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2022.09.30
コラム | 地財探訪
伝統竹工「紀州へら竿」を知財情報から探ってみた【地財探訪 No.8】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
例えば昭和時代に出願された特許等の情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、数百年の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第8弾は和歌山県「紀州へら竿(きしゅうへらざお)」。
歴史を振り返りながら、伝統工芸士の職人技術を特許文献や意匠文献からも拝見していく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」、第5弾 福井県「越前和紙」、第6弾 愛知県「常滑焼」、第7弾 宮城県「雄勝硯」)
01 紀州へら竿の概要
「紀州へら竿」は、和歌山県橋本市に伝わる、へら鮒用の釣り竿である。明治15年頃に創始者「竿正」が大阪にてへら竿を創作。その後、「紀州へら竿」の生産は、材料の1つである高野竹の産地に近い橋本市に根付いた。
「紀州へら竿」は、釣り人がへら鮒と対話するための重要な道具であり、その製造は約130工程にも及ぶとされる。山に入って竹を選別することから始まり、竹の形状を整える「火入れ」、意匠性により職人の個性を表出させる「握り」の制作、そして竿師自らの試し釣りなどを経て、100年以上の歴史がある「紀州へら竿」がようやく完成する。1人の竿師によって、およそ1年がかりで作り上げられる。
届けたい想いと伝統 ~紀州へら竿~|橋本市公式チャンネル より引用
竹の繊維は長手方向に真っ直ぐ伸びているため、紀州へら竿はへら鮒の上下左右の動きを敏感に伝える。そして竹のしなりによって自然と鮒が水面に浮き、弱らせることなく釣り上げることができる。釣った鮒を生きたまま返すへら鮒釣りにおいて、とても重要な機能である。
しなりをもたらすために三種類の竹(矢竹、高野竹、真竹)を活用し、それぞれ寸分の狂いもなく継ぎ合わせる。故に高度な職人技が求められ、一人前の竿師になるには長い年月が必要になるのだ。
02 紀州へら竿の特徴
三種類の竹を組み合わせることで、極上の「しなり」を有する。
竹を真っ直ぐにする工程 ”火入れ” の影響により、「反発力」に長ける。
硬く伸びる竹からは「頼もしさ」「成長」を感じる一方、へら鮒の動きを敏感に伝える竿の機能からは、周囲への「配慮」という意味合いも醸し出す。
橋本市 HP より引用
03 知財出願情報からみる紀州へら竿
竿師による特許出願や、竿銘についての登録商標について紹介していく。
特許第3458272号:継式釣竿(山彦忍月)
出願日:1999.9.9 発明者:山上薫誉 氏 J-PlatPat リンク
特許第3458272号 より
竿管(A1~A4)がカーボン素材であり、継式部分に竹6が使用された継式釣竿。「へら竿アーティスト」として活動中の山彦忍月(竿銘)氏によって発明された。カーボン素材の軽さを有しつつ、竹である継式部分が「しなる」ことで釣竿の破損を防ぐことができる。
<参考>
保育園から「へら竿工房」 山上さんら閉園舎活用 橋本/和歌山|毎日新聞, 2021.5.26
特開2022-13007:継式釣竿(山彦忍月)
出願日:2020.7.2 発明者:山上薫誉 氏 J-PlatPat リンク
特開2022-13007 より
同じく山彦忍月氏による発明。前の出願時から20年以上も研鑽を積んで生まれたものである。竿管を摺動可能とすることで竿本体の挿入深さが調整でき、従来使用されていなかったような「しなり」が弱い竹材でも、へら鮒釣り用の釣竿として十分な機能を発揮することができるというもの。
なお以下の新聞記事によれば、山彦忍月氏は2007年より株式会社シマノと共同開発を行い、竹とカーボン素材を合わせた新竿「天舞」を販売しているとのことである。
<参考>
へら竿「山彦工房」新設♡橋本〜個展開き人材育成へ|橋本新聞, 2021.5.21
山彦工房:竿銘についての登録商標~竿銘は職人によって育て上げられるブランド名~
次は「竿銘」についての登録商標を紹介する。竿銘は、竹に命を吹き込んで釣竿とした竿師の名を表すものであり、いわば作品の顔、釣竿のブランド名を意味する。
ブランド名を保護する権利が「商標権」である。名前を商標登録することで他者の使用を排除し、結果、独自の価値や世界観を守ることにつながるのだ。例えば「山彦」「忍月」について、それぞれ「釣り具」分野において商標登録されている。
左:商標登録第6189153号 右:商標登録第6189154号
そして山彦工房には、二代目である忍月の他にも竿師がいる。忍月の弟「山彦むらさめ」、忍月の息子「忍天」である。いずれもやはり「釣り具」分野において商標登録されている。
