは?
―「廃棄食材による新素材製造技術」ですが、社会課題を解決しながらクリエイティブな観点からも拡張性の高い、非常にフレキシブルな可能性を持った知財だと感じました。
今回はこの知財が持つ基本的な機能からもう少し踏み込んだ、応用の可能性の話をお伺いしていければと思います。まず、この素材は基本的に「どんな食材」からもつくることができるものなのでしょうか?
町田
はい、基本はどんな食材からでもつくれます。今までに試した食材は、米・コーヒー・伊予柑・お茶・マンゴー・パイナップル・トマト・リンゴ・玉ねぎ・白菜などです。
―素材化できない食品はないということでしょうか?
町田
今のところ特にないです。原料を乾燥・粉砕した後に型枠に粉末を入れて熱と圧力を加えて成形しており、温度と圧力が成形時の基本的なパラメーターとなっています。この二つを調整することであらゆる廃棄食材を理想の形に成形することが可能になります。
―元となる素材による、違いや特性などはあるのでしょうか?
町田
強度としては白菜が一番強いですね。糖分と食物繊維のバランスがちょうどいいようです。強度は素材の特性だけではなく温度と圧力も成形の条件なので、ここをコントロールすることで求める強度に仕上げていくことも可能です。強度が弱い食材に強い食材を混ぜることで強度を高めたりというカスタマイズもできますね。
―例えば、建築の素材として使うとなった場合に、耐久性はどの程度の期待ができるものでしょうか。
町田
水にはあまり強くないのですが、屋内の内装としてであれば充分実用的かと思います。屋外で使用する場合は木材用の強い耐水剤を塗ったりという処理が必要になりますが、自然由来の食材のみを素材としてどれだけ耐水性・耐久性を上げられるかというところは今まさに研究しているところです。
―食材をコンクリートの約4倍の強度の素材に形成できるとのことですが、逆に柔らかくしたりもできるのでしょうか。
町田
そうですね、食材によって柔らかさの特性は異なります。例えば白菜は、強度もありますが伸縮性・柔軟性も保たせやすい素材ですね。
―固いだけではなく、力を加えて曲げたりすることも可能になってくるとプロダクトへの応用の幅がぐっと広がりそうです。糖分と強度の因果性をまとめた表みたいなものが出来上がると、廃棄食材それぞれの価値化が進んでいきそうですね。
町田
おっしゃる通りですね。ちなみに一番柔らかくできたのは、トマトやリンゴでした。まだこのあたりの素材特性を明確にマップ化はできていないのですが、糖分と繊維のバランスが鍵となっているようです。
―素材の元となる廃棄食材は、一般家庭・スーパーマーケット・農家などあらゆる提携先が考えられますよね。例えば白菜の栽培が盛んな町とかと組むことで新たな資源や雇用を生み出したりもできそうです。
町田
そうですね。ちなみに実験で使ったコーヒーかすも、つながりのあるコーヒー屋さんから無料で大量にいただきました。コーヒーかすは今までお金を払って捨てていたようで、「自由に持っていっていいよ」と。
―なるほど、町田さんは素材が調達できるし、相手はゴミを捨てられるし、お互いにwin-winということですね。この技術を語るときに「食べられる」という点がやはりキャッチーなので注目しがちなのですが、強度を活かした建材としての活用や、廃棄食品を持つホルダーと製造元をつなぐwin-winの関係づくりという部分がこの知財の肝となる部分でしょうか?
町田
そうですね、「食べられる」という機能は副次的なものというか、僕たちが考えるメインの特徴ではありません。現状では、この素材を「食べられる」という売り出し方で世に出していくには法律面で色々とクリアしなければいけない問題がまだあるので、あくまで「食べようと思えば食べることもできる」といった段階ですね。
―飲食の観点からの安全性など別の指標が問題となってくるということですね。ただ、「食べることもできる」という特徴によって他の代替素材との差別化も図れるし、頭一つ抜けて広く知られるという部分もありそうです。
老舗漆器店と提携しながら作った廃棄食材を原料とした皿のプロトタイプ。原料となる食材の色味を残しながら強度を保つことができる。
町田
まさにそうですね、今後できるだけ早い段階で「食べられる」ということにフォーカスした商品もリリースしたいとは思っています。我々は食の専門家ではないので、食品会社さんなどと組むことで実用化を進めていきたいですね。
―ちなみに、甘みや味のコントロールはどこまでできるのでしょうか?
