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2022.10.27
コラム | 地財探訪
伝統玩具「吹き戻し」を知財文献から紐解いてみた【地財探訪No.10】
コラム ”地財探訪” は、国指定の「伝統的工芸品(*)」に着目し、その歴史や特徴について知財情報を交えて紹介してきた。
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
<過去のコラム>
第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」、第5弾 福井県「越前和紙」、第6弾 愛知県「常滑焼」、第7弾 宮城県「雄勝硯」、第8弾 和歌山県「紀州へら竿」、第9弾 東京都「江戸切子」
中には1,000年以上も脈々と受け継がれてきた工芸品もあり、工芸品からは、長い年月をかけて醸成された独自の魅力を窺い知ることができる。その魅力は、決して模倣されることのない唯一無二の価値を秘めている。
一方、237品目の「伝統的工芸品」に限らずとも、日本全国には歴史溢れる素晴らしい工芸品がある。工芸品の数だけ固有のストーリーがあり、それらは地域の観光資源や象徴にもなっているのだ。
そこで本記事では、国指定はされていないものの歴史溢れる全国の伝統工芸を取り上げていく。
地財探訪第10弾は、主に兵庫県淡路島で生産される「吹き戻し」。多くの方が幼少時代に体験したであろう玩具である。
知財情報を参考にしながら、歴史の一端を学んでいきたい。
01 伝統工芸「吹き戻し」の概要
「吹き戻し」は、口にくわえて ”ピーヒャラララ” する紙製玩具である。国内で製造される吹き戻しの約80%は、兵庫県淡路島に拠点のある「株式会社吹き戻しの里(以下、吹き戻しの里):HP」にて製造されている。
吹き戻しについて - 吹き戻しの里【公式】より引用
吹き戻しの起源は定かでないが、一説によると大阪の玩具メーカーが最初に考案したとされる。その後、大正~昭和初期には日本中で作られ、誰もが知る玩具へと発展を遂げていった。そして子供向け玩具としてだけでなく、今や医療現場に求められる製品も誕生している。
02 伝統工芸「吹き戻し」の特徴
遊び方が「簡単」かつ「分かりやすい」。
子供から高齢者まで、抜群の「認知度」がある。
スルスルッと伸びた後、自動的に元の形状へ戻っていく様子から「侘び・寂び」が醸し出される。
「吹き戻しの里」製の吹き戻し
03 知財出願情報からみる「吹き戻し」
その発展過程を、知財情報から拝見していく。
知財情報~明治から昭和まで~
こちらは、吹き戻しに関する特許出願・実用新案登録出願について、時系列に沿って発明者・考案者の住所毎に出願件数をカウントしたマップである。(住所表記:出願当時の名称)
1909年~2022年 における、発明者(考案者)住所毎の特許出願(実用新案登録出願)数 母集団:51件(FI:A63H5/00@W が付与されている53件から目視にてノイズ2件を除去) A63H5/00@W:吹き戻し玩具
吹き戻しに関する最古の出願は1909年(明治42年)。大阪市東区備後町の竹本喜太郎氏によって考案された。趣深い最初の案件を眺めていこう。
実明13823号:吹キ開キ玩具
出願日:1909.5.29 考案者:竹本喜太郎 氏 J-PlatPat リンク
実明13823号
吹管イに繋がった紙製の嚢ハが膨らむことにより、嚢ハに附着した種々の形象ホ(図面ではウサギ)が出現するという考案である。
「大大阪営業名鑑(1925年)」によれば、考案者と同姓同名かつ同地区の方が「玩具商」として掲載されている。(参考:「大大阪営業名鑑発行社, 1925, P608」国立国会図書館デジタルコレクション)
これは吹き戻しの歴史として伝えられている説とも一致する。
一説には、最初に考案したのは大阪の玩具メーカーで、置き薬屋さんの景品として生まれたといわれています。(吹き戻しについて - 吹き戻しの里【公式】)
薬屋さんの景品として、本実用新案登録の図面に記された吹き戻しが用いられたのかもしれない。(なお、名称が「吹キ開キ玩具」であるとおり、伸びた部分が自動で戻る「吹き戻し」とは一風異なりそうではある。)
その後、東京を中心とした関東における発明者(考案者)からも吹き戻しについての出願が多く見受けられた。図面には多様なキャラクターが掲載されており、ここではその一部を紹介しよう。
図面登場回数 第1位:象さん
全51件中、5件の図面にて象さんが登場。「可愛くて、丸められる長いものを持っている」といった特徴を有するため、象さんが積極的に採用されているのかもしれない。
