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2022.11.30
コラム | 地財探訪
伝統組紐「京くみひも」を知財情報から紐解いてみた【地財探訪 No.12】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
例えば特許情報には、明治時代における職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、百年以上の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第12弾は京都府「京くみひも(きょうくみひも)」。
歴史を振り返りながら、職人技術について知財文献から拝見していく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」、第5弾 福井県「越前和紙」、第6弾 愛知県「常滑焼」、第7弾 宮城県「雄勝硯」、第8弾 和歌山県「紀州へら竿」、第9弾 東京都「江戸切子」、第10弾 兵庫県「吹き戻し」、第11弾 佐賀県「伊万里・有田焼」)
01 京くみひもの概要
「京くみひも」は、京都府京都市・宇治市周辺で作られている紐である。始まりは平安時代とされ、仏具や武具等の格式高い品に用いられた。位が高い人々の装飾品としても使用されたことから、京の文化を示す優美な品として歴史を積み重ねている。
商標登録第5018488号 京くみひも(きょうくみひも)|特許庁 HP より引用
京くみひもの工程には、糸の「染色」、糸を小枠に巻き付ける「糸繰り(いとくり)」、作り上げる組紐の長さに合わせて巻き取る「経尺(へいじゃく)」、長さや色付きが整った糸の「撚りかけ」がある。撚ることによって強度が増すとともに、光沢も生み出される。
そして「組み上げ」工程へと進む。種々の組台(*)を用いた手組みや、製紐機による機械組みによって組み上げられることで、撚り糸に「京くみひも」としての命が吹き込まれる。組紐には、大きく分けると丸組紐、角組紐、平組紐の三種があり、組み方は約3,500種類にも及ぶ。
(*) 丸台、角台、綾竹台、高台が一般的。組紐の編み目に応じて使い分けられる。
各画像は昇苑くみひも HP より
02 京くみひもの特徴
繊細に組み上げられた京くみひもには「優美な光沢」がある
平安時代から京を彩ってきた「高貴さ」がある
複数の撚り糸を組むことで形作られる組紐は「相互扶助」「一心同体」といった趣が感じられる
03 知財出願情報からみる京くみひも
京都在住者による明治時代の出願案件や、1948年創業の(有)昇苑くみひもによる出願を眺めていく。
*京都在住か否かは「実用新案分類総目録. 〔明治38年7月至明治43年12月登録〕下巻」にて判断。
実用新案登録第1222号:非凡打
出願日:1905.12.5 考案者:竹下 虎吉 氏 J-PlatPat リンク
実用新案登録第1222号
撚りを施していない太い糸(い)と、撚られた細い糸(ろ)を使用した組紐についての考案。名称に「非凡打」とあるとおり、種類の異なる糸で組まれた組紐は、機能性だけでなく意匠性にも幅をもたらす非凡な技術なのかもしれない。
実用新案登録第2018号:組紐七々子打
出願日:1906.3.28 考案者:山本 彦三郎 氏 J-PlatPat リンク
実用新案登録第2018号
こちらも太い糸(い)と細い糸(ろ)による組紐の考案。いずれも撚り糸である。現在は使われていないようである「七々子打」という名称の由来が気になる。
実用新案登録第3328号:夜會紐
出願日:1906.7.5 考案者:勝山 治兵衛 氏(京都市上京区) J-PlatPat リンク
実用新案登録第3328号 より
光輝を発する小球(い)と金銀色のモール(ろ)を散りばめた組紐。「夜會紐」という名のとおり、京の宴会を彩るアイテムとして重宝したのかもしれない。
実公昭61-2699:ポ-タブル組紐機
出願日:1981.8.22 出願人:有限会社昇苑くみひも、株式会社コクブンリミテッド J-PlatPat リンク
実公昭61-2699
(有)昇苑くみひもと浜松市の編組機メーカーによる共同出願案件。使用しないときは格納箱6に格納し、把手19によって搬送することが可能なポータブル組紐機についての考案。場所を選ばず、何処でも組紐を組み上げることができる品である。昇苑くみひもの創業者である梶昇氏が、手組みによる組紐の発展・裾野拡大を願って考案したのかもしれない。