左:商標登録第6189155号 右:商標登録第6366348号
よい竿を作ると、楽しい釣り体験とともに職人への信用が増し、竿購入のリピートにも繋がる。すなわち信用が蓄積された竿銘を商標登録することで、間接的に、その信用や、信用に基づく経済的価値を保護できるということである。
はしぼう:橋本市 公式ゆるキャラ
橋本市のゆるキャラ「はしぼう」も商標登録されている。紀の川の名産である柿を頭に載せ、背中には「紀州へら竿」を担いでいる。マスコットキャラクターに表れる程、「紀州へら竿」は、市を代表する工芸品なのである。
商標登録第5676651号(左)、商標登録第5682519号(右)
実全平1-39767:ゴルフ用シャフト
出願日:1987.09.02 考案者:山上寛恭 氏、城英雄 氏、萩原弘治 氏 J-PlatPat リンク
実全平1-39767
複数の竹材を分割接合したゴルフシャフトに関する実用新案。スチールシャフト等と比べて軽量化を実現するとともに、竹の繊維が長手方向に沿っていることにより、シャフトとしての十分な強度を有するとのこと。
こちらは紀州へら竿の伝統工芸士(竿師)3名による共同考案である。紀州へら竿を生産する傍らゴルフシャフトも作成し、3名にてゴルフを楽しんでいたのかもしれない。
なお、考案者3名の竿銘は、山上氏=「こま鳥(2代目)」、城氏=「魚集英雄作」、萩原氏=「光司」である。
04 特許情報からみる紀州へら竿の周辺技術
最後に、紀州へら竿の主な材料である「竹」に関連した大学関連特許を紹介する。いずれも竹粉を有効活用する発明であり、SDGs 時代において特に求められる技術であるかもしれない。
【徳島工業短期大学】特許第6374174号:内燃機関
特許第6374174号 より
樹木や竹から製造した木竹粉を燃料として使用するディーゼルエンジン・ガソリンエンジンに関する特許であり、徳島工業短大 宮城学長、廣瀬准教授、阿南高専 西岡教授らによって発明された。投入口11から投入された竹粉8は燃料室2にて燃焼し、石油燃料の排気ガスとともに排気管6から排出される。
<参考>
徳島工業短大と阿南高専 竹粉燃料エンジン開発|徳島新聞, 2019.2.28
【広島大学】特許第6803583号:土壌改良材及びその製造方法並びに土壌改良方法
特許第6803583号 より
竹粉末、石炭灰、セメント、水を含む土壌改良材に関する、広島大学 日比野准教授らによる特許。中国電力との共同発明である。セメントの体積比を低くすることで、土壌改良材に含まれる竹粉末が分解されやすく、石炭灰が土壌に拡散されやすいというもの。
【九州工業大学】特許第6288663号:多孔質炭素材料の製造方法
特許第6288663号
竹粉等を用いた多孔質炭素材料に関する特許であり、九州工業大学 坪田 准教授による発明。竹粉末等の植物を炭化させてできた多孔質炭素材料は、活性炭や電気二重層キャパシタ電極等の用途に好適とのこと。
<参考>
坪田 敏樹 准教授|九州工業大学工学部
【あとがき】「紀州へら竿」を紐解いてみて
和歌山を代表する工芸品「紀州へら竿」について、その歴史を学びながら知財権の情報を調べてみました。竹の「しなり」を活かした竿作りの緻密さに感動を覚えるとともに、山彦忍月氏によって特許出願された2件の発明(1999年, 2020年)が印象的でした。20年以上経過後に同一発明者から再び特許が出願されるという事実は、歴史溢れる伝統的工芸品に関し、職人さんは日々技術開発を重ね、時代に沿った ”作品” を創り上げていらっしゃることを意味するのかと思います。
それはおそらく、いずれの工芸品における職人さんも同様です。職人さんは、歴史を背負いながら、開発や改善を日々重ねてらっしゃいます。特許等の知的財産制度には、そういった「職人による趣深い尊い姿勢」を保存し、伝承する機能があると言えるかもしれませんね。
生み出した技術、大事な名前、そして伝承したい思いやその姿勢があるときは、是非一度弁理士さんと相談してみてはいかがでしょうか。各都道府県には、知的財産の専門家たる弁理士さんがいらっしゃいます。
「マンガでわかる知的財産権(1)-きのか特許事務所 -和歌山・大阪泉州の弁理士」より引用
*マンガでわかる知的財産権(1)~プロローグ~- きのか特許事務所 -和歌山・大阪泉州の弁理士
伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。
参考情報
紀州へら竿/橋本市
世界に一つだけの竹竿「紀州へら竿」をふるさと納税返礼品に追加登録しました!|橋本市(2022.3.1)
紀州へら竿製作工房『匠工房』
竿師 辰川 英輝|明日への扉 by アットホーム
ライティング:知財ライターUchida
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