No.1035
2025.05.13
38億年前から連綿と続く生命の“本質”を体現したパビリオン
いのち動的平衡館

概要
「いのち動的平衡館」とは、38億年前から受け継がれてきた生命の“本質”を体現したパビリオン。「動的平衡」という、絶えず自らを壊しながら作り続けてバランスを保つ、生命の本質的な作用をキーワードに構築した。大阪・関西万博のパビリオンの1つで、テーマは「いのちを知る」。屋根が浮かんでいるようなたたずまいの「うつろう建築」や、生命のドラマを細胞レベルから描く32万球の光のインスタレーションで、「動的平衡」を具現化している。生命体は瞬間的に形作られ環境に流れ出るという生命観や「利他の生命史」も示して、「いのちとは何か」「生きる意味、死ぬ意味はどこにあるのか」など、根源的な問いに対する考察を促す。展示を通じてフィロソフィー(哲学・ものの見方)を提供し、技術開発や経済発展に偏重しない、自然と調和した未来社会の創造を後押しすると期待されている。
なぜできるのか?
生命のあり方を示す「動的平衡」
生命が存続し続けてきた理由を表す「動的平衡」を中心メッセージに据え、パビリオンを構築した。宇宙には「エントロピー増大の法則」(秩序あるものは無秩序の方向に進み元には戻らない、形あるものは形が崩れる)という大原則があり、高秩序な生命も絶えずその矢にさらされている。生命はそれにあがらうため、エントロピー増大の先回りをして、絶えず動いて破壊と生成を繰り返し(動的)、バランスを保つ(平衡)。絶え間なく自分自身を壊して作り変える「健気な努力」で、何もしないと転がって落ちていくような坂を上り返している。パビリオンでは、建築や展示で「動的平衡」を具現化しており、生命の重要な側面を再確認できる。
進化をもたらした「利他の生命史」の提示
「利他の生命史」を展示に盛り込んでおり、細胞や生物の進化は「利他的なふるまい」がもたらしてきたという、太古から続く生命の流れを体感できる。一般的に、弱肉強食や優勝劣敗によって生命が進化したと思われがちだが、実は共生や協力という「利他的」な行為が大きなジャンプを生み出した。原核細胞から複雑な細胞内構造を持つ真核細胞への進化、多細胞生物の誕生、遺伝子の混合や多様性をもたらす有性生殖など。38億年前から紡がれてきた生命の物語を通じて、生命本来の「利他性」に立ち返るきっかけを提供する。生命の歴史に向き合う中で、「環境から物質やエネルギーが流れ込み、一瞬人間や動物の形を作ってまた環境に戻る」といった、生命体のあり方にも思いを巡らすことができる。
生命のように「うつろう建築物」の構築
薄い細胞膜が浮かんでいるような大屋根が特徴の建築物「エンブリオ」を構築した。「エンブリオ」は生命発生の初期段階の状態を指す。「ふわりとした」屋根を実現するため、膜材を使ったつり構造を採用。直径400mm、周囲全長136mの1本の鋼管にケーブルを張り巡らして、内部に柱を使わない、ケーブル張力のみで自立する屋根を設計した。3D解析や施工時解析技術なども用い、緻密なシミュレーションを重ねて張力を導入し、部材が少なく軽量な建築物を構築。常に形を変えながらバランスを保って自立する、生命のように「うつろう建築物」を実現した。
建物外観には、福岡氏が少年時代に自然界で魅せられた「構造色」(微細な構造が特定の波長の光を反射することで起きる発色現象)を採用。富士フイルムグループの分子制御技術を応用した「構造色インクジェット技術」を用いて、生物のような光沢のある緑がかった構造色を再現した。
動的な光で物語を紡ぐシアターの構築
32万個のLED電球を搭載した円柱形のシアターシステム「クラスラ」を構築した。「クラスラ」の名称は、細胞の中の骨組みを構成するクラスリンタンパク質に由来する。自在に点滅する淡い光の粒子によるインスタレーションで、生命の物語を映し出す。細胞の進化や多様な生物の誕生ドラマから、「動的平衡」、生命の「利他性」などを提示。来場者は太古から受け継がれてきた「いのち」を体感できる。
シアター構築では、空間内に光が浮いているような表現を可能にするため、LED基板から独自に設計。数万に及ぶ基盤を組み上げ、折れ曲がり重なり合う複雑な構造体を作製して、円周30 mの立体的なシアターを構築した。制御システムやソフトウェアも新たに開発。物語を映すだけでなく、人が手を振ると手を振り返すといったインタラクティブな体験も提供する。
触覚技術を用いた体験の拡張
「動的平衡」の体験を拡げる触覚技術も搭載している。NTTパビリオンと共同で「いのちふれあう伝話」の体験を提供。両館に「伝話」を設置して、NTTの次世代情報通信インフラ「IOWN」でつないでおり、映像や音声だけでなく、触覚・振動を相互に送り合える。来場者は「伝話」に設置されたテーブルを通じて、触れ合う感覚を体感できる。また、「いのち動的平衡館」のアクセシビリティゾーンでも、感覚情報を共有する触覚共有技術「FEEL TECH®」を活用予定。NTTドコモが展開中の技術で、眼や耳が不自由な人でも「動的平衡」を体感できるよう、触覚技術を用いた体験の制作を進めている。
相性のいい産業分野
- 教育・人材
生物学・哲学・芸術を学ぶSTEAM教育の教材として採用
- 官公庁・自治体
アカデミアや企業などで未来創造に向けた人材研修に活用
- 住宅・不動産・建築
軽量で負荷が少なく自由度の高い建築構造として横展開
- アート・エンターテインメント
光を用いた動的なシアターをイベント展示やアート表現に活用
- メディア・コミュニケーション
「利他性」ベースのコミュニケーションツールや手法の開発
この知財の情報・出典
この知財は様々な特許や要素技術が関連しています。
詳細な情報をお求めの場合は、お問い合わせください。
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事業プロデューサー:福岡 伸一
クリエイティブパートナー:橋本 尚樹 / Takram
基本設計:NHA(Naoki Hashimoto Architects)
実施設計:鹿島建設・NHAグループ
施工:鹿島建設
展示演出:Takram
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Top Image : © 2025 FUKUOKA Shin-Ichi.