町田
調味料を混ぜ込むことも可能なので、味は自在に調節できます。ベースとなる味は元となる食材そのままなので、色味も元の食材のものが反映されますね。
―ちなみに一番美味しかったのは…
町田
個人的にはマンゴーが一番美味しかったですね(笑)。皮や身が残りやすいので味がはっきりしています。
―今後そのあたりの食のルール整備ができれば、『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるお菓子の家みたいな「食べられる建築物」ができそうですね。知財図鑑の記事でも『非常食にもなる、植物由来の「食べられるトレーラーハウス」』という妄想をつくらせていただきましたが、食べないにしても、空間の香りを建材によってコントロールできれば、あらゆる施設でニーズがありそうです。
町田
私たちの研究の出発点も「食べられる建材があったら面白いよね」というシンプルな思いつきが出発点だったので、そういったクリエイティブな発想を広げていただけるのはとても嬉しいです。
知財図鑑による、「廃棄食材による新素材製造技術」を元に未来の活用をイメージした「妄想プロジェクト」のビジュアライゼーション。食品としての成分を維持しながら衛生的に保つことができる技術を付加すれば、香り豊かで非常食としても役に立つ「食べられる家」をつくることができるかもしれない。
発想は“コロンブスの卵”? 技術の再現性と代替の可能性
―具体的なアウトプットのイメージについてもお伺いしたいのですが、この素材でプロダクトを作ろうと思ったら、どれだけ大きい型のものがつくれるのでしょうか?例えば、家の柱なんかもつくれるのでしょうか。
町田
型枠に素材を入れて上から圧してつくるので、型枠さえあればどんな大きさのものでもつくれます。1000mm×1000mm以上のものをホットプレスでつくったりというのは建設材料でもよくあるのでそのぐらいのものはできますね。
―では、金型がすでに揃っているところと組めばいろんな形のものがつくれるし、そのまま今使ってる設備で応用できるということなんでしょうか。
町田
そうですね。建設材料のMDF(中密度繊維板)やパーティクルボードと近い技術なので、そういったものを扱っている業者さんであれば再現性は高いと思います。
―ちなみに、その実用化に向けたイメージというのは、コンクリートの代替という側面がメインなんでしょうか。
町田
いや、もっとさまざまですね。もちろん建設材料としての応用もあれば、実際に食器やインテリア系の家具の素材として使いたいというご相談もいただいています。この技術は、食材を一旦粉末にしてから成形するので、基本的にどんな形にも適応できるという点と、既存の設備で再現できるのであらゆる分野に参入しやすいという点が強みだと思います。
―この技術は特許出願もされているとのことですが、食材をフリーズドライして粉末にするという部分が該当されるところでしょうか。
町田
ホットプレスによる製造・成形体等を特許のコア部分として、東京大学から出願してます。
―つまり、粉末にしたものをどのように圧力をかけて成形していくかの技術ということですね。そう聞くと、既にやっている人がいそうというか、こういった技術が今まで出てこなかったのが意外というか…。
町田
それは結構言われるところですね(笑)。ただ、自分としては“コロンブスの卵”的な発想だと思っていて、事業としてやろうと思った人や企業が今までいなかっただけなのかなと。「食べられる建設材料」ってそもそもあまりニーズがないですよね。私は大学の専攻がコンクリートについて研究する研究室だったのですが、世間だとコンクリートって結構悪者扱いされがちなんですよ。「コンクリートジャングル」って言葉もあるし、全世界の二酸化炭素排出量の8%ぐらいを占めてるのがセメント産業です。そういう逆風の中で建設材料のイメージを少しでも向上させたいという思いも実はあったりしました。これはニーズというより、開発側のイメージ戦略みたいなところですけどね。
―確かに昨今ではプラスチックも悪者になってきていたりしますね。でも工場は既存の設備を簡単に売却したり事業変革したりも難しいでしょうし、そういうところに技術投入して量産できる体制を提供してあげるとポジティブな稼働の促進が生まれそうです。ちなみに、パートナーは工場単位で組んだほうが良いのでしょうか? それとも直接企業と組んだ方がやりやすいなどありますか?
