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2024.10.09
インタビュー | 平良 優大×五島 隆允×出村 光世
構造で音と空間をデザインする ──Pixie Dust Technologiesが手掛ける「音響メタマテリアル」の可能性
Pixie Dust Technologies, Inc.
人々の生活の可能性を拡張する新たな素材。直接身体に触れたり、高い強度で建造物を支えたりするだけでなく、空間の快適さを向上させる素材も登場している。視聴触覚のデジタルイノベーションを推進する企業、ピクシーダストテクノロジーズ(以下、PxDT)が研究を重ねている「iwasemi™(イワセミ)」は、メタマテリアルをベースとした独自の音響制御技術で、すでに多様なシーンで社会実装に用いられている。
iwasemi™ プロトタイプ(出典:公式サイト)
「iwasemi™ HX-α」(左)と「iwasemi™ RC-α」(右)
iwasemi™の根幹を成すのは「音響メタマテリアル」と呼ばれる技術。高度な計算やシミュレーションから導出された形状を物質に付与することで、既存素材の限界を超えた吸音性能や遮音性能を持つ材料を実現している。素材の選択や加工の自由度も高く、オフィス什器を筆頭に、工事現場や住空間など幅広い領域での活用が見込まれている。
iwasemi™の吸音周波数特性イメージ。 グラスウールなどの素材を用いた一般的な吸音材は、原理的に高帯域に行くにつれ吸音率が上がる性質をもっている。一方で、iwasemi™は適用シーンに応じた柔軟な吸音周波数特性を実現することが可能。(出典:公式サイト)
既存の素材(マテリアル)を超越する(メタ)という意味を持つ「メタマテリアル」技術は、今後の空間設計において不可欠な存在となるだろう。騒音問題の解決や、快適な空間の創造において、この技術は社会にどのような影響を与えるのだろうか。iwasemi™の開発背景と更なるポテンシャルについて、iwasemi™事業部長・五島隆允氏、開発部・平良優大氏にKonel・知財図鑑代表の出村光世が伺った。
物理研究者と空間設計のプロによるチームアップ
出村
研究成果を高速で社会実装するPxDT、そしてiwasemi™というプロダクトのファンとして、お会いできるのを楽しみにしていました。まずはお二人のバックグラウンドからお聞かせください。
平良 優大(ピクシーダストテクノロジーズ)
平良
私は大学で電磁波領域の研究に取り組み、レンズの微細加工を得意とする企業に新卒で入社したのち、2020年2月にPxDTにジョインしました。学生時代から今まで一貫して、音や光、電磁波といった物理的な「波」に対して、物質の形状や構造を適切に設計し、その振る舞いを制御することに取り組んでいます。最終的な形状のアウトプットはシンプルでも、そこに至る過程は全て物理的な計算に基づいているんです。
出村
iwasemi™の特徴的な形状や穴の配置も、すべて物理モデルでシミュレーションされているのですね。エンジニアでありながら、デザイナーのような感覚も求められる点が非常に興味深く、敬意を覚えます。
五島 隆允(ピクシーダストテクノロジーズ)
五島
私は空間設計を手がける会社に務めていたのですが、静音素材の選択肢が限られており、デザインが画一化されることに不満を持っていました。そんな中、あるプロジェクトでPxDTの静音技術と出会い、素材に縛られないプロダクトの可能性を感じたんです。コロナの影響で空間設備への投資が減退していたこともあり、新たな職場としてPxDTを選びました。
現在、iwasemi™事業部は12名のチームで構成されており、平良のようなエンジニアと私のようなビジネスサイドのメンバーが協力して事業に取り組んでいます。ニーズドリブンで動く会社なので、顧客の声や市場のニーズをベースに、社会的意義や意味のあるものをいかに生み出していけるかを大切にしています。
Konel・知財図鑑 代表 出村光世
研究成果を現場のニーズに落とし込む
出村
PxDTの吸音パネルiwasemi™は2024年9月時点で、透明吸音パネル「iwasemi™ HX-α」、硬質吸音パネル「iwasemi™ SQ-α」、ガラスに貼れる吸音材「iwasemi™ RC-α」の3種類がラインアップされています。それぞれの特徴やリリースの経緯を教えていただけますか?