象さん図面集
図面登場回数 第2位:カメレオン
第2位はカメレオン。3件の図面に登場する。
カメレオン図面集
その他:ウサギ、ダルマ、鬼、子供
他、種々のデザインが施された図面が見受けられる。実公昭25-5837におけるダルマの表情が愛おしい。
その他図面集
知財情報~平成期~
次に、平成時代の出願案件を拝見していく。株式会社ルピナス(以下、ルピナス)による単独出願から始まり、数年後には、吹き戻しの里や大学の先生とともに共同発明を生み出していることがわかる。
実用新案登録第3143895号:吹き戻しグッズ
出願日:2008.5.29 権利者:株式会社ルピナス J-PlatPat リンク
実用新案登録第3143895号
こちらは広島に拠点を置くルピナスによって2008年に出願された。子供用玩具に限らずスポーツ等にも応用する吹き戻しに関する実用新案であり、メガホン類似の筒状覆い部20内に吹き戻しの袋状部5を有する点に特徴がある。
【課題】玩具用として知られた吹き戻しを備えた、スポーツ応援やパーティでの使用に適した吹き戻しグッズを提供する。(実用新案登録第3143895号)
特許第5656238号:吹き戻し
出願日:2014.9.3 権利者:株式会社ルピナス、株式会社八幡光雲堂、個人 J-PlatPat リンク
特許第5656238号
上記実用新案登録出願から約6年後、三者による共同で特許出願がなされた。ルピナスに加え、株式会社八幡光雲堂(現:吹き戻しの里)と県立広島大学 狩谷 准教授(出願当時)によるものである。
【課題】 伸縮体を伸ばすのに要する必要呼気力を目的や使用者状況などに応じた適正値に、精度高く設定する。(特許第5656238号)
呼吸力や嚥下力のトレーニングとして、高齢者にも馴染みがある「吹き戻し」に着目し、開発に至ったとのことである。(参考:「「昔の玩具」が医療現場で人気 「吹き戻し」が美容・健康に効果」|2015年12月号, 事業構想)
特許第5890058号:吹き戻し
出願日:2015.8.12 権利者:株式会社吹き戻しの里 J-PlatPat リンク
特許第5890058号
最後は2015年出願の本件。権利者は吹き戻しの里であるものの、ルピナス・有限会社アシスト(**)のそれぞれ代表の方が発明者として名を連ねている。
(**) 健康・美容向け吹き戻し「長息生活」の販売代理店
本件は、健康トレーニング向け吹き戻し製品について、販売代理店とも協働したPoC(概念検証:Proof of Concept)を通じて生み出された特許発明なのかもしれない。
長息生活|健康・美容トレーニング用吹き戻し より引用
商標登録第5691382号 「長息生活」は、10類「医療用リハビリテーション機械器具 等」、40類「医療に関する教育・訓練 等」等において商標登録されている。
【あとがき】伝統工芸「吹き戻し」を紐解いてみて
特許情報は、技術情報であるとともに、発明した人や出願日などの「5W2H(***)」を推し量ることができるものです。つまり、特許情報は先人による試行錯誤の様子を垣間見ることができるツールであり、特許情報の活用によって、ある課題に対して技術的に取り組んだ ”足跡” を探ることができます。
(***) 情報伝達やマーケティング戦略に用いるフレームワーク。5W:①Why ②When ③Where ④What ⑤Who 2H:①How ②How much
伝統工芸「吹き戻し」の特許情報からは、長い年月をかけて新商品開発にこぎ着けた歴史を垣間見るとともに、産学連携や、販売代理店との協働の事実を知ることができました。
「地獄のピーヒャラ|吹き戻しの里ネットショップ」を購入。最大19個の吹き戻しを繋ぐことができる逸品である。
ところで筆者は国内旅行が好きで、ほぼ全ての都道府県に訪れたことがあるのですが、ほぼ全ての工芸品について知らない状態です。これは実に勿体無く、日本にルーツがある身として、自国の歴史についてもう少し知っておいた方がよいだろうと考えている次第です。今回取り上げた「吹き戻し」についても存在は知っていたものの、主な生産地が淡路島であることは全く知らず、、、でした。
そう考えると、自分が知っていることなど、何も無いに等しいのかもしれません。無知を自覚して、知財情報も頼りにしつつ全国の伝統工芸や伝統的工芸品について今後も学んでいきたいと思います。
地獄のピーヒャラ。9個までならなんとか膨らみました
ライティング:知財ライターUchida
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