町田
それは場合によりけりですね。今提携してる会社では漆器をつくっているのですが、元々僕が伝統工芸品が好きという思いもあり、それもあって今は町工場が主なパートナーです。我々に声をかけてくださる方はさまざまな方がいらして、廃棄食材を提供してくださる方と製造技術を提供してくださる方、それからこの素材からつくりたいモノがある方、大体この三方なんですね。内容も多岐にわたっていて、建設と全く関わりがなさそうな人たちからも発注があったりなどもします。
時代に適応し生き続けるための、街と建造物を成り立たせる「素材」のアップデート
―ちなみに今は町田さん・大石さん・松田さんの3人で企業されたとのことですが、お三方はどういった役割を担当されているんですか。
町田
僕が技術周りを、大石が広報とかプロダクトの見せ方を担当してくれて、松田は経営部分を担当してくれているというイメージですね。ただ3人しかいないので役割を超えて全部やっている感じですね。
―今はまだ立ち上げ段階かと思うのですが、会社を推進していく上で注力している分野や、現状の課題などはありますか。
町田
正直言うと全部ですね。もちろん商品開発を加速させたいという思いもあります。プロトタイプを見せるだけで営業先の皆さんの反応が全然違いますし。開発を行うリソースを確保するためにお声がけいただいている案件を一つ一つ全部クローズさせてプロジェクトを推進していくようにするのが今の仕事ですね。
―ちなみにお三方は同い年なんですか?
町田
はい。横浜の青葉区が地元で、小学校・中学校の同級生です。高校からは3人それぞれバラバラだったのですが、この技術で会社を興すにあたって声をかけました。
―大石さん、松田さんは初めにこの技術について聞いた時に、どのような印象を持たれましたか?
大石
自分は前職は全く別の業種をしていたのですが、大学時代は人間の感性を活かしてシステムづくりの研究をしていました。なので、はじめてこの素材の話を聞いたときに、匂いや色を活かした「人の感性に訴えかける空間づくり」ができるんじゃないかと。自分が大学でやってきたことに近いと思って、そこで一気に気持ちを持っていかれましたね。
―人間の感性を取り入れた建築を考える上で、こうした香りや味覚をコントロールできる素材というのはとてもマッチしますよね。
大石
例えばプラスチックみたいな無色透明な無機物じゃなくて、もっと自分に親しみのある匂いを感じると近い存在として感じやすいですよね。例えばカレーを使った素材で駅の壁をつくることで歩行者を「あ、今日はカレー屋さんに行こうかな」っていう気持ちにさせたり。そういう感性に直接訴えかける今までにないキャンペーンや施策ができる可能性がありますよね。
―確かに感性もそうですし、「おばあちゃんが大切に育てていた実家の庭でとれたみかん」からつくるプロダクトなど、個人の体験や記憶、感情と結びつけたサービスにも昇華できそうですね。松田さんはいかがでしょうか?
松田
僕はもともとコーヒーの商社で働いていて、1年間中米のコスタリカに駐在してたんですが、コーヒー豆って種なので、周りの果肉の部分は基本的には肥料にしかならないんですけど、撒きすぎちゃうと土壌の酸度が上がっちゃうので、基本的には全部ゴミになるんですよね。そういった現場を実際に見ていることもあって、この技術を発展途上国にも広めたいという気持ちが出発点としてありますね。
―まさに、この素材によって土地や町が持つポテンシャルが底上げされたり、課題解決の糸口となる可能性はありますよね。
町田
他にも、例えばオリンピックのような大型イベントのために作られた施設もコンクリート製だと会期が終了した後にそのまま放置されるという問題もあります。そういった時に例えば、植物性の特性を活かした「時間が経つと土に還る建築」みたいなものができると面白いのかなと思ったりしますね。
―建造物はどうしても耐久性という側面と隣り合わせだと思いますが、古いお寺などが傷んだ部分を差し替えてアップデートを続けることで現存し続けていたり、自然の特性と人の手を上手く融合させることで成り立つ建築というのは今後の時代に求められるものかもしれないですね。
町田
まさしくおっしゃる通りで、金継ぎみたいな形でメンテナンスを繰り返しながら大切に使っていくっていうのは再成形できる素材の特徴でもあります。そういう技術を活かして神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう)みたいに変形しながら生き続けていくモノづくりに貢献できたら嬉しいですね。僕は、壊れていったり・減らされていったりすることで意味を持つようなデザインやアプローチに惹かれるところがあって、「食べられることで姿を変えていく建物」など、そういうコンセプトのものもいずれつくることが出来たら面白いなと考えています。将来的には舗装や広大な構造物など、街づくりにもこの素材が活用されるくらい普及されると、開発者冥利に尽きますね。
Interview:荒井 亮/Text:松岡 真吾