平良
3種のプロダクトはいずれも、オフィス空間で騒音源となる人の声をターゲットにした吸音材です。レイアウトや部屋の状況によって変化はありますが、例えば「iwasemi™ RC-α」では平均80%という高い吸音率が認められています。話し声の反響が抑えられるので、部屋の中でコミュニケーションが行いやすくなるんです。
「iwasemi™ RC-α」の吸音性能を示したグラフ。 人の話し声にあたる500 - 1000Hz帯の平均吸音率が0.8となっており、高い吸音性能を示している。(出典:製品ページ)
写真の「Crystal」ほか6色で展開される「iwasemi™ HX-α」。
五島
最初にリリースしたのは「iwasemi™HX-α」でした。PxDTとしても初めての量産品でしたから、市場にインパクトを出すため、あえて会社のロゴをモチーフにした特徴的なデザインに挑戦した製品です。
平良
次に正方形の「iwasemi™ SQ-α」をリリースしました。透明で偏心している「iwasemi™ HX-α」よりは特徴の少ない形状ですが、表面の穴をよく見ると、貫通しているものとそうでないものに分かれています。これも音響性能を最大化するために、物理的なシミュレーションから導き出された形状ですが、遠目で見ると均一な印象を与えられるように、デザイナー目線での要望も反映されています。
本体裏面のマグネットで貼り付ける「iwasemi™ SQ-α」。
五島
「iwasemi™ SQ-α」の量産では、金型メーカーとのミーティングを何度も重ねました。技術的な挑戦が多かった分、製造ノウハウが蓄積され、その経験は次の「iwasemi™ RC-α」の開発にも活かされています。通常、透明樹脂の成形は難易度が高いのですが、コストを抑えてリリースできました。「iwasemi™ RC-α」のサイズが100×300mmの長方形なのは、空間設計における使い勝手を考慮したものです。900mmのグリッドやサブロク板といった設計基準にも合わせやすくなっています。
出村
まずは会社を象徴するようなモデルをリリースしてから、市場のニーズに合わせたプロダクトに展開していったのですね。技術とデザインを擦り合わせ、ビジネス的な合理性にたどり着いたというプロセスが鮮やかです。
長方形の「iwasemi™ RC-α」は本体に付属する透明粘着テープで貼り付ける。
産業分野を横断する「音響メタマテリアル技術」
出村
iwasemi™に使用されている「音響メタマテリアル技術」について、もう一段くわしく教えていただけますか?
平良
「メタマテリアル」は素材自体の制約を超えて「物理現象」をコントロールする技術です。単なる素材(マテリアル)を超える(メタ)ことからその名で呼ばれ、対象とする領域は音響以外に電磁波や振動なども含まれています。音や電磁波の減衰が主な用途ですが、技術的には増幅することも可能です。
通常の吸音材は、スポンジのように多孔質の構造を持つ素材によって作られています。他方、音響メタマテリアルではガラスや木材など、本来は吸音性能の小さい素材に対して、特定のパターンで穴や部屋を設けることで音響をコントロールしています。音が穴から部屋に入り、その空間で共鳴するイメージですね。音から見ると、硬い木材やガラスが柔らかい素材に見えるんです。
五島
従来の吸音素材、例えばスポンジやグラスウールなどには、対応しづらい周波数帯域が存在します。限られた素材を使っている限り、これを克服することは難しかった。私たちの音響メタマテリアルには、穴や部屋の大きさをコントロールすることで、異なる周波数帯域にも対応できる強みがあるんです。
iwasemi™の表面には微細な穴が開けられており、この数や配置、内側の空間のサイズを変更することで特定の周波数を減衰する。
出村
構造やパターンを制御することで、単一素材の限界を超えた音響性能を持たせられるのですね。アウトプットが形あるプロダクトなので、模倣されることもあり得そうですが、事業を拡大するための戦略はどうお考えですか?
平良
意匠性や穴の配置、個数などで特許を取得していますが、製品開発にはこれらを統合した高い設計能力が必要になります。適当に穴を開けても同じ性能は発揮されませんし、もし完璧にトレースされたとしても、この価格帯で製品化することは難しいでしょう。
音響メタマテリアル技術の根幹は構造にある。製品化された樹脂素材以外にも、木材やアルミでも同様の効果が実現できるという。
左からABS製、ステンレス鋼製、アクリル製の音響メタマテリアル(出典:公式サイト)
五島
音響メタマテリアルの市場は、国内外を見てもまだ発展途上です。iwasemi™がこの分野の先駆者として認知され、模倣されるくらいまで成長したのなら、それは歓迎すべきことかもしれません。将来的にはオフィスだけでなく、家電や自動車、産業機械など、さまざまな分野に広げていきたいと考えています。
出村
音響メタマテリアルは既存の産業と結びつくことで、より大きな効果や社会的インパクトをもたらすのですね。特許や知財は模倣を防ぐというよりも、事業の拡張やアライアンス構築のために価値を発揮しそうです。
遮音と空気の流れを両立。マンションやスタジアムなどへ新たな解決策を提示。
出村
音響メタマテリアルを広げていくにあたり、どのような分野や共創パートナーを想定されていますか?