実全昭62-186991:組み紐
出願日:1986.5.20 出願人:有限会社昇苑くみひも J-PlatPat リンク
実全昭62-186991
一部に金属製鎖(24)を用いて組み上げられた組紐に関する考案。強度に優れるだけでなく、高級感・美感が高められる。又、本組紐を帯締めとして使用する場合には、金属製鎖の凹凸が滑り止めとなり、緩みを低減する帯締めが可能となる。
他、昇苑くみひもからは「組紐素材の防炎、防水及び防油加工法(特公昭62-11110)」、「組紐素材の防水及び防油加工法(特公昭62-11111)」、「装身用ベルト接続具(実全昭63-1415)」、「平ル-プタイの止め金具(実全昭63-2721)」といった出願がある。1,000年以上の歴史を誇る京くみひもを更に発展させるべく、技術開発に取り組んでいた姿勢が見受けられる。
04 知財情報からみる京くみひもの関連製品「Airsapo(エアサポ)」
最後に、組紐技術を取り入れた新製品「Airsapo(エアサポ)」について紹介する。Airsapo は、NKE株式会社(京都府伏見区)開発の小型アシストスーツであり、腰をサポートする人工筋肉には昇苑くみひもの組紐技術が活用されている。
Airsapo(エアサポ)|作業者支援機器|NKEオンライン|NKE株式会社 HP より引用
Airsapo(エアサポ)|作業者支援機器|NKEオンライン|NKE株式会社 HP
Airsapo は腰に巻くだけで簡単に装着でき、手動で空気を入れることで、16本の人工筋肉が収縮して腰を支えてくれるとのこと。立ち仕事から各種スポーツ等、あらゆる場面で重宝しそうな製品である。名前やロゴは商標権、製品外観は意匠権、要素技術は特許権にてそれぞれ保護されている。
Airsapo(エアサポ)関連の商標権:名前&ロゴ
左:商標登録第6222198号 右:商標登録第6536211号
「エアサポ」の名前とロゴについての商標登録。いずれもコルセットや医療用サポーター等の分野にて権利が取得されている。
Airsapo(エアサポ)関連の意匠権:製品外観
意匠登録第1634357号:コルセット
出願日:2018.8.8 権利者:NKE株式会社 J-PlatPat リンク
意匠登録第1634357号より:(左)正面図 (右)参考図4
腰部分に人工筋肉が設けられたコルセットについての意匠登録。参考図4には、たしかに組紐の写真が掲載されている。
Airsapo(エアサポ)関連の特許権:製品を構成する要素技術
特許第7120615号:動作補助具及び固定方法
出願日:2018.7.31(優先日:2017.11.17) 権利者:NKE株式会社 J-PlatPat リンク
特許第7120615号
技術的内容については特許権が取得されている。本文献によれば、空気を入れる弾性体チューブ1aの外周面を覆う「編組スリーブ1b」として、組紐技術が活用されている。【0014】には、編組角度や繊維同士の間隔が記載されており、最適な製品を目指した技術開発の苦労や試行錯誤を感じ取ることができる。
編組スリーブ1bにおける繊維の編組角度は、20~30度が好ましい。なお、編組角度は、編組スリーブ1bの筒軸(中心軸)と繊維との間の角度である。 編組スリーブ1bにおける繊維同士の間隔は0.5~0.8mmが好ましい。(特許第7120615号【0014】より引用)
【あとがき】京くみひもを紐解いてみて
日本を代表する組紐「京くみひも」について、その歴史や概要を学びながら知財情報を調べてみました。明治時代における実用新案登録事例が興味深く、特に「非凡打」「組紐七々子打」といった考案の名称が印象的でした。組紐技術について権利保護するだけでなく、そのネーミングについても世の中に示すべく&後世へと残すべく出願を行っていたのかもしれません。
又、組紐技術を活用した小型アシストスーツ「Airsapo(エアサポ)」事例もとても魅力的なものでした。平安時代から脈々と信用を蓄積した伝統的工芸品が他製品の市場取引を盛り上げる一助になるという、素晴らしい事例かと思います。
伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。
雪化粧の清水寺(2022年1月撮影)
ライティング:知財ライターUchida
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