平良
最初の共同研究はJR東日本さんと進めました。工事現場の防音対策のために相談を受け、試作品を開発したんです。JR東日本さんのような大企業が音響メタマテリアルに価値を見出してくれたことは、私たちの事業にとって大きな後押しになりました。現在は、オフィス向けのパネルを中心に展開していますが、さらに大規模な工事や建築の現場でも実装を進めています。
遮音、吸音、防音、サウンドマスキングなど、音響が対象とする分野は幅広い。
五島
2023年の音響メタマテリアル市場は約17億円とされていますが、10年後にはその規模が33倍になるという調査もあります。現時点では、建築や家電分野が市場の大半を占めていますが、他の領域にも音に関する課題が多く、私たちもさまざまなパートナー企業と共同でR&Dを進めています。特に建設分野では、国道沿いのマンションやスタジアムのように、風通しを確保しつつ音漏れを防ぎたいというニーズが強く存在しています。そのため、iwasemi™とは別のアウトプットとして、空気は通すが音は通さない「音響メタマテリアル遮音材」を開発しリリースしました。この遮音材は、マンションの廊下やルーバーなどの場所での実装を想定しています。工事現場においても、音漏れを防ぎながら内部が見える、クリーンな環境を実現できるかもしれません。
音響メタマテリアル遮音材のサンプル
音響メタマテリアル遮音材の利用イメージ(出典:プレスリリース)
平良
この「空気は通すが音は通さない遮音技術」は、従来の物性コントロールからさらに一歩進んだものだと考えています。単に遮音機能を持つだけでなく、空気の流れを損なうことなく維持できるため、従来の遮音材の「代替」を超えた機能を有するようになったからです。たとえば、手で触れるまで風を感じないドライヤーのような、今までにない製品も実現できるかもしれません。
出村
素晴らしいですね。オフィス以外にも、ボックス型会議室やサーバールームなど、通気性と静音性が求められる場所での活用が期待できそうです。音を遮りつつ光を通す技術は、幼稚園や学校などブライバシーと開放性の両立が求められる場所でもニーズがあり、より快適な環境づくりに繋がりそうです。
パートナーと共に、音環境の改善が生む価値を証明したい
出村
音響メタマテリアルの社会実装を進めるにあたって、課題を感じていることはありますか?
五島
事業を進める中で、音環境にお金を使ってもらうことの難しさを感じています。「うるさくても我慢すれば良い」という感覚をどうにか払拭して、音環境の改善が生むバリューを正しく伝えなければいけない。音響メタマテリアルのファーストペンギンとして、日本人の音への感度を高めていきたいです。
平良
欧米ではオフィス空間を健康面から評価する「WELL認証」や法整備が進んでいますが、日本ではまだメジャーではありません。PxDTはメタマテリアル研究者とのつながりも多く持っているので、音環境の価値をさらに広く検証したいと考えています。
出村
我慢して妥協している現状から、例えば学習塾で成績が上がったり、身体能力が向上したりと、音環境の改善が生み出すプラスの効果を見ていきたいですね。音環境が人間のパフォーマンスにどう影響するか、学術的に深掘りするのも面白そうです。感覚過敏やパニック障害を持つ人に向けたカームダウン・クールスペースなどのニーズも増えていきそうです。
出村
音響メタマテリアルは構造による技術なので、スケールの拡大や縮小が可能な点が強みですよね。私たちも作品の防音について相談したいと考えたことがありました。PxDTは「話しかけるのに勇気がいる会社」と思われているかもしれませんが、気軽に相談しても良いのでしょうか?
五島
もちろんです!音響メタマテリアル遮音材のリリース後、多くの問い合わせをいただき、音に悩んでいる方が予想以上に多いことを実感しました。音に関する悩みを抱えている方は誰でも歓迎ですし、いつでも相談していただければと思います。例えば「掃除機の音を減らしたい」くらいのラフな相談でも構いません。まずはオンラインでヒアリングを行い、必要であれば現地まで測定に伺います。メタマテリアルのみならず、既存の製品も含めて解決策を提案させていただきます。
メタマテリアルは成長が期待されている分野ですが、パートナーを増やさなければ一人相撲で終わってしまいます。企業パートナーのほか、PxDTで一緒に働くチームのメンバーも募集しています。アジアを中心とした海外展開や、新興国の建設現場での利用など、たくさんのチャレンジを共にしていきたいです。
平良
私たちはものづくりが大好きなチームです。波動や音響処理に興味があったり、物性に基づいた計算を駆使するアプローチに共感していただける方であれば、必ず面白い発見があると思います。案外、地道に手を動かしているので、ものづくりが好きな方は是非気軽に声をかけてほしいです。